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カーテン・コール/冒険者の宿屋アーポット亭  作者: 春夏かなた
第1幕 エルーデの亡霊

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シーン2:レックスとクリス

クリス:(さすがに、厳重な警備ですね)


広々としたロビーを行き交う人々へ目を向けながら、クリスは肌をひりつかせるような緊張感を覚えていた。


ロビーの各所には、ロールブレア城にも引けを取らない数の警備兵が配置されている。


だが、目を光らせているのは彼らだけではなかった。


立ち止まり、楽しげに談笑している客たち。


きびきびと無駄なく動きながらも、客の求めには柔軟に応じる従業員たち。

一見すれば、どこにでもある宿屋の光景にしか見えない。


しかし、クリスには分かっていた。


客や従業員に紛れ、周囲へさりげなく視線を配っている者たちがいる。


何か異変が起これば、すぐにでも動き出せるように。


彼らは互いの存在を悟らせることなく、ロビーの各所に溶け込んでいた。


クリス:(さすが、各国の要人が贔屓にするわけだ)


クリスは両手を後ろで組み、何食わぬ顔でロビーを歩き始めた。


なにも、自分からクインを捜して回る必要はない。


このロビーには、彼の部下も配置されているはずだ。


そのうち誰かが自分の存在に気づき、クインのもとへ案内してくれるだろう。


レックス:「どうかなさいましたか?」


ほどなくして、背後から声をかけられた。


クリスは足を止める。


クリス:(ほらね)


クリスが口元に小さな苦笑を浮かべながら振り返る。


そこには、軽装の冒険者らしい格好をした大柄な青年が立っていた。


体格に似合わぬ穏やかな顔で、こちらを見ている。


クリス:(それにしては、ずいぶん若そうだけど……)


クリスは青年の姿をまじまじと眺めた。


クリス:「クイン大佐に話があるんだけど」


クリスは遠慮する様子もなく、用件を切り出した。


レックス:「大佐に……?」


その名を聞いた途端、レックスの目がわずかに細くなった。


先ほどまで穏やかだった顔に、一瞬だけ険しさが浮かんだ。


クリスの背中で組んでいた指が、無意識にほどけた。


背筋がすうっと伸びる。


クリスは思わず息を呑んだ。


しかし、その時にはもう、レックスの顔から険しさは消えていた。


レックス:「それで、どのようなご用件でしょうか?」


何事もなかったかのように、レックスは穏やかな口調で問いかける。



クリス:「僕は、クリス・ロールブレアです」


クリスは姿勢を正したまま、はっきりと名乗る。


クリス:「警護のことで、クイン大佐に話したいことがあって来ました」


レックス:「ロールブレア……?」


レックスは一瞬きょとんとした顔をする。


だが、すぐに大きく目を見開いた。


レックス:「これは、とんだご無礼を。王子殿下」


レックスは姿勢を正し、クリスに向かって深々と頭を下げた。


クリス:「ちょ、ちょっと! やめてくださいよ!」


クリスは慌ててレックスの肩へ手を伸ばす。


こんな場所で王子だと知られては、一般客に紛れてやって来た意味がない。


クリス:「顔を上げてください。僕がここにいることは、内密なんです」


声を潜めて訴えると、レックスは頭を下げたまま、ちらりとクリスを見上げた。


クリス:「それより、あなたはクイン大佐の部下なんでしょ?」


レックス:「部下ではないですよ。正規兵でもありませんしね」


レックスは頭を上げると、にこりと笑った。


クリス:(正規兵じゃない? だったら、どうしてこんなところに……)


クリスは訝しげに首を傾げる。


そのとき、昨夜盗み聞きしたジョッシュとクインの会話が頭をよぎった。


クリス:「……!」


ジョッシュとクインが交わしていた密談。


扉の向こうから盗み聞きした会話の中に、確かそんな名前が出ていた。


クリス:「もしかして、あなたは……レックス・アーポット?」


レックス:「そうだけど……」


突然名前を言い当てられ、レックスは目を丸くした。


クリス:「あなたが……」


クリスは改めて、目の前の青年を上から下まで眺める。


大柄な体格に、使い込まれた冒険者装備。


立ち姿にも隙がなく、確かに並の冒険者ではないことは分かる。


だが――。


父ジョッシュがあれほど頼りにしていた人物にしては、どこか呑気で、少々

頼りなくも見えた。


レックス:「ところで先ほどクイン大佐に話があるといってましたが」


レックスがにやりとした。


レックス:「それだけじゃないでしょう」


クリス:「それは……」


クリスは気まずそうに視線を逸らし、言葉を濁した。


レックスは目を細め、その横顔をじっと眺める。


レックス:「一つ、お聞きします」


クリス:「な、なんでしょう」


クリスの顔が強張った。


目の前の青年から、先ほどまで感じていた柔らかさが消えている。


レックス:「エルーデの暗殺者を止めたいですか?」


レックスは口元に笑みを浮かべた。


クリス:「えっ?」


クリスは一瞬たじろぐ。


レックスは口元こそ笑っているが、その眼差しは鋭く、まっすぐクリスを見据えていた。


クリス:「……ええ」


クリスは目を逸らさずに答えた。


クリス:「だから、僕はここへ来たんです」


しばらくクリスを見つめたあと、レックスはふっと目元を緩めた。


そして視線を外し、困ったように苦笑する。


レックス:「それじゃ、行きましょうか」


レックスはクリスの腕を軽く叩き、歩き出すよう促した。


クリス:「行くって、どこへですか?」


クリスが首を傾げる。


レックス:「大佐に用があるんでしょう?」


レックスはロビーの奥へ目を向けた。


レックス:「大佐なら、バルサム卿のところにいますよ」


クリス:「……僕も行っていいんですか?」


思いがけないレックスの申し出に、クリスは戸惑った。


レックス:「そこで戸惑うくらいなら、最初から来ないでください」


レックスはにこやかな顔のまま、肩をすくめる。


レックス:「迷惑ですから」


クリス:「……そうですね。すみません」


クリスは苦笑しながら、後頭部をかいた。


レックス:「あ、そうそう」


レックスが思い出したように手を叩く。


クリス:「なんです?」


レックス:「俺、このまま持ち場を離れることになるんで」


レックスはクリスへ顔を寄せ、声を潜めた。


レックス:「あとで、うまく取り繕っておいてくださいね。殿下」


満面の笑みを向けられ、クリスは呆れたように目を細める。


クリス:「……ちゃっかりしていますね」




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