EP 8
空から降る深淵と、炎上神のヤラセ配信
ポポロ村の広場に、かつてないほどの熱気が渦巻いていた。
夕闇が迫る中、赤城鷹人が廃材から組み上げた漆黒の特設野外ライブステージが、LED投光器の強烈な光によって白日のように照らし出されている。
「あー、あー! マイクテス、マイクテス! 後ろの方、聞こえてますわね!?」
ステージの中央。えんじ色の芋ジャージに身を包んだリーザが、マイクスタンドを両手で握りしめ、満面の笑みを浮かべていた。
普段の彼女からは想像もつかないほど、その立ち姿には堂々たる『トップアイドル』のオーラが満ちている。発電機が唸りを上げ、巨大なPAスピーカーが空気を震わせるたび、集まった村人たちからは「おおっ!?」と期待のざわめきが起こった。
「さぁ、ポポロ村の皆様! 今夜は私、リーザ・リヴァイアサンが、皆様の疲れた時間を根こそぎ奪い去ってご覧に入れますわ! 準備はよろしくて!?」
特等席であるステージ袖で、鷹人はPAミキサー(音響機材)のツマミに指をかけながら、ゴールデンバットの煙をふぅっと吐き出した。
「……ったく。ジャージ姿でよくあそこまで堂々とできるもんだ」
「ふふっ、でもリーザちゃん、すっごく嬉しそう! 鷹人が作ってくれたステージのおかげね!」
隣でウサギの耳を揺らすキャルルが、自分のことのように喜んでいる。
「俺は飯代の代わりに働かせてるだけだ。ほらフェイト、お前も警備の仕事に集中しろよ」
「分かってるっての。こんな眩しい光出してたら、森の魔獣が寄ってくるかもしれねえからな」
フェイトは串焼き肉を齧りながらも、鋭い視線で広場の外周を警戒していた。
すべてが順調だった。
リーザが大きく息を吸い込み、記念すべき一曲目を歌い出そうとした、まさにその瞬間である。
――ピキッ……ピキピキピキッ!!
突如として、ポポロ村のはるか上空から、巨大なガラスがひび割れるような甲高い音が響き渡った。
「……あ?」
鷹人が空を見上げる。
夕焼け空のど真ん中に、漆黒の『亀裂』が走っていた。空間そのものが物理的に割れ、そこからどす黒い瘴気と、強烈な潮の匂いが噴き出してくる。
『あーっはっはっはっ!! いいねぇ、ほのぼの農村の仲良しこよしライブ! 最高に泣けるシチュエーションじゃないか!』
空の亀裂の奥から、下劣で、人を小馬鹿にしたような声が広場全体に響き渡った。
それは魔法陣を通した拡声魔法――神の御声だった。
「なっ……なんだ、あの声は!?」
フェイトが串焼きを放り捨て、双剣を抜き放つ。
『でもさぁ! 平和なお遊戯会なんて、視聴者は誰も求めてないんだよねぇ! 炎上神ワイズ様のゴッドチューブ、次回の特別企画はコレだ!』
空の亀裂が、限界まで大きく開かれた。
同時に、鷹人の脳裏に、かつて第1章の終わりに死蟲将軍機の残骸から見つけ出した『金属プレート』の記憶がフラッシュバックした。
炎を背景に、嘲笑うような目が描かれたシンボルマーク。
今、空の亀裂の奥に浮かび上がっているのも、それと全く同じ『ワイズ』の紋章だった。
『――【深海VS農村の異種格闘技戦】! ほーら、最高のゲスト(バケモノ)をドロップしてあげるから、全力で足掻いて再生数を稼いでくれよなァ!!』
ゴボァァァァァァッ!!!
空の亀裂から、凄まじい質量の海水が滝のように降り注いだ。
そして、その海水の塊と共に、ありえないサイズの『巨体』がポポロ村の広場の中央へと落下してきたのだ。
ズッドォォォォォォンッ!!!
