シーン3:魂の激突
クリスは下唇を痛いほど噛み締め、戦いの行方を凝視していた。
握りしめた拳には、爪が掌に食い込むほどの力がこもっている。
クリス:(……僕には、何もできないのか)
目の前で、繰り出される刃が流れるように重なり合い、一瞬ののちに離れていく。
そのたびに二人は地面を蹴り、身を翻して宙を舞う。
止めなければならない。
そう思っているはずなのに、二人の姿から目を離せない。
握りしめていた拳は、いつの間にかほどけていた。
そのことにクリスは気づいていなかった。
ミアラ:「……なんで」
隣で、ぽつりと声が落ちる。
クリスははっと我に返り、ミアラへ顔を向けた。
ミアラ:「なんで、あんなに楽しそうなの」
ミアラは目を見開いたまま、戦いを見つめている。
ミアラ:「戦っているのに。あんなに傷つけ合っているのに……」
言葉の途中で唇を噛む。
ミアラは顔を伏せ、小さく首を振る。
ミアラ:(わたしには分からない……でも)
伏せた視線が、また二人のもとへ戻っていく。
ワードック:「普段は抑えておる力を、互いに思う存分ぶつけ合っておるのじゃ」
ワードックは目を細め、ゆっくりと髭をさすった。
クリスとミアラが、その横顔を見つめる。
ワードック:「楽しいに決まっておる」
二人を横目に見やり、ワードックは口元に笑みを浮かべた。
クリス:「魂の激突ですか」
呟くように言って、クリスは再び戦いへ目を向ける。
クリストファー:「二人とも、やめたくねぇんだろうな。この戦いを」
クリストファーは戦いを見つめたまま、ぽつりと呟いた。
刃がぶつかり合う。
その響きが消えるより早く、二人は次の一撃を繰り出していた。
クリストファー:「この時をずっと楽しみてぇんだよ」
ソフィ:「……リーア様」
ソフィは胸の前で拳をぎゅっと握った。
その目は、戦い続けるリーアの姿に向けられていた。
ミアラ:「……そうだッ!」
突然声を上げると、ミアラは背負っていたリュックを肩から外し、地面へ
投げ出すように下ろした。
その場に膝をつき、口を開くなり、中の荷物を次々と引っ張り出していく。
クリス:「み、ミアラさん!? どうしたんですか!」
呼びかけにも顔を上げない。
ミアラは荒い息を吐きながら、なりふり構わずリュックの奥へ手を突っ込んだ。
クリス:「……っ」
何かを言いかけたものの、その必死な横顔に口をつぐんだ。
ワードック:「いかん……!」
鋭い声が響いた。
クリスは弾かれたように戦いへ目を戻す。
クリス:「レックスさん……?」
二人の刃には、先ほどまでの勢いがない。
地面を蹴る足も重く、互いの攻撃をかわす動きに余裕がなくなっていた。
とりわけ、レックスの変化は著しかった。
剣を振り抜くたびに身体が流れ、構え直すまでに一瞬の間が空く。
ワードック:「そろそろ限界のようじゃ……」
ワードックは眉をひそめ、低く唸った。
♢
激しく交錯していた刃が離れ、二人は大きく間合いを取った。
レックス:「……っ」
レックスは顔を伏せながら、リーアに長剣を向けていた。
喉の奥で荒い息が鳴る。
顎から滴る汗が地面に落ち、目の前の景色がわずかに揺らいだ。
リーア:「……どうした!」
リーアも激しく肩を上下させながら、声を張り上げる。
リーア:「もうおしまいか?」
鋭い視線を向けても、レックスは顔を伏せたまま答えない。
二人の間に、荒い息遣いだけが続いた。
レックス:「……れろ」
うつむいた口元から、呻くような声が漏れる。
リーア:「……むっ」
そのかすかな声に、リーアははっと意識を引き戻された。
一瞬、意識が途切れていたらしい。
レックス:「……はな……れるんだ」
