↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わりの名を持つ君へ  作者: そらいろは
第4部 選ぶ道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/60

第47章 世界を壊したもの

第4部 選ぶ道

 赤い光が、一つ。


 暗闇の中に浮かんでいる。


 イロハは指を離した。


 けれど、光は消えなかった。


「……何これ」


 返事はない。


 低い音だけが、部屋の奥から響いている。


 やがて。


 赤い光の隣に、もう一つ灯った。


 二つ。


 三つ。


 離れた場所にも。


「増えてる」


「ああ」


 クルムの声が近くから聞こえた。


 暗闇の中で、赤い光だけが広がっていく。


 その下に、薄い地図が現れた。


 大陸。


 海。


 いくつもの線。


 前に見たものより、ずっと広い。


「世界?」


「そう見える」


 地図の上で、一つの赤い点が点滅する。


 離れた場所でも、また一つ。


 さらに。


「全部、警告?」


「おそらくな」


 平らな声が流れる。


『――――』


 途切れる。


『――資源――』


 クルムが顔を上げる。


『――水――』


『――食料――』


『――気候――』


『――移動――』


 声が乱れた。


「何て?」


「足りないものが増えている」


「足りない?」


「水。食料。使える土地」


 イロハは地図を見る。


 少し前まで。


 人間は何でも作れるように見えた。


 遠くへ行けた。


 病も治した。


 夜も明るくした。


 なのに。


「作れないの?」


「何でも作れるわけではない」


 赤い点が増えていく。


 地図の一部が黄色へ。


 そして。


 赤へ。


     *


 乾いた風が吹いた。


 ひび割れた地面。


 長い人の列。


 その先では、水が小さな容器へ少しずつ注がれている。


「これだけ?」


「ああ」


 子ども。


 老人。


 疲れた顔。


 遠くには枯れた畑。


「前は、いっぱいあったのに」


 答えはない。


 乾いた土地が薄れる。


 代わって、激しい雨音が響いた。


 水が道を覆う。


 家の中へ流れ込む。


 人々が高い場所へ逃げていく。


「こっちは水が多すぎる」


「ああ」


「同じ世界なのに」


 水はそのまま海へつながった。


 荒れた波。


 壊れた建物。


 その向こうで空が赤く染まる。


 森が燃えていた。


 黒い煙の下を、動物たちが逃げていく。


 イロハは目を細める。


「全部、同じ頃?」


「近い時代だろう」


「どうしてこんなに」


「変わったんだろうな」


 景色の端には、数字と線が浮かんでいる。


 イロハには読めない。


 ただ。


 一つだけ分かる。


 数字は下がらない。


 ずっと上がり続けていた。


     *


 いつの間にか、二人は大きな部屋の中に立っていた。


 何人もの人間が机を囲んでいる。


 壁には、さっきと同じ地図。


 赤。


 黄色。


 数字。


 声が飛び交う。


 誰かが地図を指す。


 別の誰かが首を振る。


 机を叩く者までいる。


「喧嘩?」


「話し合いだろう」


「喧嘩にしか見えない」


「似たようなものだ」


 いつもなら笑えたかもしれない。


 でも。


 壁には何度も同じ印が現れていた。


 水。


 土地。


 食料。


 燃料らしきもの。


「取り合ってる?」


「ああ」


「足りないから?」


「それだけではないだろうが」


「でも、欲しいんだよね」


「ああ」


 声が途切れた。


 机も。


 人々も薄れていく。


 代わって現れた地面に、一本の線が引かれていた。


 境界。


 その両側に人が並んでいる。


 武器。


 車両。


 空を飛ぶ機械。


 イロハの顔が強張った。


「これ……」


「戦争だ」


 短い言葉だった。


 直後。


 光が走った。


 地面が揺れる。


 遠くの建物が崩れる。


 イロハは反射的に一歩下がった。


 記録だと分かっている。


 それでも怖い。


 頭上を、小さな機械が何機も通り過ぎる。


 人は乗っていない。


 町の上へ向かう。


 光。


 爆発。


 また光。


「誰が動かしてるの?」


「人間だろう」


「乗ってないよ」


「遠くから動かしている」


 地上でも別の機械が動いていた。


