EP 7
ポポロ村・シェアハウス協奏曲とドラム缶もつ鍋
日が沈み、ポポロ村に夜の帳が下りる頃。
赤城鷹人が建てた自警団詰所(プレハブ小屋)の前に置かれた、半分に切られたドラム缶。その下では薪がパチパチと爆ぜ、上部の鉄板では凄まじい匂いを放つ『茶色いスープ』がグツグツと煮えたぎっていた。
――【廃品召喚:業務用冷凍牛モツ(3kg)& 大量のニラ、キャベツ、スライスニンニク】
鷹人が【スクラップPt】を使って喚び出した地球の廃棄食材を、醤油ベースの特製スープで煮込んだ、労働者のための最強のスタミナ食『特大ドラム缶もつ鍋』である。
鷹人が味見をして、「よし、完成だ」と呟き、ゴールデンバットに火をつけようとした瞬間だった。
ガララッ!! と、プレハブの扉が勢いよく開け放たれた。
「現場監督! パトロールの報告に来てやったぜ! おっ、なんだこの致死量のニンニクと脂の暴力的な匂いは!」
最高級のミスリルアーマーを纏ったフェイトが、鼻をヒクヒクさせながら転がり込んでくる。
「鷹人ぉ! 今日の村長のお仕事、全部終わらせたわよ! はわわ……す、すごい美味しそうな匂い……!」
フェイトを突き飛ばすようにして、ウサギの耳をピンと立てたキャルルが、特注安全靴の音を響かせて現れる。
「プロデューサー! 本日のライブレッスン(反復横跳び)を終え、圧倒的カロリー不足に陥っております! お肉を! アイドルに良質な脂をぉぉっ!」
最後に、えんじ色の芋ジャージを着たリーザが、飢えたゾンビのような足取りで這い寄ってきた。
鷹人はゴールデンバットの煙をふぅっと吐き出し、三人の顔を呆れたように見渡した。
「……テメェら、俺のメシの完成時間をどうやって察知してやがる。ハナから夕飯目当てでたかってきやがって」
「固いこと言うなよ! 同じ釜の飯を食う家族みたいなもんだろ、俺たち!」
「そうよ! 鷹人の作ったご飯を食べるのが、私の一番の幸せなんだから!」
「お賽銭(食費)は出せませんが、食後のライブで還元しますわ!」
「うるせえ。……まぁ、作りすぎたからな。食え」
鷹人が顎でドラム缶をしゃくった瞬間、凄まじい『争奪戦』のゴングが鳴り響いた。
「うおおおおっ! モツだ! このぷるぷるの脂の塊、俺の筋肉が求めてるぜ!」
フェイトが目にも留まらぬA級の剣術(箸さばき)で、鍋の中の大きな牛モツを次々と自分の取り皿に確保していく。
「ちょっとフェイト! ずるいわよ! その一番大きなお肉は、私が鷹人にあーんして食べさせてあげる用なんだから!」
キャルルがダブルトンファーを抜かんばかりの勢いでフェイトに抗議するが、フェイトの箸は止まらない。
「早い者勝ちだろ! よし、ここで俺のユニークスキル【コイントス】を発動する! 表が出たら、俺の箸のスピードは今の3倍になるぜ!」
フェイトが悪びれもせずに銀貨を取り出し、親指でピンッと高く弾き飛ばした。
空中でキラキラと回転する銀貨。これが表になれば、フェイトの圧倒的無双でモツは全滅する。
だが、その時。
「――させませんわ!! アイドルを甘く見ないでくださいませ!!」
芋ジャージのリーザが、凄まじい肺活量で息を吸い込んだ。
彼女の鼻の穴には、いつの間にか『ピカピカに磨き上げられた五円玉』が装填されていた。
「喰らえ! 【五円玉ノーズシュート】ぉぉぉっ!!」
フンッ!! という強烈な鼻息の破裂音と共に、リーザの鼻から発射された五円玉が、弾丸のような速度で宙を舞い――フェイトのコイントスの銀貨のド真ん中にクリーンヒットした。
カキィィンッ!!
