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第二章 極貧地下アイドル(人魚姫)をプロデュース!? ~みかん箱のステージと廃棄重機で、理不尽な魔獣(クソ現場)をぶっ飛ばす~

交番前の反復横跳びと、極貧の人魚姫

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。

 ポポロ村の朝の静寂を破る、一定のリズムを刻む衣擦れの音。

 赤城鷹人が地球のスクラップ(廃材のプレハブ小屋)を利用して建てた『ポポロ村自警団詰所』の前に、そいつは現れた。

「……おい、フェイト。外で妙な音がするぞ。朝っぱらから、誰か素振りでもしてんのか?」

 詰所の中で、コーヒー代わりにルナミス帝国特産の『ポポロ・コーヒー』を啜っていた鷹人が、眉間にシワを寄せた。

「んー? 気のせいだろ。昨夜の酒が残ってて、俺はもう動けねえ……。それにしても、お前が建てたこのプレハブ交番、隙間風がなくて最高だな。永遠に昼寝できそうだぜ」

 A級冒険者のフェイトは、長椅子の上でミスリルアーマーを半分脱ぎ捨てたまま、完全にだらけきっていた。

 シュッ、シュッ、キュッ。シュッ、シュッ、キュッ。

 衣擦れの音に混じり、ゴム底の靴が地面を擦るスキール音が聞こえ始めた。

 明らかに素振りではない。何かが高速で往復運動をしているような、規則的で不気味な音だ。

「……チッ、現場の安全確認は基本だ。ちょっと見てくる」

 鷹人は口にゴールデンバットを咥え、100円ライターで火をつけると、プレハブの扉をガラリと開けた。

「……」

 扉を開けた鷹人は、咥えていたタバコをポロリと落としそうになった。

 幾多の過酷な紛争地帯を渡り歩き、つい数日前には古代のバケモノである『死蟲将軍機』をダンプで轢き潰した元陸上自衛隊・工作部隊員の彼をして、目の前の光景はあまりにも理解の範疇を超えていたからだ。

「フッ、ハッ、フッ、ハッ! まだまだいけますぅ! 私は諦めませんのっ!」

 詰所の真ん前。

 誰もが振り返るほどの、透き通るような白い肌と美しい海色の髪を持つ、可憐な美少女がそこにいた。

 だが、問題は彼女の服装と行動である。

 ルナミスデパートの特売品と思しき『えんじ色の芋ジャージ』を上下に着込み、足元には『健康サンダル』。

 その絶望的にダサい格好の美少女が、真顔で、恐るべきスピードの『反復横跳び』を繰り返していたのだ。

 シュッ、シュッ、キュッ!

「……おい、フェイト。起きろ」

「あー? 何だよ、面倒くせえな……」

「不審者だ」

「なっ!? 魔獣か!? それともゼニールの残党か!」

 フェイトが慌てて飛び起き、双剣を抜き放ちながら外へと飛び出してくる。

 だが、彼もまた、高速反復横跳びを続ける芋ジャージの美少女を見て、ぽかんと口を開けた。

「……なんだ、ありゃ? 新種の魔獣か?」

「俺に聞くな。だが、明らかに正常な判断能力を持った人間の行動じゃねえ。……おい、そこのお前。ウチの現場シマの前で何やってんだ」

 鷹人がタバコの煙を吐き出しながら声をかけると、美少女はピタッと反復横跳びを止め、荒い息を吐きながらこちらを振り返った。

「ハァ……ハァ……やっと、出てきてくれましたのね……! お巡りさん!」

「誰がお巡りだ。ここは自警団の詰所だ」

 美少女は、えんじ色のジャージの袖で額の汗を拭うと、ビシッとフェイトの方を指差した。

「私、今すごく不審な動きをしていましたよね!? 誰がどう見ても怪しいですよね!? さぁ、早く私を捕まえて、取調室に連行してください!」

「……は?」

「そして、泣き落としの尋問と共に、あの伝説のメニュー『カツ丼』を出してください! 私はそれを食べるために、昨日の夜からずっと絶食して、反復横跳びの練習をしてきたんですぅ!!」

 ドンッ、と胸を張る美少女。

 その瞳には、一欠片の嘘もない、純粋すぎる『食欲』と『狂気』が宿っていた。

「……おいフェイト」

「ああ、鷹人。言いたいことは分かるぜ」

 鷹人とフェイトは顔を見合わせ、深く、ひどく深くため息をついた。

「ただの腹を空かせた限界ポンコツじゃねえか!!」

 フェイトがミスリルソードを鞘に収め、呆れ果てたように叫ぶ。

「交番で不審な真似すればカツ丼が食えるなんて、どこの都市伝説信じてんだよ! ここはポポロ村だぞ! そもそもウチの詰所にカツ丼なんて気の利いたメニューはねえよ!」

「ええっ!? そ、そんな……! 私の十八時間の絶食と、三千回の反復横跳びの努力が……!」

 美少女はその場に膝から崩れ落ち、ワナワナと震え始めた。

「ていうか、メシが食いてえなら普通にファミレスにでも行きゃいいだろ。なんでそんな極限のサバイバルみたいな手段を取るんだ」

 鷹人が呆れながら言うと、美少女はキッと鷹人を睨みつけた。

「ア、アイドルは! 施しなんて受けませんの! 私は自らの身体を張って、正当な対価(カツ丼)を得ようとしただけですぅ!」

「反復横跳びで対価が得られるのは体力測定の時だけだ。……ったく、どこの限界集落のサバイバーだ、お前」

 鷹人が頭を掻きむしりながら、ポケットから100円ライターを取り出してタバコに火をつけ直した、その時だった。

「フェイト! 鷹人! 外が騒がしいけど、何かあったの!?」

 詰所の奥から、お揃いの特注安全靴をカツカツと鳴らしながら、ウサギの耳を揺らしたキャルルが小走りで出てきた。手には、鷹人とフェイトのために作った手作りのニンジン・サンドイッチが握られている。

