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EP 15

帰るべき場所と、新たな火種エピローグ

 巨大な死蟲将軍機ネクロジェネラルが、空から降ってきたダンプトラックの質量によって完全にスクラップと化した翌晩。

 ポポロ村は、かつてないほどの熱狂と歓喜に包まれていた。

「ルナキン・ポポロ支店の在庫、全部出し尽くす勢いで飲めぇぇっ!!」

「俺たちの英雄、鷹人さんとキャルル村長、フェイト団長に乾杯!!」

「カンパーーイッ!!」

 24時間営業ファミレス『ルナミスキング』の店内は、村人たちによる大宴会の会場と化していた。

 テーブルには、特産の月見大根を使ったおでん、シープピッグの分厚いステーキ、太陽芋のポテトフライが山のように積まれ、ジョッキになみなみと注がれたビールやイモッカのグラスが絶え間なくぶつかり合っている。

 だが、そんな喧騒の中心にいるはずの男は、店の裏手にある厨房前のテラスで、黙々と巨大な鉄板に向かっていた。

「おい、そこのテーブル、肉が焦げてるぞ。裏返すタイミングが遅え。……こっちの野菜はもう焼けてる、持っていけ」

 薄汚れた作業着にタオルを首に巻いた赤城鷹人は、口にゴールデンバットを咥えたまま、鮮やかな手つきで次々と肉を焼き上げ、村人たちに配給していた。

 主役であるはずなのに、彼はお立ち台でチヤホヤされることよりも、こうして『現場の裏方』として皆に美味いメシを食わせることの方を好んだのだ。

「あーあ、やってらんねえぜ……」

 そこへ、ジョッキを片手にふらふらとやって来たのは、自警団リーダーのフェイトだった。

 彼は大きなため息をつきながら、鷹人の隣の丸椅子にドカッと腰を下ろした。

 死蟲将軍機の足を斬り落とすという大金星を挙げた男だが、その顔はなぜかこの世の終わりのように沈み込んでいる。

「どうした、パチンカス。村の若い娘たちに囲まれて上機嫌だったじゃねえか」

「……今日の朝、魔導通信石で確認したんだよ。村を救ったご褒美にって、ルナミス新聞の宝くじを全財産はたいて買った結果をな」

「で?」

「大ハズレだよ! 一等どころか、末等すらカスりもしねえ! 俺の運、昨日の夜のあの一撃で全部使い果たしちまったらしい……チクショウ、明日のルナキン朝定食の代金すら残ってねえぞ……」

 机に突っ伏して泣き真似をするフェイトに、鷹人は呆れたように鼻を鳴らした。

「バカ野郎。命があって、美味い酒が飲めてりゃ、それ以上の『当たり』はねえんだよ」

 鷹人は焼き上がったばかりの極厚のシープピッグのステーキを皿に乗せ、フェイトの目の前にドンと置いた。

「ほら、食え。今日のメシ代は、現場監督(俺)の奢りだ」

「た、鷹人……! お前、やっぱ世界一の親方だぜ! 一生ついていくからな!」

「気持ち悪ィこと言ってんじゃねえよ」

 フェイトが目を輝かせてステーキに齧り付いた、その時だった。

「た、鷹人……」

 背後から、控えめな声がした。

 振り返ると、そこには普段のラフな格好ではなく、少しだけおめかしをしたワンピース姿のキャルルが立っていた。

 ウサギの耳を恥ずかしそうにペタンと伏せ、両手を後ろで組んでモジモジとしている。

「なんだ、暴走ウサギ。お前も肉が食いたいのか?」

「違うわよ、もう……」

 キャルルは頬をふくらませた後、そっと鷹人の隣に歩み寄った。そして、後ろに隠していた両手を前に出す。

「これ。……はい」

 彼女の手には、先日鷹人にプレゼントした、あの『人参の刺繍入りハンカチ』が握られていた。

 昨夜の死蟲将軍機との激闘で、鷹人の顔はオイルや煤で真っ黒になっていた。キャルルは背伸びをすると、その小さなハンカチで、鷹人の頬の汚れを優しく、本当に愛おしそうに拭い始めた。

