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終わりの名を持つ君へ  作者: そらいろは
第5部 灰の向こう

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第53章 灯の先

第5部 灰の向こう

 灯は。


 すぐに見えなくなった。


 灰の向こう。


 最後の一つが消えてから。


 もう。


 どこにもない。


 それでも。


 イロハは同じ方向へ歩いた。


 手には。


 金属板。


 塔で見た線を。


 簡単に刻んである。


「ほんとにこっち?」


 クルムが言った。


「たぶん」


「たぶんか」


「灯はこっちに行った」


「途中で曲がったかもしれん」


「じゃあ、その時考える」


 イロハは前を見る。


 古い道。


 ところどころ。


 灰に埋まっている。


 でも。


 塔から伸びていた線も。


 同じ方向だった。


「今はこっち」


「そうか」


 クルムはそれ以上言わなかった。


     *


 歩きながら。


 イロハは何度も鞄へ手をやった。


 水。


 まだある。


 さっきより。


 ずっと安心できる重さ。


 でも。


 飲めば減る。


 一口。


 それだけ飲んで。


 蓋を閉める。


「飲まないのか」


「飲んだよ」


「少ない」


「次に水があるか分かんないから」


 クルムがこちらを見る。


「さっきは飲めと言っただろ」


「だから飲んだ」


「もっと飲め」


「減る」


「倒れたら全部無駄だ」


 イロハは水筒を見る。


 少し迷う。


 もう一口。


 飲んだ。


「これでいい?」


「私に聞くな」


「言うと思った」


 水筒をしまう。


 今度は。


 足元を見る。


 前を見る。


 遠くを見る。


 灰の向こうに。


 何かがないか。


 探しながら歩いた。


     *


 しばらくして。


 古い道が途切れた。


 目の前。


 大きく地面が沈んでいる。


 灰の下。


 道そのものが。


 崩れてなくなっていた。


「行けない」


「回れ」


 イロハは左右を見る。


 右。


 崩れた建物。


 左。


 低い斜面。


 その先。


 細い溝のようなものが続いている。


「こっち」


 左へ向かう。


「理由は」


「下がってる」


「それだけか」


「水が流れてたかもしれない」


 クルムが少し黙る。


「なるほど」


 イロハが振り返った。


「今、なるほどって言った?」


「聞こえただろう」


「珍しい」


「戻るか?」


「行く」


 斜面を下りる。


     *


 灰を払うと。


 溝の底から。


 硬い板が出てきた。


 両側。


 低い壁。


 中央。


 細長いくぼみ。


「水路?」


「そう見える」


「水ないけど」


「見れば分かる」


「分かってるよ」


 イロハはしゃがむ。


 指で。


 溝の端をなぞる。


 乾いている。


 ずっと。


 水が流れていないように見える。


 それでも。


 水路らしきものは。


 先へ続いている。


 イロハは立ち上がる。


「これ、塔の方から来てる?」


 振り返る。


 もう塔は見えない。


「向きはそうだな」


「じゃあ」


 前を見る。


「この先にも何かあるかも」


「かもしれん」


 イロハは歩き始めた。


 今度は。


 道ではなく。


 乾いた水路に沿って。


     *


 水路は。


 途中で。


 二つに分かれた。


 イロハが止まる。


 右。


 左。


「また」


「どちらだ」


「待って」


 しゃがむ。


 右の溝。


 灰が深い。


 左。


 少しだけ。


 灰が薄い。


 手で払う。


 下。


 何かが光った。


「これ」


 小さな金属片。


 薄い。


 片側が。


 新しく削れたように見える。


 クルムが拾う。


「古くない」


「どれくらい?」


「分からん」


「でも新しい?」


「この灰よりはな」


 イロハは左を見る。


 さらに。


 少し先。


 灰が舞い上がった跡。


 丸く。


 薄く。


「……あ」


 近づく。


 そこにも。


 三つのくぼみ。


「来てる」


 クルムも見る。


「そうだな」


「灯が」


「同じものならな」


 イロハは左へ向いた。


「じゃあ、こっち」


 迷わなかった。


     *


 しばらく。


 灯は見えなかった。


 音も。


 ない。


 ただ。


 ところどころ。


 同じ跡がある。


 丸く払われた灰。


 三つのくぼみ。


 古い設備。


 壊れたもの。


 動かないもの。


 たまに。


 まだ小さく光るもの。


 イロハは。


 一つ見つけるたびに。


 金属板へ線を足した。


「全部書くのか」


「うん」


「読めんぞ」


「場所は分かる」


「戻る気か」


「分かんない」


 線を刻む。


「でも」


