EP 11
死蟲の急襲と、蹂躙される鋼鉄
深夜のポポロ村に、けたたましい半鐘の音が鳴り響いた。
カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!!
ただの魔獣の接近を知らせる警告ではない。村の存亡に関わる、最高レベルの非常事態を告げる乱打である。
「なんだ!? 一体何が起きてやがる!」
プレハブ小屋の仮眠室から飛び出してきた鷹人は、口にゴールデンバットを咥えながら、作業着のジッパーを乱暴に引き上げた。
大地が、小刻みに、しかし断続的に震えている。まるで遠くで巨大な杭打ち機が地面を叩き続けているかのような、重く不快な振動だ。
「鷹人!!」
広場に出ると、ミスリルアーマーを急いで着込んだフェイトと、ダブルトンファーを握りしめたキャルルが駆け寄ってきた。二人とも、かつてないほどの緊迫した顔つきをしている。
「村の外の森で、凄まじい地響きがしてるわ! それに、この嫌な魔力の気配……ただの魔獣じゃない!」
月兎族の鋭敏な感覚を持つキャルルが、耳を伏せて震えながら森の方角を指差した。
三人が、昨日完成したばかりの鋼鉄の防壁の上へと駆け登った、その時だった。
「だ、誰か……たす、助けてくれぇぇぇッ!!」
森の奥から、ボロボロになった一人の男が、涙と鼻水を撒き散らしながら防壁に向かって全力で走ってくるのが見えた。
ゼニールが雇っていた、ならず者の一人だ。
彼は防壁の真下までたどり着くと、上にいる鷹人たちを見上げて狂乱したように叫んだ。
「開けてくれ! 中に入れてくれ! ゼニールの旦那が、腹いせに森の奥の遺跡を爆破しやがったんだ! そしたら、中からバケモノが……旦那は一瞬で食い殺された! アレはダメだ、人間の勝てる相手じゃねえぇぇっ!!」
悲鳴めいた自白。
ポポロ村を脅かした小悪党の、あまりにも呆気なく、そして自業自得すぎる末路だった。
だが、その『ざまぁ』の余韻に浸る暇など、神は与えてくれなかった。
『――生体反応アリ。魂ノ刈リ取リヲ実行スル』
ギギギギギギッ……!!
ならず者の背後の森の木々が、まるで見えない巨大なミキサーにかけられたように、木端微塵に粉砕されながら吹き飛んだ。
「ひっ、あああぁぁぁっ!?」
男の足元から、刃物のように鋭い『機械の蜘蛛の糸』が射出され、彼の体を簀巻きにする。
そして、土煙の向こうから現れた巨大な『機械の蟷螂』の鎌が、ならず者の胴体を一閃した。
絶叫は一瞬。男は真っ二つに両断され、その命(魂)は機械の蟲たちに吸収されていった。
「な……なんだよ、アレ……! 機械仕掛けの、魔獣……!?」
フェイトがミスリルソードの柄を握る手に、じわりと嫌な汗を滲ませた。
森を更地にして姿を現したのは、全長十メートルを超える巨大な絶望だった。
カマキリの刃、蜘蛛の複眼、甲虫の分厚い装甲。それらすべての蟲の要素を『黒い金属と歯車』で融合させた、悍ましいキメラ兵器。
かつての神蟲魔大戦において、世界を恐怖に陥れた死蟲王サルバロスの遺物。
禁忌の存在――『死蟲将軍機』である。
「死蟲……嘘でしょ。おとぎ話の中だけの存在じゃなかったの……!?」
キャルルが顔面を蒼白にし、後ずさる。
世界を滅ぼしかけた古代の殺戮兵器。それが今、封印を解かれ、目の前のポポロ村の豊かな魂を喰らおうと進軍してきたのだ。
『……障害物(防壁)ヲ確認。……魔力反応ナシ。純粋ナ物理金属壁。……排除スル』
死蟲将軍機の巨大な真紅の複眼が、鷹人たちが築き上げた鋼鉄の防壁を捉えた。
その巨大な顎が開き、内部でドス黒いエネルギーが凝縮し始める。
「マズい! アレはヤバいぞ鷹人!!」
フェイトの叫びと同時。
ズドォォォォォンッ!!
