シーン1:心の中の交流
レックス:『なんだ?』
リーア:『なにっ?』
荒かった呼吸が、いつの間にか落ち着いていた。
重かった手足も、思うままに動く。
相手の動きが、よく見える。
迫る刃の軌道も、それを受ける自分の刃の位置も、はっきりとわかった。
急激な変化に戸惑いながらも、二人は刃を打ち合わせ続ける。
その耳に、かすかなヴァイオリンの音色が届いていた。
刃の響きの合間を縫うように、細く、長く尾を引いていく。
リーア:『……なんて悲しい音色……でも……やさしい』
レックス:『……ああ……これはいいな……気分が落ち着くよ』
レックスが踏み込み、剣を振るう。
リーアは身をひねって受け流し、その動きのまま短剣を繰り出した。
音色に誘われるように、足が運ばれる。
刃をかわし、打ち合わせ、また離れる。
二人の動きから荒々しさが薄れ、途切れがちだった攻防が、再び流れるようにつながっていく。
クリス:「戦況が変わりましたね」
クリスは、眼下で刃を交える二人を見つめていた。
ワードック:「うむ……これがあの子の力か」
その視線が、二人の傍らに立つミアラへ移る。
ミアラは顎にヴァイオリンを挟み、ゆったりと弓を引いていた。
レックスが踏み込めば、身体を傾け、リーアが身をひるがえせば、ふわりと揺れる。
まるで、自分も二人に合わせて戦っているかのようであった。
ソフィ:「……なにが起こっているの」
ソフィは目を離せないまま、ぽつりと漏らした。
クリストファー:「同調だよ」
ソフィ:「同調?」
聞き返すソフィの隣で、クリストファーは二人の攻防に目を向けている。
クリストファー:「音を通して、二人の心に入り込んだんだ。彼女は」
レックス:『……やっぱり、ミアラさんか……』
リーアと刃を交えながら、レックスは傍らへ目を向けた。
そこには、軽やかに足を運びながら、ヴァイオリンを奏でるミアラの姿があった。
ミアラ:『二人とも、ずるいんだ』
ミアラは閉じていた目をぱっちりと開き、にこりと笑う。
ミアラ:『自分たちだけ楽しんで』
レックス:『悪かったよ……でも……助かった』
レックスが長剣を振り下ろす。
リーアの短剣がそれを受け、澄んだ音が響いた。
レックス:『この石頭のじゃじゃ馬を、おとなしくしてもらえてね』
リーア:『誰が石頭のじゃじゃ馬よ』
受け止めた長剣を押し流し、リーアがもう一方の短剣を繰り出す。
レックスは身をひねり、その切っ先をかわした。
レックス:『君のことだよ』
ミアラ:『まあ、まあ』
二人の間を取り持つように、弓が弦を滑る。
ミアラは再び目を閉じた。
身体をゆらりと揺らすと、それまで物悲しく響いていた旋律に、弾むような調子が加わっていく。
ミアラ:『二人だけで楽しんでいないで、わたしも楽しませてよ』
レックス:『おう』
リーア:『いいわよ』
音色に合わせ、二人が踏み込む。
振り上げた長剣に、二本の短剣が絡むように舞う。
刃の響きが、ミアラの奏でる旋律に重なった。
♢
ワードック:「うむ。うまくいったようじゃな」
ワードックは目を細め、髭を撫でた。
クリス:「ほんとですか?」
クリスがぱっと顔を輝かせ、ワードックを振り返る。
ワードック:「あやつらの心もほぐれたようじゃ。あとは演奏が終われば、戦いも終わろう」
クリスはほっと胸を撫でおろした。
安堵の表情で、再び三人へ目を向ける。
クリス:「……あれ?」
その眉が、わずかに寄った。
ミアラは二人に合わせて身体を揺らし、楽しげに弓を引いている。
演奏を終える気配は、まるでなかった。
クリス:「ミアラさんのあの様子じゃ……終わりませんよ」
ワードック:「そうじゃな……」
ワードックは額に手を当て、うなだれた。
♢
クリストファー:「駄目だな。これじゃ、終わりがねぇ」
ソフィ:「なんでよ」
ソフィは眉をひそめ、クリストファーを見上げた。
クリストファー:「あのおチビちゃん、同調しすぎて、自分もレックスたちと踊っちまってる」