「……ッ」

 すぐ目の前に、彼女の大きな瞳がある。

 石鹸のような淡い香りが鼻をくすぐり、鷹人は思わずタバコを咥えたまま固まった。

「ふふっ。いくら現場監督だからって、顔まで泥だらけじゃダメよ、鷹人」

「……お前なぁ。せっかく綺麗に洗ったハンカチが、また真っ黒になるだろうが」

「いいの。鷹人が汚した分だけ、私が何度でも綺麗に洗うから。……私、鷹人のそういう泥臭いところ、すごく……好き、だから」

 耳の先まで真っ赤に染め上げながら、キャルルが上目遣いで微笑む。

 それは、ヤンデレ気質の暴走村長ではなく、一人の等身大の少女としての、心からの愛情表現だった。

 隣で肉を食っていたフェイトが「ヒューッ! アツいねぇ現場監督!」と囃し立てるが、鷹人はそれを無視して、フッと優しく息を吐いた。

「……サンキューな、キャルル」

 鷹人は大きな手で、キャルルの頭をポンと撫でた。

 その言葉には、ただハンカチで顔を拭いてもらったことへの感謝だけではない。

 神のくしゃみで、何の前触れもなく理不尽に飛ばされた異世界。最初は、自分はただの『迷子』で、たまたま立ち寄っただけの根無し草だと思っていた。

 だが、今は違う。

 背中を預けられるクズで最高の相棒がいて、自分を真っ直ぐに慕ってくれる不器用な少女がいる。

 彼らが守ろうとしたこのポポロ村の笑顔が、今、目の前にある。

(……俺はもう、ただの放浪者じゃねえ)

 鷹人は、ルナキンの窓越しに広がる村の明かりを見つめながら、確かに実感していた。

 ここは、彼が責任を持って守り抜くべき『帰るべき場所(現場)』なのだと。

     * * *

 大宴会が終わり、村人たちが寝静まった深夜。

 鷹人は一人、村の広場に残されていた巨大なスクラップの山――自分が落としたダンプトラックと、それに押し潰された死蟲将軍機の残骸の前に立っていた。

「……さて。後片付け(撤収作業)の時間だ」

 鷹人が【廃品回収】のスキルを解除すると、ダンプトラックは元の地球の空間へと転送され、跡形もなく消え去った。

 残されたのは、ひしゃげて原型を留めていない死蟲将軍機の残骸だ。

 鷹人は100円ライターでゴールデンバットに火をつけると、地球から召喚したバールと電動カッターを手に、その残骸の解体作業を始めた。

 目的は、この古代のバケモノが『なぜ、あんな都合のいいタイミングで目覚めたのか』を調べるためだ。

 ゼニールが遺跡を爆破したことが直接の原因だとしても、ただの小悪党が、あんな危険な場所を正確に知っていたのは不自然すぎる。

 奴は確かに言っていた。『俺の背後には、もっと恐ろしいパトロンがいる』と。

 バキィッ、ギギギギ……。

 バールで分厚い装甲をこじ開け、内部の電子回路と魔法陣が複雑に絡み合った中枢ユニットを引っ張り出す。

 元工作員であり、機械の構造を熟知している鷹人の目は、真っ暗な残骸の中にあって、ある一つの『違和感』を正確に見つけ出した。

「……なんだ、こりゃ」

 鷹人が引きちぎるようにして取り出したのは、小さな手のひらサイズの金属プレートだった。

 死蟲将軍機の本体は、古代のサビや経年劣化が見られる古い材質で構成されている。だが、そのプレートだけは違った。

 傷一つない、最新の魔法技術で削り出されたような真新しい部品。

 そこには、古代の呪文ではなく、現代のアナステシア世界の言葉で、ある『紋章』が刻み込まれていた。

 ――炎を背景に、嘲笑うような目が描かれたシンボル。

 その下に刻まれた文字列を、鷹人は低い声で読み上げた。

「……『炎上神ワイズ・提供』……?」

 鷹人の目が、すっと細められた。

 点と点が繋がる。

 ゼニールにこの遺跡の場所を教え、そそのかした黒幕。古代のバケモノを意図的に目覚めさせ、ポポロ村を火の海にしようと企んだ存在。

 すべては、この『ワイズ』とかいう神を名乗るふざけたスポンサーが、安全な場所から見下ろしながら仕組んだ『ヤラセ(炎上)』だったのだ。

 タバコの火が、暗闇の中でジリッと赤く燃え上がった。

 神だろうが何だろうが関係ない。

 そいつは、鷹人の大切な仲間たちを、キャルルの村を、安いエンタメの駒として消費しようとしたのだ。

「……なるほどな」

 鷹人は、その金属プレートを拳の中でギリッと握りしめ、顔を上げた。

 天の上のどこかにいるであろう『ふざけたクライアント』に向けて、中指を突き立てるようにニヤリと笑う。

「どこの三流クソ野郎か知らねえが……俺の現場に手を出したこと、後悔させてやるよ。テメェの玉座ごと、ダンプで轢き潰してスクラップにしてやる」

 理不尽な世界で、平穏を手に入れたかに見えた三人の物語。

 だが、その裏で蠢く神々の悪意は、すでに次なる火種をポポロ村へと向けていた。

 最強の現場監督と、最高にヤバい仲間たちの、理不尽カミサマに対する反逆の解体工事は、まだ始まったばかりである。

読んでいただきありがとうございます。

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