EP 12
激闘開始、崩れる陣形
溶け落ちた鋼鉄の防壁の穴から、不気味な駆動音を響かせて『死蟲将軍機』がポポロ村の敷地内へと侵入してくる。
その背後に続く無数の小型死蟲機の群れを見た鷹人は、素早く脳内の【廃品回収】を起動した。
「自警団の連中! ビビってねえで武器を持て!!」
鷹人が叫ぶと同時、ヤクザの押収品カテゴリーから大量の鉄パイプや金属バットが地面にガラガラと召喚される。
「小型の蟲どもは村の中に入れるな! 頭か関節をフルスイングでぶっ叩け! デカブツは俺たち三人が引き受ける!」
「お、おうっ! 鷹人さんがそう言うなら!」
防壁の完成で鷹人への信頼を絶対のものとしている村人たちが、即席の武器を拾い上げ、小型の死蟲の群れに対して防衛線を張り始めた。
「よし。これで現場の交通整理はついた」
鷹人は短く息を吐き、隣に立つ二人の相棒を見た。
「行くぞ。まずはあのデカブツの装甲の強度と、関節の可動域を調べる。フェイト、お前の素早さで懐に潜り込んで、一番装甲の薄そうな継ぎ目を――」
「任せとけって。こういうヒリつく大舞台こそ、ギャンブラーの血が騒ぐってもんだぜ」
フェイトは不敵に笑い、親指で銀貨を高く弾き飛ばした。
大勝負の前のルーティン。ユニークスキル【コイントス】による、ステータスの強制倍化。
空中で回転するコインが、月明かりを反射してキラキラと輝く。
頼もしいA級冒険者の背中に、キャルルも期待の眼差しを向けた。
パシッ。
フェイトが手の甲にコインを落とし、パッと手を開く。
「…………あ」
フェイトの顔から、スーッと表情が抜け落ちた。
乗っていたのは、絶望の『裏』。
「……わりぃ、鷹人、キャルル。俺……急激に、ものすげえ眠気が……おやす、み……」
「は……? おい、待て! お前、こんなふざけたタイミングで――!」
ガシャンッ!
最高級のミスリルアーマーを纏ったフェイトは、白目を剥き、死蟲将軍機の目の前で糸の切れた操り人形のように倒れ込み、あろうことか大イビキをかいて熟睡し始めた。
「フェイトォォォッ!! あんたって男はぁぁぁっ!!」
キャルルがウサギの耳を逆立てて絶叫するが、フェイトはピクリとも動かない。
鷹人も思わず額に手を当てた。
「……チッ、あのポンコツパチンカス! 労災下りねえぞテメェ!」
『……無抵抗ナ生体反応ヲ確認。優先的ニ排除スル』
死蟲将軍機の真紅のセンサーが、足元で無防備に眠るフェイトを捉えた。
巨大な機械の蟷螂の鎌が、無慈悲に振り上げられる。あれが振り下ろされれば、ミスリルアーマーごと真っ二つだ。
「させないッ!!」
キャルルが特注の安全靴で地面を蹴り飛ばした。
月光を背に受け、彼女の月兎族としての身体能力が限界を超えて引き上げられる。100メートル5秒台のトップスピードから、さらに加速。
「私の村で、仲間勝手な真似はさせないわよッ!!」
キャルルは跳躍し、空中で体を捻りながら、落下してくる巨大な機械の鎌に向けて、闘気を纏わせた両手のダブルトンファーを交差させて突き出した。
――月影流『破衝撃』!
ガギィィィィンッ!!
金属同士が激突する、鼓膜を劈くような轟音。
キャルルの渾身の一撃は、確かに機械の鎌の軌道を逸らした。だが、それだけだった。
「くっ……重い……硬っ……!?」
キャルルの顔が苦痛に歪む。
死蟲将軍機の装甲は、ただの金属ではない。古代の魔法技術と呪いが編み込まれた絶対防御。A級の剣士であるフェイトの剣撃を前提にしても破れるかどうかの代物に対し、彼女の打撃は決定的なダメージを与えられていなかった。
『……鬱陶シイ。害獣、排除』
鎌を弾かれた死蟲将軍機が、今度は巨大な甲虫のような六本の足の一本を、キャルルめがけて横薙ぎに振り抜く。
「キャルル、退がれ!!」
鷹人の叫びと同時、空中にいたキャルルは回避できず、モロにその一撃を胴体に受けてしまった。
「きゃああああっ!?」
凄まじい衝撃。キャルルの小柄な体が、まるでボールのように吹き飛ばされる。
「チッ!」
鷹人が全力で走り込み、吹き飛んできたキャルルの背中を両腕でガシリと受け止めた。
ズザザザザッ! と安全靴が地面を削り、鷹人の腕の筋肉が悲鳴を上げる。数十メートル後退して、ようやく二人は勢いを殺して止まった。
「ゲホッ、ゴホッ……! ごめん、なさい……鷹人……」
キャルルが咳き込みながら、口の端から一筋の血を流した。
月光薬で回復しようとするが、さきほどの一撃でトンファーを持っていた両手が激しく痺れ、まともに動かせない。
「喋るな。打撲だけだ、内臓はイカれてねえ。……よくあのバカを守った」
鷹人はキャルルをそっと地面に下ろし、立ち上がった。
死蟲将軍機が、再びターゲットを眠りこけるフェイトに定め、ゆっくりと歩み寄っていく。
「寝てる作業員を轢き殺すような重機は、現場には必要ねえんだよ!」
鷹人は、自らヤクザの押収品から喚び出した極太の鉄パイプを両手で握りしめ、死蟲将軍機の足元へと突進した。
柔道と総合格闘技で培った、完璧な重心移動。
狙うは、六本足の関節部分。どんなに分厚い装甲でも、動く以上は必ず「継ぎ目」がある。そこを物理的なフルスイングで叩き潰す。
「オラァッ!!」
鷹人の腰の捻りが、腕から鉄パイプへと伝わり、完璧な打撃となって死蟲将軍機の関節部に直撃した。
――ガキィィッ!!
