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カーテン・コール/冒険者の宿屋アーポット亭  作者: 春夏かなた
第7幕 幕が下りた、その後に

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24/27

シーン1:王都飲み明かす夜

あの壮絶な決戦から、半年が過ぎようとしていた。


エルーデ残党のアジトが発見され、強襲作戦の準備が進められていた。



出撃を翌日に控えた夕刻、レックスは酒場の前に立っていた。


まだ開店前らしく、扉の向こうに喧騒はない。



中へ入ると、椅子を動かす音だけが小さく響いていた。


レックス:「やあ、マスター」


フロアで椅子を並べていたマスターが手を止め、顔を上げる。


マスター:「いらっしゃいませ」


穏やかな笑顔に、レックスも軽く笑みを返した。


レックス:「大佐はもう来てるかな」


マスター:「ええ、いらしてますよ。奥の部屋でお待ちです」


レックスは頷き、店の奥へと足を向けた。

誰もいない部屋をいくつか通り過ぎ、一番奥の部屋を覗く。



テーブルについている人物を見て、その足が止まった。


レックス:「あれ……?」


待っているはずのクインではない。



見知らぬ男が、こちらを見て微笑んでいた。


???:「やあ、こんな早い時間から呼び出してしまってすまないね、レックス」


親しげに名を呼ばれ、レックスは眉を寄せる。



一度廊下を振り返ってから、改めて男へ目を向けた。


レックス:「あ、あの……どちらさまですか?」


男は一瞬きょとんとしたあと、人の好さそうな笑みを浮かべた。


???:「おっと、会うのは初めてだったな」


ゆっくりと椅子から立ち上がる。


ジョッシュ:「ジョッシュ・ロールブレアだ」


レックスは目を瞬かせた。



男の顔を見つめたまま、口が少しずつ開いていく。


レックス:「えええええっ!」


静かな店内に、素っ頓狂な声が響き渡った。



思わず一歩後ずさり、目の前の男をまじまじと見つめる。


レックス:「お、王様……!?」


ジョッシュ:「ははは、驚かせてしまったね。まあ、気にせず座ってくれ」


ジョッシュは向かいの椅子を勧め、自らも腰を下ろした。


レックス:「は、はい」


レックスはおずおずと椅子を引き、浅く腰かける。



背筋を伸ばし、両手を膝の上に揃えた。


ジョッシュ:「身体の方は、もう大丈夫なのか」


酒瓶を手に取り、レックスの前のグラスへ傾ける。


レックス:「は、はい! おかげさまで、もう大丈夫です」


レックスは身を縮め、ぺこりと頭を下げた。


ジョッシュ:「だが、一か月も寝込んでいたんだろう。今も無理はできないと聞いているぞ」


レックス:「ええ、まあ……そうなんですが」


後頭部をかき、曖昧に笑う。


ジョッシュは酒瓶をテーブルへ戻した。



しばらくレックスの顔を見つめたあと、その表情を曇らせる。


ジョッシュ:「すまん」


不意に、深く頭を下げた。


レックス:「そ、そんな。陛下、顔を上げてください」


レックスは慌てて身を乗り出す。



膝から浮かせた両手が、行き場を失ったまま宙で止まった。


ジョッシュ:「いや、君とリーアを引き合わせようと画策したのは、私なんだ」


頭を下げたまま、静かに告げる。


レックスは言葉を止めた。



やがて、浮かせていた手をゆっくりと下ろす。


レックス:「……たとえ陛下の企みだったとしても、俺は会えてよかったと思ってますよ」


ジョッシュ:「よかった?」


ジョッシュは顔を上げ、怪訝そうにレックスを見つめた。


レックス:「俺、エルーデのお姫様のことは知っていたんですよ」


その口元に、ふっと笑みが浮かぶ。


ジョッシュ:「誰から聞いたんだ?」


ジョッシュの目が、わずかに細くなった。


レックス:「母さんからです。なんでも、エルーデ王の娘さんと仲がよかったみたいで。その人の娘と俺を、くっつけたかったらしいんですよ」


レックスは苦笑し、頬をかいた。


ジョッシュ:「では、私が引き合わせなくても、お前たちは出会っていたと」


レックス:「そういうことになりますね」


ジョッシュ:「ほう……それで、実際に顔を合わせてみてどうだった?」


ゆったりと背もたれに身を預け、レックスの返事を待つ。


レックス:「あんなじゃじゃ馬だとは思いませんでしたよ」


