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EP 2

五円玉の錬金術と、現場の交渉術

 ポポロ村の広場は、月に一度の『定期市』の熱気に包まれていた。

 赤城鷹人たちが築き上げた漆黒の鋼鉄防壁によって、村の安全性は飛躍的に向上した。その噂を聞きつけた近隣の行商人や、国境警備の兵士たちまでもが非番を利用して買い出しに訪れるようになり、村の経済はかつてないほどの活況を呈していた。

「いらっしゃい! 採れたての月見大根だよ! 瑞々しくて甘いぜ!」

「こっちは太陽芋だ! ホクホクにふかしてあるから、歩きながらどうだい!」

 活気ある商人たちの声が響く中、鷹人は口にゴールデンバットを咥え、自警団の腕章をつけて広場の見回り(パトロール)を行っていた。

 平和な現場だ。スリや揉め事がないか目を光らせていると、前方の八百屋の屋台で、甲高い少女の声が響いた。

「おじさま! このお肉の塊と、ハニーかぼちゃを五個、それに太陽芋をドサッとくださいな!」

「おう、景気がいいお嬢ちゃんだな! 全部で銀貨三枚だ!」

「ふふっ、お釣りは取っておいてよろしくてよ。……はいっ! ピッカピカの『金貨』ですわ!」

 えんじ色の芋ジャージを着た人魚姫――リーザが、ドヤ顔で一枚の硬貨を八百屋の親父に差し出した。

 親父は嬉しそうにそれを受け取ったが、数秒後、その顔が般若のように歪んだ。

「……おい、小娘。なんだこの真ん中に穴の空いた、銅の臭いがするチャチなメダルは?」

「失礼な! 私が昨日の夜から、ボロ布で三時間かけてピカピカに磨き上げた最高純度の金貨ですぅ! 穴が空いているのは、未来の見通しが良いという縁起物デザインだからです!」

 堂々と詐欺スレスレのハッタリをかますリーザ。

 だが、百戦錬磨の村の商人に、そんな地球の『五円玉』が通用するはずがなかった。

「てめぇ、俺の目を節穴だと思ってんのかァッ!!」

「ひぎゃあっ!?」

 ドゴォォッ! という鈍い音と共に、八百屋の親父の容赦ない右ストレートがリーザの顔面にクリーンヒットした。

 芋ジャージの少女は、見事な放物線を描いて宙を舞い、地面をゴロゴロと転がって鷹人の足元に辿り着いた。

「い、痛いですぅ……! か弱きアイドルに対する暴力反対! 私はただ、等価交換の概念に一石を投じただけで……っ!」

「等価交換の概念をへし折ってんのはお前だろ。バカか」

 鷹人は深くため息をつくと、地面で涙目になっているリーザのジャージの襟首を掴み、ヒョイッと持ち上げた。

「た、鷹人さん……! 見てください、あの野蛮な商人を! 私の極上のスマイルとピカピカの五円玉があれば、普通はお肉の三キロや四キロ、無償で提供されるのがこの世界のことわりではありませんの!?」

「どこのディストピアだそれは。……いいか、リーザ。商売ビジネスってのはな、自分と相手が納得する『価値』を交換して初めて成り立つんだよ」

 鷹人は携帯灰皿にタバコの灰を落とすと、八百屋の親父に片手を上げて謝意を示した。

「悪いな、親父。ウチの詰所の居候が迷惑かけた。……その肉と野菜、俺がまとめて引き取る」

「おう、鷹人さんか。アンタの頼みなら喜んで売るが……手持ちはあるのかい?」

 鷹人はニヤリと笑うと、首根っこを掴んでいたリーザを地面に下ろした。

「おい、ポンコツアイドル。お前のその五円玉はしまっとけ。大人の『現場の交渉術』ってやつを教えてやる」

 鷹人は脳内のインターフェースを開いた。

 昨日の防壁点検などで貯まっていた【スクラップPt】を消費し、地球の『廃棄食料』のカテゴリーにアクセスする。

 廃棄と言っても、腐っているわけではない。コンビニやスーパーで『賞味期限が一日過ぎただけ』で廃棄箱に投げ込まれる、絶対的な安全基準を持った極上の加工食品たちだ。

(……来い。今回は『海』と『洋食』の詰め合わせだ)

