EP 4
道なき場所に道を作る男
ポポロ村での朝は早い。
この村は三大国家の緩衝地帯という物騒な立地にありながら、農業と畜産が盛んだ。特に『月見大根』や『太陽芋』といった特産品は、村の重要な収入源となっている。
その日の朝、ルナミスキング・ポポロ支店で山盛りのニンニク定食を平らげた鷹人が、食後のゴールデンバットを吹かして村の外周を歩いていると、遠くの畑から悲痛な叫び声が上がった。
「村長! 大変だ、水路が……第一水路が完全に塞がっちまった!!」
ただ事ではない声色に、鷹人はタバコを携帯灰皿に突っ込み、声のした方へ駆け出した。
現場に到着すると、そこにはすでに村長であるキャルルと、自警団リーダーのフェイトの姿があった。
二人の視線の先、村の命綱である聖なる泉から畑へと続く水路が、小高い丘の斜面からの大規模な土砂崩れによって、完全に埋まりきっていた。
先日、村の近くまで迷い込んできたロックバイソンたちの群れが斜面を荒らした影響で、地盤が緩んでいたのだろう。
「そんな……これじゃあ、畑に水がいかない! このままじゃ月見大根も太陽芋も、数日で全滅しちゃうわ!」
キャルルがウサギの耳をペタンと伏せ、青ざめた顔で崩落現場を見つめている。
土砂の量は尋常ではない。巨大な岩も多数混じっており、人力でスコップを使ってどかすには、村人全員で一ヶ月はかかる規模だ。
「おいおい、こりゃあ酷えな。フェイト、お前のそのA級の剣術で、あの岩ごと土砂を吹っ飛ばせねえのか?」
鷹人が隣に立つ金髪の剣士に問うと、フェイトは呆れたように肩をすくめた。
「バカ言え。俺の剣は魔獣を斬るためのもんだ。土砂を斬ったって、すぐに崩れて元通りさ。こういうのは『土魔法』を使える専門の魔導士を街から呼んでくるしかねえよ」
「……街のギルドに土魔導士を依頼したら、最低でも金貨百枚(約百万円)は飛ぶわ。今の村の予算じゃ、とてもそんな額は……」
キャルルがギリッと唇を噛みしめる。
彼女は自分自身の体を張って村人を回復させることはできても、土砂をどかすような大規模な魔法は使えない。村を愛する彼女にとって、村人たちの生活の糧が枯れていくのを黙って見ているしかない状況は、地獄に等しかった。
「……仕方ないわ。私がドンガン地下帝国の闇金から借金をして――」
「バカなこと言ってんじゃねえぞ、暴走ウサギ」
ポン、と。
悲壮な決意を固めようとしたキャルルの頭に、無骨で大きな鷹人の手が乗せられた。
「た、鷹人……?」
「借金してまで魔法使いなんぞ呼ぶ必要はねえ。こんなもん、俺に言わせりゃただの『日常業務』だ」
鷹人はキャルルの頭から手を離すと、崩落した土砂の前にツカツカと歩み寄った。
そして、胸ポケットからゴールデンバットを取り出し、100円ライターで火をつける。紫煙を細く吐き出しながら、鷹人は脳内のインターフェースを開いた。
現在、鷹人が所持している【スクラップPt】は、初日に老商人を助けたポイントや、フェイトのサボりを阻止したポイントなどが加算され、合計で『250Pt』となっていた。
鷹人はそのポイントを、迷うことなく【産業廃棄物】のカテゴリーへ全振りする。
(要求スペック……50立米の土砂と岩石の撤去。足場は悪し。なら、足回りはクローラー一択。日本の現場で使い古された、型落ちのアイツで十分だ)
鷹人はタバコを咥えたまま、地面に右手を突き立てた。
「――来い。現場の時間だぞ」
ズウンッ!!
突如として、鷹人の目の前の空間が歪み、巨大な質量の塊が地面に落下した。
「なっ!? なんだアレは!!」
「て、鉄の魔獣!?」
フェイトが反射的にミスリルソードを抜き、村人たちが悲鳴を上げて後ずさる。
土煙の中から現れたのは、黄色い塗装が所々剥げ、サビが浮き出た巨大な鋼鉄の獣――地球における建設重機の王様、『油圧ショベル(通称:ユンボ)』だった。
排ガス規制や型落ちによって日本では産業廃棄物としてスクラップにされる運命だったそれを、鷹人はアナステシア世界へと召喚したのだ。
「おい鷹人! 離れろ、そいつは未知のゴーレムだ!!」
フェイトが叫ぶが、鷹人はどこ吹く風でユンボのキャタピラによじ登り、運転席のドアをガチャリと開けた。
「騒ぐな。コイツは俺の『道具』だ」
鷹人は運転席に座ると、キーを回した。
キュルルルル……ズドドドドドドドドッ!!
黒い排気ガスと共に、重厚なディーゼルエンジンの駆動音がポポロ村に轟き渡る。魔力など一切使わない、純粋な内燃機関の咆哮。
その暴力的なまでの機械音に、村人たちは言葉を失って立ち尽くした。
「よし、油圧ヨシ。シリンダーヨシ。……さぁて、パパッと終わらせて昼飯にするか」
鷹人が操作レバーを握ると、巨大な鋼鉄のアームが、まるで鷹人自身の腕の延長であるかのように滑らかに動き出した。
ガコンッ!