大地が爆発したかのように揺れ、巻き上がった土砂と海水が、鷹人が建てたステージや大浴場の壁に激しく打ち付けられる。
「きゃああああっ!?」
村人たちがパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う。
土煙と水しぶきの中から姿を現したのは、全長二十メートルに及ぶ、おぞましいキメラ魔獣だった。
巨大なホホジロザメの頭部と強靭な顎、そしてクロマグロの分厚く弾力のある鋼のような胴体を持った、シーラン海深淵の突然変異種。
――『キング・マグローザ』である。
「ギョシャァァァァァァッ!!」
陸に打ち上げられた深海の覇者は、空気を求めて暴れるように、巨大な尾びれで地面を薙ぎ払った。
ドゴォッ!
それだけで、鷹人が昨日完成させたばかりの『ポポロ村大浴場』の配管が吹き飛び、脱衣所の屋根が木っ端微塵に粉砕される。
「お、俺たちの温泉がぁぁっ!?」
フェイトが血相を変えた。
「ふざけんな! 内陸の村に深海魚が落ちてくるとか、どんな理不尽だ! ――『双連・閃』ッ!!」
フェイトがA級の闘気を限界まで高め、キング・マグローザの分厚い胴体めがけて斬撃を放つ。
だが。
ガキィィィィンッ!!
「なっ……!?」
フェイトの神速の刃は、魔獣の放つヌメリを帯びた深海の鱗に弾かれ、浅い傷をつけることしかできなかった。
「マズいわフェイト! あの鱗、魔法や闘気を反射する性質を持ってる! 純粋な物理の力じゃないと、装甲を破れないわ!」
キャルルが月兎族の知識から叫ぶ。
「ギョロロロロォォッ!!」
フェイトの攻撃に苛立ったキング・マグローザが、その巨体を反転させ、今度はリーザが立つライブステージに向けて猛突進を開始した。
数十トンの質量の暴走。あれが直撃すれば、鉄骨のステージごとリーザはペシャンコだ。
「きゃあっ……!」
リーザは恐怖で足がすくみ、逃げ出そうとした。
だが、彼女はマイクスタンドを握る手を、決して離さなかった。
(ダメですの! 私はアイドル……ここで逃げたら、ファンのみんなを守れない……っ!!)
絶望的な巨体が、彼女の眼前に迫る。
しかし。
ドガァァァンッ!!
キング・マグローザの突進は、ステージに届く寸前で、横から叩きつけられた『超巨大な鉄の塊』によって強引に軌道を逸らされた。
「……え?」
リーザが目を開けると、そこには、地球の建設現場で使われる『クローラークレーンの巨大な鉄のカウンターウェイト(重り)』が、魔獣の横っ腹にめり込んでいた。
「――てめぇ」
地を這うような、極寒の怒気を孕んだ声が響いた。
PAミキサーの前に立つ、赤城鷹人だった。
鷹人は、自らが数日かけて築き上げた大浴場の残骸と、今まさに踏みにじられそうになったステージを見つめ、そして、空の亀裂の奥でゲラゲラと嗤う『炎上神ワイズ』の紋章を真っ直ぐに睨み上げていた。
古代のバケモノ(死蟲将軍機)をそそのかし、ポポロ村を燃やそうとした黒幕。
そして今度は、ただの娯楽(ヤラセ配信)のために、鷹人たちが守り、作り上げてきた平和な『現場』を、ゴミのように破壊しようとしたクソクライアント。
ギリッ。
鷹人は、口に咥えていたゴールデンバットを、怒りのあまり力強く噛み千切った。
「人が……俺の仲間たちが、どんな思いでこの村で汗流して働いてると思ってやがる」
鷹人の目は、今まで見せたことのない、完全な『殺意』に染まっていた。
ポケットから100円ライターを取り出し、新しいタバコを咥えて火をつける。
カチッ。
その小さな音が、異様に大きく響き渡った。
「高みで見物してる三流神気取りか知らねえがな。……現場の労働者を舐めんじゃねえぞ」
鷹人は紫煙を深く吐き出し、口角を獰猛に吊り上げた。
「おい、フェイト。キャルル。そしてポンコツ人魚」
鷹人の声に、三人が一斉に振り返る。
「まずは、あのバカでかい生ゴミ(深海魚)を物理的に解体する。……そのあと、あの空の向こうでふざけてるクソクライアントを、テメェの玉座ごとぶっ殺すぞ」
理不尽な神のヤラセ配信に対する、現場監督の静かで、最も恐ろしいブチギレ。
村を、仲間を、そして彼女たちのステージを守るための、最強の逆襲(解体工事)が今、幕を開けた。




