シーン2:持つべきものは友
レックス:「いやあ、お待たせ」
レックスは両手を軽く揉みながら、テーブルへ戻ってきた。
向かいには、同じく新兵として軍に入ったマイケルとピートが座って
いる。
ピート:「遅かったじゃないか」
ピートはレックスの顔を見るなり、ニヤリと口元を歪めた。
ピート:「さては、美人に見惚れてたな?」
レックス:「んなわけないだろ。ミアラさんと喋ってただけだよ」
何でもないことのように言いながら、レックスは椅子を引いて腰を下ろす。
そして、テーブルに置かれていたグラスを手に取った。
マイケル:「それより、聞いたか?」
横に座っていたマイケルが、声を潜めるようにして身を乗り出してくる。
レックス:「何がだ?」
マイケル:「エルーデの残党狩りに、ロールブレアが乗り出すらしいぞ」
レックス:「えっ?」
グラスを口元へ運びかけた手が止まった。
さっきまでの気の抜けた表情が、わずかに引き締まる。
レックス:「ロールブレアは、そういうのには関わらないんじゃなかったのか?」
ピート:「バルサム卿がやられたんだぞ。しかも、この国で」
焼いた鶏肉にかじりつきながら、ピートが口を挟む。
ピート:「さすがに動かないわけにはいかないだろ」
レックス:「うーん……」
レックスはグラスを置くと、腕を組んだ。
レックス:「まあ、政治のことはよく分からないけどさ」
少し考え込んでから、肩をすくめる。
レックス:「そんなの、噂話だろ」
マイケル:「それが、そうでもないらしい」
マイケルは声を落とし、さらに身を乗り出した。
マイケル:「クイン大佐が、その部隊を率いるって話だぞ」
レックス:「クイン大佐が?」
レックスの眉がぴくりと動く。
ピート:「また、お前も駆り出されるかもな」
ピートがからかうように笑う。
レックス:「いやあ、それはないんじゃないかな」
レックスは瞼を閉じ、ゆっくりと首を振った。
マイケル:「なんでだよ?」
レックス:「呼ぶとすれば、父さんたちだよ。きっと」
レックスはグラスを傾け、一口飲む。
レックス:「俺はバルサム卿を守れなかったからな」
そう言って、椅子の背にもたれ、天井を仰いだ。
マイケル:「……」
ピート:「……」
二人は顔を見合わせる。
しばらくして、マイケルが口を開いた。
マイケル:「……前々から聞きたかったんだけどさ」
レックス:「なんだよ」
レックスが顔を戻す。
マイケル:「お前、なんで兵役に来たんだよ」
ピート:「そうだよな。兵役に来なきゃ、バルサム卿のことであんな目に遭わずに済んだんだろ?」
レックス:「そりゃあ、兵役は義務ですからね。来なきゃダメでしょう」
レックスは何を今さらと言わんばかりに、真顔で答えた。
ピート:「いやいや。お前の実力なら、免除してもらえただろ」
ピートは少し羨ましそうにレックスを見る。
ピート:「俺だったら来ないぞ、こんなとこ」
レックス:「そうだな」
レックスは目を細め、小さく笑った。
レックス:「その実力を、世のため人のために使えって、親から散々言われて育ったんだ」
肩をすくめる。
レックス:「だから俺にとっては、兵役に来るのも当たり前なんだよ」
ピート:「ほんと、難儀な奴だな」
ピートは笑いながら、呆れたように首を振った。
レックス:「うるさいな。別にいいだろ」
レックスは少し口を尖らせ、皿の肉へ手を伸ばす。
マイケル:「だったらさ。いつまでもくよくよするなよ」
レックス:「えっ?」
肉を取ろうとしていた手が止まった。
マイケル:「お前は俺たちと同じ、まだ一兵卒だろ」
マイケルは真っすぐレックスを見る。
マイケル:「何もかも、お前一人で背負うことじゃないさ」
ピート:「そうそう。責任なんてモンは、まだ上に押しつけときゃいいんだよ」