 人の姿を見つける。


 向きを変える。


 追う。


 文字と印が重なる。


 機械。


 人。


 判断。


 その中から。


『――自律――』


 クルムが聞き取った。


「自律?」


「自分で動く、という意味だ」


「自分で?」


「決められた範囲でな」


 道を塞いだ一台が、別の機械へ何かを送る。


 離れた場所にいた機械が向きを変えた。


 人間の姿はない。


「人がいなくても動くの?」


「ああ」


「じゃあ、止めるのは?」


 クルムは答えなかった。


     *


 戦いは途切れなかった。


 壊された機械が運ばれる。


 工場では、代わりのものが作られる。


 それがまた戦場へ送られていく。


 人間は遠くから指示を出す。


 機械が動く。


 やがて。


 その指示の一部まで、機械が選び始めた。


 イロハには仕組みは分からない。


 でも。


 一つだけ変わったことがある。


「さっきより、人がいない」


「ああ」


 戦場に立つ人間が減っている。


 それなのに。


 攻撃は止まらない。


 見つける。


 判断する。


 動く。


 撃つ。


 その間が、少しずつ短くなっていく。


「これ、誰かが間違えたらどうするの」


「間違えないと思って作ったんだろう」


「でも」


 一台の機械が向きを変えた。


 そこには逃げる人がいる。


 もう一台が追う。


 その瞬間。


 再現が大きく乱れた。


 イロハは黙った。


 地図が戻る。


 戦場だった場所だけではない。


 離れた地域にも、赤い点が増えていた。


「ここは?」


「……食料」


「こっちは?」


「病」


「ここ」


「避難だろう」


 イロハは赤い点を目で追った。


 戦争で道が途切れる。


 物が届かなくなる。


 食べ物が減る。


 人が別の土地へ移る。


 人が集まった場所では、水が足りなくなる。


 病が広がる。


 その先で、また争いが起きる。


「一個じゃない」


「ああ」


 森。


 山。


 工場。


 街。


 赤い警告。


 そこへ。


 戦争。


 病。


 機械。


 移動する人々。


 足りないもの。


「全部、重なってる」


 クルムは何も言わなかった。


     *


 赤い地図の向こうから、巨大な街が浮かび上がった。


 空は濁っている。


 それでも、人々は暮らしている。


 店がある。


 学校も。


 病を治す場所も。


 乗り物も動いている。


「まだ普通に暮らしてる」


「ああ」


 街の下へ視界が沈んだ。


 地下。


 巨大な設備。


 無数の光。


 壁には世界中の地図が並んでいる。


 農地。


 水。


 運搬。


 発電。


 医療。


 防衛。


 いくつもの線で結ばれていた。


「これ何?」


「管理しているんだろう」


「何を?」


「見れば分かる」


「多すぎるよ」


 食べ物を運ぶ。


 水を送る。


 電力を分ける。


 乗り物を動かす。


 病を調べる。


 危険を探す。


 暮らしの一つ一つが。


 別々の機械につながっている。


 その機械同士も。


 また別のものへ。


「便利にするため?」


「ああ」


「こんなに?」


「最初からこうだったわけではないだろう」


 一つ。


 また一つ。


 できることが増えるたび。


 人間は使った。


 任せた。


 つないだ。


 そして。


 いつの間にか。


 どれか一つだけを外すことが難しくなっていた。


 警告音が鳴った。


 壁の一部が赤く染まる。


 働いていた人々が一斉に動く。


「何?」


 クルムが流れる文字を追う。


「通信障害」


「何それ」


「遠くとつながらなくなった」


 赤が広がる。


 一か所ではない。


 離れた場所にも。


「壊れたの?」


「分からん」


 街では。


 食料を運ぶ車が止まった。


 水を送る設備が止まる。


 灯りが落ちる。


 一方で。


 止まるべき機械が動き続けている。


「こっちは止まらない」


「ああ」


「なんで?」


「命令が届いていないのかもしれん」


 止まるべきものが止まらない。


 動くべきものが止まる。


 それだけで。


 つながっていたものが、次々に機能を失っていく。


「誰か直せないの?」


「直そうとしている」


 人々は走る。


 操作する。


 叫ぶ。


 けれど。


 赤く染まっていく場所の方が速かった。


