EP 4
風呂と重機と、泥だらけの現場監督
「さぁさぁ、いらっしゃいませ! シーラン国が誇るトップアイドルにして人魚姫である、このリーザちゃんがたっぷりと浸かった、美肌効果抜群の『人魚のお出汁入り特製バスウォーター』ですわ! 今ならなんと、一瓶につき銀貨一枚の大特価!」
ポポロ村の村長宅の庭先で、えんじ色の芋ジャージを着たリーザが、大量のガラス瓶を並べて甲高い声を張り上げていた。
瓶の中に入っているのは、ほんのりと白濁したただのお湯である。
「ちょっとリーザちゃん! 何を勝手にうちのお風呂のお湯を瓶詰めして売ろうとしてるの!?」
ウサギの耳を逆立てたキャルルが、慌てて家の中から飛び出してきた。
「キャルル先輩、これは立派なアイドルビジネスですぅ! ファンの皆様に私のエッセンスを届けるための尊い――」
ボフゥゥゥンッ!!
プシューーーッ……。
リーザの言葉を遮るように、キャルルの家の裏手から、黒煙と共に情けない破裂音が響き渡った。
「ああっ!? うちの魔導ボイラーが!」
キャルルが悲鳴を上げて駆けつけると、お湯を沸かすための旧式の魔導ボイラーが、完全に真っ黒焦げになって沈黙していた。リーザがお湯を大量にボトリングしようと、魔力石を規定量以上に放り込んで連続稼働させた結果、寿命を迎えて爆発してしまったのだ。
「……朝っぱらから騒々しいな。今度は何を爆破したんだ、テメェら」
庭の騒ぎを聞きつけ、隣の自警団詰所から、口にゴールデンバットを咥えた鷹人がのっそりと現れた。後ろではフェイトが「またあのポンコツ人魚かよ……」と欠伸をしている。
「た、鷹人ぉ……! リーザちゃんが無理使いしたせいで、村長宅のボイラーが壊れちゃったの……! これじゃ、お風呂に入れないわ……」
キャルルが涙目で訴える。
「申し訳ありません神プロデューサー! 少しでもアイドル活動の資金(食費)を稼ごうとした結果がこれですぅ!」
リーザが地面にスライディング土下座を決める。
鷹人はボイラーの残骸を一瞥し、タバコの灰を落とした。
「完全にイカれてるな。中の魔力回路が焼き切れてる。修理するより新品買った方が早いぜ」
「そんな……村の予算は防壁建設でギリギリなのに。それに、ポポロ村には小さい共同浴場が一つしかないから、村の皆も順番待ちで苦労してるのよ……」
キャルルが肩を落とす。
農業や畜産、さらには自警団の訓練で、ポポロ村の住人たちは毎日泥や汗にまみれて働いている。一日の疲れを癒す風呂の時間は、彼らにとって何よりの楽しみだったのだ。
鷹人は、しょんぼりと耳を垂らすキャルルと、土下座したままプルプル震えるリーザを見下ろし、フッと鼻を鳴らした。
「……個人の家の風呂直すより、いっそ村の連中全員が足伸ばして入れる『デカい風呂(大浴場)』を作っちまえばいいだけの話だろ」
「えっ?」
鷹人は携帯灰皿にタバコをしまうと、腕まくりをした。
「村の外れに、少し地熱が高い場所があったな。あそこの地脈をブチ抜いて、温泉を引く。……おい、お前ら。作業着の準備をしろ。大工事になるぞ」
* * *
ポポロ村の外れ、少し小高い丘の麓。
鷹人は脳内のインターフェースを開き、これまでに貯めた【スクラップPt】を大規模に解放した。
(カテゴリー:産業廃棄物。一番パワーのある掘削機と、廃工場のデカいボイラー、それに大量の鋼管を頼むぜ)
ズドォォォォンッ!!
空間が歪み、土煙と共に地球の建設現場の化け物が出現した。
無限軌道の上に巨大なドリルを搭載した『大型ボーリングマシン』。そして、廃工場で使われていた巨大な鉄のボイラーと、赤錆の浮いた太いパイプの山である。
「な、なんだアレは!? また鷹人さんが鉄のゴーレムを喚び出したぞ!」
噂を聞きつけて集まってきた村人たちが、ざわめきながら見守る。
「フェイト! キャルル! お前らは俺が掘り出した土砂と岩を、村の外へ運べ! リーザは……邪魔にならないところで声出し(応援)でもしてろ!」
「了解だぜ、現場監督!」
「任せて!」
「フレー! フレー! たーかーとー! ですわ!」
鷹人は作業着の襟を立て、タバコを咥えたままボーリングマシンの操縦席に乗り込んだ。
エンジンキーを回す。
ズドドドドドドッ!!