「ギャアアアッ!? 俺の神聖なギャンブル(コイントス)が、鼻水まみれの五円玉に撃墜されたァァッ!?」
フェイトが頭を抱えて絶叫する。銀貨はあらぬ方向へ飛んでいき、無情にも『裏(ステータス低下)』の面を上にして地面に落ちた。
途端にフェイトの動きが、スローモーションのように鈍くなる。
「ふはははっ! 勝者、リーザ・リヴァイアサン! この極上のモツは、私の血肉となりますの!」
リーザが高笑いしながら、フェイトの取り皿からモツを根こそぎ奪おうと箸を伸ばす。
「二人とも、行儀が悪いわよッ!!」
ドゴォッ!!
キャルルの容赦ない特注安全靴のローキックが、フェイトとリーザのすねを同時に打ち据えた。
「あべぇっ!?」
「ひぎゃあっ!?」
月兎族の恐るべき脚力と、鷹人特製の安全靴の鉄芯。二人は綺麗に折り重なるようにして、プレハブの床に崩れ落ちた。
「まったく……鷹人がせっかく作ってくれたご飯なんだから、もっと味わって、仲良く食べなさいよね」
キャルルはウサギの耳をパタパタさせながら、ふんす、と胸を張る。そして、一番大きなぷるぷるの牛モツを箸で摘むと、満面の笑みで鷹人の方へ振り返った。
「はい、鷹人ぉ♡ あ~ん♡」
「……」
鷹人は、カオス極まりない骨肉の争いを横目に、自分の小皿に盛ったモツとキャベツを無言で咀嚼していた。
「……お前ら、モツばっかり狙ってねえで野菜も食え。ニラとキャベツが泣いてるぞ」
鷹人はキャルルの「あ~ん」を華麗にスルーし、タバコを咥え直しながら、床で呻いているフェイトとリーザを見下ろした。
「あと、現場のルールを守らねえ奴には、明日の朝飯は作らねえからな」
その低く静かな一言に、床に倒れていた二人がバネ仕掛けのように飛び起きた。
「「申し訳ありませんでした現場監督!!」」
三人は即座に正座に近い姿勢でドラム缶を囲み、「いただきます」と手を合わせて、今度はおとなしく、しかし猛烈な勢いで鍋をつつき始めた。
「美味ぇ……! なんだこの濃厚なスープ! イモッカが進みまくるぜ!」
「キャベツが甘いですわ! ニンニクとお肉の旨味を全部吸って、主役級の輝きを放ってますの!」
「鷹人、とっても美味しいよ! はい、鷹人もお野菜食べてね!」
キャルルが甲斐甲斐しく鷹人の皿に野菜を取り分け、リーザがハフハフと熱いモツを頬張り、フェイトがジョッキで酒を流し込む。
騒々しくて、呆れるほどアホらしくて、けれど、ひどく温かい。
プレハブ小屋の前に響き渡る、三人の笑い声と鍋の煮える音。それはまるで、出来の悪い家族が奏でる、最高に心地よい協奏曲のようだった。
「……まぁ、悪くねえか」
鷹人は、100円ライターで新しく火をつけたゴールデンバットの煙を、星空に向けて細く吐き出した。
理不尽な神のくしゃみで飛ばされた異世界。
最初は帰り道を探すことだけを考えていたが、今は違う。
自分の背中を預けられるクズな相棒。自分を真っ直ぐに慕ってくれる不器用なウサギ。そして、新しく転がり込んできた、やかましくて強欲な人魚。
この騒がしい日常こそが、今の鷹人にとって、何よりも守るべき『現場』だった。
絶対に、誰にも壊させはしない。鷹人は心の奥底で、静かにそう誓っていた。
だが。
彼らが鍋を囲み、平穏な笑い声を上げているその瞬間。
ポポロ村のはるか上空、星々が瞬く夜空の向こう側で、空間がガラスのように『ピキッ……』と微かなヒビ割れの音を立てていたことに、鷹人たちはまだ気づいていなかった。
『あーっはっはっはっ!! いいねぇ、仲良しこよしで! 炎上神ワイズ様のゴッドチューブ、次回の特別企画はコレだ!』
天の上の玉座で、不気味な嘲笑が響き渡る。
『――ほのぼの農村に、深海のバケモノをドロップしてみた! 最高にバズる画が撮れそうだねぇ!』
理不尽な神の悪意は、もうそこまで迫っていた。
嵐の前の静かな夜は、特大もつ鍋の匂いと紫煙と共に、ゆっくりと更けていく。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