 そのサンドイッチを見た瞬間、地面に膝をついていた美少女の目が、ハンターのようにギラリと光った。

「サ、サンドイッチ……!」

 だが、キャルルの方も、その芋ジャージの少女の顔を見た途端、手に持っていたサンドイッチの皿を落としそうになるほど驚愕した。

「嘘……リーザちゃん!?」

「あっ! キャルル先輩!」

「先輩?」

 鷹人とフェイトが首を傾げる。

 キャルルは慌てて駆け寄り、リーザと呼ばれた美少女の手を握りしめた。

「どうしてここに!? あなた、ルナミス帝国の王都で『アイドル』として大成功して、ファンに囲まれてキラキラな生活を送ってるって……女王様への手紙に書いてたじゃない!」

「うっ……そ、それは……」

 キャルルの言葉に、リーザは気まずそうに目を泳がせた。

 彼女の正体。それは、海中国家シーランを治める女王リヴァイアサンの娘であり、友好の証としてルナミス帝国へやってきた『人魚姫』であった。

 キャルルがポポロ村に来る前、ルナミス帝国でシェアハウスをしていた頃の同居人でもある。

「……実は、アイドルブームは半年前に完全に去りまして……。今は、公園のみかん箱の上で歌う『地下アイドル』として、細々と活動していますの」

「み、みかん箱……」

「はい。主食はパンの耳と茹で卵です。たまにルナミスマートの試食コーナーで、店員さんの死角を突いて三周する技術スキルも身につけましたわ!」

 なぜか得意げに胸を張るリーザに、キャルルは言葉を失った。

「ちょっと待て」

 鷹人がタバコの煙を吐き出しながら、ジロリとリーザを見下ろす。

「王族なら、国に帰るか、仕送りを頼めばいいだろ。なんでそんなホームレス一歩手前の生活してんだ」

「アイドルたるもの、親のすねは齧れませんの!」

 リーザはキッパリと言い切った。

「それに、私、人前で歌う快感にどハマりしてしまったんです……! 私の歌で、ファンのみんなが笑顔になってくれる……その瞬間が、何よりも尊いんです! だから、私は自分の力でトップアイドルになるまで、絶対に諦めませんわ!」

「……志は立派だが、やってることは交番前での反復横跳びだからな」

 フェイトが冷酷なツッコミを入れる。

「あれはただの腹ペコによる判断ミスですぅ! 普段の私は、もっと逞しく生きてますのよ!」

 リーザは両手を腰に当て、謎のドヤ顔を浮かべた。

「昨日なんて、タローソンの裏口で廃棄弁当を巡って、巨大な野良犬と死闘を繰り広げましたのよ! 奴の鋭い牙が私のジャージを掠めた瞬間、私は必殺の『五円玉ノーズシュート』で――」

「なんだその必殺技は」

「鼻の穴に五円玉を詰めて、腹筋の収縮を利用して『フンッ!』と高圧で発射する、私のオリジナル奥義です! これで見事、野良犬の眉間を撃ち抜き、廃棄のシャケ弁当を勝ち取りましたの!」

「……アイドルが鼻から五円玉飛ばして廃棄弁当奪い合ってんじゃねえよ! イメージ崩壊も甚だしいわ!」

 フェイトが耐えきれずに叫ぶが、リーザは「生きるためには手段を選んでいられませんの!」と全く悪びれない。

 海中国家の人魚姫という肩書きから最も遠い、極貧と狂気のサバイバー。それがリーザという少女の真実の姿だった。

「……ハァ」

 鷹人は深くため息をつくと、携帯灰皿にタバコを押し付けて火を消した。

「キャルル、お前の知り合いなら、とりあえず詰所ン中に入れろ。その腹の音、こっちまで響いてて仕事の邪魔だ」

 鷹人が顎でしゃくると、リーザのお腹が「グゥゥゥゥ~……」と、可愛らしい容姿に似合わない重低音を響かせた。

「鷹人……ありがとう!」

 キャルルがパァッと顔を輝かせる。

「ほら、リーザちゃん、中に入って! 私が作ったサンドイッチ、半分あげるから!」

「えっ!? い、いいんですの!? アイドルは施しは受けない主義なんですけど……!」

 リーザは一瞬だけ虚勢を張ったが、キャルルが「食べる?」と聞いた瞬間、

「食べますぅぅぅッ!!」

 光の速さで飛びつき、マッハでサンドイッチを貪り食い始めた。

 その見事なまでの即落ちっぷりに、鷹人とフェイトは再び深くため息をついた。

「……おい、現場監督。ウチの村、ただでさえヤバい奴が集まってんのに、これ以上ポンコツ増やして大丈夫なのか?」

 フェイトがヒソヒソと耳打ちしてくる。

「安心しろ。現場ってのはな、ヤバい奴ほど扱い方次第で化けるもんだ。……まぁ、コイツがどう化けるかは知らねえがな」

 鷹人は新しく100円ライターでタバコに火を点けながら、芋ジャージ姿でウサギの村長に土下座して感謝している人魚姫を眺めた。

 神のくしゃみによって飛ばされた、理不尽な異世界。

 そこにまた一人、どうしようもなくやかましくて、図太くて、そしてポンコツな『仲間』が、ポポロ村の現場に転がり込んできたのである。

 波乱に満ちた第2章の幕開けは、極貧の地下アイドルによる、鼻から五円玉を飛ばすようなドタバタ劇と共に始まった。

読んでいただきありがとうございます。

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