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カーテン・コール/冒険者の宿屋アーポット亭  作者: 春夏かなた
第4幕 戦いの始まりと傍観者たち

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シーン3:戦いの始まり

クイン:「レックス」



レックス:「はい」



クインは、背後で剣を構えるレックスへ振り返ることなく、声だけをかけた。



クイン:「ここで彼女を確保する。いいな」



レックス:「えっ、ここでですか?」



レックスは思わず目を瞬かせ、クインとリーアを交互に見やる。



それを見たリーアは小さく鼻を鳴らした。



リーア:「また、できもしないことを」



クイン:「本来なら、一個師団を動かして、あなたを確保するつもりだった」



クインは鋭い視線をリーアへ向ける。



リーア:「それで? あたしを捕まえて、どうしようっていうんだい」



リーアもまた、挑むような眼差しを返した。



クイン:「あなたの確保は、陛下の勅命だ。その先のことは、私も知らされていない」



リーア:「そうかい。だったら確保してみな。できるものならな」



リーアは両手を広げ、二人を嘲るように笑った。



クイン:「だが、陛下は一つだけ教えてくださった」



リーア:「……何をだ」



クイン:「ヴィクターは、あなたをロールブレアに託したそうだ。エルーデリーア」



リーアの笑みが消えた。



しばらくクインを見つめたあと、わずかに目を細める。



リーア:「……あの親馬鹿」



吐き捨てるような口調とは裏腹に、その声にはわずかな照れが滲んでいた。



レックス:「二人じゃ無理ですよ」



レックスは、困ったようにぼやいた。



クイン:「なにっ?」



クインが思わず振り返る。



レックス:「だから、大佐は応援を呼んできてください」



レックスはいつものように柔らかく笑った。



レックス:「それまで、俺が食い止めておきますから」



クインは黙ったまま、レックスを見つめた。



柔らかな笑みとは裏腹に、その瞳には強い決意が宿っていた。



クイン:「お前――」



クインが何かを言いかけた、その瞬間だった。



リーアが地を蹴り、一気に間合いを詰める。



ガキンッ――!