レックスはグラスを手に取り、肩をすくめた。



そのまま、しばらく酒の表面へ目を落とす。


レックス:「でも、俺が欲しいものを持っている子でした」


指先でグラスをゆっくりと回し、口元を緩める。


レックス:「母さんは、いつも正しい」


しみじみと呟き、酒を口に含んだ。


ジョッシュは何も言わず、その顔を優しげに見つめていた。


レックス:「作戦は、うまくいくんでしょうか」


グラスを下ろしたレックスが、ぽつりと尋ねる。


ジョッシュ:「うまくいかなければ、私が困る」


レックス:「確かに」


顔を見合わせ、二人は小さく笑った。


ジョッシュ:「心配するな。クインは優秀な男だ。それに、クリストファーもついている」


レックス:「兄さんも参加しているんですか?」


思わず声が跳ね上がる。



ジョッシュはその反応を楽しむように、口の端を上げた。


ジョッシュ:「お前らの戦いに刺激されたんじゃないか。私も見たかったよ」


レックス:「……どうでしょうかね」


レックスは曖昧に笑い、手元へ視線を落とした。



グラスの中で、酒がゆらりと揺れる。


ジョッシュ:「行きたいんだな?」


レックスの指が止まった。


レックス:「……はい」


ジョッシュはグラスを持ち上げかけ、手を止める。


ジョッシュ:「無茶だけはするんじゃないぞ。今は、身体の回復に専念しろ」


レックスは俯いたまま、小さく頷いた。



それを見届けてから、ジョッシュは酒を一口飲む。


ジョッシュ:「それに、たとえ彼女を無事に確保できたとしても、すぐに会えるとは思うなよ」


レックスは顔を上げた。



向かいの顔から、笑みが消えている。


レックス:「なぜです」


ジョッシュ:「お前たちには、まだ運命に抗う力が足りない。最後の最後で倒れたのは、お前の力不足だ」


レックスは眉を寄せた。


レックス:「……じゃあ、彼女が逃げたのも、運命だっていうんですか」


グラスを包む両手に、力がこもる。



酒の表面が、かすかに波打った。


ジョッシュ:「違う。あのまま運命に抗っていれば、お前たちは死んでいた」


ジョッシュはグラスを置き、レックスの目をまっすぐに見据える。


レックス:「……」


レックスは唇を引き結んだ。



グラスを握ったまま、黙ってジョッシュを見つめ返す。


ジョッシュ:「アーポットの力は、運命に抗う力だ」


静かな口調だった。


ジョッシュ:「お前たちは、その力を身につけねばならない」


レックスはしばらく口を閉ざしていた。



やがて、手元へ目を落とす。


レックス:「……身につくんでしょうか」


その一言に、ジョッシュの厳しい表情がふっと緩んだ。


ジョッシュ:「その力が身につくまで、私のもとにいてもらうぞ」


レックス:「陛下のもとにですか!」


顔を上げたレックスが、思わず声を張り上げる。


レックス:「勘弁してくださいよ。俺、堅苦しいのは苦手なんですよ」


心底嫌そうにぼやき、グラスの酒をすすった。


ジョッシュ:「実は、私もだよ。だが、姉さんに頼まれていてね。いい機会だから、鍛えてやってくれと」


レックス:「……姉さん?」


グラスを口元から離し、レックスは眉をひそめる。


ジョッシュ:「エリーゼ・アーポットは、私の姉だ。私も、かつてはアーポットだったんだよ」


レックスはグラスを手にしたまま、ぴたりと動きを止めた。


レックス:「ええええええっ!」


先ほどにも増して大きな声が、部屋に響き渡る。


レックス:「そんな話、聞いたことないですよ!」


ジョッシュ:「姉さんには口止めしてあるからな。私の息子にすら、話していないよ」


ジョッシュは何でもないことのように、自分のグラスを傾けた。

レックスはその顔をまじまじと見つめる。


レックス:「なんでまた、秘密にしてるんですか」


ジョッシュ:「身内にすごいのがいると、いろいろ大変だろう」


グラスを下ろし、肩をすくめる。


レックス:「……なんとなく、分かります」


レックスは目を細め、苦笑をこぼした。



ジョッシュも笑い、酒瓶へ手を伸ばす。


ジョッシュ:「まあ、君をこき使うのは明日からにして、今夜は飲もうじゃないか」


レックス:「そうですね」


レックスは口元を緩め、グラスを差し出した。



ジョッシュが傾けた瓶から、酒がとくとくと注がれていく。



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