Chapter22 後輩の鑑
部活はとくにすることもなかったらしく、割と早めに終了した。部員たちは何の気を使ったのか、私とアンジくんを二人っきりで帰路につかせやがったのだが。
「夜月先輩、大学はどちらなんですか?」
「風女……風館女子ってとこだよ」
「えっ!」
えっ! て何だ。すまんな女子大に通ってるように見えなくて。少しムッとすれば、嬉しそうに彼は告げる。
「俺もそっちの学校志望してるんです! 谷前大学って知ってますか?」
「谷前……あ、相模くんの」
そうだ、相模くんの通っている大学が確かそんな名前だった。アンジくんもそこを志望してるのか。少しだけ冷たい風に乾いた目を閉じる。同時に会話も止まった。……気まずい。開いた瞳に一番に飛び込んできたのは、ケーキ屋の看板だった。ちらりと視線を向けて、すぐに外す。
「あの、夜月先輩。その店入りませんか? アドバイスとか、頂きたいんですけど」
「えっ、いや、でも……」
「お願いします。先輩、休みが終わればいなくなってしまうんですよね? だったらこっちにいる内にもらっておきたいんです、アドバイス。俺、次こそは入賞狙ってて……ダメ、ですか」
その言い方はずるいと思う。この子結構強引だ。というか、視線を向けたのは一瞬だったのに食べたいって思ったことバレたんだろうか。
「……アドバイス、なら」
「ホントですか!? ありがとうございます!!」
パッと嬉しそうに笑った彼に、なんだか申し訳なくなる。私はそこまで偉い人間じゃないのにさ。彼は私を美化しすぎてるんじゃないのか。カランと軽快な音を立てて、扉が開く。ショーウィンドウの中のケーキはどれもおいしそうに見えた。一人だとケーキなんか買わないからな。食べるのも久しぶりだ。チョコケーキにしようかタルトにしようか迷い、結局チョコケーキにすることにした。
「えーっと、決まった?」
「あ、はい。俺はショートケーキにします! 先輩は?」
「私はチョコにした」
「了解です。スミマセン、ショートケーキとチョコケーキ、一つずつ」
アンジくんの以上で、という言葉で、声を出す間もなく締め切られる注文。開きかけた口をそのままに、会計をすましたアンジくんに私は詰め寄る。
「えっと、二つ食べるの?」
「先輩のですよ?」
「なっ、自分の分くらい自分で払う!」
「俺に払わせてください、付き合わせてるのは俺なんですから」
「後輩におごられるとか私ドケチみたいじゃん!」
慌ててそう言えば、彼は少し考えるようなそぶりを見せた。
「それじゃあ次来た時は先輩がおごってください」
にっこり笑った彼。なんだか嬉しそうに、アンジくんは私を見ていた。ケーキの乗ったトレイを運んでくれる彼の後ろをそのままついていく。窓際の、四人掛けの席に彼は腰を下ろした。
「それで、ですね、先輩。この三行目なんですけど。こうやって変えろって立花先輩に言われて」
「えっそれだとなんか……うーん、変じゃない?」
じゃあそのままでいいや。悪戯っぽく笑ってそういうアンジくん。そこから、不思議なくらい会話は弾んだ。ここはおかしくないか、違う単語にした方がいい……話すことはたくさんあった。丁度部誌に乗っている彼の最後の作品を評価し終えたとき、アンジくんは驚いたような声を上げた。
「ごっ、ごめんなさい! こんな時間まで拘束してしまって」
「えっ今何時……なんだ、まだ六時じゃん。大丈夫大丈夫。こっからなら電車で帰れるし」
慌てる彼にそう言いつつ、私はスマホで電車の時間を確認した。うん、全然大丈夫だ。部誌を押し込んだリュックを背負う。
「あっ、あの、あの、夜月先輩……!」
眼鏡にせわしなく触れながら、私にスマホを向ける彼。
「メアド、交換してもらえませんか!」
「へっ?」
「あっ、ごめんなさい迷惑ですよね。でもまたこうやってアドバイスとかもらえたらって」
「……迷惑なんかじゃないよ。こちらこそ、お願いします。すごく楽しかったし。また暇なときに誘って」
「ほっホントにいいんですか!?」
「別にいいよ、メアドくらい。チャットも交換する?」
「是非!」
笑顔の彼は、どこか犬のようだった。嬉しそうにしていると何故かしっぽが見える。……アンジくん、すっごく嬉しそうなんだもん。ここまで尊敬されれば、誰だって調子に乗るだろう。しょうがない。私が悪いわけじゃない。一人分増えたチャットの友達欄を眺めつつ小さく笑った私に、アンジくんもまた笑った。




