シーン2:フィナーレに向けて
クリストファー:「ほう、あの坊主、なかなか筋がいいじゃないか」
クリストファーは腕を組み、水面を見つめながら感心したように頷いた。
ソフィ:「あら……あの時の坊やじゃないの」
ソフィが首をかしげ、水面に映るクリスの顔を覗き込む。
ウィリアム:「お前たち、好き勝手に坊主だの坊やだのと呼んでいるが……」
脇から口を挟んだウィリアムは、二人を見やった。
ウィリアム:「あのお方は、この国の王子だぞ」
ソフィ:「えっ……嘘でしょ!?」
ソフィの顔から、さっと血の気が引いた。
もう一度、水面へ目を向ける。
ソフィ:「私……王子様を思い切り蹴りとばしちゃったんだけど……!」
語尾が悲鳴のように裏返る。
ソフィは気まずそうに目を伏せ、身を縮こまらせた。
クリストファー:「へえ、大した度胸じゃないか」
震え出したソフィを横目に、クリストファーは他人事のように笑う。
クリストファー:「それにしても、たいしたもんだよ」
再び水面へと視線を戻し、目を細めた。
クリストファー:「おチビちゃんは、この戦いを舞踏へと変えた」
しばし、その光景を眺める。
やがて、クリストファーの視線が、水面に映るクリスの顔で止まった。
口元に、期待をにじませた笑みが浮かぶ。
クリストファー:「さあ、君には何ができるのか、見せてくれ。殿下」
♢
クイン:「観客ですか」
クインは眉をひそめ、クリスを見返した。
クリス:「いま、三人はミアラさんの奏でる音色に合わせて身体を動かしています」
クリスは耳を澄ませ、ヴァイオリンの旋律に合わせて、ゆっくりと身体を揺らす。
クリス:「ミアラさんが二人の心の中に入り込み、心と身体に同調して操っているんです」
クイン:「操っている……」
クインは、刃を交えるレックスとリーアへと目を向けた。
ワードック:「操っているというのは、少々言い過ぎじゃな。曲に乗せて踊らせている、と言ったほうがよかろう」
クインはしばらく二人の動きを見つめていたが、やがて顔を伏せ、ゆるく首を振った。
クイン:「初めて彼女を見た時から、ただ者ではないと思っていましたが……まさか、そんな力を持っていたとは」
その言葉に、クリスが振り向く。
クリス:「ミアラさんをここによこしたのは、あなただったんですか」
クインは苦笑を浮かべ、小さく頷いた。
クイン:「それで……」
説明の先を促すように、クリスへ視線を戻す。
クリス:「ミアラさんの演奏が終われば、この戦いも終わります。ただし、途中で演奏を止めても、戦いは終わりません」
クイン:「なぜです?」
クリス:「二人との心の繋がりが切れてしまうからです。あくまでも、一曲を自然に終わらせなければいけないんです」
クインは顎に手を当て、口を結んだ。
考え込むように眉を寄せ、しばし黙り込む。
クイン:「聞けば聞くほど、ついていけない話ですが……それと観客に、何の関係があるんですか?」
クリス:「もちろん、関係あります」
クリスはにやりと笑った。
クリス:「観客がいれば、演者も気分が高まるでしょう。それだけ演奏にも熱が入ります」
クイン:「なるほど」
クインは顎から手を離し、ぽんと両手を打ち合わせた。
クイン:「彼女を熱くさせて、満足させるんですね」
クリス:「その通りです」
クリスが頷くと、クインの顔にも笑みが浮かんだ。
クイン:「それなら、もう彼女自身が観客を呼んでいますよ」
クリス:「えっ」
クリスは拍子抜けした声を漏らし、クインの顔をまじまじと見つめた。
その時だった。
「こっちだ、こっち」
「待て、なんかやってるぞ」
木々の間から人影が次々と現れ、広場へと足を踏み入れた。
街の住人や、この街を訪れていた冒険者たちだ。
クリス:「なんだ」
クリスは目を丸くし、集まってくる人々を見回した。
クイン:「私も、ここへ来る途中でヴァイオリンの音色を耳にしました」
戸惑うクリスを見て、クインは目を細める。
クイン:「彼らも、その音色に誘われて来たのでしょう」
クリスは、ヴァイオリンを奏でるミアラへと視線を走らせた。
クリス:「やるな、ミアラさん」
演奏を続けるその姿に、思わず苦笑が漏れる。
「なんだよ。何かやってるのか」
