シーン4:奇跡の始まり
リーアは両膝に手をつき、肩を大きく上下させながら、荒い息を整えていた。
リーア:「……少し、力を使いすぎたか……」
顔を上げ、地面に仰向けに倒れたレックスへ目を向ける。
今度は、レックスが動かない。
それでも、リーアは警戒を解かず、その姿をじっと見据えていた。
しばらくして――。
リーア:「……ふっ」
口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
リーア:「いつまで、そこで寝ているつもりだ」
その声に応えるように、レックスがぱちりと目を開けた。
寝転がったまま両足をぐっと伸ばし、一息つく。
レックス:「よいっしょ」
掛け声とともに勢いよく上体を起こし、そのまま立ち上がる。
レックス:「ああ。すっきりした」
大きく伸びをしながら振り向き、リーアの顔を見て苦笑した。
レックス:「君はまだ、すっきりしてないようだけど」
リーア:「当たり前だろ。自分ばかりすっきりしやがって」
リーアは少し拗ねたように視線を外す。
レックス:「そりゃ悪かったね」
リーア:「いいさ。続きですっきりさせてもらうよ」
再びレックスへ目を向け、二本の短剣を構えた。
レックスは長剣を下げたまま、彼女を見据える。
レックス:「まだ自分の道を行くつもりかい」
リーア:「……」
リーアは唇を引き結んだ。
その瞳がわずかに潤む。
レックス:「迷いが出たね」
リーア:「うるさいっ」
リーアは地を蹴り、レックスに斬りかかる。
レックス:「おっと」
レックスは素早く後ろに下がり距離を取る。
レックス:「分からず屋が」
リーア:「負けたくないだけさ」
その口元に笑みが戻る。
リーア:「根っからの負けず嫌いなんでね」
レックス:「俺もだよ」
レックスは一度足元へ目を落とし、地面を踏みしめた。
そして顔を上げ、鋭い視線をリーアに向ける。
レックス:「ここで君を確保する」
ゆっくりと長剣を掲げる。
レックス:「もう、君の望むものは渡さない」
リーア:「……ふっ」
リーアは笑みを深くした。
短剣を握り直し、腰を低く落とす。
リーア:「ならば奪い取るまで」
地を蹴り、真っすぐレックスへ突進した。
♢
激しく波立つ水の壁を前に、ウィリアムはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
ウィリアム:「なんだ。拍子抜けだな」
クリストファーは視線を前に向けたまま、口を尖らせる。
クリストファー:「何が不満なんだよ」
ウィリアム:「お前の弟も、エルーデのお嬢さんも、今ので決め手を失った。泥沼の戦いになるぞ」
そう言って、ウィリアムは深く息を吐いた。
ソフィ:「……それ、どういう意味なの?」
二人の顔を交互に見ながら、ソフィが眉をひそめる。
クリストファー:「このままじゃ、どっちも力尽きるまで剣を交え続けるってことさ」
クリストファーは苦々しく言い放つ。
クリストファー:「行き着く先は、共倒れだ」
ソフィ:「共倒れって……嘘でしょ?」
ソフィの顔から、すっと血の気が引いていく。
水の壁へ目を向け、すぐさまクリストファーへ向き直った。
ソフィ:「ねえ、あなたなら止められるんでしょ!?」
身を乗り出し、縋るようにその顔を見上げる。
クリストファー:「いまさら俺が割って入ったところで、結末は変わらないさ」
クリストファーは口元を歪め、肩をすくめた。
ウィリアム:「相変わらず、容赦というものを知らんな、お前は」
クリストファー:「しゃーねぇだろ。そういう戦い方しか教わってねぇんだから」
ソフィ:「そんな……」
ソフィはうつむいた。
何か言おうと開きかけた唇から、かすかな息だけが漏れる。
クリストファー:「心配しなさんな」
その声に、ソフィはのろのろと顔を上げた。
クリストファーは水の壁を眺めている。
口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。
クリストファー:「そんな幕引きには、なりそうもないぜ」
ソフィ:「えっ……?」
クリストファーが、水の壁の端を指差す。
そこに、一人の小人族の姿があった。
ミアラだ。
ヴァイオリンを胸にしっかりと抱え、剣を交える二人のもとへ懸命に駆け寄っている。
ソフィ:「あの小人族が……どうしたというの?」
クリストファー:「この公園には、他の者が入り込まないように結界を張っておいたんだ」
ソフィは眉を寄せ、クリストファーを見た。
彼はミアラを目で追ったまま、言葉を続ける。
クリストファー:「俺が張った、普通じゃ入れない結界だ。それを、おチビちゃんは通り抜けてきた」
ソフィ:「それって……まさか……」
ソフィは再び、水の壁へ目を向けた。
クリストファー:「運命が彼女を呼んだのさ」
小さな姿が、迷うことなく二人へ近づいていく。
クリストファー:「奇跡を起すために」
♢
リーア:「はあああっ!」
リーアが左右の短剣を立て続けに繰り出す。
レックスは長剣でその刃を受け流しながら、反撃の隙をうかがっていた。
だが、剣を返そうとするたび、次の刃が迫ってくる。受けに回るばかりで、斬り込めない。
攻め続けるリーアもまた、決め手を欠いていた。
幾度短剣を振るっても、その切っ先は長剣に阻まれ、逸らされる。
クリス:「……この戦いは、いつまで続くんでしょうか」
ぽつりと漏らしたクリスの手は、固く握り締められていた。
ワードック:「一度火のついた魂の激突は、そう簡単には静まらん」
ワードックはわずかに視線を落とす。
ワードック:「もう、自分たちの意志だけでは、どうすることもできんのじゃ」
クリス:「……」
クリスは唇を噛み締め、再び二人を見つめた。
互いに肩で息をしながら、それでも刃を打ち合わせている。
先ほどまでの、目を奪われるような優雅さは、もうなかった。
刃を受けるレックスの足がよろめく。追いすがるリーアもまた、踏み込んだ先で体勢を崩しかけた。
クリスは一歩、足を踏み出した。
ワードック:「どこへ行くのじゃ」
行く手に腕を差し出され、クリスは振り返る。
クリス:「あの二人は、もう限界です。誰かが止めないと……」
それだけ告げると、クリスは前へ向き直り、歩き出した。
ワードック:「待て」
クリスは足を止めた。
振り返らず、拳を握り締めたまま立ち尽くす。
ワードック:「わしも行こう」
その声に、クリスは振り返った。
クリス:「ワードックさん……」
ワードック:「うむ」
ワードックは力強く頷いた。
そのとき――。
クリス:「……ん?」
刃のぶつかり合う音に交じって、柔らかなヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
クリスは眉を寄せ、辺りを見回す。
やがて、その視線が二人のすぐ傍で止まった。
ミアラがいる。
ヴァイオリンを肩に当て、剣を交える二人に向かって、静かに弓を滑らせていた。
ワードック:「どうしたのじゃ?」
クリス:「あそこで、ミアラさんがヴァイオリンを弾いてますよ」
クリスが指差すと、ワードックもそちらへ目を向ける。
ワードック:「ふむ……そうじゃな」
怪訝そうに目を細めるワードックの隣で、クリスは耳を澄ませた。
柔らかな旋律が、途切れることなく流れてくる。
クリス:「この音色……魔力が込められています」
クリスの目が輝いた。
ワードック:「ほぉ、面白い」




