Chapter16 人間的コミュニケーション
「私、これが終わったら鳴海さんとイチャコラするんだ……」
「……寝言は寝て言いなさい」
必死でキーボードをたたきながら、真紀とそんな会話をする。このレポートで、とりあえず今日やるべき宿題は終わりだ。……このレポートが終われば、だけど。明日の十時〆切のこのレポートは目下最大の敵であった。よくわからないテーマで6400字。
大丈夫だ、私も何言われているのかわかんない。いや6400字とかふざけてるだろって。なんでそんなレポートをとっくに終わったとかぬかしやがるんだ真紀さんは。隣でスマホをいじっている真紀を恨めしく思うも、睨む間などなく。私はただひたすら手を動かし続けていた。まあこれが終わっても明後日テストがあるんですけどねー。テスト週間とか滅びればいいのに。
「あ。るき、晴翔がレポート頑張れってさー」
「ハイどーもどーもがんばってますよ」
相模くんとチャットでもしているんだろう。ピロンピロンという通知の音が耳障りだった。……現代日本における日本語表現には、
「るき、晴翔がアンタのチャットのアド猩々さんに教えてもいいかって」
「どうでもいーよ!」
私は今忙しいの! 声を張り上げると同時、キーボードをたたく音も思わず大きくなる。どうせパソコン室には私と真紀しかいないから問題ないだろう。世界に比べて日本語の表現は柔らかく――。
「るき、晴翔が猩々さんにチャット送らせるってー」
「わかった!」
ピロンと鳴ったアプリの通知と、声をかけてくる真紀への苛立ちを隠そうともせずに、キーボードはさらに大きな音を奏で始める。もう終わる、これで終わる、あとたったの320字なんだ。どうかそれまでは私を邪魔しないでくれ。
バチンと大きな、今までで一番大きな音を立てて、私はエンターキーを叩いた。
「あーおわった終わりました!」
声をあげて、スマホを手に取る。ピカピカと点滅した青いランプに気付いて、チャットのアプリを開いた。さっき鳴っていた通知音はこれか。
<猩々さんにチャットのアド教えたからー>
なんだか可愛らしいスタンプと共に送られてきた相模くんからのメッセージ。それを読んで通知が消えたと思ったら、ピコンと音を立てて再び通知のマークがついた。何だよ丁度アプリを閉じたときにメッセージ送りやがって。イライラしながら確認すれば、そこには。
<猩々だ>
その一言だけである。……私も一言で返した方が良いのかな。
<夜月です>
そう返せば、次はすぐに返事が来た。
<携帯を触っている暇があるなら勉強したらどうだ。テストがあると聞いたが?>
<別に、勉強しなくたってとれます>
<フン、取れるのは赤点だろうが。勉強もせずにいい点数をとる化け物なんていない>
<そんなことないかもしれないじゃないですか>
<そんなことなかったとしても君はそんな人種じゃないね。断言できる>
……私が馬鹿っぽいということだろうか。全く、いちいち腹立つなあこの人。もういいや、無視してやろう。そう思って、アプリを閉じた。机に突っ伏して寝てしまっている真紀の肩を揺さぶる。とっとと帰ってしまおう、そして寝よう。テストなんか知らん。なるようになる。
「あ、やっと終わったの?」
「……スミマセンね待たせて。とっとと帰ろう!」
「はいはい。あ、そういや相模からのチャット見た?」
「見た見た。つか何で猩々さんに教えてんのさ」
「アンタがどうでもいいって言ったんでしょ」
あれ、言ったっけかなあ。自分の過去の言動を振り返ってみる。うーん言った気がするなあ。
「そんじゃ、私こっちだから。また明日」
「ういーっす。明日ね」
思考を巡らせていれば、ピコン、と軽快な音が私の耳に飛び込んできた。何だよ、今度は誰だよ。こんなんだから最近の若者はスマホ依存症だって言われるんだ。
< テスト頑張れ>
「ぶっふぉ!!」
思わず噴き出した。だって猩々さんがらしくない! また熱でもあるんだろうか。というかこの空白なんだよ。あれか、相模くんに打たされたな? せめても抵抗だったりするのか、この空白は。私はニヤニヤしながらスマホを鞄にしまい込んだ。最後に一つ、メッセージを送りつけて。
< がんばります。わざわざどーも>




