EP 13
スクラップと悪知恵の反撃
「キャルル、お前は少し下がってろ。まずは……このポンコツ(相棒)の再起動だ」
巨大な『死蟲将軍機』が迫り来る中、赤城鷹人は全く焦る様子もなく、いびきをかいて眠るフェイトの胸ぐらを掴んだ。
ユニークスキル【コイントス】の大ハズレである『裏』を引き、極度の疲労感に襲われて強制睡眠に入っている男。普通なら、バケツで水をぶっかけようが、ビンタしようが起きることはない。
だが、鷹人の手には、ポポロ村の特産品を遥かに凌ぐ、強烈な匂いを放つ『生ニンニク』が握られていた。しかも、先ほどの食事の残りで、特別にデカい欠片だ。
鷹人はそれを100円ライターの火で容赦なくチリチリと炙り始めた。
「……トップが現場で血ィ吐いてんのに、平社員がサボってんじゃねえぞ、パチンカス」
香ばしい、という次元を通り越し、目玉に染みるほどの刺激的で暴力的なニンニクの匂いが立ち上る。鷹人はその熱々のニンニクを、フェイトの鼻先にピッタリと押し付けた。
「すぅ……ムニャ……? ……ッ!?!?」
瞬間。
フェイトの体が、ビクゥッ!! と魚のように跳ね上がった。
「ギャアアアアアッ!? く、くっせぇぇぇっ!! 鼻が! 俺の鼻の粘膜が焼けるゥゥッ!?」
強制睡眠の魔力すらも凌駕する、強烈すぎる物理的刺激と悪臭。フェイトは目をひん剥き、涙と鼻水を撒き散らしながら飛び起きた。
「おはようさん。いい目覚めだろ」
鷹人はニヤリと笑い、ニンニクを自分の口に放り込んでガリッと噛み砕いた。
「お、鬼かテメェは! どんだけニンニク臭いんだよ!」
「うるせえ。起きたなら仕事の時間だ。よく聞け、二人とも」
鷹人の纏う空気が、一瞬にして冷徹な『現場監督』のそれに切り替わった。
キャルルとフェイトは、文句を飲み込み、その声に耳を傾ける。
「俺はこれから、この広場一帯に地球の『火薬』をばら撒く。キャルル、お前は自慢の足でアイツの周りをチョロチョロ走り回って、俺が目印をつけたポイントまで誘導しろ。絶対に立ち止まるなよ」
「う、うん……! 誘導するだけでいいのね!」
「フェイト。アイツが罠を踏み抜いて体勢を崩した瞬間、足の関節の隙間が必ず開く。そこを、お前のA級の剣で全力で叩き切れ。装甲ごとじゃねえ。……『継ぎ目』だけを狙え」
「……チッ。無茶苦茶な段取り(オーダー)しやがる。コイントスなしの素の力でやれってのかよ」
「やれねえとは言わせねえぞ。お前は、このポポロ村の自警団リーダーだからな」
鷹人の言葉に、フェイトは一瞬だけ目を見開き、そして、フッと自嘲気味に笑った。
「……違いねえ。あんなウサギ(村長)に、これ以上無茶させるわけにはいかねえからな」
フェイトはミスリルソードを両手に構え、闘気を練り上げ始めた。
鷹人はタバコを深く吸い込み、脳内のインターフェースを解放する。
(カテゴリー:戦場遺棄兵器。俺の稼いだポイント、全部火薬に変えろ!)
――【廃品召喚:対戦車地雷(M15) × 20個 & RPG-7対戦車RPG × 3丁】
ゴトゴトゴトッ!!
空間が歪み、鷹人と死蟲将軍機の中間地点にあたる広場の地面に、円盤状の無骨な鉄の塊――地球の紛争地帯で放棄された『対戦車地雷』が次々と出現し、土に半分埋まるようにセットされた。
さらに、鷹人の足元には、旧ソ連製のロケットランチャーであるRPG-7が三丁、無造作に転がり落ちた。
「キャルル、行けッ!!」
「了解ッ!!」
鷹人の合図と同時、キャルルが特注の安全靴で地面を爆発させるように蹴り出した。
月光薬の副作用はまだ残っているが、彼女の闘気は衰えていない。100メートル5秒台の超スピードで、死蟲将軍機の死角へと回り込む。
「こっちよ、鉄クズのデカブツ!!」
キャルルが拾い上げた石を、死蟲将軍機の複眼めがけて全力で投げつけた。
ガキィッ! という音と共に、石が弾かれる。
『……生体反応(小)ノ敵対行動ヲ確認。鬱陶シイ。潰ス』
死蟲将軍機のヘイトが、完全にキャルルへと向いた。
六本の巨大な足が、キャルルを追ってドスドスと地面を揺らしながら進み始める。振り下ろされる鎌、射出される粘着性の蜘蛛の糸。
だが、キャルルはそれらを紙一重で躱し続ける。
「遅い、遅いわよ! 私の村を壊そうとするバケモノなんて、ちっとも怖くないんだからッ!」
彼女は、一直線に後退するのではなく、鷹人が指定したルート――土に半ば埋まった『円盤状の鉄の塊(対戦車地雷)』の上を、羽のように軽いステップで跳び越えながら進んでいく。
体重が軽い彼女が踏んでも、対戦車地雷の信管は作動しない。
だが、その後を追って無造作に踏み込んでくる、数十トンの質量を持つ死蟲将軍機が踏めば……。
「よし……そこだ」
鷹人がタバコを咥えたまま、口角を上げた。
死蟲将軍機の巨大な右前足が、鷹人の仕掛けた『対戦車地雷』のど真ん中を踏み抜いた。
カチッ。
――ズドォォォォォォォォンッ!!!!!
