シーン2:勝利を告げる狼煙
ラルバード共和国にあるエルーデの残党のアジト。
魔術師の放った光弾が炸裂し、耳をつんざく爆音が館内を揺るがした。
舞い上がった灰と濃い煙が、またたく間に視界を覆う。
煙の奥では刃と刃が激しくぶつかり合い、火花が散っていた。
絶え間なく響く金属音に、怒号と悲鳴が入り混じる。
クイン:「どこだ……どこにいる」
クインは行く手を遮る兵士たちを避けながら、リーアの姿を探して駆けまわっていた。
「大佐――っ!」
背後からの叫びに足を止め、振り返る。
立ち込める煙を抜け、弓を握った女兵士が息を切らせて駆け寄ってきた。
クイン:「マクレーガーか……!」
女兵士――エリーゼ・マクレーガーは、クインの前で足を揃え、素早く敬礼する。
エリーゼ:「エルーデリーア様なら、すでに包囲を突破し、ここから外へ逃れられたようです!」
クイン:「なに……そうか」
クインはすぐさま身を翻し、出口へ向かって駆け出した。
エリーゼも後を追い、その隣に並ぶ。
クイン:「ヴィクターの方はどうなっている」
エリーゼ:「現在、クリストファー・アーポットと交戦中です」
答えたエリーゼの表情が曇る。
走りながら、彼女は重い息を吐いた。
エリーゼ:「もはや、私たちが足を踏み入れられるような戦況ではありません」
クイン:「……うむ。あちらはクリストファーに任せるしかないか」
クインは口元を引き結び、前方を見据えた。
揺らぐ煙の向こうに、出口が見えてくる。
クイン:「とにかく、今はエルーデリーアの確保が最優先だ。遅れるなよ!」
エリーゼ:「はいっ」
二人は足を緩めることなく、建物の外へ飛び出していった。
♢
クリストファー:≪地よ! 波打て≫
宙に浮かぶクリストファーが、大地へ向けて両腕を突き出した。
ヴィクターの足元が大きくうねる。地面は次々と裂け、せり上がった土塊が崩れ落ちていく。
ヴィクターは崩れる足場を蹴り、宙へ跳んだ。
瞬く間に、クリストファーへと肉薄する。
クリストファー:≪風よ! わが身を流せ≫
その身体を、渦巻く風が包み込んだ。
ヴィクターが短剣を突き出す。
刃が届く寸前、クリストファーの身体が風に流されるように横へ揺れた。
ヴィクターはすかさず刃を返し、追撃を繰り出す。
一撃、二撃――。
短剣が迫るたびに、クリストファーの身体は宙を滑り、切っ先をかわしていく。
やがてヴィクターは攻撃を止め、地面へ降り立った。
クリストファーも少し離れた場所に着地する。
その額から、汗が幾筋も頬を伝い落ちた。
クリストファー:「ほんとに、死にぞこないなのかよ」
黒い仮面に覆われたヴィクターの表情はうかがえない。
ただ、短剣を手に悠然と立つその姿には、年齢を感じさせる衰えなど微塵もなかった。
クリストファー:「化け物め」
周囲に轟いていた剣戟の音も、地響きを伴う爆音も、次第に遠のいていく。
クリストファー:「……そろそろ、ケリがつきそうだな」
ヴィクター:「…………」
ヴィクターは静かに顔を伏せた。
クリストファー:「もうじき、エルーデの残党は解き放たれる。――あんたが長いこと望んできたもののひとつが、ようやく叶うんだよ」
返事はない。
ただ、短剣を握るヴィクターの手に、ぐっと力がこもる。
やがて、その顔がゆっくりと上がった。
仮面の奥から鋭い眼光が、まっすぐにクリストファーを射抜く。
クリストファー:「それと……あんたのもうひとつの望み、だけどさ」
クリストファーは苦笑を浮かべ、後頭部をかいた。
クリストファー:「親父が謝ってたよ。『最後の引導を渡してやれなくて、すまなかった』ってな」
ヴィクターは何も言わなかった。
いや、もう何も言えないのかもしれない。
クリストファー:「だけど、親父はその役目を俺に託してくれた」
クリストファーは右手を虚空へ掲げる。
その手元に光の粒が集まり、渦を巻き始めた。
クリストファー:「俺は親父やレックスと違って、武器の扱いはまるで駄目でね。だけど、こいつだけは違う」
光の中から太い柄が伸び、その先に巨大な斧の刃が浮かび上がる。
クリストファーは柄を握り、現れた大戦斧を引き寄せた。
クリストファー:「お袋からの借りものだが……間違いなく、俺の魂の得物だ」
光の粒がほどけ、消えていく。
その場に残った大戦斧を、クリストファーは両手で構えた。
クリストファー:「……さあ、最後は互いの魂をかけた得物で、全力で殴り合おうぜ」
その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
クリストファーはヴィクターを見据え、大戦斧の刃を静かに突きつけた。
その言葉に応じるように、ヴィクターが疾風のごとく地を蹴った。