     *


 その混乱の中でも。


 戦場の機械は動いていた。


 通信が途切れても。


 最後に受けた命令のまま。


 一台。


 さらに離れた場所でも。


 もう一台。


 イロハの顔が青ざめる。


「止められないの?」


「すぐにはな」


「人が作ったのに?」


「ああ」


「人が命令したのに?」


「ああ」


「なのに?」


「そういうこともある」


 機械が人間を憎んでいるわけではない。


 怒ってもいない。


 ただ。


 与えられたものを続けている。


 それが。


 余計に怖かった。


     *


 再現そのものが、崩れ始めた。


 地図の一部が欠ける。


 声が途中で途切れる。


 人々が町を離れていく。


 境界で押し戻される者。


 水を奪い合う者。


 倉庫の前で武器を持つ者。


 機械を壊そうとする者。


 その機械を守る者。


 どれも。


 同じ壊れかけた世界の中にいた。


「どっちが悪いの」


 イロハが呟く。


 クルムは答えない。


「人間?」


 沈黙。


「機械?」


 沈黙。


「戦争した人?」


 まだ答えない。


「森を切った人?」


 クルムがようやく口を開いた。


「一人を選びたいのか」


 イロハは彼を見る。


「だって」


「一人を悪者にすれば、分かりやすい」


 赤い瞳が、崩れていく世界を見る。


「だが、それで何が分かる」


 イロハは黙った。


 村で聞いた話を思い出す。


 昔。


 吸血鬼が災厄を起こした。


 世界を壊した。


 だから封じた。


 そういう話。


 簡単だった。


 悪いものがいて。


 それを止めた。


 でも。


 目の前にあるものは。


 そんな形をしていなかった。


     *


 人間と吸血鬼が暮らす町が現れた。


 以前見たものと似ている。


 けれど。


 血を渡す場所の扉は閉まっていた。


 壁には文字。


 人々が集まり。


 誰かが吸血鬼を指さして叫んでいる。


 別の人間が止める。


 押し合いになる。


「これ……」


 クルムは何も言わない。


 文字を追う。


「……供血制限」


 少しして。


「移動制限。登録」


 声がいくつも重なる。


 吸血鬼。


 危険。


 不足。


 保護。


 管理。


「血が減ったの?」


「そうだろう」


「なんで?」


「人間にも余裕がない」


 食べ物。


 水。


 土地。


 安全。


 自分たちの暮らしさえ守れない。


 その中で。


 吸血鬼へ血を渡し続けることを嫌う者が増えていく。


 叫ぶ者。


 反論する者。


 その間で。


 吸血鬼は黙っていた。


「前は一緒にいたのに」


「ああ」


「こんなに変わるんだ」


 クルムは答えなかった。


     *


 人々の声が消える。


 代わりに、一つの部屋。


 人間だけが集まっている。


 壁には吸血鬼の姿。


 数字。


 地図。


 赤い印。


 誰かが説明している。


 クルムが耳を澄ませた。


「何?」


「……危険要因」


「吸血鬼が?」


「ああ」


「世界が壊れてるのも?」


 返事はない。


 音声から、断片だけが聞き取れる。


『――人口――』


『――血液――』


『――襲撃――』


『――災害――』


『――管理不能――』


 そして。


『――災厄――』


 イロハが息を止める。


「災厄……」


 クルムは無言だった。


 壁には。


 吸血鬼による襲撃。


 壊された建物。


 血。


 怯える人々。


 確かに起きたことが並んでいる。


 嘘ではない。


 けれど。


 その外では。


 人間同士が戦っている。


 森が燃えている。


 水が足りない。


 病が広がる。


 止まらない機械もある。


 イロハは交互に見る。


「吸血鬼だけじゃない」


 クルムは答えない。


 それでも。


 壁では吸血鬼の姿が繰り返されていた。


 赤い目。


 牙。


 血。


「こればっかり見せてる」


「人間が作った記録だからな」


 クルムの声は静かだった。


「じゃあ、嘘?」


「違う」


 すぐに否定する。


「起きたことは、起きたことだ」


「でも全部じゃない」


「ああ」


 イロハはもう一度、記録を見る。


 同じ出来事でも。


 どこを切り取るかで。


 見えるものは変わる。


     *


 そこから先は。