甲高い音が鳴り響き、そして。
鷹人の握っていた鉄パイプが、ひしゃげるどころか、真っ二つにへし折れて宙を舞った。
「……マジかよ」
鷹人が思わず悪態をつく。
打撃の反動で両手が麻痺したように痺れた。装甲の継ぎ目ですら、地球の鉄パイプの硬度を遥かに上回っていたのだ。ただの元自衛官の腕力では、装甲に傷一つ、いや、相手の体勢を崩すことすらできない。
『……無駄ナ抵抗。脆弱ナ個体』
死蟲将軍機の巨大な複眼が、見下すように鷹人を捉える。
「……た、鷹人……逃げて……っ」
キャルルが絶望の声を漏らす。
フェイトは眠りこけ、彼女自身の攻撃は通じず、頼みの鷹人の武器も砕け散った。
魔導兵器すら弾き返す古代のバケモノ。こんなもの、人間の……ましてや一人や二人の力でどうにかできる相手ではない。
王宮にいた頃の無力感が、キャルルの心を黒く塗り潰そうとしていた。
だが。
「……バァカ。誰が逃げるかよ」
絶望的な戦力差、圧倒的な質量の暴力を目の前にして。
赤城鷹人は、一切の焦りを見せることなく、胸ポケットから取り出したゴールデンバットを咥え、100円ライターでカチッと火をつけていた。
「装甲が硬てえ。パワーも違いすぎる。おまけにあのビームの火力だ。……確かに、一人じゃ絶対に勝てねえ現場だな」
鷹人は紫煙を深く吐き出し、折れた鉄パイプを投げ捨てた。
「でもな。機械ってのは、構造が複雑になればなるほど、想定外の『物理的負荷』に弱くなるようにできてんだよ。……俺の前で、重機のスペック自慢なんか100万年早いぜ」
鷹人の目は、死蟲将軍機を「恐ろしい魔獣」としては見ていなかった。
『どうやって安全に、かつ跡形もなく解体するか』。
元・陸上自衛隊工作部隊員としての、狂気にも似た極めて合理的な冷徹さで、その構造の弱点をスキャンしていた。
鷹人は、脳内のインターフェース【廃品回収】のリストをスクロールさせる。
昨日からの一連の善行や、村の防衛準備によって、彼にストックされた【スクラップPt】は莫大な数値になっていた。
彼が視線を合わせたのは、『ヤクザの押収品』でも『産業廃棄物』でもない。
――【戦場遺棄兵器】。
地球の紛争地帯で持ち主を失い、砂漠や密林に放棄された、火薬と殺意の結晶たち。
「キャルル。トンファーはもう握らなくていい。お前のその自慢の足で、アイツを少しだけ『誘導』できるか?」
「え……? で、でも、私の攻撃じゃ傷一つ……」
「傷なんか付けなくていい。ただの『的』として、俺が指定する場所にアイツの巨体を立たせてくれりゃいい。お前の速さならできるだろ」
鷹人の落ち着き払った声に、キャルルはハッとして顔を上げた。
その背中は、どんな防壁よりも分厚く、安心感に満ちていた。不思議と、両手の痺れが引いていくような気がした。
「ウサギの足で引っ掻き回した後に、俺の『火薬』で装甲をぶち抜く。……で、仕上げはあのパチンカスだ」
鷹人は、いびきをかいて眠るフェイトの襟首を掴み、ズルズルと安全圏まで引きずりながらニヤリと笑った。
「さぁて、派手にやろうぜ。ポポロ村解体業者の、腕の見せ所だ」
反撃の狼煙は、タバコの煙と共に静かに上がった。
泥臭く、計算高く、そして情け容赦のない『悪知恵とスクラップ』による逆転劇の準備が、今、整いつつあった。
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