「剣舞か? 暗くてよく見えないな」
人々は足を止め、広場で刃を交える二人に目を凝らした。
「でも、なんか面白そうなことやってるぞ」
「おい、誰か松明を持ってこい」
人垣の中から声が上がる。
広場にはまだ灯りがなく、レックスとリーアの姿を照らすのは、月と星々の淡い光だけだった。
ワードック:「みんなに見せてやれ。クリス」
ワードックがにこりと笑う。
クリス:「はいっ」
クリスは勢いよく腕を掲げた。
クリス:《光よ》
レックスとリーアの頭上で、光がパアンッと弾ける。
降り注ぐ光は、刃を交える二人を、そしてヴァイオリンを奏でるミアラ
を、夜の闇の中に幻想的に浮かび上がらせた。
「わああっ!」
観衆から、一斉に歓声が湧き起こる。
クリスは掲げた手を動かし、三人へと光を向けた。
激しく剣撃を交わしながら、舞うように身を翻すレックスとリーア。
その傍らで、心地よさそうにヴァイオリンを奏でるミアラ。
クリスは旋律に乗せて、ゆったりと腕を振る。
その手が描く軌跡に、光が舞う。
ときに力強く、ときに優しく。
まるで指揮を執るように、クリスは光で三人の舞台を彩り、終幕へと導いていく。
レックスとリーアの華麗なる舞いが。
ミアラの奏でる美しい旋律が。
クリスが導く光の操演が。
集まった観客たちを魅了していく。
クリストファー:「そうだ、それでいい」
水面に映る光景を見つめ、クリストファーは満足そうに頷いた。
クリストファー:「演者が魅せ、裏方が支え、観客が沸かす。そのすべてが、ここに揃った」
ウィリアムとソフィは、静かにその言葉に耳を傾けていた。
水面の向こうから、演奏に重なって歓声が響いてくる。
クリストファー:「今宵、集いし者たちは、運命に導かれてここに来た」
クリストファーはぐっと拳を握る。
その口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。
クリストファー:「皆で完成させようじゃないか。このソードダンス・演武を」
「迫力あるな。本当に戦っているみたいだ」
「動きにキレがあるな。目が離せないよ」
「ちょっと、うるさいわよ。黙って見てなさいよ」
「美しい……」
人垣のあちらこちらから、感嘆の声が漏れる。
その中で、一人の子供がぱっと顔を輝かせた。
子供:「あ、この前のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちだ」
母親:「ほんとだね」
母親は子供の指さす先へ目を向け、微笑んだ。
子供:「ねぇ、ケンカしてるの?」
母親:「ケンカしてるように見える?」
子供はもう一度、光の中で舞う二人を見つめる。
それから、首を横に振った。
子供:「見えない」
父親:「きっと、音楽に合わせて踊っているだけだよ」
父親も目を細め、二人の舞いを見守っていた。
♢
ウィリアム:「お前、わざと結界を緩めただろ」
水面から視線を外し、ウィリアムが隣のクリストファーを見やる。
クリストファー:「むっ……まあな」
クリストファーはちらりと目を向け、ばつが悪そうに笑った。
ウィリアム:「手は出さないんじゃなかったのか」
クリストファー:「これくらいは勘弁してくれよ」
ウィリアム:「お好きに」
ウィリアムは軽く肩をすくめ、再び水面へと目を戻した。
♢
ミアラ:「……」
観客たちの歓声が届くたび、ミアラの頬に熱がこもる。
次第に赤みを帯びていくその頬に、笑みが浮かんだ。
弓を運ぶ腕にも、いっそう熱が入る。
ミアラは身体を揺らしながら、情熱のままにヴァイオリンを奏でた。
その音色が、公園いっぱいに響き渡る。
レックスとリーアは刃を合わせ、その向こうで互いの顔を見つめていた。
レックス:『俺は君に会いたかったのかな』
刃が離れ、二人は身を翻す。
再び向き合ったとき、リーアの瞳がレックスを捉えた。
リーア:『あたしの探していたのは、あんただったのかな』
旋律に乗って踏み込み、互いの刃を重ねていく。
レックス:『君となら、俺は……』
リーア:『あんたとなら、あたしは……』
ミアラの奏でる音色は、二人の想いを絡み合わせ、優しく運んでいく。




