Chapter5 悶々
「キャラが可哀想で……」
あの女の声が耳元から離れない。何が可哀想だ。君の解釈が正しいわけないだろう。こいつはこの性格で満足しているはずだ。キャラが薄い? 知ったことか。僕はこいつらを生かすだけの技術はある……はずだ。先程からしつこいくらい思考にまとわりついてくるあの女の声に頭を振って、僕は書きかけの設定資料をぐしゃぐしゃと丸めた。駄目だ、キャラも全部書き直そう。
駄目だ、書き直そう。コンセプトは「王道少女漫画を体験する」なのだから、主人公はもっと読み手に近づけるべきか。
ということは、ヒロインのモデルが雪乃ではいけない。もっと平凡でなくてはならないな。どこかに平凡のモデルはいないだろうか。……そうだな、例えば。
勉強ができるわけでもないし、運動はもっとダメ。顔は自己評価で中の下。少女漫画が好きだが、この歳で、という抵抗があるため周りには隠している。男キャラにその秘密がばれてしまって喧嘩になる……おお、なかなかいいじゃないか。しかし……男はどうする。友人の相模をモデルにするか。いや、あいつじゃだめだ。あいつみたいなチャラ男に少女マンガみたいな恋愛は無理だ。というか許さない。
さて、どうする。溜息をついて足を組みかえれば、まるで計ったかのように玄関のチャイムが鳴った。
「……はい。どちら様ですか」
「あ、明吉先輩。俺っス、相模でっす!」
テンションの高い声が聞こえて、無意識に再び溜息が漏れる。こんな時に相模だなんて、本当に図られたようだ。静かに扉を開いた。
「あー、明吉先輩。この間はマジすんませんっした」
「別に、気にしていない」
この間、というのは、きっとあの無理やり連れていかれた合コンの事だろう。漫画の参考になるかと思って参加したが、ろくでもない女に出会うし散々だった。
「るきちーも悪い子じゃないんですけど。多分」
「あの女は君の知り合いなのか」
「いや、一方的に知ってるっていうか。るきちーは真紀の友人なんスよ」
「真紀? ああ、君と喋っていた女か」
「真紀は俺の幼馴染で……っつっても、久しぶりに会ったんスけど」
ヘラヘラ笑いながら相模が言う。南真紀っていうんすよ、なんてどうでもいい情報を喋りながら。何がそんなに面白いのかは見当がつかない。きっとなんとなく笑っているだけなんだろう。こいつはそういう男だ。
「それで?」
「え?」
「用件はそれだけじゃないんだろ。君は謝るためだけに家に来るような奴じゃない」
「……バレてらぁ。実は、あの。るきちーが先輩に謝りてぇっつって。もうそこまで来てるんですけど……話、聞いてやってくれませんかね。話聞くくらいならいいっしょ?」
「丁度良い。僕もあの女に聞きたいことがあったんだ」
相模の訳が分からないとでも言いたげな顔に、少しだけ口元が緩む。こいつはわかりやすい。どうせ今から連れてくるから鍵開けたまま待っててとか言うつもりだろ。
「わけわかんねーっスけど、今から連れてきますから! 絶対鍵開けたまま待っててくださいね!」
「晴翔。住所教えてもらってんだから、地図見れば来れるわ」
前方からそんな声が響く。真紀とかいう奴がスマホをちらつかせた。その後ろから、あの女がひょこりと顔をのぞかせる。
「あー……猩々さん。今回はたぶん私が悪ぅゴザンシタ。スミマセンデシタ」
「るき! あんたねぇ……」
「いや、君の謝罪なんかはいい。謝罪を受けたところで何かが変わるわけでもないし、むしろ不信感が募るだけだ。そんなことより、君に聞きたいことがある」
「先輩、せめて上がらせてください!」
相模が苦笑いしながらそんなことを言った。ああ、そういえばここは玄関先だったか。くしゃりと丸められた設定用紙が散らばっている机周りを思い出して、僕は眉間に皺を寄せた。




