シーン3:戦いの始まり
クイン:「レックス」
レックス:「はい」
クインは、背後で剣を構えるレックスへ振り返ることなく、声だけをかけた。
クイン:「ここで彼女を確保する。いいな」
レックス:「えっ、ここでですか?」
レックスは思わず目を瞬かせ、クインとリーアを交互に見やる。
それを見たリーアは小さく鼻を鳴らした。
リーア:「また、できもしないことを」
クイン:「本来なら、一個師団を動かして、あなたを確保するつもりだった」
クインは鋭い視線をリーアへ向ける。
リーア:「それで? あたしを捕まえて、どうしようっていうんだい」
リーアもまた、挑むような眼差しを返した。
クイン:「あなたの確保は、陛下の勅命だ。その先のことは、私も知らされていない」
リーア:「そうかい。だったら確保してみな。できるものならな」
リーアは両手を広げ、二人を嘲るように笑った。
クイン:「だが、陛下は一つだけ教えてくださった」
リーア:「……何をだ」
クイン:「ヴィクターは、あなたをロールブレアに託したそうだ。エルーデリーア」
リーアの笑みが消えた。
しばらくクインを見つめたあと、わずかに目を細める。
リーア:「……あの親馬鹿」
吐き捨てるような口調とは裏腹に、その声にはわずかな照れが滲んでいた。
レックス:「二人じゃ無理ですよ」
レックスは、困ったようにぼやいた。
クイン:「なにっ?」
クインが思わず振り返る。
レックス:「だから、大佐は応援を呼んできてください」
レックスはいつものように柔らかく笑った。
レックス:「それまで、俺が食い止めておきますから」
クインは黙ったまま、レックスを見つめた。
柔らかな笑みとは裏腹に、その瞳には強い決意が宿っていた。
クイン:「お前――」
クインが何かを言いかけた、その瞬間だった。
リーアが地を蹴り、一気に間合いを詰める。
ガキンッ――!
クインの眼前で、レックスの長剣とリーアの短剣が激しくぶつかり合った。
リーア:「逃がすとでも思ったか」
リーアが押し込んだ短剣を、レックスは長剣で上から押さえつける。
レックス:「行ってください!」
刃を受け止めたまま、クインへ向かって叫ぶ。
レックス:「陛下の勅命なんでしょう!」
クイン:「……」
クインはなおも、その場を動かなかった。
やがて覚悟を決めたように、短く息を吐く。
クイン:「これは命令だ。死ぬなよ」
レックス:「了解」
クインは二人の戦いを一度だけ振り返ると、応援を呼ぶために駆け出した。
リーア:「ちっ」
リーアはレックスの剣を弾き、その脇をすり抜けようと地を蹴る。
だが、レックスもすかさず横へ踏み込み、その行く手を塞いだ。
リーアが反対側へ切り返せば、レックスも素早く回り込む。
そうして何度か進路を阻まれているうちに、クインの背中は夜の闇へと消えていった。
リーア:「足手まといは逃がしたか」
リーアは苦笑を浮かべた。
レックス:「わざと逃がしたんだろ」
レックスは鼻で笑う。
リーア:「あんた、アーポットなんだろ。レックス・アーポット」
リーアは、短剣を握った両手をだらりと下ろした。
レックス:「名前を知ってもらえて光栄ですよ。エルーデリーア・オルディル」
レックスも長剣の切っ先を下げる。
リーア:「あんたとは全力でやりたいだけだ。足枷があっちゃ、楽しめないだろ」
レックス:「俺は君と酒を楽しみたいな」
リーア:「お断りだ」
レックス:「即答かよ」
一瞬、リーアの顔に笑みが浮かんだ。
先ほどまでの嘲るような笑みとは違う。本当の笑みを見たような気がした。
レックス:「君はわがままだな」
リーアを見つめながら、レックスはぼそりと漏らした。
リーア:「なにっ」
リーアは顔をしかめる。
レックス:「その力、本当に自分と仲間たちのためにしか使わないのかよ」
リーア:「……」
リーアは視線を伏せた。
