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EP 3

サボり魔の矜持と、一服の紫煙

 ポポロ村の東側に広がる森との境界線。

 かつて鷹人が鋼鉄の防壁を築いたのは村の主要な防衛ラインだが、この東側の一部は地形の起伏が激しく、未だに古い木柵が残されたままになっていた。

 長年の雨風と、森の湿気によって根元が腐りかけたその木柵を前に、赤城鷹人はゴールデンバットを咥えながら、眉間に深いシワを寄せていた。

「……こりゃ酷えな。土台が完全にイカれてる。ちょっと強風が吹いただけで倒壊するぞ」

 鷹人は安全靴のつま先で木柵を軽く蹴りながら、現場の状況を把握する。

「今日中にこの一帯の木柵を引き抜いて、新しい丸太と入れ替える。……おい、自警団リーダー。お前の出番だぞ」

 鷹人が振り返ると、そこには最高級のミスリルアーマーを纏った金髪の剣士――フェイト・ラックが、木陰の切り株に座り込んで大あくびをしているところだった。

「あー、わりぃ鷹人。俺、今日はどうしても作業を手伝えねえ用事があるんだわ」

 フェイトがダルそうに目を擦りながら、ポケットから一枚の銀貨を取り出す。

「理由を言ってみろ」

「実はな、俺の親戚の飼ってた猫が、急に悟りを開いて宇宙へ旅立っちまったんだよ。だから俺、今から空に向かって祈りを捧げねえといけなくて――」

「宇宙に行ったなら猫じゃなくて宇宙飛行士だろ。いい加減、言い訳のレパートリーの次元を越えてきてんぞ」

 フェイトが親指でコインを弾き飛ばそうとした瞬間。

 鷹人は無言で手を伸ばし、フェイトの胸ぐらをガシリと掴み上げた。

「なっ!? おい鷹人、離せ! ギャンブラーの神聖な儀式を邪魔する気か!」

「うるせえ。お前のそのコイントスで裏が出たら、また俺一人で作業するハメになるだろうが。……今日は強制労働だ。剣を抜け」

「チクショウ! ブラック現場監督め!」

 フェイトは悪態をつきながらも、鷹人の有無を言わせぬ圧力に渋々ミスリルソードを抜いた。

 彼らがやるべき仕事は、森から切り出したばかりの丸太を、柵の規格に合わせて正確に切断することだ。

「いいか、長さはきっちり3メートルだ。1センチでも狂えば土台に隙間ができる。A級冒険者の腕の見せ所だぞ」

「剣を大工道具扱いすんのはお前だけだぜ、まったく……」

 フェイトはぼやきながらも、集中して闘気を練り上げた。

 シュッ、シュッ!

 銀色の閃光が走る。フェイトの振るうミスリルソードは、太い丸太をまるで豆腐のように滑らかに、そして鷹人の指定した寸法通りの長さで完璧に切り落としていった。

 サボり魔でクズな性格をしているが、剣の腕だけは本物だ。彼の太刀筋には、日々の血の滲むような鍛錬の跡が確実に刻まれていた。

「よし、寸法ヨシ。キャルルが運んできた分はこれで終わりだな」

 鷹人は切り出された丸太をチェックし、満足げに頷いた。

「はぁ……終わった終わった。じゃ、俺はこれで帰ってルナキンでイモッカを――」

 フェイトが剣を鞘に収めようとした、その時だった。

 ガサガサガサッ!!