瞬く間に間合いを詰め、クリストファーの死角へと入り込むと、短剣が一閃する。
しかし――クリストファーは怯まない。
体を鋭くひねり、大戦斧を豪快に横一文字へとなぎ払う。
懐まで踏み込んだヴィクターを、短剣ごと吹き飛ばさんばかりの凄まじい一撃が襲う。
ヴィクターは即座に刃を引き戻し、防御の姿勢をとった。
鋼と鋼が重々しく激突し、激しい火花が飛び散る。
クリストファー:「うおおおおおっ!!」
咆哮とともに、クリストファーは受け止められた大戦斧を力任せに押し込んでいく。
圧力に押され、ヴィクターの足元が地面を深く削り取った。
それでも強靭な足腰で踏みとどまり、鋭い打撃で応じた。
クリストファーも負けじと大戦斧を大きく振りかぶる。
渾身の力で叩きつけ、
激しく弾かれ、
その強い反動すら力でねじ伏せて、
再び泥臭く叩きつける。
ヴィクターも決して一歩も退かない。
短剣を固く握り直し、正面から真っ向勝負に応じる。
重厚な金属音が休みなく空気を震わせた。
刃が肌を裂き、鮮血が舞い散ろうとも、二人の手が止まることはない。
防御という概念など、すでに彼らの頭にはなかった。
ただ目の前の相手を倒すためだけに、己の得物を振り抜く。
互いの矜持と全魂を、その一撃一撃に注ぎ込み、ぶつけ合い続けた。
だが、その壮絶な殴り合いは永遠には続かなかった。
クリストファーは大戦斧を振り上げる。
クリストファー:「うぉおおおおおっ!」
気勢とともに振り下ろされた大戦斧は、受けに回った短剣を粉砕し、そのままヴィクターの身体を引き裂いた。
ヴィクター:「…………リーア……」
かすかな声が、仮面の奥から漏れた。
ヴィクターの膝が折れる。
その身体は、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
クリストファー:「……」
クリストファーは大戦斧を下ろし、倒れたヴィクターの前に立ち尽くしていた。
荒い息が、静まり返った周囲に響く。
やがて、クリストファーは静かに口を開いた。
クリストファー:≪炎よ。燃やし尽くせ≫
炎がヴィクターの身体を包み込む。
揺らめく火の中から、黒い煙が立ち昇っていく。
まるで、ヴィクターの最期を知らせるかのように、空へと広がっていった。
クリストファー:「あんたが全盛期の頃に、戦いたかったよ」
燃え盛る炎を見つめながら、クリストファーはぽつりと呟いた。
♢
アジトの周囲では、暗殺部隊の者たちが、ロールブレアの兵士や雇われた傭兵によって次々と取り押さえられていた。
その混乱の中を、クインとエリーゼが駆け抜ける。
エリーゼ:「大佐、お待ちください」
後方からの呼びかけに、クインは足を止めた。
クイン:「むっ、どうした」
振り返ると、エリーゼが空の一点を指さしている。
エリーゼ:「向こうは決着がついたようです」
その先では、黒い煙が空へと立ち昇っていた。
クイン:「やってくれたか、クリストファー」
クインは安堵の息をついた。
だが、すぐに周囲へ向き直り、声を張り上げる。
クイン:「ヴィクター・アーツマンは亡くなった!」
「なにっ」
近くで抵抗を続けていた暗殺者たちが、一斉に顔を向けた。
「たわけたことを!」
一人が短剣を構え、クインへ突っ込んでくる。
クインは迫る刃をかわすと、その腕を背中へ回して捻り上げた。
クイン:「本当のことだ。あれを見ろ」
空いた手で、立ち昇る黒煙を指さす。
クイン:「あれは、我々の勝利を告げる狼煙だ」
「そ、そんな……」
腕を捻り上げられた暗殺者は、煙を見つめたまま言葉を失った。
やがて、その頭が力なく垂れる。
動揺は、周囲の暗殺者たちにも広がっていった。
短剣の切っ先が揺らぎ、抵抗の手が止まる。その隙に兵士や傭兵が詰め寄り、次々と剣を突きつけた。
クイン:「これ以上の抵抗は無駄だ。投降するのだ!」
幾人かの兵士が笛を取り出し、口にくわえる。
ぴぃっ――。
鋭い笛の音が、辺りに響き渡った。
♢
リーアは不意に足を止め、弾かれたように振り返る。
視線の先、遥か彼方の空へひとすじの黒煙が立ち上っていた。
リーア:「死んだか、アーツマン」
ぽつりと呟き、その煙を見つめたまま立ち尽くす。
指先から力が抜け、握りしめていた短剣がカランと乾いた音を立てて地面に落ちる。
だが、リーアは視線すら落とそうとはしなかった。
冷ややかな風が吹き抜け、肌を掠める。
そのたびにリーアは小さく鼻をすすった。
しばらくして背後から荒い足音が急速に近づいてきた。
追いついてきたクインとエリーゼの二人だった。
身構える二人が立ち止まったのを感じ、リーアはゆっくりと煙から目を離した。
リーア:「どこへでも連れていけ」
クインの顔をまっすぐに見据え、リーアは言い放った。




