シーン3:新たなる旅へ
ソフィは短剣の柄を固く握り締め、自分を取り囲む四人へ鋭い視線を巡らせた。
ソフィ:(ただ者じゃない……! 一筋縄ではいかない連中よ)
百戦錬磨の風格を漂わせる、エルフの大剣戦士。
小柄な身体に凄まじい破壊力を秘めた、小人族の格闘家。
端正な執事服をまとい、隙なく槍を構える男。
そして、大気を震わせるほどの魔力を静かに滾らせる魔術師。
種族も得物も、立ち振る舞いさえ異なる傭兵たち。
その誰に背を向けることもできず、ソフィは身構えたまま動けずにいた。
ホッパー:「おや、どうやらあんたらの大将はやられちまったようっすね」
エルフの大剣戦士が、ソフィの背後へ目を向ける。その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。
ソフィは四人を警戒しながら、わずかに顔を後ろへ向けた。
遠くに、黒い煙が立ち昇っている。
ソフィ:「……隊長」
かすかな呟きが、唇から漏れた。
サーレイン:「それで……あなた、これからどうするおつもりかしら?」
後方に佇む魔術師が、冷ややかに問いかける。
ソフィ:「……どうするつもり、ですって」
ソフィは再び正面へ向き直った。
短剣を握る手に、力がこもる。
ソフィ:「ロールブレアに仕えろとでも」
ウィリアム:「ロールブレアではない」
ソフィ:「!」
ホッパーの背後から、大柄な男が姿を現した。
上等な服を着込んでいるが、その顔には見覚えがある。
ソフィ:「あんたは、確かウィリアム……」
ウィリアム:「ゼクレス。ウィリアム・ゼクレスだ」
ソフィ:「……ゼクレス」
その名を口にしたソフィの目が、大きく見開かれた。
ソフィ:「……大貴族様が、私に何の用なの」
額に冷たい汗を浮かべながら、ソフィはウィリアムを睨みつけた。
ウィリアム:「そんな怖い顔するな。スカウトだよ」
ウィリアムは両手を軽く上げ、にやりと笑う。
ソフィ:「スカウト?」
ウィリアム:「君にガイザー・インの一つを任せたいんだ。悪い話ではないだろ」
ソフィ:「任せたいって……私は暗殺者よ」
ウィリアム:「だから、いいのさ。君くらい腕の立つ人間を探していたんだよ」
ソフィ:「……」
ソフィは言葉を詰まらせ、顔を伏せた。
ウィリアムはしばらくその姿を見つめていたが、やがて軽く肩をすくめる。
ウィリアム:「まあ、無理強いするつもりはないよ」
そう言って、踵を返した。
ウィリアム:「気が向いたら、ガイザー・インまで来てくれ。歓迎するよ」
返事を待たず、ウィリアムは歩き出す。
ソフィを囲んでいた四人も武器を収め、彼の後に続いた。
ソフィ:「……」
その場に立ち尽くしたまま、ソフィは遠ざかる背中を見送っていた。
背後が、にわかに騒がしくなる。
ソフィは顔を上げた。
そして、ウィリアムたちを追って駆け出した。
♢
赤茶けた荒野に広がる、ロールブレア軍の駐屯基地。
絶対的な支柱であったヴィクター・アーツマンを失い、失意に沈む「エルーデの残党」たちが、ここに集められていた。
基地の最奥にある一室で、リーアは冷たい壁に背を預け、膝を抱えて座り込んでいた。
静寂の中、鍵を開ける金属音が響く。
重い扉が軋みながら開き、クインが足を踏み入れた。
リーアは顔を上げない。項垂れたまま、床の一点を見つめている。
クイン:「食わないのか」
卓上に残された手つかずの料理へ目をやり、クインが静かに声をかける。
リーア:「……」
リーアはゆっくりと顔を上げ、虚ろな目を向けた。
リーア:「……いつまでここにいるつもりだ」
長く黙っていたせいか、その声は掠れている。
リーア:「ロールブレアに連れていくんだろ」
投げやりに言い、抱えた膝に顎を埋める。
クイン:「そのことなんだが……」