レックス:「もったいないんだよ。せっかく、多くの人を守れる力を持っているのに……」
リーア:「だが、この力は国を滅ぼした。多くの者を守るはずだった力が、結局、多くの者を守れなかったのだ」
レックスは小さく息を吐いた。
レックス:「だから、自分や仲間のためにしか使いたくないのかい」
リーア:「そうだ。あんただって分かるだろ」
リーアは視線を上げ、レックスの顔を見据えた。
リーア:「あんたの力も、まかり間違えば破滅の力となるぞ」
レックス:「はいはい。親から耳にたこができるほど聞かされてますよ」
レックスは小指を耳に入れ、面倒そうに掻き回した。
レックス:「なあ」
レックスは耳から指を抜き、リーアをまっすぐ見つめた。
レックス:「このまま逃げて、二人で旅に出ないか」
リーア:「えっ……」
リーアの口から、わずかにかすれた声が漏れた。
思わず視線を逸らす。
だが、再び目を向けても、レックスは真っ直ぐにこちらを見つめていた。
その眼差しが、リーアには痛かった。
リーア:「そんなこと、できるわけ……」
レックス:「やっぱり、できないよな」
レックスは照れたように笑いながら、後頭部をかいた。
レックス:「だったら、本気で俺にぶつかってこい」
リーアは黙って、レックスと視線を合わせた。
リーア:「……あんた、死ぬよ」
レックス:「大丈夫だよ。俺を殺せるのは神様だけだ」
レックスはそう言って微笑んだ。
リーア:「あたしは女神だよ」
リーアが意地の悪い笑みを浮かべる。
レックス:「そりゃ、まいったな」
レックスの微笑みが、苦笑へと変わった。
そのときだった。
クリストファー:《風よ。傷を癒せ》
一陣の風が、二人の間を吹き抜ける。
風に撫でられたレックスの傷が、瞬く間に塞がっていった。
レックス:「兄さん?」
レックスは辺りを見回す。
だが、クリストファーの姿はどこにもない。
再び風が吹き抜けた。
クリストファー:「もう手は出さねぇ。好きにやりな」
風に乗って、クリストファーの声が届く。
レックスは小さな笑みを返した。
リーア:「……あいつら」
不意にリーアが振り返る。
遠く離れた木々の間に、クリスとワードックが立っていた。
クリス:「誰でしょう。ものすごい魔力だ」
ワードック:「術者もアーポットじゃな」
クリス:「一体、どれだけいるんですか。アーポットという人たちは」
クリスは思わずため息をついた。
リーアの視線に気づくと、静かに会釈する。
レックス:「殿下も来たのか」
その声に、リーアは再びレックスへ向き直った。
二人の視線が重なる。
レックス:「さあ、始めようか」
リーアは二本の短剣を構える。
レックスは長剣の切っ先をリーアへ向けた。
レックス:「お先にどうぞ」
♢
クインは息を切らせながら、大通りを走っていた。
夜更けだというのに、まだ人通りは多い。
そのとき、通り沿いの酒場から、大きなリュックを背負ったミアラが出てきた。
クイン:「君は、レックスの友人の……」
クインは足を止めきれず、その場で小刻みに足踏みしながらミアラと向き合った。
ミアラ:「こんばんは」
ミアラはクインの顔を見るなり、ぺこりと頭を下げた。
クイン:「こんばんは」
クインもつられて頭を下げる。
クイン:「それどころではない。レックスが大変なんだ」
ミアラ:「えっ? えっ?」
突然のことに、ミアラは目を瞬かせた。
クイン:「この先の公園で暗殺者と戦っている。すでに傷も負っている」
ミアラ:「レックス君が怪我を……?」
ミアラは目を丸くする。
クイン:「君なら、何とかできるかもしれない。行ってやってくれ」
クインは公園の方角を指し示すと、そのまま大通りを駆けていった。
ミアラ:「……わたしに言われても」
取り残されたミアラは、不安げに呟いた。
だが、レックスとリーアの戦いを止めることになるのは、ほかならぬ彼女だった。




