シーン2:傍観者の嘆き
レックスとリーアは縦横無尽に駆け回りながら、互いの刃を激しく打ち合わせていた。
二人が駆け抜けるたび、轟音とともに地面が砕け、巻き込まれた木々が次々となぎ倒されていく。
その後を追ってきたクリスとワードックは、遠巻きに激闘を見守ることしかできなかった。
クリス:「……駄目ですよ」
目の前で繰り広げられる凄まじい戦いに、クリスは青ざめた顔で呟いた。
ワードック:「何がじゃ?」
ワードックが怪訝そうに眉を上げる。
クリス:「早く止めないと。このままでは、二人とも死んでしまいます」
クリスは助けを求めるように、ワードックへ縋りついた。
ワードック:「……うむ」
ワードックは低く唸り、わずかに顔を伏せる。
ワードック:「確かに、力の拮抗した者同士じゃ。下手をすれば、相打ちになりかねん」
クリス:「そうでしょう。だったら――」
ボガン。
また轟音が鳴り響き、土煙が舞い上がった。
ワードック:「じゃが、あれをどうやって止める?」
荒れ狂う二人の戦いへ目を向けたまま、ワードックはちらりとクリスの顔を窺った。
クリス:「うっ……それは……」
クリスは言葉に困り、動きを止める。
ワードック:「わしとお前さんが割って入ったところで、どうにかなる戦いではないぞ」
鋭い視線を向けられ、クリスは怯んだ。
クリス:「……だけど」
それでも諦めきれず、クリスは拳を固く握り締める。
ワードック:「それに、まだ二人が死ぬと決まったわけではあるまい」
クリス:「……そうでしょうか」
ワードック:「結論を急ぐな。最後まで見届けるんじゃ」
クリス:「……はい」
ワードックは再び、レックスとリーアへ目を向けた。
ワードック:「この戦いは、お前さんにとっても転機になるやもしれん。目を逸らさず、よく見ておけ」
クリス:「……」
クリスはしばらくワードックの横顔を見つめていたが、やがて二人の戦いへ目を戻した。
そのとき――。
ミアラ:「ちょっと、何なのよ、これー!」
突然すぐ隣から聞こえた声に、クリスは驚いて振り向いた。
いつの間に来たのか、大きなリュックを背負ったミアラが、クリスとワードックの隣に立っている。
その目は、激しくぶつかり合うレックスとリーアへ釘付けになっていた。
クリス:「き、君は……」
ミアラ:「『き、君は』じゃないよ。一体どうなってるの?」
ミアラは勢いよく二人を指差した。
ミアラ:「あそこで戦っているの、レックス君とあの子じゃない!」
クリス:「ええ、まあ……その通りですが……」
その迫力に圧倒され、クリスは思わず後ずさっていた。
ワードック:「まあ、落ち着くのじゃ」
たじろぐクリスを庇うように、ワードックが一歩前へ出る。
ワードック:「おぬしは何をしに、ここまで来たのじゃ?」
ミアラ:「何って……急いでいた軍人さんに、レックス君が大変だって聞かされて来たんだけど……」
ワードック:「ほう」
ワードックは探るように、ミアラの姿をじっと見つめた。
ワードック:「おぬし、冒険者じゃな?」
ミアラ:「そうですけど……」
値踏みするような視線に居心地の悪さを覚えたのか、ミアラは顔を伏せながら一歩下がった。
クリス:「彼女が何か?」
ワードック:「おそらくじゃが、その軍人は、おぬしの内に何かを感じ取ったから、ここへ寄越したのじゃろうな」
ミアラ:「何かって……」
バキッ――。
続けざまに、バキ、バキバキッ、と木々のへし折れる音が鳴り響く。
三人は揃って、戦いへ目を戻した。
ミアラ:「確かに、あの軍人さん……わたしなら何とかできるかもしれないって言ってたけど……」
次々と倒れていく木々を眺めながら、ミアラは呆然と呟いた。
やがて、その表情がみるみる険しくなっていく。
ミアラ:「こんな怪獣大決戦、わたしに何とかできるわけないじゃない!」
とうとう堪えきれなくなり、ミアラは烈火のごとく怒鳴り声を上げた。
ミアラ:「明らかに、あの人の人選ミスよ! あなたたちもそう思うでしょ?」
クリス:「は、はあ……そうですね」
詰め寄ってくるミアラをなだめるように、クリスは額に汗を浮かべながら両手を振った。
♢
木々をかき分けて飛び出したレックスの前に、広場が開けた。
その瞬間、視界の端を黒い斬撃が走る。
レックス:「……っ!」
とっさに足を止め、身を低く沈めた。
頭上すれすれを斬撃が掠めていく。
レックス:「あぶねぇ……」
レックスは額の冷や汗を拭い、ゆっくりと身を起こした。
振り返ると、木々の間からリーアが姿を現す。
両手に短剣を下げたまま、悠然とこちらへ歩いてきた。
レックス:「森林破壊するなよ」
リーア:「ちょこまかと逃げ回るあんたが悪いんじゃない」
リーアはレックスを見据えたまま、親指で背後を示した。
その向こうでは、無数の大木がなぎ倒されていた。
地面は至るところで深くえぐれ、さっきまで木々に覆われていた一帯が、ぽっかりと大穴を開けている。
レックスはその惨状に、わずかに顔をしかめた。
リーア:「それとも、ここに誘い込んだのかい?」
足を止めたリーアが、広場をぐるりと見渡す。
レックス:「まあ、そんなところだ」
レックスは何食わぬ顔で剣を構え直した。
リーア:「うそつけ」
言い終えるや否や、二人は同時に地を蹴った。
再び、夜の公園に刃の打ち合う音が響き渡る。
♢
ウィリアム:「本当に手を出さなくていいのか?」
水の壁に映し出される激闘を見つめながら、ウィリアムが尋ねた。
クリストファー:「野暮はやらねぇよ」
クリストファーは腕を組んだまま答える。
ウィリアム:「ふーん」
その斜め後ろから、ウィリアムは横顔を窺った。
口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。
ウィリアム:「さいですか」
ウィリアムは肩をすくめ、ソフィへ目を移した。
ウィリアム:「君は、止めに行きたいんだろ?」
ソフィ:「えっ?」
不意に話を振られ、ソフィは戸惑ったように顔を上げる。
ソフィ:「行きたくても、これじゃあね」
身体を軽く揺すってみせる。
だが、幾重にも絡みついた蔦はびくともしなかった。
クリストファー:「そいつを解いたら、行くかい?」
前を向いたまま、クリストファーが問いかけた。
ソフィ:「……行かないわ」
少しの間を置いて、ソフィは静かに答える。
ソフィ:「この戦いは、リーア様が望まれた戦いよ」
水の壁の中で刃を振るうリーアを、じっと見つめる。
ウィリアム:「彼女、死ぬぞ」
ソフィ:「……」
ソフィは唇を引き結び、顔を伏せた。
ソフィ:「……それこそが、リーア様の望まれたこと」
ぽつりと落ちた言葉に、クリストファーの口元から笑みが消える。
クリストファー:「死なせやしねぇさ」
ソフィが顔を上げると、クリストファーがこちらを振り向いていた。
クリストファー:「そのために、レックスは戦っている」