 東側の深い森の茂みから、突如として異様な殺気が膨れ上がった。

「……チッ!」

 鷹人が咄嗟に携帯灰皿にタバコをしまい、身構える。

 飛び出してきたのは、血走った眼をした灰色の狼型魔獣――『フォレスト・ウルフ』の群れだった。その数、十頭以上。

 通常の狼よりも一回り大きく、非常に素早い。群れで連携して獲物を狩る、森の厄介者だ。

「グルルルルッ……!」

 魔獣たちは低く唸り声を上げながら、扇状に散開し、鷹人とフェイト、そして木柵の修理を手伝っていた数人の村人たちを完全に包囲した。

「マズいぞ鷹人! こいつら、数日前に森の奥でなわばり争いに負けて、腹を空かせて村に降りてきた群れだ!」

 フェイトが即座に状況を分析して叫ぶ。

「村人たちを下がらせろ! 俺が前衛タテになる!」

 鷹人はヤクザの押収品から極太の『鉄パイプ』を召喚し、村人たちを背にかばいながら前に出た。

 フォレスト・ウルフの群れが一斉に襲いかかってくる。

 鷹人は柔道の体捌きで先頭の一頭の牙を躱し、その脇腹に鉄パイプをフルスイングで叩き込んだ。

「キャンッ!?」

 鈍い音と共に魔獣が吹き飛ぶが、群れは止まらない。背後から別の一頭が鷹人の首筋を狙って跳躍する。

「チッ……!」

 鷹人が腕時計のメリケンサックで迎撃しようとした、その刹那。

「――『双連・閃』ッ!」

 極光のような二筋の斬撃が、空中のフォレスト・ウルフを完璧に十字に斬り裂いた。

 血しぶきが舞う中、静かに着地したのはフェイトだった。

 彼は双剣を構えたまま、鷹人の隣に並び立つ。

「遅えぞ、パチンカス」

 鷹人が口の端をニヤリと吊り上げると、フェイトは肩をすくめた。

「悪いな。村人を安全圏まで逃がすルートを計算してたんだよ」

 フェイトの周囲に、凄まじい密度の闘気が立ち上る。

 鷹人は、フェイトの腰のポーチに視線をやった。

 いつもなら、こういう多勢に無勢の状況では、彼は必ず『コイントス』を行い、ステータスの強制倍化というギャンブルに頼っていた。

 裏が出ればその場で眠りこけ、全滅の危機に陥るという最悪のリスクを孕んだ悪癖。

 だが、今のフェイトは、コインを取り出そうとはしなかった。

「……おい、いいのか? お前の大好きな運任せ(ギャンブル)はしなくて」

 鷹人が問うと、フェイトは前方の魔獣の群れから目を離さずに、フッと自嘲気味に笑った。

「やめだ、やめ。……俺がコイントスに頼ってたのは、自分の実力に責任を持つのが怖かったからだ。もし本気で戦って負けたら、俺の全部が否定される気がしてな」

 フェイトは双剣の柄を、ギリッと強く握りしめた。

「でもよ。背中を預けられる現場監督バカが横にいて、守るべき村人たちが後ろにいるのに……サイコロの目なんかに命を預けてられるかよ」

 フェイトの瞳から、かつての逃げ腰のギャンブラーの影は完全に消え去っていた。

 そこにあるのは、このポポロ村の自警団リーダーとしての、本物のA級冒険者としての『覚悟』だった。

「……上等だ。お前の剣の邪魔をする奴は、俺が全員足止めしてやる。存分に斬り刻め」

「了解だぜ、現場監督!」

 鷹人とフェイトが同時に地を蹴った。

 魔獣の群れが牙を剥いて殺到する。だが、彼らの連携は完璧だった。

 鷹人が鉄パイプで魔獣の突進を捌き、バランスを崩させた隙を、フェイトの神速の双剣が的確に刈り取っていく。

「オラァッ!!」

 鷹人の回し蹴りが一頭の顎を砕き、宙に浮いたところを、フェイトの白熱する刃が両断する。

 魔法も、チート級のバフスキルもない。

 純粋な物理的戦闘力と、互いを信じ切った泥臭いチームワーク。

 フェイトはコイントスによるステータス倍化がなくても、群れの動きを正確に見切り、最小限の力で致命傷を与え続けていた。彼本来の実力が、責任感という重石を背負ったことで、限界を超えて研ぎ澄まされていたのだ。

 数分後。

 十頭以上いたフォレスト・ウルフの群れは、一頭残らず物言わぬ骸へと変わっていた。

「……ふぅ。終わったぜ」

 フェイトが剣の血糊を払い、カチャリと鞘に収める。

「怪我はねえか、フェイト」

「ああ、掠り傷一つねえよ。……俺、チートなしでも結構やれるじゃねえか」

 フェイトは少しだけ誇らしげに、自分の両手を見つめて笑った。

「当然だ。お前はA級の剣士だからな」

 鷹人も鉄パイプを消し、落ちていた丸太を足で転がした。

「ついでに、アイツらが倒した森の木で、今日のノルマ分の丸太は確保できたな。……フェイト、切り出し頼むぞ」

「人使いの荒い現場だぜ、まったく」

     * * *

 夕暮れ時。

 新しい木柵の設置作業が完了し、空は茜色に染まっていた。

 村人たちが鷹人たちに深く頭を下げて帰っていく中、鷹人とフェイトは、残った丸太に腰掛けて休んでいた。

「……」

 鷹人が胸ポケットからゴールデンバットを取り出し、100円ライターで火をつける。

 カチッ、と安っぽい音が響き、紫煙が夕空に立ち上る。

 鷹人は二口ほど吸うと、タバコの箱をフェイトの方に無言で差し出した。

「おっ。珍しく気前がいいじゃねえか」

 フェイトは嬉しそうに一本抜き取ると、自ら鷹人に顔を寄せ、鷹人の咥えたタバコの火からシケモクのように火をもらった。

 シュボッ、と葉が燃える音。

 二人は並んで座り、夕日を見つめながらタバコの煙を燻らせた。

「……サイコロに逃げなくなったじゃねえか」

 鷹人がポツリとこぼした。

「……まぁな」

 フェイトはタバコを指に挟み、フッと息を吐く。

「あんだけ偉そうに『現場の責任』だの何だのって語る、無茶苦茶な現場監督が横にいるからな。俺一人だけ、運任せにして逃げるわけにはいかねえだろ」

「クズだが腕は立つパチンカスから、ただの頼れる剣士に昇格だな」

「褒めるならもっと素直に褒めろよ。……でも、悪くねえ気分だ。自分の力で守り切るってのもな」

 フェイトは少しだけ照れくさそうに笑い、もう一度タバコを深く吸い込んだ。

 言葉は多くない。

 互いの実力を認め合い、命を預け合う。

 ポポロ村の境界線で、二つの紫煙が夕風に溶け合っていく。

 かつてはコイントスで人生を決めていた男は、自らの意思で剣を振るう本物の『相棒』へと、確かな成長を遂げていた。

読んでいただきありがとうございます。

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