マイケル:「……いや、少しは感じたほうがいいぞ」
ピート:「そ、そうだな」
慌てて言い直すピートを見て、レックスの口元がふっと緩んだ。
レックス:「……ははっ」
レックスは頬に手を当て、そのまま指先で軽く揉んだ。
そしてそのまま、二人に笑いかけた。
レックス:「ありがとよ」
そして今度こそ、手にした肉へ豪快にかぶりついた。
♢
リーア:「あ、ちょっと待って」
リュートを小脇に抱え、ステージへ向かっていたミアラが足を止める。
振り返ると、リーアが席を立ち、こちらへ歩いてくるところだった。
リーア:「これ、取っておいて」
差し出された手から、数枚の硬貨がミアラの掌へ落ちる。
チャリン、と乾いた音が鳴った。
ミアラ:「えっ、お代ならあっちのカウンターで……」
ミアラは手の中の硬貨とリーアの顔を交互に見比べる。
ぽかんとしているミアラに、リーアは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
リーア:「悪いけど、ここで済ませておきたいんだ。それにね……」
リーアはちらりとレックスの方へ目をやる。
リーア:「ちょっと、あいつをからかってやりたくてさ」
ミアラ:「あいつ?」
リーアの視線を追い、ミアラもレックスを見る。
ミアラ:「……ああ」
すぐに察したらしく、楽しげに目を細めた。
ミアラ:「いいよ。任せて」
リーア:「頼んだよ」
ミアラは茶目っ気たっぷりにウインクすると、そのままステージへ向かっていく。
リーアはその背中を見送りながら、にやりと笑った。
ステージの椅子に腰掛けたミアラは、静かにリュートの弦を爪弾き始めた。
優しく心地よい音色が、酒場いっぱいに広がっていく。
先ほどまで賑やかに談笑していた客たちも、いつしかその調べに耳を傾け、酒や料理を楽しみながら穏やかな時間に身を任せていた。
ミアラ:「みんなー!」
不意に、ミアラが演奏の手を止める。
満面の笑みを浮かべて客席を見渡すと、それまで演奏に聞き入っていた客たちの視線が一斉に集まった。
ミアラ:「今日はとっても気分がいいから、歌っちゃおうかな!」
「おお、いいねぇ!」
「待ってました!」
「ミアラちゃん、聴かせてくれ!」
途端に店内が沸き立つ。
ミアラは嬉しそうに笑うと、もう一度リュートへ指を添えた。
その時だった。
マスター:「――い、いかん!」
カウンターの奥から、悲鳴にも似た声が飛んだ。
クリス:「えっ?」
クリスが振り向く。
そこには血相を変え、カウンターから飛び出してくるマスターの姿があった。
クリス:「マ、マスター?」
先ほどまで悠然とグラスを磨いていた男とは思えないほどの慌てぶりだった。
マスター:「待て! ミアラ君!」
マスターは必死に腕を伸ばす。
マスター:「頼む! 歌わないでくれぇぇぇ!」
だが――遅かった。
ミアラ:「ホゲェぇぇぇぇぇ――!」
酒場中を、凄まじい歌声が駆け抜けた。
ビリビリビリッ!
窓ガラスが震える。
卓上のグラスが踊る。
酒瓶がカタカタと悲鳴を上げる。
先ほどまでの可憐なリュートの調べはどこへやら。
盛大に音程を踏み外した歌声が、容赦なく客たちの耳へ襲いかかった。
「うわあああっ! なんだこれは!」
「み、耳が! 耳が腐るぅぅ!」
「誰だ! 歌わせた奴は!」
客たちは一斉に両耳を塞ぎ、テーブルへ突っ伏す。
椅子から転げ落ちる者。
頭を抱えてうずくまる者。
逃げようとして、ほかの客とぶつかる者。
ほんの数秒前まで穏やかな音楽に包まれていた酒場は、一瞬にして阿鼻叫喚の大騒ぎとなった。
その中心で――。
ミアラ:「ホゲェぇぇぇぇぇ――!」
本人だけは、実に気持ちよさそうに歌い続けていた。