死蟲将軍機の顎から、超高熱の破壊光線が放たれた。
ビームは防壁の正面に直撃し、凄まじい閃光と爆炎が夜の闇を吹き飛ばす。
「きゃああああっ!?」
強烈な衝撃波に煽られ、キャルルが壁の上から吹き飛ばされそうになる。鷹人が咄嗟に彼女の腕を掴み、身を屈めてやり過ごした。
爆炎が晴れる。
そこにあったのは、見るも無惨な光景だった。
鷹人が召喚し、三人の汗とチームワークで組み上げた『分厚いH鋼の防壁』。それが、ビームの直撃を受けた箇所だけ、ドロドロの飴細工のように溶け落ち、巨大な風穴を開けられていたのだ。
「ウソだろ……俺のミスリルソードでも、傷一つ付けるのがやっとだったあの鉄壁を……一撃で……っ!」
フェイトが絶望に染まった声を上げる。
村人たちがパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う声が壁の下から聞こえてきた。
『……防壁ノ破壊ニ成功。コレヨリ、内部ノ生体反応ヲ全滅サセル』
死蟲将軍機が、溶け落ちた防壁の穴を踏み越え、ゆっくりと村の敷地内へと足を踏み入れてくる。その背後には、無数の小型の死蟲機が、黒い津波のように蠢きながら追従していた。
「……私の、村が……」
キャルルの手が震える。
逃げれば助かるかもしれない。だが、自分が逃げれば、後ろにいる村人たちは全員あの機械の蟲の餌食になる。
「逃げない……! 私は、ポポロ村の村長よ!! 皆に指一本、触れさせない!!」
キャルルは震える足に特注の安全靴で力を込め、ダブルトンファーを構えて前に出ようとした。フェイトも、ガチガチと鳴る奥歯を噛み締め、コインを取り出そうとする。
「おい、待て。お前ら」
二人の肩を、後ろからゴツゴツとした大きな手が力強く掴んだ。
振り返ると、そこには、鋼鉄の防壁を溶かされたというのに、顔色一つ変えていない赤城鷹人の姿があった。
「た、鷹人……?」
鷹人は、咥えていたゴールデンバットを、溶けた鉄骨の上に押し付けて火を消した。
そして、暗闇の中で爛々と光る死蟲将軍機の複眼を真っ直ぐに見据えながら、ひどく冷静な、そして底知れぬ怒りを孕んだ声で呟いた。
「人がせっかく徹夜で引いた図面通りに組んだ現場を……許可もなくぶっ壊すたァ、どこの悪徳解体業者だ、テメェは」
鷹人の目は、絶望などしていなかった。
圧倒的な質量のバケモノを前にして、彼の脳内はすでに『どうやってあのデカブツを安全かつ確実に解体するか』という、現場監督としての極めて合理的な計算を高速で弾き出していた。
「暴走ウサギ、パチンカス。よく聞け」
鷹人は、作業着のポケットから新しいタバコを取り出し、100円ライターでカチッと火をつけた。
紫煙を吐き出し、口角を獰猛に吊り上げる。
「あんなデカブツ、正面から殴り合っても勝ち目はねえ。……だが、機械ってのはな、絶対に『構造上の欠陥』があるもんだ。俺と、お前らのチートで、あのバカでかいガラクタをスクラップにするぞ」
一人では決して無双しない。
これは勇者の戦いではない。泥臭く、知恵と悪知恵とチームワークを駆使した、元工作部隊員による『解体作業』の始まりだった。
読んでいただきありがとうございます。
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