真夜中のポポロ村に、魔法の爆炎とは全く性質の異なる、凄まじい火薬の連鎖爆発が轟いた。
地球の戦車(数時間トンの鉄の塊)のキャタピラを吹き飛ばすために作られた兵器。それが二十個も密集した状態で起爆したのだ。
絶対的な強度を誇っていた死蟲将軍機の足回りの装甲が、強烈な爆風と衝撃波によってひしゃげ、火花を散らす。
『ガ……ギギギ……ッ!? 機体バランス、喪失……!』
魔法の概念を持たない純粋な物理大爆発に、死蟲将軍機の巨体が右側へと大きく傾いた。
その瞬間、右前足と胴体を繋ぐ関節部の、極小の隙間が露わになる。
「今だ、フェイトッ!!」
鷹人の怒号が響いた。
「言われなくても、分かってンだよォォッ!!」
爆煙を切り裂き、フェイトが飛び出した。
睡眠明けのふらつく足取りなど微塵もない。A級冒険者としてのプライドと、仲間を守るという『責任』が、彼の背中を猛烈に押していた。
(……俺は、コイントスがないと戦えない臆病者じゃねえ。俺は、ポポロ村の自警団リーダーだッ!!)
フェイトの全身から、かつてないほど鋭く、濃密な闘気が噴き出した。
ミスリルソードに闘気を限界まで圧縮させ、刃が白熱する。
彼は、傾いた死蟲将軍機の巨体の下へと滑り込むと、露出した関節の『継ぎ目』めがけて、双剣を交差させて跳躍した。
「――『双連・閃』ッッ!!!」
極光のような二筋の斬撃が、死蟲将軍機のシリンダーの隙間を完璧に捉えた。
装甲ごと叩き割るのではない。機械の『最も脆い接合部』だけを、精密かつ絶大な威力で切断したのだ。
ギャリィィィィンッ……!!
バキバキバキッ!!
耳を塞ぎたくなるような金属の破壊音が鳴り響き、死蟲将軍機の右前足が、根元からボキリとへし折れて吹き飛んだ。
『エラー。右前肢、欠損。姿勢制御、不能――』
ズズゥゥゥンッ!!
巨体が完全にバランスを崩し、死蟲将軍機はポポロ村の広場に無様に這いつくばった。
「やった……! 足を一本、斬り落としたわ!!」
キャルルが歓喜の声を上げる。
「ハァ……ハァ……見たかよ、鷹人。俺だって、やればできんだぜ……!」
フェイトが着地し、肩で息をしながら笑う。
「ああ、上出来だ。百点満点の働きだぜ、お前ら」
鷹人はタバコの灰を落としながら、足元に転がっていた『RPG-7』を拾い上げ、肩に担いだ。
死蟲将軍機は足をもがれ、地面に倒れ伏している。
そして、その胸部――分厚い甲虫の装甲で守られていたはずの内部が、衝撃でパカッと開き、ドクドクと脈打つような不気味な赤い『コア(急所)』を露出させていた。
「……よくやったお前ら。現場の下準備は完璧だ。後は俺の仕事だ」
鷹人は、RPG-7の照準器を覗き込み、露出したコアに狙いを定めた。
一人では絶対に勝てない相手だった。
キャルルの機動力が地雷原へ誘導し、鷹人の火薬がバランスを崩し、フェイトの剣が関節を砕いた。
三人の知恵と悪知恵、そして泥臭いチームワークが生み出した、反撃の絶対的チャンス。
「これで、解体作業は終わりだ」
鷹人の指が、RPG-7の引き金に掛かる。
だが、その瞬間。
『……脅威度、再計算。……生体反応三名ヲ、最優先排除対象ニ指定。――【最終殲滅モード】ニ移行』
死蟲将軍機の露出したコアが、突如として眩いほどの真紅の光を放ち始めた。
折れた足の断面から、機械の触手が無数に伸び、周囲の小型死蟲機たちを次々と串刺しにして吸収していく。
ダメージを負ったはずの巨体が、さらに禍々しい形状へと変貌し、口径の大きな砲身のようなものが鷹人たちへと向けられた。
「チッ、まだ隠し玉が残ってやがったか……!」
鷹人の顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
決着の時は、すぐそこまで迫っていた。
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