シーン1:陰謀渦巻くロールブレア
かつて、この地はエルーデ王国と呼ばれた、大きな国でした。
豊かな資源に恵まれ、民を思う国王のもと、長きにわたって繁栄を続けていた国です。
その繁栄を陰から支えていたのが、代々王家に受け継がれてきた秘伝の暗殺術でした。
その技を操るエルーデ暗殺部隊は、王国を守る礎として、国内の反乱を防ぎ、周辺諸国を牽制する役目を担っていました。
一国すら滅ぼしかねないほどの力。その存在こそが、大きな抑止力となっていたのです。
しかし、その力を快く思わない者たちもいました。
やがて、一部の貴族と軍部が手を組み、王家に反旗を翻します。
反乱によってエルーデ王朝は滅び、王国もまた、歴史の表舞台から姿を消しました。
残された国土はいくつかに分かれ、そこに新たな国々が築かれました。
その一つが、我がロールブレア王国です。
♢
トントン。
重厚な扉を叩く音が、静かな執務室に響いた。
ジョッシュ:「入れ」
凛とした声が返る。
クインは扉を開き、静かに室内へ足を踏み入れた。
窓際には、ロールブレア王国国王ジョッシュ・ロールブレアが、外を眺めるように立っている。
クイン:「失礼します」
部屋の中央まで進み、姿勢を正して胸に手を当てた。
クイン:「クイン・マッシュ一等大佐、参りました」
ジョッシュ:「そう堅くなるな、クイン」
ジョッシュは振り返ると、クインのもとへ歩み寄り、その肩を軽く叩いた。
ジョッシュ:「急に呼び出して悪かったな」
クイン:「いえ。それで、ご用件は何でしょうか」
ジョッシュは一度視線を伏せ、小さく息を吐いた。
ジョッシュ:「明日、ラルバート共和国よりバルサム卿がお越しになる」
ジョッシュが告げると、その名を耳にしたクインの表情に緊張が走った。
クイン:「バルサム卿が、でございますか……」
ジョッシュ:「そうだ。彼はいま、極めて危険な立場に置かれている。重々承知していると思うがな」
ジョッシュは厳しい眼差しでクインを見据え、言葉を続ける。
クイン:「承知しております。エルーデの残党から暗殺対象になっている方ですね」
ジョッシュ:「ああ。そこで、お前にバルサム卿の警護を任せたい。引き受けてくれるな?」
クイン:「はっ。謹んで拝命いたします」
クインは足を揃え、背筋を伸ばして深く一礼した。
ジョッシュ:「まったく、このような時期に動き回るのは勘弁してもらいたいものだ」
うんざりした口調とは裏腹に、ジョッシュの口元には乾いた笑みが浮かんでいた。
その表情を見たクインの顔が、わずかに曇る。
ジョッシュ:「どうした。何か気になることでもあるのか?」
クイン:「いえ、大したことではございません」
ジョッシュ:「隠されては士気に関わる。申してみよ」
クインはわずかにためらったのち、静かに息を吐いた。
クイン:「エルーデ王国が滅びてから、すでに三十年以上が経過しております」
ジョッシュ:「そうだな」
クイン:「それにもかかわらず、なぜ今になって、ヴィクター・アーツマンは強硬派の貴族の粛清に動き出したのでしょうか」
クインはジョッシュの顔をじっと見つめる。
クイン:「そこが、どうにも解せません」
ジョッシュ:「……」
ジョッシュは目を伏せ、意味ありげな笑みを浮かべた。
クイン:「何かおかしなことを申しましたでしょうか?」
ジョッシュ:「逆だよ」
クイン:「逆、ですか?」
クインは訝しげに眉を寄せた。
ジョッシュ:「ヴィクターが動き始めたから、強硬派どもが動いたのではない」
ジョッシュはゆっくりと顔を上げ、冷ややかな笑みを浮かべる。
ジョッシュ:「強硬派どもが密かに動き始めたからこそ、ヴィクターも重い腰を上げたのだよ」
クインは訝しげに首をかしげた。
クイン:「すでに強硬派は、エルーデの残党を虐げています。それでもなお、何を望んでいるというのですか」
そこまで口にしたところで、クインは何かに気づいたように目を見開いた。
クイン:「まさか……エルーデの残党を完全に殲滅するために、動き始めたということですか」
クインは表情を険しくし、膝の上で拳を握り締めた。