 ――【廃品召喚:高級ツナ缶(オリーブオイル漬け)×20缶 & レトルトの特製ビーフシチュー×10食】

 鷹人の足元に、段ボール箱に入った銀色の缶詰と、銀色のパウチパックがドサッと現れた。

「……なんだい、そりゃ? 鉄の筒と、銀色の袋?」

 八百屋の親父が不思議そうに覗き込む。周囲の商人や客たちも、見慣れない物体に興味津々で集まってきた。

「こいつはな、俺の故郷で重宝されてる『絶対保存食』だ」

 鷹人はツナ缶を一つ手に取ると、プルタブに指をかけ、パカッと小気味よい音を立てて開け、親父の鼻先に突き出した。

「おっ……!? な、なんだこの強烈に食欲をそそる匂いは……!」

 親父の顔色が変わった。

 ポポロ村は内陸にあり、新鮮な海の魚は滅多に手に入らない。高級なオリーブオイルと熟成されたマグロの旨味が凝縮されたツナ缶の香りは、アナステシア世界の商人にとって、暴力的なまでの魅力を持っていた。

「上質な油に漬け込んだ海魚のほぐし身だ。この鉄の筒に密封されてる限り、何年経っても腐らねえ。どうだ? そのロックバイソンの肉と、野菜の山。この『ツナ缶』十個で手を打たねえか」

 ただのツナ缶ではない。鷹人の絶妙なハッタリと、地球の食品加工技術の結晶だ。

「な、何年も腐らない海の魚だと!? しかも、こんなに美味そうな油に……! か、買う! いや、交換してくれ鷹人さん!」

「俺にも譲ってくれ! ツナ缶三個で、ウチの卵とシープピッグの極上ベーコンをつけるぞ!」

「鷹人さん! その銀色のレトルトは何なんだ!? こっちのポポロシガーと交換してくれないか!」

 匂いと「何年も腐らない」という付加価値に釣られ、広場の商人たちが次々と鷹人に群がってきた。

 リーザは目を丸くして、その光景をあんぐりと見つめていた。

 彼女がどれだけ五円玉を磨いても手に入らなかった肉や野菜が、鷹人の提示した謎の缶詰によって、次々と物々交換されていく。

「よし、交渉成立だ。お前ら、並べ。割り込みはナシだぞ」

 鷹人はタバコをふかしながら、冷静に商人たちを捌き、村の特産品を山のように調達していった。一切の魔法も使わず、ただ需要と供給を見極めただけの、完璧な『現場の交渉術』だった。

     * * *

 その日の夜。

 ポポロ村自警団のプレハブ詰所の中には、暴力的なまでに美味そうな匂いが充満していた。

「ほら、食え。特製ビーフシチューと、ツナマヨを乗せたトーストだ」

 鷹人が、地球のレトルトシチューとポポロ村のロックバイソンの肉を煮込んだ特製鍋をテーブルにドンと置き、こんがり焼けたパンを差し出した。

「あ、あ、あああ……っ!」

 リーザは、目の前に広がる『本物の食事』を前に、滝のようにヨダレを流し、瞳をウルウルと震わせていた。

 ここ数ヶ月、パンの耳と茹で卵、たまに公園の雑草しか食べていなかった彼女にとって、それはまさに神の晩餐に等しかった。

「い、いただきますぅぅっ!!」

 リーザはトーストに食らいつき、シチューをスプーンで口に放り込んだ。

「お、美味しい……っ! お肉がとろけますわ! パンの耳じゃない、真ん中のフワフワなところの味がしますぅぅっ!!」

 ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、リスのように頬袋をパンパンにして咀嚼するリーザ。

「慌てて食うな。喉詰まらせるぞ」

 鷹人は自分の分のシチューを掬いながら、呆れたように、しかしどこか優しく笑った。

 リーザは皿を綺麗に舐め回す勢いで完食すると、突如として立ち上がり、鷹人の足元にスライディング土下座をキメた。

「鷹人さん! いや、鷹人プロデューサー!!」

「……あ?」

「私、決めましたの! 私がトップアイドルになるためのプロデュース、鷹人さんにお願いしますわ! あの圧倒的な交渉術! 食材を引き出す錬金術! あなたなら、私を銀河の果てまで売り出せますぅ!」

 すがりついてくる芋ジャージの人魚姫に、鷹人はピクッと眉をひきつらせた。

「誰がプロデューサーだ。俺はただの現場監督だ。お前みたいな金食い虫をプロデュースする暇なんて――」

「お願いしますぅ! 私、掃除でも洗濯でも、何でもしますから! だから明日もツナマヨパン食べさせてくださいぃぃっ!」

 もはやアイドルのプライドなど微塵もない、完全なる胃袋による屈服だった。

「……チッ。しゃあねえな。ただし、現場ここにいる以上、テメェにも自分の食い扶持分は働いてもらうからな」

「はいっ! 一生ついていきますわ、神プロデューサー!!」

 理不尽な世界で、したたかに、しかし限界ギリギリで生きてきた地下アイドルは、最強の現場監督という確かな庇護者スポンサーを手に入れた。

 呆れながらも、新しい仲間の居場所を作ってやる鷹人の姿に、今日もポポロ村の夜は賑やかに更けていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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