先端のバケットが、水路を塞いでいた土砂と大岩に容赦なく食い込む。
何十人もの大人が力を合わせてもビクともしない数トンの大岩が、ユンボの圧倒的な馬力と油圧の力によって、まるで小石のように軽々と持ち上げられ、脇へと放り投げられた。
「す、すげえ……なんだよあのパワー……魔法も闘気もナシで、あんなデカい岩を……」
コイントスで運を天に任せるフェイトでさえ、目の前で繰り広げられる「純粋な物理的暴力」による圧倒的な作業効率に、ポカンと口を開けている。
キャルルに至っては、ウサギの耳をピンと立て、目をキラキラと輝かせて鷹人の操縦さばきを見つめていた。
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
鷹人はタバコをふかしながら、正確無比なレバー操作で、わずか数十分のうちに土砂の大半を撤去し終えようとしていた。
だが必要以上に乱暴な真似はしない。水路の底を傷つけないよう、土を削る数センチの感覚を、彼は鋼鉄のバケット越しに完全に把握していた。
それこそが、『禅とオートバイ修理技術』をバイブルとし、機械の鼓動を聴き取る一流のエンジニアである鷹人の真骨頂である。
――その時だった。
ガキィィィンッ!!
バケットが土砂の奥深くを削った瞬間、これまでの岩とは明らかに違う、硬質で不快な金属音が鳴り響いた。
「……ん?」
鷹人は即座にレバーを戻し、エンジンをアイドリング状態にして運転席から飛び降りた。
土砂の中からバケットが引っ掛けて掘り出したものを確認する。
それは、岩ではなかった。
鉄でも、ミスリルでもない。人工的に加工されたような不気味な黒い光沢を放つ『装甲の破片』のようなものだった。
(なんだ、こりゃ……?)
鷹人は分厚い手袋越しにその破片を持ち上げた。異常に軽く、それでいて少し力を込めたくらいでは全くたわまない。地球の特殊炭素繊維以上の強度を持つ、未知のパーツ。表面には、虫の甲殻を思わせるような不気味な紋様が刻まれていた。
(……ただの土砂崩れじゃなかったのか? この村の地下に、とんでもねえモンが埋まってる現場の匂いがプンプンしやがる……)
鷹人はプロの工作員としての直感を働かせ、その『不気味な黒い装甲片』を誰にも見えないように作業着のポケットにねじ込んだ。
警戒は必要だが、今はまず、目の前の仕事を終わらせるのが先だ。
鷹人が再び運転席に戻り、残りの土砂を完全に撤去した瞬間。
ゴォォォォッ!
せき止められていた聖なる泉の水が、勢いよく水路を駆け抜け、干からびかけていた村の畑へと一気に流れ込んでいった。
「水だ! 水が来たぞぉぉぉっ!!」
「助かった……! これで畑が生き返る!!」
村人たちが歓喜の声を上げ、抱き合って喜んでいる。
鷹人はエンジンを切り、ユンボを元の空間へと送り返した(役目を終えたスクラップは、スキルによって再び収納される)。
ドサッと地面に飛び降りた鷹人は、作業着の袖で額の汗を拭った。
そこに、目を潤ませたキャルルが猛スピードで突進してきた。
「鷹人ぉぉぉっ!!」
ガシッ!
キャルルは鷹人の右腕に両腕でしがみつき、ウサギの耳をパタパタと揺らしながら見上げてきた。
「ありがとう……! 本当にありがとう! 魔法使いでもないのに、あんな凄いことができるなんて……! あなたは、ポポロ村を救ってくれた英雄よ!!」
「おいおい、大袈裟だぞ暴走ウサギ。腕に胸が当たって――って、お前、安全靴で俺の足を踏むな。痛えよ」
照れ隠しなのか無意識なのか、キャルルがタローマン製の特注安全靴で鷹人のつま先をグリグリと踏みつけてくるが、彼女の顔は嬉しさで破顔していた。
フェイトも歩み寄ってきて、肩をすくめる。
「認めるぜ、ヤニカス兄ちゃん。お前のその『鉄のゴーレム』……大当たり(ジャックポット)の性能だったな。おかげで俺の剣を振るう手間が省けた」
村人たちが次々と鷹人を囲み、「恩人だ」「英雄だ」と口々に称賛の声を浴びせる。
だが、鷹人は新しいゴールデンバットを口に咥え、カチッと100円ライターで火をつけると、いつものように短く鼻で笑った。
「英雄じゃねえよ」
紫煙を空に吐き出し、鷹人はニヤリと笑う。
「俺はただの現場監督だ。道がねえなら、作る。それだけのことさ」
見返りを求めず、ただ己の仕事(責任)を果たす。
その泥臭くも頼もしい男の背中は、ポポロ村の村人たち――とりわけキャルルの心に、絶対に消えない確かな熱を刻み込んでいた。
読んでいただきありがとうございます。
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