「何だ」


「水がある場所は、忘れたくない」


 クルムは答えなかった。


     *


 次に見つけた台は。


 壊れていた。


 半分。


 地面へ沈んでいる。


 三つの跡も。


 ある。


 でも。


 光らない。


 雫の印は。


 割れていた。


「ここも水?」


「だったのかもしれんな」


 イロハは管を見る。


 折れている。


 灰。


 乾いている。


 水はない。


「全部使えるわけじゃないんだ」


「ああ」


 イロハは。


 水筒へ触れる。


 さっきの塔。


 もし。


 あそこも壊れていたら。


 今。


 水はほとんどなかった。


 イロハは立ち上がる。


「次」


「焦るな」


「焦ってない」


「足が速い」


 止まる。


 少し息を吐く。


 そして。


 歩く速さを落とした。


     *


 灰の中。


 今度は。


 灯より先に。


 音がした。


 イロハが止まる。


「聞こえる」


「ああ」


 低い音。


 遠い。


 でも。


 前から。


 イロハはすぐに。


 近くの壁を見る。


 崩れている。


 高さは。


 身体を隠せるくらい。


「こっち」


 先に移動する。


 クルムも続く。


 壁の陰。


 イロハは。


 勝手に顔を出さなかった。


 音が。


 近づく。


 やがて。


 灰の向こう。


 一つ。


 光。


 次。


 その後ろ。


 また光。


 連なる。


「来た」


「静かにしろ」


「小声だよ」


 灯は。


 こちらへは来ない。


 遠く。


 横切っている。


 イロハは位置を見る。


 水路。


 灯。


 方向。


「……違う」


 クルムが見る。


「何が」


「追ってた方向と違う」


 灯は。


 少し左へ曲がっていた。


 イロハは金属板を見る。


 塔で見た線。


 自分たちは。


 途中。


 少しずれている。


「道じゃない」


「何が」


「灯」


 イロハが小さく言う。


「ずっと同じ場所に向かってるんじゃない」


 灯は。


 遠くで。


 一機。


 また一機。


 高度を下げた。


「どこかに降りる」


 イロハが目を凝らす。


 灰の向こう。


 見えない。


 でも。


 灯が。


 一つずつ消える。


「また台がある」


「おそらくな」


 イロハは壁から出ない。


 全部の灯が消えるまで。


 待った。


     *


「行くか?」


 クルムが聞く。


「まだ」


「何を待つ」


「戻ってくるかもしれない」


 クルムは何も言わない。


 しばらく。


 二人はそのまま待った。


 やがて。


 一つ。


 灯。


 また。


 一つ。


 浮かび上がる。


 再び。


 列になる。


 そして。


 別の方向へ飛び去った。


「……やっぱり」


 イロハが壁の陰から出る。


「何がだ」


「一個の場所に行ってるんじゃない」


 金属板を出す。


 今いる場所。


 最初の塔。


 壊れた台。


 今。


 灯が降りた場所。


 線を足す。


「回ってる」


「巡回か」


「じゅんかい?」


「決まった場所を順に回ることだ」


「じゃあ、それ」


 イロハは。


 もう一度。


 灯が消えた方向を見る。


「水の場所を回ってる?」


「すべてが水とは限らん」


「でも最初は水だった」


「ああ」


「壊れてるところもあった」


「ああ」


「見てるのかな」


「何を」


「壊れてるかどうか」


 クルムは少し考える。


「あり得る」


「直す?」


「そこまでは見ていない」


「じゃあ」


 イロハは歩き出す。


「見に行こう」


     *


 灯が降りた場所は。


 思ったより近かった。


 灰の中。


 低い建物。


 屋根は。


 半分残っている。


 その横。


 平たい台。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「多い」


 イロハが立ち止まる。


 周囲にも。


 管。


 古い設備。


 何本も。


 地面へ伸びている。


 そして。


 建物の壁に。


 大きな雫の印。


「ここ」


 イロハの声が少し明るくなる。


「水だ」


「決めつけるな」


「でも、これ」


 印を指す。


「前と同じ」


 近づく。


 最初の台。


 光らない。


 二つ目。


 壊れている。


 三つ目。


 小さな光。


 一度。


 点く。


「これだけ生きてる」


 イロハがしゃがむ。


 その時。


 建物の中から。


 音。


 水。


「聞こえる」


「ああ」


 二人は。


 入り口を見る。


     *


 扉は。


 半分開いていた。


 暗い。


 中は。


 見えない。


 イロハは。


 すぐに入らなかった。


 石を拾う。


 中へ投げる。


 硬い床へ当たる。


 一度。


 二度。


 止まる。


