シーン2:レックスとクリス
クリス:(さすがに、厳重な警備ですね)
広々としたロビーを行き交う人々へ目を向けながら、クリスは肌をひりつかせるような緊張感を覚えていた。
ロビーの各所には、ロールブレア城にも引けを取らない数の警備兵が配置されている。
だが、目を光らせているのは彼らだけではなかった。
立ち止まり、楽しげに談笑している客たち。
きびきびと無駄なく動きながらも、客の求めには柔軟に応じる従業員たち。
一見すれば、どこにでもある宿屋の光景にしか見えない。
しかし、クリスには分かっていた。
客や従業員に紛れ、周囲へさりげなく視線を配っている者たちがいる。
何か異変が起これば、すぐにでも動き出せるように。
彼らは互いの存在を悟らせることなく、ロビーの各所に溶け込んでいた。
クリス:(さすが、各国の要人が贔屓にするわけだ)
クリスは両手を後ろで組み、何食わぬ顔でロビーを歩き始めた。
なにも、自分からクインを捜して回る必要はない。
このロビーには、彼の部下も配置されているはずだ。
そのうち誰かが自分の存在に気づき、クインのもとへ案内してくれるだろう。
レックス:「どうかなさいましたか?」
ほどなくして、背後から声をかけられた。
クリスは足を止める。
クリス:(ほらね)
クリスが口元に小さな苦笑を浮かべながら振り返る。
そこには、軽装の冒険者らしい格好をした大柄な青年が立っていた。
体格に似合わぬ穏やかな顔で、こちらを見ている。
クリス:(それにしては、ずいぶん若そうだけど……)
クリスは青年の姿をまじまじと眺めた。
クリス:「クイン大佐に話があるんだけど」
クリスは遠慮する様子もなく、用件を切り出した。
レックス:「大佐に……?」
その名を聞いた途端、レックスの目がわずかに細くなった。
先ほどまで穏やかだった顔に、一瞬だけ険しさが浮かんだ。
クリスの背中で組んでいた指が、無意識にほどけた。
背筋がすうっと伸びる。
クリスは思わず息を呑んだ。
しかし、その時にはもう、レックスの顔から険しさは消えていた。
レックス:「それで、どのようなご用件でしょうか?」
何事もなかったかのように、レックスは穏やかな口調で問いかける。
クリス:「僕は、クリス・ロールブレアです」
クリスは姿勢を正したまま、はっきりと名乗る。
クリス:「警護のことで、クイン大佐に話したいことがあって来ました」
レックス:「ロールブレア……?」
レックスは一瞬きょとんとした顔をする。
だが、すぐに大きく目を見開いた。
レックス:「これは、とんだご無礼を。王子殿下」
レックスは姿勢を正し、クリスに向かって深々と頭を下げた。
クリス:「ちょ、ちょっと! やめてくださいよ!」
クリスは慌ててレックスの肩へ手を伸ばす。
こんな場所で王子だと知られては、一般客に紛れてやって来た意味がない。
クリス:「顔を上げてください。僕がここにいることは、内密なんです」
声を潜めて訴えると、レックスは頭を下げたまま、ちらりとクリスを見上げた。
クリス:「それより、あなたはクイン大佐の部下なんでしょ?」
レックス:「部下ではないですよ。正規兵でもありませんしね」
レックスは頭を上げると、にこりと笑った。
クリス:(正規兵じゃない? だったら、どうしてこんなところに……)
クリスは訝しげに首を傾げる。
そのとき、昨夜盗み聞きしたジョッシュとクインの会話が頭をよぎった。
クリス:「……!」
ジョッシュとクインが交わしていた密談。
扉の向こうから盗み聞きした会話の中に、確かそんな名前が出ていた。
クリス:「もしかして、あなたは……レックス・アーポット?」
レックス:「そうだけど……」
突然名前を言い当てられ、レックスは目を丸くした。
クリス:「あなたが……」
クリスは改めて、目の前の青年を上から下まで眺める。
大柄な体格に、使い込まれた冒険者装備。
立ち姿にも隙がなく、確かに並の冒険者ではないことは分かる。
だが――。
父ジョッシュがあれほど頼りにしていた人物にしては、どこか呑気で、少々
頼りなくも見えた。
レックス:「ところで先ほどクイン大佐に話があるといってましたが」
レックスがにやりとした。
レックス:「それだけじゃないでしょう」
クリス:「それは……」
クリスは気まずそうに視線を逸らし、言葉を濁した。
レックスは目を細め、その横顔をじっと眺める。
レックス:「一つ、お聞きします」
クリス:「な、なんでしょう」
クリスの顔が強張った。
目の前の青年から、先ほどまで感じていた柔らかさが消えている。
レックス:「エルーデの暗殺者を止めたいですか?」
レックスは口元に笑みを浮かべた。
クリス:「えっ?」
クリスは一瞬たじろぐ。
レックスは口元こそ笑っているが、その眼差しは鋭く、まっすぐクリスを見据えていた。
クリス:「……ええ」
クリスは目を逸らさずに答えた。
クリス:「だから、僕はここへ来たんです」
しばらくクリスを見つめたあと、レックスはふっと目元を緩めた。
そして視線を外し、困ったように苦笑する。
レックス:「それじゃ、行きましょうか」
レックスはクリスの腕を軽く叩き、歩き出すよう促した。
クリス:「行くって、どこへですか?」
クリスが首を傾げる。
レックス:「大佐に用があるんでしょう?」
レックスはロビーの奥へ目を向けた。
レックス:「大佐なら、バルサム卿のところにいますよ」
クリス:「……僕も行っていいんですか?」
思いがけないレックスの申し出に、クリスは戸惑った。
レックス:「そこで戸惑うくらいなら、最初から来ないでください」
レックスはにこやかな顔のまま、肩をすくめる。
レックス:「迷惑ですから」
クリス:「……そうですね。すみません」
クリスは苦笑しながら、後頭部をかいた。
レックス:「あ、そうそう」
レックスが思い出したように手を叩く。
クリス:「なんです?」
レックス:「俺、このまま持ち場を離れることになるんで」
レックスはクリスへ顔を寄せ、声を潜めた。
レックス:「あとで、うまく取り繕っておいてくださいね。殿下」
満面の笑みを向けられ、クリスは呆れたように目を細める。
クリス:「……ちゃっかりしていますね」




