EP 6
地下アイドルの特等席と、廃材のステージ
「♪絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば山となる! 御縁をちょーだい、キラキラ☆キラリ……!」
昼下がりのポポロ村の広場に、甲高くもよく通る、不思議なほど耳に残る歌声が響いていた。
広場の中央で、ルナミスデパートの特売品である『えんじ色の芋ジャージ』に健康サンダルという絶望的なファッションの美少女が、木箱――タローマートで廃棄されたみかん箱の上に立ち、全力の笑顔で歌い踊っている。
海中国家シーランの王女にして、極貧地下アイドルのリーザである。
だが、その熱唱に立ち止まる者はいない。
「おや、リーザちゃん。今日も元気だねぇ」
「農作業のBGMにはちょうどいいな。ほら、月見大根の納品急ぐぞ」
村人たちは温かい笑みを浮かべて通り過ぎていく。彼らにとって、広場で歌うリーザの姿はすっかり日常の風景になっていたが、それは決して『アイドルのライブ』として見られているわけではなかった。
ポポロ村の住人は、生きるための労働で忙しいのだ。足を止めて歌に聴き入るような、都会の貴族のような暇はない。
「……ハイ! スパチャ、よろしく……っ!」
最後のポーズをキメたリーザだったが、目の前には誰もいない。
彼女はゆっくりと腕を下ろし、みかん箱から降りると、ウサギのようにしゅんと肩を落とした。
「……限界集落のドサ回りってのも、楽じゃねえな」
広場の隅。自警団の詰所の壁に背中を預け、ゴールデンバットをふかしていた赤城鷹人が、呆れたように声をかけた。
「あっ……鷹人プロデューサー……」
リーザは健康サンダルをペタペタと鳴らして歩み寄ると、鷹人の隣にしゃがみ込んだ。
「やっぱり、私の歌じゃダメなんでしょうか……。こんなジャージ姿で、みかん箱の上なんかで歌ってるから、誰も立ち止まってくれないんですの……」
いつもの図太い彼女らしからぬ、弱気な言葉。
鷹人は携帯灰皿にタバコの灰を落とすと、昨日喚び出した地球の廃棄食料の中から、少し凹んだ缶ジュースを一本取り出し、リーザの頭にポンと乗せた。
「冷えてるぞ。飲め。喉潰す気か」
「あ、ありがとうございますぅ……」
リーザは冷たい缶ジュースを両手で包み込むように握りしめ、プルタブを開けた。甘い果汁を少しだけ口に含み、ぽつりと呟く。
「……鷹人さん。私、ファン達の『時間』を奪いたいんです」
不意にこぼれ落ちたその言葉に、鷹人はタバコを咥えたまま視線を向けた。
「時間を奪う?」
「そうです。この村の皆さんも、ルナミス帝国の皆さんも、毎日すごく一生懸命に働いて……辛いことや、明日の生活のこと、考えなきゃいけない不安がたくさんあるはずです」
リーザの海色の瞳の奥に、ただの純真さではない、ある種の狂気にも似た『執着の炎』が揺らめいた。
「でも、私がステージに立って歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの。……だから、私はファン達の『世界』そのものになりたいんです。彼らの視線も、お金も、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんです」
それが、彼女の真実。
パンの耳をかじり、野良犬と死闘を演じてでも『アイドル』にしがみつく理由。
ただの守銭奴ではない。他人の重圧や苦しみをすべて自分が「奪い去る(背負う)」という、神への生贄にも似た究極の自己犠牲と強欲のハイブリッド。
どんなに底辺に落ちぶれようと、彼女は真の意味で人々を救済しようとする、本物の『アイドル(偶像)』だったのだ。
「……なるほどな」
鷹人は、深く吸い込んだ紫煙をゆっくりと空へ吐き出した。
そして、リーザが先ほどまで立っていた『みかん箱』の前に歩み寄ると、安全靴のつま先で、それを軽く蹴り飛ばした。
バキッ。
劣化した木箱が、あっさりとひしゃげて崩れる。
「ああっ!? わ、私のかけがえのないステージが! な、何をするんですの!?」
「バカ野郎。お前みたいなバカでかい『強欲』を乗せるには、こんなちっぽけな箱じゃ強度が足りねえ。構造上の欠陥だ」
鷹人は100円ライターをポケットにしまうと、脳内のインターフェースを開いた。
温泉掘削や村の防衛で使い切っていなかった【スクラップPt】を、ここで惜しげもなく投入する。
(カテゴリー:イベント・ライブ用産業廃棄物。……本気の仕事だ。最高にイカれた『舞台』の機材、全部持ってこい!)
