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EP 2

A級冒険者は、コイントスで熟睡する

 老商人の荷馬車に揺られること数時間。

 木々が切り開かれた先に、石と丸太で組まれた頑丈な防壁に囲まれた集落が見えてきた。

 ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国。三大国家の思惑が交差する緩衝地帯であり、世界で最も平和で、世界で最も物騒な村——ポポロ村である。

「いやあ、本当に助かりました。鷹人さんと言いましたか。貴方のような凄腕の護衛がいなければ、今頃どうなっていたか……」

「護衛じゃねえよ。俺はただの迷子だ。それに、あんたの持ってた干し肉、結構美味かったからな。その飯代ってとこだ」

 鷹人は荷台の上であぐらをかきながら、タバコの煙をふかした。

 眼下に広がる村の畑では、丸々とした『月見大根』や、奇妙な形をした『太陽芋』が栽培されているのが見える。のどかな農村風景だが、防壁の作りや見張り台の配置は、素人目に見ても軍事拠点に近い。

(……ただの田舎村じゃねえな。インフラの基礎がしっかりしてる。前線基地ベースキャンプにするには悪くない現場だ)

 村の正門に到着すると、そこには一人の男がパイプ椅子のようなものに深く腰掛け、サボり……いや、見張りをしていた。

 年の頃は鷹人と同じ二十代半ば。金髪の陽気そうな好青年だが、全身に装備しているのは、太陽の光を反射してギラギラと輝く最高級の『ミスリルアーマー』だった。

 チャリン。

 男は親指で銀貨を弾き上げ、器用にキャッチしてはまた弾くという動作を、退屈そうに繰り返している。

「おや、フェイトさん。今日も警備ご苦労様です」

 老商人が声をかけると、ミスリルの男——フェイトは、面倒くさそうに片目をうっすらと開けた。

「んー? ああ、爺さんか。無事に戻ってきたな。……で、そっちのガラが悪くて、ニンニクとヤニの匂いがキツい兄ちゃんは?」

「命の恩人ですよ。道中、野盗に襲われましてね」

「へえ」

 フェイトは椅子から立ち上がると、鷹人の全身を値踏みするようにジロリと見た。魔法の気配も闘気も感じない、ただの薄汚れた作業着の男。しかし、その立ち姿には一切の隙がない。

「俺はフェイト・ラック。A級冒険者にして、このポポロ村の自警団リーダー(月給30万)を任されてる。よろしくな、ヤニカス兄ちゃん」

「赤城鷹人だ。よろしくな、パチンカス兄ちゃん」

 鷹人が即座に言い返すと、フェイトは目を丸くした直後、ニヤリと笑った。

「ハッ、言うじゃねえか。俺はパチンカスじゃない。未来の可能性に投資している投資家だ」

「どこの現場でも、借金抱えてる奴は全員そう言うんだよ」

 鷹人がゴールデンバットの灰を携帯灰皿に落とした、その時だった。

 カン! カン! カン! カン!

 村の見張り台から、けたたましい半鐘の音が鳴り響いた。

「魔獣だ!! 森の方からロックバイソン(牛型魔獣)のはぐれ個体が三頭、こっちに突っ込んでくるぞ!!」

 見張りの村人の悲鳴に近い声が響く。

 ロックバイソン。角が岩で構成された巨大な猛牛であり、まともに突進を受ければ、木造の家屋など一撃で粉砕される危険な魔獣だ。

 地面を揺らす重低音が、ズシン、ズシンと急速に村の門へと近づいてくる。

「おい、自警団リーダー。お前の出番シフトだぞ」

 鷹人が顎で森の方をしゃくると、フェイトは大きく、とても大きくため息をついた。

「あー……悪い、鷹人。俺、急用思い出したわ」

「あ?」

「実はな、親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の飼ってる犬が、さっき死んだ気がするんだ。今すぐ葬式に行かないと、俺、人間として大事なものを失う気がする」

「全く関係ねえじゃねえか!! 嘘つくにしてももうちょいマシな言い訳考えろ!」

 鷹人が即座にフェイトの胸ぐらを掴んで怒鳴るが、フェイトは全く悪びれる様子がない。

 彼は右手に持っていた一枚のコインを、鷹人の目の前にスッと掲げた。

「俺のユニークスキルは【コイントス】だ。これで表が出たら、俺の能力は2倍になる。逆に裏が出たら、極度の疲労で強制的に寝込む。……つまり、俺が戦うかどうかは、幸運の女神こいつ次第ってわけだ」