剣の柄に身体を預けたまま、レックスは途切れ途切れに言葉を絞り出す。
レックス:「……きみ……なら……にげられる」
リーア:「あんた、意識がもう……」
リーアは上体を起こし、レックスを見据えた。
リーア:「……」
レックスは顔を伏せたまま、動かない。
攻めるなら、今かもしれない。
だが、踏み出そうとした足が震えていた。
短剣を握る手にも、かすかな震えが伝わっている。
リーア:(……震え? このあたしが……怯えているのか)
リーアは瞼を閉じた。
乱れた息を、ゆっくりと整えていく。
リーア:(このまま逃げるか)
そんな考えが、ふと頭をよぎった。
まだ手足の震えを感じる。
望んでいたものが、今ここにあるのに。
リーア:(……あたしは死にたくないのか)
だが――。
ここで逃げたら、自分の望みは叶わない。
リーア:「やだね」
瞼を開き、二本の短剣を構える。
リーアは地面を蹴り、レックスへ突進した。
クリス:「駄目です! リーアさん!」
クリスは思わず叫んでいた。
だが、その声は届かない。
リーアはレックスへと肉薄し、短剣を振りかぶった。
リーア:「そりゃあ……がっ」
気勢が、くぐもった呻きに変わる。
レックスが無造作に突き出した右手が、リーアの顔を鷲掴みにしていた。
レックス:「……」
顔を伏せたまま、レックスは片腕でその身体を持ち上げる。
リーアの両足が宙に浮いた。
次の瞬間、その身体を力任せに地面へ叩きつけた。
リーア:「ぐわああっ!」
鈍い衝撃音とともに土埃が噴き上がる。
リーアの身体は一度跳ね、うつ伏せに転がった。
レックスは間を置かず、その背中へ足を振り下ろす。
リーア:「がああっ!」
悲鳴が辺りに響き渡った。
だが、レックスはやめない。
足を上げ、再び踏みつける。
一度、また一度と、その背中に容赦なく足を叩き込んでいく。
ソフィ:「……っ」
ソフィは顔を歪め、目を背けた。
それでも、リーアの悲鳴は耳に届く。
クリストファー:「おいおい、一体何をしてるんだよ……」
水面に映し出される惨状を目にして、クリストファーは頭を抱え込んだ。
ウィリアム:「死なさないんじゃなかったのかい?」
傍らのウィリアムが、問いかけるように視線を送る。
クリストファー:「ようやく見つけ出した運命の相手なんだろ。しっかりしてくれよ、レックス」
映し出されたレックスの姿を凝視しながら、苦々しく漏らした。
踏みつけられるたびに上がっていたリーアの悲鳴は、次第に弱々しくなっていく。
やがて、声は聞こえなくなった。
レックス:「……」
レックスは濁った瞳で、倒れたリーアを見下ろしていた。
リーアはうつ伏せになったまま、ぴくりとも動かない。
クリス:「……そんな」
クリスは目を見開き、横たわるその姿を見つめた。
やがて、レックスはリーアに背を向けた。
足元をふらつかせながら、その場を離れていく。
だが、数歩進んだところで、その足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
そこには、立ち上がったリーアの姿があった。
リーア:「まだ……終わっていない」
身体は揺れている。
それでも、その鋭い眼差しはまっすぐにレックスを捉えていた。
レックス:「うぐっ」
レックスは後ずさった。
こめかみを冷たい汗が伝い落ちる。
リーア:「まだ……まだあああーっ!」
叫びとともに、リーアが踏み込んだ。
短剣を握る腕が、レックスへ向かって突き出される。
レックス:「……!」
とっさに剣をかざした。
直後、刃越しに凄まじい衝撃が襲いかかる。
踏ん張る間もなく両足が地面を離れ、レックスの身体は大きく後方へ吹き飛ばされた。