重低音と共に、巨大なドリルが回転を始め、大地に食らいついていく。
ガリガリガリッ! と硬い岩盤を削る音と、凄まじい振動が周囲を揺らす。鷹人はレバーを巧みに操り、ドリルの刃先の感覚だけで、地中深くの『地脈(水脈)』を探り当てていく。
「……硬てえな。だが、この下に確実に熱源がある」
泥水が吹き出し、鷹人の作業着や顔を黒く汚していく。
普通の魔導士なら、魔法でスマートに地面を掘るだろう。だが、鷹人は魔法など使えない。彼は純粋な機械の力と、自身の泥臭い労力だけで、道なき場所に道を作ってきた男だ。
真っ黒に泥まみれになりながらも、決して諦めず、真剣な眼差しでレバーを握り続けるその横顔。
その職人としての圧倒的な熱量に、見ていた村人たちは思わず息を呑んだ。
「……すげえ。鷹人さん、村の皆のためにあんなに泥だらけになって……」
「俺たちも手伝おう! 土砂の運搬なら俺たちにもできる!」
村の男たちが次々と名乗りを上げ、フェイトやキャルルと共に、スコップや一輪車で土砂を運び出し始めた。
「よし、そろそろだな……!」
鷹人がドリルの回転速度を上げ、最後の岩盤を突き破った瞬間。
ゴボァァァァァッ!!
ドリルの穴から、凄まじい勢いで熱湯と蒸気が間欠泉のように噴き出した。
「出たぞぉぉぉっ!! 温泉だぁぁっ!!」
村人たちから割れんばかりの歓声が上がる。
「騒ぐな、まだ終わってねえ。配管を繋ぐぞ!」
鷹人はドリルを引き抜き、すぐさま溶接機を手に取った。
噴き出す熱湯と泥を全身に浴びながら、巨大な廃ボイラー(温度調整用)と鋼管を繋ぎ合わせ、湯の道を作っていく。
バチバチバチッ! と青白い火花が散り、鷹人のタフな両腕が鋼鉄を組み上げていく。
数時間後。
廃材の鉄骨とトタン、村の木材を組み合わせて作られた、即席ながらも広大で立派な『ポポロ村大浴場』が堂々たる完成を見た。
「……ふぅ。これで現場は終わり(フィニッシュ)だ」
鷹人は溶接マスクを外し、額の汗と泥を腕で拭った。
疲労困憊のはずだが、彼の顔には心地よい達成感が浮かんでいる。
「た、鷹人……!」
キャルルが、感極まった顔で駆け寄ってきた。
「すごい、本当に温泉ができちゃった……! これで村の皆が、毎日温かいお風呂に入れるのね……!」
「ああ。仕事終わりの風呂は、現場の労働者にとって最高の娯楽だからな」
鷹人は新しいゴールデンバットを咥え、100円ライターで火をつけた。
「鷹人さん、ありがとう!!」
「アンタはポポロ村の英雄だ!!」
村人たちが口々に感謝の言葉を叫び、鷹人に深々と頭を下げる。
その熱狂的な尊敬の眼差しに、鷹人は照れくさそうに頭を掻いた。
「英雄じゃねえよ。俺は現場監督だからな。作業員(村人)の福利厚生をキッチリ整えるのは、上に立つ人間の当然の責任だ」
見返りを求めず、ただ村人たちの笑顔と生活のために、誰よりも泥だらけになって汗を流す。
その圧倒的な包容力と有能さに、村人たちの鷹人に対する株は完全にストップ高を記録していた。
「キャーッ! 鷹人プロデューサー、抱いてぇぇぇっ!!」
テンションの上がったリーザが芋ジャージ姿で飛びついてこようとしたが、キャルルが安全靴でリーザの襟首を踏んづけて阻止した。
「あんたは大人しくしてなさい! 鷹人に泥がついちゃうでしょ!」
「もう泥だらけだっつーの」
フェイトが笑いながら鷹人の肩を叩く。
「お疲れさん、現場監督。一番風呂は、お前が入りな」
「バカ言え。こういうのは、村のジジババや子供たちが先に入るもんだ。俺は後でゆっくり浸からせてもらうさ」
鷹人はタバコの煙をふぅっと空に吐き出した。
夕暮れの空の下、完成したばかりの大浴場から立ち上る白い湯気。
村人たちの歓声と笑顔に包まれながら、泥だらけの現場監督は、今日もまた一つ、この理不尽な世界に温かい『帰るべき場所』を創り上げたのであった。
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