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終わりの名を持つ君へ  作者: そらいろは
第5部 灰の向こう

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第52章 灯の降りる場所

第5部 灰の向こう

 灯は。


 まっすぐ近づいてきた。


 一つ。


 その横に一つ。


 さらに。


 同じ間隔で続いている。


 イロハは崩れた壁の陰から、目を離さなかった。


 低い音。


 一定。


 風に混じりながら。


 少しずつ大きくなる。


「まだ動かないで」


 小さな声。


「ああ」


 クルムは壁の前に立っている。


 イロハより少しだけ外側。


 何かあれば。


 先に届く位置。


 灰の向こうで。


 灯の輪郭が変わった。


「……見える」


 最初は。


 光だけだった。


 やがて。


 その周りに黒い影が現れる。


 人ではない。


 鳥でもない。


 丸みのある胴体。


 そこから細い腕のようなものが伸びている。


 先端では。


 輪が高速で回っていた。


 四つ。


 回転するたび。


 灰が横へ流れる。


「機械」


「ああ」


 人は乗っていない。


 一機。


 二機。


 三機。


 さらに後ろにも。


 あの遠い夜。


 人がいるのかもしれないと思った。


 灰の向こうを動いていた灯。


 けれど。


 今。


 ようやく見えた。


 灯を運んでいたのは。


 人間ではなかった。


     *


 先頭の一機が止まった。


 塔から少し離れた空中。


 静止する。


 後ろの機械も。


 順番に止まった。


 五つ。


 空中に並ぶ。


 イロハは息を潜める。


「こっち見てる?」


「分からん」


 先頭の機械の正面。


 白い灯が一度。


 明るくなる。


 塔の根元。


 平たい台が応える。


 白。


 白。


 少し間を置いて。


 また。


 飛ぶ機械。


 台。


 交互に光る。


「やっぱり話してる」


「信号だろう」


「それ、話してるのと同じじゃない?」


「機械同士ならな」


 一機が動いた。


 ゆっくり。


 下へ。


 イロハの手が。


 無意識に壁を掴む。


 灰が舞う。


 機械の下から。


 細い棒のようなものが伸びた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 イロハの目が大きくなる。


「三つ」


 地面に残っていた。


 三つのくぼみ。


 同じ間隔。


 機械が台の上へ降りる。


 三本の脚が。


 決められた場所へ。


 ぴたりと収まった。


「これだったんだ」


「ああ」


 着地した機械の灯が消える。


 代わりに。


 台の側面で。


 細い光が何本も走った。


     *


 低い音。


 塔の中。


 何かが動き始めた。


 イロハが振り返る。


「聞こえる?」


「ああ」


 着地した機械の腹部。


 小さな蓋が開いた。


 そこから。


 短い金属の端子が伸びる。


 台の中央。


 浅い窪みの中からも。


 同じ形のものがせり上がった。


 二つがつながる。


 小さな音。


 その瞬間。


 台の上にいくつもの光が走った。


「何してるの?」


「知らん」


「何か入れてる?」


「液体ではない」


「じゃあ何?」


「信号か、電力か」


「どっち?」


「見ただけで分かると思うか」


「思ってないけど」


 イロハは唇を結ぶ。


 台。


 塔。


 飛ぶ機械。


 全部が。


 久しぶりに目を覚ましたように動いている。


     *


 空に残った四機は。


 ほとんど動かない。


 ただ浮いている。


 そのうち一機が。


 ゆっくり向きを変えた。


 白い灯。


 壁の方へ。


「クルム」


「ああ」


 光が伸びる。


 細い。


 真っすぐ。


 地面をなぞる。


 灰。


 塔。


 崩れた壁。


 近づく。


「見つかった?」


「動くな」


 光が。


 クルムの足元へ届いた。


 上がる。


 脚。


 身体。


 顔。


 一瞬。