――【廃品召喚:大型野外ライブ用 鉄骨トラス & PAスピーカー群 & LED投光器 & 業務用ポータブル発電機】
ズドォォォォォンッ!!!
ポポロ村の広場の中央に、突如として黒光りする無骨な鉄の塊の山が出現した。
地球の野外フェスで使い古され、廃棄された本物のライブ機材たち。サビが浮いている部分もあるが、その堅牢さと圧倒的な存在感は、ファンタジー世界の木造建築とは一線を画している。
「な、ななな、なんですかこれぇぇっ!?」
リーザが缶ジュースを取り落としそうになって叫ぶ。
「お前が本気で歌って、村の連中の時間を奪うって言うなら……現場は、俺が作ってやる」
鷹人は作業着の襟を立て、溶接マスクを被った。
そして、傍らに喚び出したポータブル発電機のスターターロープを勢いよく引っ張る。
ブルルルルンッ!! と、重厚なエンジン音が鳴り響いた。
「おいポンコツ! ぼーっと見てねえで、配線のケーブルを持て! 図面は俺の頭ン中にある、指示通りに動け!」
「は、はいっ!!」
そこからは、まさに元工作部隊員としての独壇場だった。
バチバチバチッ! と激しい火花を散らしながら、鷹人は異常なスピードで鉄骨を組み上げていく。数十キロある巨大なPAスピーカーを軽々と持ち上げ、完璧な音響計算の元に配置し、頭上には無数のLED投光器を取り付ける。
リーザも芋ジャージを真っ黒に汚しながら、鷹人に言われるがままに太い電源ケーブルを引き回した。
「よし……結線完了だ」
作業開始からわずか一時間。
みかん箱が置かれていた広場の中央に、地球のテクノロジーとスクラップの無骨さが融合した、威圧感すら漂う『特設野外ライブステージ』が完成していた。
鷹人は溶接マスクを外し、発電機のメインブレーカーを「ガチャン」と押し上げた。
バァァァァァンッ!!
真昼間であるにも関わらず、ステージに設置されたLED投光器が一斉に点灯し、目を焼くような眩い光の柱を放った。
さらに、巨大なPAスピーカーからは、マイクの電源が入ったことを知らせる「ブゥゥン……」という、内臓を震わせるような重低音が鳴り響く。
「……す、すごい……」
リーザは、目の前にそびえ立つ己の『城』を見上げ、口を半開きにしたまま震えていた。
王宮にあったどんな豪華な舞台よりも、泥臭くて、鉄の匂いがして、圧倒的に強そうなステージ。
「これなら、誰もお前を素通りできねえだろ。……お前のバカでかい強欲も、全部受け止めてやるよ」
鷹人は、煤で少し汚れた顔のままニヤリと笑い、ステージの中央に設置されたマイクスタンドを顎でしゃくった。
「ほら、上がれ。お前の特等席だ」
「た、鷹人プロデューサー……っ!!」
リーザの大きな海色の瞳から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。
彼女はみかん箱の時のような作り笑いではなく、子供のように顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくりながら、鷹人の胸に思い切り飛び込んだ。
「うわぁぁぁんっ! ありがとうございますぅぅっ! 私、私、絶対にトップアイドルになりますぅ! この命に代えても、プロデューサーについていきますわぁぁっ!!」
「痛ぇよ! バカ、鼻水を俺の作業着で拭くな!」
鷹人は口では文句を言いながらも、そのゴツゴツとした大きな手で、泣きじゃくる人魚の頭をワシワシと少し強めに撫でた。
「お前はもう、ただの居候じゃねえ。俺の現場の専属アーティストだ。しっかり稼いで、食い扶持以上の仕事を見せろ」
「はいっ! はいっ!!」
広場の異変と眩い光に気づき、村人たちが何事かと次々に集まってきている。フェイトやキャルルも、驚いた顔で駆けつけてきた。
リーザは涙を腕で乱暴に拭うと、芋ジャージの裾を翻し、特注のスクラップステージへの階段を駆け上がった。
マイクスタンドの前に立つ。
その顔にはもう、迷いも悲壮感もなかった。
「――ポポロ村の皆様! 私の愛の歌、受け取ってくださいませ!!」
PAスピーカーから爆音で放たれた彼女の声は、広場の空気を完全に支配した。
理不尽な世界で泥水をすすってきた地下アイドルが、最強の現場監督という己の『世界』を見つけ、真の覚醒を果たした瞬間だった。
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