シーン1:剣の語らい
二人の大柄な男に挟まれ、仮面をつけた暗殺者が公園を一望できる高台を登ってきた。
その身体は木の蔓で幾重にも縛られ、半ば引きずられるようにして歩かされている。
クリストファー:「さあ、着いたぞ」
高台まで登りきると、クリストファーは両腕を上げ、大きく背筋を伸ばした。
そのまま辺りをぐるりと見渡す。
眼下には、木々に覆われた公園が広がっていた。
ソフィ:「……こんなところまで連れてきて、何をするつもりだ」
身動きを封じられながらも、ソフィの声に怯えはなかった。
ウィリアム:「落ち着けよ。何もしないさ」
蔓の先を握ったウィリアムが、ソフィの背後で口角を上げる。
ソフィは首だけを巡らせ、背後の男を見た。
ソフィ:(こいつら……何者だ?)
リーアを迎えるため、公園の森に潜んでいた。
この二人が近づいてくる気配など、まるで感じなかった。背後に立たれたと気づいたときには、すでに身体を蔓で封じられていたのだ。
ウィリアム:「エルーデのお嬢さんの戦いを見たいだろ?」
ソフィ:「なにっ……」
仮面の奥で、ソフィの目が見開かれる。
リーアのことまで知っている。
背筋を冷たいものが這い上がり、ソフィの身体が強張った。
ウィリアム:「ここは特等席だよ」
ウィリアムは、崖際に立つクリストファーを指さした。
ソフィもつられて、そちらへ顔を向ける。
クリストファー:《水よ。遠方を映せ》
クリストファーが眼下へ片手をかざし、呪文を唱える。
すると、何もなかった空中に水が湧き上がり、波打ちながら薄く広がっていった。
やがてそれは、宙に浮かぶ一枚の水の壁となった。
その表面が大きく波打ち、ぼんやりと景色が浮かび上がる。
ソフィ:「リーア様……」
映し出されたのは、二本の短剣を手に、新兵服の男と激しく剣を打ち合うリーアの姿だった。
クリストファー:「ありゃ、俺の弟のレックスだ」
クリストファーは腕を組んだまま水の壁を覗き込み、ソフィのそばへ歩み寄った。
♢
レックス:「そりゃあっ!」
レックスは一息に間合いを詰め、渾身の力で長剣を振り下ろした。
レックス:『君は、なぜ死の道を行こうとする』
リーアが身を翻し、上空へ逃れる。
直後、長剣が地面を叩いた。
凄まじい衝撃に大地が砕け、土砂が激しく噴き上がる。
リーア:『あたしの行く道は、それしかないからさ』
高く舞い上がったリーアは空中で身を捻り、眼下へ目を向けた。
リーア:「――!」
しかし、砕けた地面にレックスの姿はなかった。
背後で、風が鳴る。
リーアは空中で体勢を立て直し、弾かれたように振り返った。
いつの間に追いついたのか、レックスがさらに高い位置まで跳び上がっている。
その両手には、頭上へ振りかぶられた長剣。
レックス:『そんなことはない!』
長剣が唸りを上げて振り下ろされる。
リーアは二本の短剣を交差させ、その一撃を受け止めた。
刃と刃がぶつかり、火花が弾ける。
レックス:『道はまだある!』
レックスの力が、短剣ごとリーアを押し込んだ。
リーアの身体が地上へ向かって弾き飛ばされる。
ズガアアン――!
地面が大きく陥没し、辺り一面に砂煙が巻き上がった。
遅れて降下してきたレックスが、その手前に着地する。
レックス:「俺は、その道を行く」
リーア:「ならば――」
砂煙の中から、リーアが飛び出した。
リーア:『見せてもらおうじゃないか』
鋭い突きが、レックスの胸元へ迫る。
レックスは長剣で弾きながら後退するが、リーアの攻撃は止まらない。
右から、左から、息つく間もなく二本の短剣が繰り出される。
リーア:『その道とやらを』
レックスは迫る刃を次々と捌いていく。
だが、そのすべてを防ぎきることはできない。
短剣の切っ先が服を裂き、腕を、肩を、脇腹を浅く切りつけていく。
後退を続けていたレックスの背後に、大木が迫った。
レックスは寸前で幹の裏へ回り込む。
リーア:『そんな道があるならね!』
リーアが短剣を横薙ぎに振り抜いた。
放たれた斬撃が大木の幹を走り、深々と切れ目を刻む。
リーアは後方へ跳んで距離を取ると、そのまま幹へ鋭い蹴りを叩き込んだ。
大木が軋みを上げて傾き、レックスめがけて倒れかかる。
倒れかかる大木を追うように、リーアも地面を蹴った。
レックス:『いいだろう。見せてやるよ!』
レックスは逃げなかった。
その場で足を踏ん張り、落ちてきた太い幹を肩で受け止める。
地面を踏みしめた両足が、土の中へ深く沈んだ。
レックス:「おおおおっ!」
雄叫びとともに身体を捻り、迫ってくるリーアへ大木を投げ返す。
リーアは横へ跳び、唸りを上げて飛んでくる大木をかわした。
地面へ降り立つと同時に、そのままレックスへ向かって駆け出す。
レックスも長剣を構え、一歩踏み込んだ。
再び長剣と二本の短剣が激突し、夜の公園に甲高い剣戟の音が響き渡った。
♢
クリストファー:「君はもちろん、リーアって子に賭けるんだよな?」
ソフィ:「か、賭ける……?」
思いがけない言葉に、ソフィの声が引き攣った。
クリストファー:「ウィリアムは、どっちに賭けるんだ?」
クリストファーは背後を振り返り、にこやかに問いかける。
ウィリアム:「ボクは結果の分かっている勝負には賭けないんだ。だから、どちらにも賭ける気はないよ」
クリストファー:「つまらんやつだな。アーポットとエルーデの対決だぞ」
クリストファーは不満そうに顔をしかめた。
ソフィ:「アーポット……」
ソフィは、小声でその名を呟く。
ウィリアム:「代わりに、その勝負を少し面白くしてあげるよ」
クリストファー:「おっ、いいねえ。やってくれ」
クリストファーの目が期待に輝く。
ウィリアム:「もしお前の弟が負けたら、彼が割った窓ガラスの代金は、お前に払ってもらう」
クリストファー:「なんだ、そりゃ」
クリストファーは振り返り、露骨に顔をしかめた。
ウィリアム:「まさか、弟が負けるとでも思っているのかい?」
クリストファー:「……それもそうだな」
ウィリアム:「ちなみに、うちの窓ガラスは特別製でね。あれ一枚で、屋敷
一つ買えるから」
クリストファーの笑顔が固まった。
次の瞬間、水の壁へ勢いよく向き直る。
クリストファー:「頑張れ、レックス! 絶対に負けるな!」
クリストファーは水の壁の前で両手を振り、必死に弟を応援し始めた。
ソフィ:「……ほんと、なんなのかしら、こいつら」
ソフィは呆れたように呟いた。