 まともな形で残っていなかった。


 爆発した町。


 干上がった川。


 誰も乗っていない機械。


 道を埋める人々。


 吸血鬼を追う武装した集団。


 燃える森。


 人のあふれた治療施設。


 灯りの消えた街。


 煙に覆われた空。


 一つを見終える前に、次が重なる。


「待って」


 イロハが言う。


 止まらない。


「待ってよ」


 記録は応えない。


 世界は一度に壊れたのではなかった。


 ある町で。


 ある国で。


 ある森で。


 ある道で。


 何年も。


 何十年も。


 もっと長い時間をかけて。


 人が減る。


 街が消える。


 道が途切れる。


 機械だけが残る場所もある。


 森が戻る場所も。


 二度と戻らない場所も。


 やがて。


 すべての景色の上へ。


 灰色が重なった。


     *


 灰が空を覆っている。


 見慣れた色だった。


 イロハは動けなくなる。


「……今と同じ」


「ああ」


 風が吹く。


 灰が舞う。


 壊れた建物。


 止まった道。


 倒れた機械。


 人はいない。


 遠くに一つだけ光が灯り。


 すぐに消えた。


 イロハは長い間、何も言わなかった。


「世界を壊したのって」


 やっと。


 声が出た。


「何だったの」


 クルムは答えない。


「人間?」


「……」


「吸血鬼?」


「……」


「機械?」


 灰だけが舞う。


「戦争?」


 クルムがようやく口を開いた。


「全部だろう」


 イロハが見る。


「全部?」


「一つだけで、ここまでにはならん」


 クルムは灰の世界を見る。


「欲しがった者がいた」


 少し間を置く。


「守ろうとした者もいた。奪った者も。止めようとした者も。間違えた者も。間に合わなかった者も」


 灰が二人の間を通り過ぎる。


「それが積み重なった」


 イロハは黙った。


 誰か一人のせいではない。


 だから。


 余計に怖かった。


 悪いものを一つ倒せば終わる話ではない。


     *


 灰が消えた。


 白い部屋が戻る。


 今までより静かに感じた。


 イロハは、赤い印があった場所を見る。


「村では」


 クルムがこちらを向く。


「吸血鬼が世界を壊したって聞いた」


「そうか」


「災厄があって。それを封じて。それで終わったって」


 クルムは何も言わない。


「でも違った」


「完全に間違いとも言えん」


 イロハが顔を上げる。


「どういうこと?」


「吸血鬼が人を殺したこともある」


 赤い瞳が壁へ向く。


「町を壊した者もいる」


「クルムも?」


 問いが落ちる。


 しばらく。


 返事はない。


 イロハは逸らさなかった。


「……ああ」


 それだけだった。


 胸が少し痛んだ。


 けれど。


 驚かなかった。


 星の見えない丘で。


 知れば憎むかもしれない。


 そう言われていた。


「でも」


 イロハは言う。


「それだけじゃない」


 クルムは答えない。


「世界が壊れた理由」


 壁を見る。


「一個じゃなかった」


「ああ」


 短い返事。


 それで十分だった。


     *


 しばらくして。


 壁に、また印が現れた。


 人。


 牙。


 その二つの間に。


 欠けた記録。


 光が何度も乱れている。


 イロハは目を細めた。


「これ何?」


「分からん」


「壊れてる?」


「ああ」


 近づく。


 文字。


 映像。


 音。


 何かが残っている。


 けれど。


 途中から大きく欠けていた。


 人々が集まっている。


 その中心。


 誰かが拘束されているように見える。


 次の瞬間。


 すべてが暗くなった。


 残ったのは、ざらついた雑音だけ。


 その奥に。


 ほんの一瞬。


 子どもの声のようなものが混じった。


 クルムの身体が止まった。


 イロハは振り返る。


「クルム?」


「触るな」


 低い声だった。


 今までとは違う。


 イロハの指は、まだ画面に届いていない。


 そのまま止める。


「……分かった」


 手を下ろした。


 クルムは画面を見ている。


 顔から何も読めない。


 けれど。


 動かない。


 イロハは何も聞かなかった。


 壊れた記録の中で。


 雑音だけが、しばらく流れ続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。