 赤い瞳の上で止まる。


 クルムの身体が。


 わずかに低くなる。


 飛びかかれる姿勢。


「クルム」


「出るな」


 光が消えた。


 何も起こらない。


 数秒。


 今度は。


 光が壁の横へ向いた。


 隙間。


 そして。


 イロハへ。


「あ」


 白い光が。


 顔を照らした。


 眩しい。


 目を細める。


「イロハ」


「動いてない」


 光が下がる。


 胸。


 手。


 腰。


 そして。


 止まった。


 飛ぶ機械の中から。


 音がした。


『――――』


 イロハが顔を上げる。


「何?」


 古い言葉。


 聞き取れない。


 もう一度。


『――人――』


 クルムの顔が動く。


「今」


「ああ」


「人って言った?」


「そう聞こえた」


 続く。


『――確認――』


 一拍。


『――供給――』


 そこで途切れた。


「供給?」


 イロハが聞く。


「何かを渡す、という意味だ」


「何を?」


 答えの代わりに。


 塔の根元で。


 音がした。


     *


 壁の陰から。


 イロハが覗く。


 台の横。


 今まで閉じていた部分が。


 ゆっくり開いている。


 その上。


 雫の印。


「水」


 イロハが立ち上がりかける。


 クルムの腕が前へ出た。


「まだだ」


「でも」


「待て」


 着地している機械は。


 まだ台とつながっている。


 細い光。


 また一本。


 塔の内部へ走る。


 少しして。


 錆びた管の奥から。


 低い振動が聞こえ始めた。


 イロハは目を見開く。


「動いてる」


「ああ」


「さっきまで止まってたのに」


 管の奥。


 何かが回る。


 遠く。


 水の流れるような音。


 イロハは台と飛ぶ機械を交互に見る。


「これが動かした?」


「その可能性はある」


「人を見つけたから?」


「それもな」


 イロハは息を潜める。


 機械が水を持ってきたわけではない。


 塔そのものが。


 水を出そうとしている。


     *


 しばらくして。


 着地していた機械の端子が外れた。


 腹部へ戻る。


 台の中央も閉じる。


 三本の脚が少し縮む。


 機械が浮いた。


 灰が広がる。


 空にいた四機と。


 同じ高さへ。


 一機。


 また一機。


 向きを変える。


 灯が連なる。


 来た時と同じように。


 ゆっくり。


 塔から離れていった。


「行っちゃう」


「ああ」


「追わないの?」


「今は水だろう」


 イロハがクルムを見る。


「……そうだった」


     *


 灯が十分離れるまで。


 クルムは動かなかった。


 やがて。


「行くぞ」


「うん」


 二人で台へ近づく。


 イロハは真っ先に。


 雫の印がある場所を見る。


 小さなくぼみ。


 その奥から。


 細い音。


 次の瞬間。


 透明な水が出た。


「……!」


 ほんの少し。


 すぐ止まる。


 でも。


 確かに水。


 イロハは手を出しかけて。


 止めた。


 クルムを見る。


「触っていい?」


 クルムが近づく。


 水の溜まった場所を確認する。


 匂い。


 少し指につける。


「どう?」


 クルムは答えず。


 指先を舐めた。


「クルム!」


「何だ」


「毒だったらどうするの」


「お前が飲むよりいい」


 イロハは口を閉じた。


「……大丈夫?」


「少なくとも、妙な匂いも味もしない」


「水?」


「ああ」


 その一言で。


 喉の渇きが急に強くなった。


 イロハは容器を出す。


 窪みの下へ置く。


 一度。


 水が止まる。


「……終わり?」


 落胆した瞬間。


 台の小さな灯が点く。


 塔の奥で。


 また低い音。


 水が。


 細く流れ始めた。


「あ」


 容器の底に溜まる。


 少しずつ。


 音を立てて。


 半分。


 それより少し上。


 そして。


 止まる。


「いっぱいじゃない」


「十分だ」


「まだ入る」


「次があるか分からん。飲め」


 イロハは容器を持つ。


 一口。


 冷たい。


 思わず。


 もう一口。