クリストファーは困ったように肩をすくめた。
ウィリアム:「ミイラ取りがミイラになったか」
ウィリアムが鼻で笑う。
ソフィ:「それじゃ、どうすればいいのよ」
ソフィは苛立ちを隠そうともせず、二人を見据えた。
クリストファー:「こいつを終わらせるには……何かが足りねぇんだ」
クリストファーは頭を抱える。
ソフィ:「足りない?」
ソフィが怪訝そうに聞き返した、そのときだった。
ウィリアム:「おい」
ウィリアムが、水の壁の一角を指さした。
そこには、公園の入口が映し出されている。
ウィリアム:「公園に人が入ってくるぞ」
クリストファーは顔を上げた。
数人の人影が、入口を通って公園へ足を踏み入れていた。
ウィリアム:「結界を張ったんじゃなかったのか」
ウィリアムは目を細め、クリストファーへ視線を移す。
クリストファー:「……呼んだんだ。おチビちゃんが……俺の結界を超えて」
人影を追っていたクリストファーの目が輝いた。
やがて、その口元に笑みが広がる。
クリストファー:「これですべて揃った。あとは終わらせるだけだ」
ソフィ:「ほんと? これで終わらせられるのね?」
ソフィは念を押すように、その顔を覗き込んだ。
クリストファー:「ああ」
力強く頷き、クリストファーはミアラへ目を向ける。
クリストファー:「フィナーレは任せたよ。おチビちゃん」
♢
マイケル:「おい、君たち!」
振り返ると、木陰から新兵服を着た若者が姿を現した。
こちらへまっすぐ歩いてくる。
クリス:「えっ、えっと……」
突然の呼びかけに、クリスは狼狽えた。
マイケル:「何をしてるんだ?」
クリスたちの前で足を止めたマイケルは、返事を待つ間もなく、その向こうへ目を向けた。
マイケル:「……レックス?」
眼下では、レックスと黒い服をまとった少女が刃を交えている。
その傍らでは、ミアラがヴァイオリンを奏でていた。
マイケルは目を瞬かせ、三人の姿を見比べる。
ピート:「大佐!こっちの方から聞こえます」
続いて木々の間から現れたピートが、後ろを振り返って声を張り上げた。
そのまま、クリスたちのもとへ駆け寄ってくる。
ピート:「どうした?」
ピートは、呆然と立ち尽くすマイケルの隣に並んだ。
マイケル:「見てみろよ。なんか、すげぇぞ」
マイケルはレックスたちから目を離さず、興奮気味に指をさす。
ピート:「えっ?」
その先へ顔を向けたピートも、目を丸くした。
ピート:「ほんとだ。やっぱレックス、すげぇ」
マイケル:「いや、相手の子もなかなかやるぞ」
二人はすっかり戦いに見入り、刃が交わるたびに歓声を上げた。
クリス:「……むっ」
クリスは眉をひそめ、ミアラへ視線を向ける。
ヴァイオリンを奏でるその横顔が、熱を帯び、ほんのりと赤くなっていた。
クリス:(ミアラさんの魔力が……上がっている?)
クリスは、歓声を上げるマイケルとピートを振り返った。
それから、確かめるようにもう一度ミアラを見る。
クリス:「もしかして……」
クイン:「殿下じゃないですか」
その声に、クリスは振り向いた。
木々の間から、クインが息を切らせて近づいてくる。
クリス:「クイン大佐」
クイン:「こんなところで、何をしてるんですか」
クリスの目つきが変わった。
歩み寄ってきたクインの腕を取り、まっすぐにその顔を見上げる。
クリス:「それよりも、ここに人を集めてください」
クイン:「えっ?」
突然の頼みに、クインは戸惑った。
クリスの顔を見つめ、言葉の続きを待つ。
ワードック:「どうしたのじゃ」
傍らから声をかけられ、クリスはワードックへ顔を向けた。
その表情には、確信が浮かんでいる。
クリス:「分かったんですよ。この戦いの終わらせ方が」
ワードック:「ほぉ」
ワードックの目が細められる。
ワードック:「して、どうするのじゃ」
クリスはにこりと笑った。
クリス:「観客を呼ぶんです」




