三十五話
「ボアストーン家が人さらいの主犯って事?」
私はアンジェラの言ったことを繰り返した。
「そうだよ」
信じられなかった。
だって、エリー・ボアストーンは、物語の悲劇のヒロインなのだ。ボアストーン家も娘のために動く、温かい貴族家庭というイメージが強い。
だから、それに反する事を言われても信じられなかった。
だけど、そうだ。私は幼い頃の記憶を思い出した。
近所に金髪の綺麗なお姉さんがいた。私にも優しくて、綺麗な子で、私は大好きだった。
でも、彼女は急に行方不明になってしまった。
私は見た。彼女が見知らぬ馬車に連れ込まれるのを。
だけど、それを母に話すと、誰にも話してはいけない、と言われた。
だから忘れていたのだ。
分かっていたのだ。
馬車に乗っていた人間達は、言葉の発音が違った。貴族階級のしゃべり方だった。
よその土地で他の貴族が好きにできるわけない。
それでもそういうことがあったなら、それは領主に黙認されているということだ。
私を襲ってきた男達も、仕立てのいい服を着ていた。
あんな揉め事があったら、噂になるはずだ。だけどならなかった。それはなぜか。
なぜみんな口を噤むのか。
なんで気付かなかったんだろう。いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。
だって、もし口にしたら、私も消されるかもしれないから。
だけどもう口にしてしまった。彼らのおこないに、気付いてしまったのだ。
「あなたが学園に来たのは、ミシェルの事と関係があるの?ボアストーン家は彼女に何をしたの?」
「…分からない。それを探るために私はここに来たんだ」
アンジェラはつらそうに言う。
「エマ、あなたはもうとっくに目をつけられている。私と仲良くしたから。だから、せめて守りたいの。あなたのことを。だから、私から離れないで」
「…違うの、私、多分前から目をつけられてたの」
「どういうこと?」
「私が子供の頃にもいたの、行方不明者が。彼女が拐われるのを、私多分見てる」
「…それでか」
アンジェラは得心がいったようだった。
「妙にあちらの動きが早いなと思ったんだ。」
「そうなの?」
「うん。それから、多分学内にボアストーンの協力者がいる。だから気をつけて。」
「…わかったわ」
私が了承すると、張り詰めた空気が和らぐ。アンジェラも私も、気を張っていたらしい。
「よかった。それじゃあ家まで送るよ」
「でも」
「前も少し離れた時に襲われたでしょ。」
「うっ…」
アンジェラは私の手を握る。
「さ、行こ」
◇◇◇◇◇◇
アンジェラが屋敷に戻ると、鍵が開いていた。それで、彼が帰ってきているのが分かった。
「喋りすぎだったんじゃないのか」
「…聞いてたんだ」
「巻き込むつもりか?」
「…そんなつもりは」
「なら、話すべきではなかった。彼女が加わっても足手まといだ。」
「…」
「調査は進んでいる。あと少しだからな。」
「!…そう」
「これが終わったら庭園に戻るぞ、分かっているな」
「…偉そうに指図しないでくれる?分かってるよ」
口ではアンジェラはそう答えたが、なぜか脳裏にエマの顔が浮かんだ。




