Chapter21 魔法使いの噂
久し振りに見た風景に、目の奥がチリリと痛む。懐かしい。たった半月前なのに、もう数十年も来ていなかったような、そんな気分になる。あの頃から立て付けが悪かった引き戸に手をかけた。その、瞬間。
「うわっ」
何の力も加えていないのに勝手に開いた扉に、思わず目を見開く。上から降ってきた驚いたような声。
「えっ、あっ、ごめんなさい!」
「あ、いえ、こちらこそスミマセン」
お互いに道を開けようとして、扉の前には誰もいなくなる。それが面白かったのか、部室の中から笑い声が響いた。懐かしい声。ああ、私は帰って来たんだなあ。避けてくれた長身君に感謝を述べつつ、私は扉をくぐらせてもらった。
「よーっす久しぶり。つっても半月ぶりですけど。あ、一年生は初めましてか。OBの夜月です、よろしくね」
「……ええ!?」
軽く自己紹介を済ませれば、未だに開いたままの扉前にいた長身君が大きな声を上げた。えっと、どうしよう何か悪いこと言ったかな。そういやOBって男の呼び方だっけ。OGって言った方がよかったかな。……この文芸部、人の揚げ足取るのが大好きなヤツばっかりだったから、もしかしたらこの長身君もそういう人種なのかもしれない。そんでもって、私のOBって言い方が気になったのかも。
「加賀見先輩動揺しないでください。先輩、そこに座ってる子が佐野ちゃん。こっちが日下部くんで、あっちのが加賀見先輩。三人とも新入部員」
「えっ、そうなの? じゃあ全員一年生? あれ、でも先輩って……」
「アタシとシュウは一年だけど、加賀見先輩は三年! あ、一年の佐野でーす。よろしくでーっす」
にっこり笑った佐野ちゃんは可愛かった。すごいモテそう。そしてチャラい。うん、文芸部にこんな子が入るのって珍しいな。隣に座る日下部くんとやらは、小さな声で日下部修です、と自己紹介をしてくれた。うんうん、今まではこういう大人しい子が多かったんだ。だから佐野ちゃんがすごく目立つ。何か垢ぬけてるし。
で、この加賀見くんとやらは何でこんなビビってるんだろう。とりあえず触れない方が良いのかな。
「あ、倉間。今年の部誌見せてー」
「はい、これです。あ、そうだ、立花先輩は先生のとこにいるんで……もう少しで帰ってくると思うんですけど」
「そうなんだ」
聞き流しつつ、部誌の目次に目をやる。並ぶタイトルの中で、視界に飛び込んできたのは詩のタイトルだった。『全部木曜のせい』というタイトル。作者は、加賀見安次。……かがみ、あんじ? 相変わらずウチの文芸部には読めない名前の人が多いな。ペンネームって言われても納得できる名前ばっかりだ。
「ただいま帰ったぞ! あれ、夜月先輩? ……部誌の回収ですか!」
「そうそう。久しぶり、立花」
「辛口のコメントは勘弁だぞ。そういうのは倉間にしてやってください。……あれ、加賀見はどうした? 夜月先輩と対面できたのに生きてるのか?」
「は?」
思わず聞き返した。どうやらアンジくんは私と対面したら生きていられないらしい。どういうことだ一体。
「たっ、立花くん! そういうことは言わなくていい、から!」
彼は慌てて立花の言葉を否定した。うん、生きてるよ、問題ないよ。
「夜月先輩、コイツ先輩達に憧れて文芸部に入ったんだ」
「えっ」
「言わなくていいって言っただろ! ああもう、……えっと、はっ初めまして!」
「初めまして……?」
挨拶を返せばいいのか。よくわからないまま、とりあえず愛想笑いで軽く頭を下げておく。立花が面白そうにけらけら笑っていた。一年生はなんだか二人の世界に入ってしまっている。スマホを見せ合って会話中だ。倉間は呆れたような目でこちらを見ていた。……助けを求められる人間がいない。
「お、俺、先輩の『魔法使いのぼく』って作品がすごく、好き、で……それでその、俺もこんなの書けたらって思って……それで、文芸部に」
「そ、そうなんだ……ありがとう」
見ているこっちが心配になるくらい慌ただしく両手を動かしながら、アンジくんは言った。しかし、こうも真っ直ぐ言われると少々照れる。右手で先程もらった部誌を弄りながら、私はそっとアンジくんから目をそらした。




