第74話:追放料理人の帰還
レオンがゆっくりと、人々の間を抜けてロイドの前へと歩み出た。
「……!」
ロイドの顔が一瞬強張る。
そして次の瞬間、激昂したように叫んだ。
「何だ貴様は! 今は忙しい下がれ!!」
その声には、焦りが滲んでいた。
だが、レオンは足を止めない。
確実にロイドとの距離を詰めていく。
「忙しい? 何がだ?」
レオンは、冷ややかな目でロイドを見据えた。
「自分のスキルが封じられて、うろたえているのか?」
「――――!!」
ロイドの表情が凍りつく。
周囲の空気が、一瞬で張り詰めた。
「……貴様、何を言っている」
「とぼけるな」
その言葉に、ロイドは何も返せなかった。
ただ、歯を食いしばり、レオンを睨みつけることしかできない。
周囲の人々が、固唾を呑んでその光景を見守っている。
かつて絶対だった王が、一人の料理人に言い返すこともできず、ただ立ち尽くしている。
「……貴様が、すべてを壊したのか」
ロイドの声が、搾り出すように震えた。
「ああ」
レオンは、迷いなく頷いた。
「俺が、お前の支配を終わらせた」
「……貴様は、一体何者なんだ」
ロイドの声が、低く唸るように響いた。
「ただの料理人が、こんなことをできるはずがない」
「……俺の顔に、見覚えはないか?」
レオンが、静かに問いかける。
ロイドは眉をひそめ、レオンの顔をまじまじと見つめた。
だが、何も思い浮かばない。
「……何を言っている」
「無理もないか」
レオンは、自嘲するように笑った。
「前の自分は、火傷で顔も焦げて、声もしわがれていたからな」
その言葉に、ロイドの表情が凍りついた。
「……まさか」
「ああ」
レオンは、ゆっくりと頷いた。
「俺は、お前が追放した料理人レオンだ」
ロイドの脳裏に、記憶が蘇る。
「貴様、生きていたのか……!」
「ああ」
レオンは、自分の手を見つめた。
「お前のスキルが弱まったのは、俺の料理を食わなくなったからだ。気づいていたんだろう?」
ロイドの喉が、わずかに鳴った。
否定しようとして、言葉が出ない。
「俺の料理には、お前のスキルを増幅させる効果があった」
「だが同時に、食い続けなければ効果は弱まる」
レオンは一歩、また一歩と近づく。
「つまり、お前の力は、最初から借り物だったんだよ」
「黙れ……!」
ロイドが拳を握りしめる。
だが、その手は震えていた。
「黙れ黙れ黙れ! 俺は王だ! 貴様ごときが、俺に指図するな!」
「王?」
レオンは、鼻で笑った。
「偽りの力で人を操り、自由を奪って築いた玉座に座る男が、王を名乗るのか」
「だまれ!たかが料理人風情が、よく魔獣の森で生き延びられたものだな。それにあの火傷をどうやって治療した!」
ロイドが、吐き捨てるように言った。
追放された者を放つのは、決まって魔獣の森だ。
そこは凶暴な魔物が跋扈し、武器も持たぬ者が生還することなど、ほぼ不可能な場所。
「俺は、これまでパーティーにも隠していたスキルを解放した」
「何?」
ロイドの眉が、わずかに動く。
「料理人が、戦闘用のスキルを持っていただと?」
「料理人は、料理しかできないと思ったか?」
レオンは、冷たく笑った。
「魔獣の森で、俺は封印していた力を解き放った」
「そして生き延びた。お前への復讐を果たすために。フローラを取り戻すために」
ロイドの顔から、血の気が引いていく。
「焼けただれた顔も、しわがれた声も俺の調理スキルですべて元に戻った」
「……馬鹿な。そんなことが」
「信じられないか?」
レオンは、冷たく笑った。
「だが、現にこうして俺はここにいる」
「よくも俺を冤罪にかけて追放してくれたな」
レオンの声が、怒りで震えた。
「それも、フローラを俺から奪うためだったんだろう」
「……」
ロイドは、何も答えない。
だが、その沈黙こそが答えだった。
レオンは、ゆっくりとフローラへ視線を向けた。
「フローラ……」
彼女は、そこに立っていた。
今までの話を、すべて聞いていたはずだった。
だが――
フローラの瞳は、依然として空虚なままだった。
虚ろで、焦点が定まらず、まるで魂が抜けたかのように。
(まだ、ロイドのスキル下にあるのか……)
レオンの胸が、痛んだ。
だが、よく見れば彼女の手が、わずかに震えている。
唇が、小刻みに動いている。
瞳の奥に、何かが揺らいでいる。
確かに、そこには動揺があった。
「フローラ……聞こえているのか?」
レオンが、静かに問いかける。
フローラの睫毛が、わずかに震えた。
「……レ、オン……?」
か細い声。
まるで深い霧の中から響いてくるような、遠い声。
「ああ、俺だ」
レオンは一歩、彼女へ近づく。
「俺は、レオンだ」
フローラの瞳に、一筋の涙が浮かんだ。
「……嘘、だ……」
彼女の声が、震える。
「レオンは、死んだ……って……」
「死んでいない」
レオンは、強く首を横に振った。
「俺は生きている。お前を取り戻すために、生き延びた」
フローラの身体が、大きく揺れた。
膝から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。
「待て!」
ロイドが、フローラの腕を掴もうとした。
「触るな!」
レオンの怒号が、空気を震わせた。
その声に、ロイドの手が止まる。
レオンは、フローラの前に立ちロイドを睨みつけた。