クインは言い淀み、背後の扉へと視線を送った。
クイン:「実は、君に会いたいという人が来ている」
リーア:「あたしに……会いたい人?」
膝を抱えていた腕が、わずかに緩む。
リーア:「まさか、あいつが……」
再び、扉が軋んだ。
リーアは顔を上げ、クインの向こうへ目を凝らす。
胸の鼓動が、急に速くなっていた。
だが、入ってきた人物を目にした途端、その肩ががくりと落ちる。
クリス:「やあ……僕じゃ、期待外れだったかな」
クリスは入口に立ったまま、申し訳なさそうに苦笑した。
リーア:「……別に。誰も期待なんてしてないし」
リーアは再び膝を抱え直すと、わずかに赤くなった頬を隠すように、ぷいっと横を向いた。
クインはクリスに軽く頭を下げると部屋から出ていった。
リーア:「……何の用だよ。王子様」
頑なに横を向いたまま、棘のある声で吐き捨てる。
クリス:「ロールブレアへ向かうのは、やはり気が進みませんか?」
クリスは穏やかな笑みをたたえ、柔らかい声で問いかけた。
リーア:「……嫌ってわけじゃない」
抱え込んだ膝の上で両手を開き、その手のひらをじっと見つめる。
リーア:「ただ……もう二度と、国のためにこの力を使いたくないんだ」
その言葉を受け止め、クリスは深く静かに頷いた。
クリス:「ええ。一つの国家が独占するには、あまりにも大きすぎる力ですから」
リーア:「え……?」
予想外の返答に、リーアは思わず顔を上げた。
クリス:「これからは、あなたの大切な人のために使ってください。……例えば、レックスさんとか」
クリスは悪戯っぽく目を細める。
リーア:「なっ……! な、なにいってるんだよ、お前は!」
頬が一気に朱に染まり、リーアはわかりやすくうろたえた。
クリス:「我が王ジョッシュ・ロールブレアは、エルーデを解き放ちました。だから、あなたが誰のために力を使うかは、もうあなたの自由なのです」
リーア:「……本当にいいんだな。それで」
クリス:「もちろんです。その代わり、我々があなた方を不当に縛ることも、過剰に庇護することもしません」
クリスは穏やかだが力強い眼差しで、まっすぐにリーアを見つめ返す。
クリス:「すべての人間が自由であること。それこそが、あなたのお祖父様が何よりも望んでいた世界ではありませんか?」
リーア:「……」
息を呑んだリーアは固く唇を結び、やがて、ゆっくりと立ち上がった。
クリス:「他の方々は、すでにそれぞれの道を歩み始めています。残っているのは、あなただけですよ」
リーア:「……」
リーアは自嘲めいた笑みを浮かべ、うつむいた。
クリス:「ひとりで歩き出すのが、怖いですか?」
リーアははっと顔を上げる。
しばらくクリスを見つめたあと、わずかに目を伏せた。
リーア:「……ずっと、大勢の仲間に囲まれて生きてきたからな」
クリス:「それなら、心配いりません。僕たちがいます」
リーア:「僕たち……?」
そのとき、背後で扉が開いた。
振り返ったリーアの目に、ミアラとワードックの姿が映る。
ミアラ:「リーアちゃん」
ミアラはぱっと顔を輝かせると、駆け寄ってリーアをぎゅっと抱きしめた。
リーア:「あ、あんたたち、なんでここに……」
抱きしめられたまま、リーアは戸口に立つワードックへ目を向ける。
それから、戸惑うようにクリスを見た。
クリス:「僕たち、旅に出ることにしたんです。この広い世界を、自分たちの目で知るために」
クリスは微笑み、リーアへ手を差し出す。
クリス:「一緒に来てくれますか、リーア・オルディル」
リーア:「……」
リーアは差し出された手を見つめた。
何か言いかけた唇が、かすかに震える。
それでも、やがて口元に笑みがこぼれた。
リーアはミアラの背にそっと片手を添え、もう片方の手をクリスへ伸ばす。
その手を握り、深く、頷いた。