ジョッシュ:「察しがいいな……そのとおりだ」
ジョッシュは疲れたように、深いため息をついた。
クイン:「では、バルサム卿が我が国を訪れる目的は……」
ジョッシュ:「我らを味方につけるためだろうな。おそらく、部隊を派遣してほしいとでも言ってくるのだろう」
ジョッシュは困ったように肩をすくめた。
クインは眉をひそめたものの、それ以上は何も口にしなかった。
その様子を見て、ジョッシュが小さくうなずく。
ジョッシュ:「言いたいことはあるようだが、ここから先は政治の話だ。口に出さぬほうが身のためだぞ」
ジョッシュは苦笑を浮かべた。
クイン:「……そうですね」
クインもまた、苦笑いを返した。
クイン:「今回の任務、確実に果たしてみせます」
クインは表情を引き締め、改めて姿勢を正した。
ジョッシュ:「安心しろ。お前一人に背負わせるつもりはない」
ジョッシュは口元に笑みを浮かべる。
ジョッシュ:「助っ人も、ちゃんと用意してある」
クイン:「助っ人、ですか?」
ジョッシュ:「アーポットだ」
クイン:「アーポット……まさか、ラミアスさんを?」
思わず目を見開く。
ジョッシュ:「残念ながら、ラミアスではない」
肩をすくめ、楽しそうに笑う。
ジョッシュ:「息子のレックスが、徴兵で軍に入っているはずだ」
クイン:「ラミアスさんの息子が……」
その言葉に、クインの表情がふっと緩んだ。
クイン:「入隊初日に、酒場で上級兵たちを叩きのめした新兵がいると聞いておりますが……まさか」
ジョッシュ:「まあ、その新兵がレックスだろうな」
ジョッシュはにこにこと笑う。
だが、その額にはなぜか一筋の汗が浮かんでいた。
ジョッシュ:「少々世間知らずなところはあるが、剣の腕前は父親にも
引けを取らんと聞いておる」
クイン:「それは心強いですね」
笑みを浮かべ、力強く頷いた。
ジョッシュ:「遠慮はいらん。存分にこき使ってやれ」
クイン:「承知しました」
ジョッシュの笑みが、ふっと消える。
ジョッシュ:「決して無理はするな。追い払うだけでも、十分だからな」
クイン:「はっ」
胸に手を当て、深く一礼した。
クイン:「それでは、失礼いたします」
ジョッシュ:「頼んだぞ」
クインはもう一度頭を下げると、静かに執務室を後にした。
♢
扉が閉まる音を聞き届けると、ジョッシュは大きく息を吐いた。
椅子の背にもたれ、しばらく天井を見上げる。
そして、隣室へ続く扉へ視線を向けた。
ジョッシュ:「いつまで盗み聞きしているつもりだ、クリス」
カチャリ。
扉が開き、気まずそうな顔をしたクリスが姿を現す。
クリス:「……父上」
ジョッシュ:「まったく、お前という奴は」
クリスはばつが悪そうに視線を逸らした。
クリス:「彼女のこと、大佐に話さなくてよかったの?」
ジョッシュはしばらく黙ったまま、クリスを見つめた。
クリス:「彼女が現れるかもしれないじゃないですか」
ジョッシュは静かに首を振る。
ジョッシュ:「彼女はヴィクターの秘蔵っ子だ。そう簡単に、姿を現しはせん」
クリス:「でも……」
何か言いかけて、言葉を飲み込む。
ジョッシュは立ち上がり、クリスの前まで歩み寄った。
クリス:「……本当は、何をするつもりなんです?父上」
鋭い視線を、まっすぐジョッシュへ向ける。
ジョッシュ:「まだ、お前が考えることじゃない。余計なことに口を挟むな」
クリス:「余計なことって?」
ジョッシュ:「分かっておるだろう」
そう言って、クリスの額を軽く小突いた。
ジョッシュ:「また勝手に首を突っ込めば、母さんに叱られるぞ」
クリス:「……」
クリスは口を尖らせたまま、それ以上は何も言わず、視線だけをもう一度父の顔へ向けた。
そして、何も言わずに部屋を出ていく。
扉が、静かに閉まった。
ジョッシュは小さく息を吐くと、執務机の引き出しから一通の封書を取り出した。
しばらく眺めたあと、ろうそくの火へとかざす。
封書はゆっくりと燃え上がり、やがて灰となって崩れ落ちた。
ジョッシュ:「まったく……面倒な役目を押し付けてくれたものだ。ヴィクター」