「……おいしい」


「水だ」


「分かってる」


 さらに飲みたくなる。


 でも。


 止めた。


 蓋を閉める。


 残す。


 クルムは何も言わなかった。


     *


「でも」


 イロハは台を見る。


「変だよね」


「何が」


「人がいないのに」


 雫の印。


 水。


 飛ぶ機械。


「これ、まだ水を出せる」


「ああ」


「誰のため?」


 クルムは答えない。


 さっき。


 機械はイロハへ光を当てた。


 そして。


 古い声。


 人。


 確認。


 供給。


「私を見つけたから、動いた?」


「可能性はある」


「じゃあ」


 イロハは塔を見る。


「人が来たら、水を出すようになってた?」


「そうかもしれん」


「三千年経っても?」


「動いているものは動いている」


 イロハは少し考える。


「じゃあ」


「何だ」


「壊れてなかったんだ」


「全部はな」


「誰も使ってなかっただけ?」


「それも分からん」


 イロハは水の入った容器を見る。


 ほんの少し前まで。


 空になりかけていた。


 それが。


 今は重い。


     *


 台の上に。


 薄い光が浮かんだ。


「また」


 イロハが近づく。


 線。


 点。


 いくつも。


 一つの点。


 今いる塔。


 そこから。


 別の点へ線が伸びている。


 さらに。


 その先。


 また点。


「道?」


「機械の移動経路かもしれん」


「さっきの灯?」


「可能性はある」


 イロハは目で追う。


 点。


 線。


 点。


 その一つに。


 見覚えのある印。


「待って」


 金属板を出す。


 エデンで写したもの。


 比べる。


「似てる」


 クルムも見る。


「……ああ」


「エデンから来た印」


 完全に同じではない。


 でも。


 丸。


 伸びる線。


 重なる部分。


「じゃあ、やっぱりつながってる?」


「可能性は上がったな」


「初めてそれっぽいこと言った」


「何が」


「いつも分からんばっかりなのに」


「分からんものは分からん」


「はいはい」


 イロハは光の地図を見る。


 さっき飛び去った灯の方向。


 線も。


 そちらへ伸びている。


     *


「追うか?」


 クルムが言った。


 イロハが顔を上げる。


「クルムから聞くんだ」


「お前が見ていたからだ」


「追っていいの?」


「私は決めん」


「やっぱり」


 イロハは地図を見る。


 今は。


 水がある。


 少なくとも。


 すぐに干からびることはない。


 なら。


 安全そうな古い道へ戻ることもできる。


 でも。


 連なる灯は。


 別の場所へ向かった。


 そこにも。


 同じ設備があるかもしれない。


 水も。


 動いている機械も。


 そして。


 エデンへ何かを送っているものも。


「追う」


 イロハは言った。


「ただし」


 クルムを見る。


「真下には行かない」


「当然だ」


「見つからないくらい離れる」


「ああ」


「危なかったらやめる」


「それを忘れるな」


 イロハは金属板へ。


 新しい線を刻む。


 塔。


 雫。


 そして。


 灯が去った方向。


「よし」


「何がだ」


「次が決まった」


 イロハは歩き出す。


 今度は。


 灯が消えていった方へ。


     *


 塔を離れる前。


 イロハは一度だけ振り返った。


 平たい台。


 雫の印。


 その側面で。


 白い光が点いている。


 遠く。


 灰の向こう。


 連なる灯は。


 もうほとんど見えない。


 最後の一つだけが。


 小さく。


 瞬いた。


 そして。


 消えた。


 イロハは水の入った容器を確かめる。


 さっきより重い。


 それを鞄へしまう。


「行こう」


「ああ」


 二人は歩き出した。


 今度は。


 ただ光を追うためではない。


 水のある場所を。


 動き続けるものを。


 この灰の世界で。


 まだ途切れていない何かを。


 探すために。

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