「お前、A級冒険者だろうが。コイントスなんかに命預けてんのか?」

「命を賭けるから、ギャンブルは最高にヒリつくんだよ」

 フェイトは胸ぐらを掴まれたまま、親指でピンッ!とコインを天空高く弾き飛ばした。

 空中でキラキラと回転するコイン。

 ズシン、ズシンと迫り来るロックバイソンの巨体が、森の木々を薙ぎ倒して正門の前に姿を現した。

 パシッ。

 フェイトが手の甲にコインを落とし、反対の手で覆い隠す。

「……さぁて、女神様はどっちに微笑んだかな?」

 ゆっくりと手をどける。

 そこにあったのは、見事な『表』だった。

「……チッ。ハズレかよ。今日は寝ていたかったのによォ」

 フェイトが悪態をついたその瞬間――空気が変わった。

 先ほどまでの怠惰な空気が嘘のように霧散し、フェイトの全身から膨大な『闘気』が陽炎のように立ち上る。ユニークスキル【コイントス】の成功による、ステータスの強制倍化だ。

「おい鷹人。手を離せ。血が飛ぶぞ」

 言葉が終わるよりも早く、フェイトの姿がブレた。

 ヒュンッ! という風切り音と共に、フェイトは突進してくる三頭のロックバイソンの正面へと一瞬で跳躍していた。

 両手で抜剣された二振りのミスリルソード。

「——『双連・閃』」

 銀色の閃光が、空中で二本の線を引いた。

 音すら置き去りにする、神速の斬撃。

 交差したフェイトが着地し、カチャリと二振りの剣を鞘に収めた瞬間——三頭の巨大なロックバイソンの巨体は、硬い岩の角ごと見事に真っ二つに両断され、ズズンッ! と地響きを立てて沈んだ。

 一撃必殺。

 村人たちが安堵の歓声を上げる中、鷹人はタバコを咥えたまま、目を細めてフェイトの残心を見ていた。

(……速え。剣の軌道に一切の無駄がない。重心の移動も完璧だ。ふざけたスキルと性格をしてるが、戦闘の基礎ベースは極限まで叩き上げられてやがる。間違いなく、本物のプロだ)

 一人で無双する気はない鷹人にとって、現場に「使える駒」がいるのは大歓迎だった。性格に難があろうが、職人は腕がすべてだ。

「ふぁ~あ……あー、ダルい。一瞬で終わらせたせいで、余計に眠くなってきた……」

 フェイトはあくびをしながら鷹人の元へ戻ってくると、チラリと鷹人の口元を見た。

「おい、ヤニカス兄ちゃん。その口に咥えてる美味そうなタバコ、一本くれよ」

「俺のは安物の『ゴールデンバット』だ。お前みたいなミスリル着てる金持ちの口には合わねえよ」

「ルナミス新聞の懸賞で当てた装備だから、俺の財布はスッカラカンなんだよ。いいから火を貸せ」

 鷹人は呆れたように鼻を鳴らすと、胸ポケットからタバコの箱を取り出し、フェイトに一本投げ渡した。そして、100円ライターで火を点けてやる。

「……フゥー。キツい煙だが、悪くねえな」

「クズだが、腕は立つ。お前のことだ、フェイト」

 鷹人の現実的で飾らない評価に、フェイトは少しだけ驚いた顔をした後、嬉しそうに笑った。

「違いねぇ。お前も、ただの迷子にしちゃ、随分と肝が据わってる現場監督だ」

 タバコの煙を空に吐き出す二人の男。

 全く正反対の性質を持つ二人が、奇妙な悪友としての信頼関係を築き始めた、その時だった。

「お疲れ様!! フェイト!! それと、そこの見慣れない怪我人!!」

 突如、爆音と共に正門の地面が陥没した。

 巻き上がる土煙の中から、タローマン製の特注安全靴を履いた、ウサギの耳と尻尾を持つ小柄な少女が、凄まじい勢いで着地してきたのである。

読んでいただきありがとうございます。

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