クインの眼前で、レックスの長剣とリーアの短剣が激しくぶつかり合った。



リーア:「逃がすとでも思ったか」



リーアが押し込んだ短剣を、レックスは長剣で上から押さえつける。



レックス:「行ってください!」



刃を受け止めたまま、クインへ向かって叫ぶ。



レックス:「陛下の勅命なんでしょう!」



クイン:「……」



クインはなおも、その場を動かなかった。



やがて覚悟を決めたように、短く息を吐く。



クイン:「これは命令だ。死ぬなよ」



レックス:「了解」



クインは二人の戦いを一度だけ振り返ると、応援を呼ぶために駆け出した。



リーア:「ちっ」



リーアはレックスの剣を弾き、その脇をすり抜けようと地を蹴る。



だが、レックスもすかさず横へ踏み込み、その行く手を塞いだ。



リーアが反対側へ切り返せば、レックスも素早く回り込む。



そうして何度か進路を阻まれているうちに、クインの背中は夜の闇へと消えていった。



リーア:「足手まといは逃がしたか」



リーアは苦笑を浮かべた。



レックス:「わざと逃がしたんだろ」



レックスは鼻で笑う。



リーア:「あんた、アーポットなんだろ。レックス・アーポット」



リーアは、短剣を握った両手をだらりと下ろした。



レックス:「名前を知ってもらえて光栄ですよ。エルーデリーア・オルディル」



レックスも長剣の切っ先を下げる。



リーア:「あんたとは全力でやりたいだけだ。足枷があっちゃ、楽しめないだろ」



レックス:「俺は君と酒を楽しみたいな」



リーア:「お断りだ」



レックス:「即答かよ」



一瞬、リーアの顔に笑みが浮かんだ。



先ほどまでの嘲るような笑みとは違う。本当の笑みを見たような気がした。



レックス:「君はわがままだな」



リーアを見つめながら、レックスはぼそりと漏らした。



リーア:「なにっ」



リーアは顔をしかめる。



レックス:「その力、本当に自分と仲間たちのためにしか使わないのかよ」



リーア:「……」



リーアは視線を伏せた。



レックス:「もったいないんだよ。せっかく、多くの人を守れる力を持っているのに……」



リーア:「だが、この力は国を滅ぼした。多くの者を守るはずだった力が、結局、多くの者を守れなかったのだ」



レックスは小さく息を吐いた。



レックス:「だから、自分や仲間のためにしか使いたくないのかい」



リーア:「そうだ。あんただって分かるだろ」



リーアは視線を上げ、レックスの顔を見据えた。



リーア:「あんたの力も、まかり間違えば破滅の力となるぞ」



レックス:「はいはい。親から耳にたこができるほど聞かされてますよ」



レックスは小指を耳に入れ、面倒そうに掻き回した。



レックス:「なあ」



レックスは耳から指を抜き、リーアをまっすぐ見つめた。



レックス:「このまま逃げて、二人で旅に出ないか」



リーア:「えっ……」



リーアの口から、わずかにかすれた声が漏れた。



思わず視線を逸らす。



だが、再び目を向けても、レックスは真っ直ぐにこちらを見つめていた。



その眼差しが、リーアには痛かった。



リーア:「そんなこと、できるわけ……」



レックス:「やっぱり、できないよな」



レックスは照れたように笑いながら、後頭部をかいた。



レックス:「だったら、本気で俺にぶつかってこい」



リーアは黙って、レックスと視線を合わせた。



リーア:「……あんた、死ぬよ」



レックス:「大丈夫だよ。俺を殺せるのは神様だけだ」



レックスはそう言って微笑んだ。



リーア:「あたしは女神だよ」



リーアが意地の悪い笑みを浮かべる。



レックス:「そりゃ、まいったな」



レックスの微笑みが、苦笑へと変わった。



そのときだった。



クリストファー:《風よ。傷を癒せ》



一陣の風が、二人の間を吹き抜ける。



風に撫でられたレックスの傷が、瞬く間に塞がっていった。



レックス:「兄さん?」



レックスは辺りを見回す。



だが、クリストファーの姿はどこにもない。



再び風が吹き抜けた。



クリストファー:「もう手は出さねぇ。好きにやりな」



風に乗って、クリストファーの声が届く。



レックスは小さな笑みを返した。



リーア:「……あいつら」



不意にリーアが振り返る。



遠く離れた木々の間に、クリスとワードックが立っていた。



クリス:「誰でしょう。ものすごい魔力だ」



ワードック:「術者もアーポットじゃな」



クリス:「一体、どれだけいるんですか。アーポットという人たちは」



クリスは思わずため息をついた。



リーアの視線に気づくと、静かに会釈する。



レックス:「殿下も来たのか」



その声に、リーアは再びレックスへ向き直った。



二人の視線が重なる。



レックス:「さあ、始めようか」



リーアは二本の短剣を構える。



レックスは長剣の切っ先をリーアへ向けた。



レックス:「お先にどうぞ」



                ♢

クインは息を切らせながら、大通りを走っていた。



夜更けだというのに、まだ人通りは多い。



そのとき、通り沿いの酒場から、大きなリュックを背負ったミアラが出てきた。



クイン:「君は、レックスの友人の……」



クインは足を止めきれず、その場で小刻みに足踏みしながらミアラと向き合った。



ミアラ:「こんばんは」



ミアラはクインの顔を見るなり、ぺこりと頭を下げた。



クイン:「こんばんは」



クインもつられて頭を下げる。



クイン:「それどころではない。レックスが大変なんだ」



ミアラ:「えっ? えっ?」



突然のことに、ミアラは目を瞬かせた。



クイン:「この先の公園で暗殺者と戦っている。すでに傷も負っている」



ミアラ:「レックス君が怪我を……?」



ミアラは目を丸くする。



クイン:「君なら、何とかできるかもしれない。行ってやってくれ」



クインは公園の方角を指し示すと、そのまま大通りを駆けていった。



ミアラ:「……わたしに言われても」



取り残されたミアラは、不安げに呟いた。



だが、レックスとリーアの戦いを止めることになるのは、ほかならぬ彼女だった。




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