「床はある」


「それだけだ」


「分かってる」


 腰を低くする。


 入口の横。


 壁。


 古い印。


 人。


 雫。


 容器。


「水をもらう場所?」


「そう見える」


「人のため?」


「その印ならな」


 イロハは中を見る。


「クルム」


「何だ」


「先」


「お前が行くんじゃなかったのか」


「暗いところは別」


「都合がいいな」


「死にたくないから」


 クルムが前へ出る。


「待ってろ」


「うん」


 今度は。


 イロハは素直に待った。


     *


 クルムが。


 数歩。


 中へ入る。


 何も起きない。


「来い」


 イロハも入る。


 暗い。


 外より。


 空気が冷たい。


 そして。


「……水の匂い」


 奥。


 小さな音。


 ぽつ。


 ぽつ。


 壁沿い。


 細い管。


 その先。


 大きな箱のような設備。


 表面に。


 雫の印。


 クルムが近づく。


「止まれ」


 イロハが止まる。


 床。


 薄く濡れている。


「水」


「滑るぞ」


「そこ?」


「ああ」


 イロハは。


 ゆっくり近づく。


 壁際。


 小さな受け皿。


 透明な水が。


 少しずつ溜まっている。


「まだ出てる」


「ああ」


 イロハは。


 すぐには水筒を出さない。


「飲める?」


「調べる」


 クルムが確認する。


 匂い。


 指。


 味。


「さっきと同じだ」


「ほんと?」


「ああ」


 ようやく。


 水筒を出す。


     *


 水を入れる。


 今度は。


 いっぱいになるまで。


 出た。


 イロハは。


 満杯になった水筒を持つ。


 重い。


 少し。


 笑った。


「重い」


「嫌なら捨てろ」


「絶対やだ」


 鞄へしまう。


 もう一つ。


 空いていた小さな容器にも。


 少し入れる。


「持てるか」


「持てる」


「無理なら言え」


「うん」


 クルムが。


 少しだけ。


 イロハを見る。


 以前なら。


 意地でも。


 大丈夫と言ったかもしれない。


 でも。


 今は。


 ただ。


「重くなったら言う」


 そう言った。


     *


 建物を出る前。


 イロハは。


 壁の奥に。


 別の光を見つけた。


「クルム」


「何だ」


「これ」


 小さな表示。


 点。


 線。


 いくつも。


 最初の塔で見たものより。


 少し広い。


 いくつもの場所が。


 線でつながっている。


 その中。


 点いているもの。


 消えているもの。


 灰色のもの。


「これ」


 イロハは指を近づける。


 触れない。


「動いてる場所?」


「かもしれん」


「消えてるのは?」


「壊れているか、止まっているか」


 イロハは。


 壊れていた台を思い出す。


 そして。


 表示を見る。


「じゃあ」


 点いている場所。


 数える。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 もっと。


 遠くにも。


「水がある場所、まだあるかも」


「全部が水とは限らん」


「分かってる」


 イロハは金属板を出した。


 線を写す。


 一つ。


 また一つ。


 その途中。


 少し離れた場所に。


 見覚えのある印。


 エデンで写したもの。


 完全には同じではない。


 でも。


 似ている。


「またある」


 クルムも見る。


「そうだな」


 イロハは。


 そこだけ。


 少し大きく刻んだ。


     *


 外へ出る。


 空は。


 相変わらず灰色。


 灯はもういない。


 でも。


 イロハの金属板には。


 前より多くの線がある。


 水も。


 ある。


「次」


 イロハが言った。


「どこだ」


「灯じゃない」


 クルムが見る。


「これ」


 金属板。


 いくつかの点。


 その一つ。


 エデンの印に似た場所。


「そこへ行くのか」


「途中の点を見ながら」


「水を確保しながら、か」


「うん」


 イロハは。


 金属板をしまう。


「灯がいなくても行けるかもしれない」


「迷うかもしれんぞ」


「その時は戻る」


「戻れるか」


 イロハは。


 後ろを見る。


 水の建物。


 塔。


 乾いた水路。


 ここまで来た道。


「印、つけた」


 金属板を軽く叩く。


「たぶん」


「最後の一言が余計だ」


「じゃあ、きっと」


「変わらん」


 イロハは笑った。


 そして。


 歩き出す。


 今度は。


 消えた灯ではなく。


 自分で写した線を見ながら。


 クルムも。


 その後ろを歩いた。


 遠く。


 見えないどこかで。


 また。


 一つの灯が。


 灰の空を横切った。

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