シーン2:滅びた王国の真実
木の幹に叩きつけられたリーアは、何事もなかったかのように立ち上がった。
服についた土埃を手で払い、軽く身体をほぐす。
リーア:「ふん」
鼻を鳴らすと、レックスとクインをまっすぐに見据えた。
レックスはそんなリーアを警戒しながら、クインを庇うように前へ出る。
クイン:「大丈夫なのか」
クインの視線が、レックスの脇腹へ向けられた。
新兵服はあちこちを斬り裂かれ、その下から滲み出した血が布を赤く染めている。
レックス:「ええ。身体だけは頑丈にできてますからね。これくらいなら」
レックスは傷口へちらりと目を落としただけで、何でもないことのように答えた。
クイン:「……すまん。彼女の力を見誤っていた」
クインは悔いるように顔を伏せた。
レックス:「それより、さっきの話ですけど」
レックスは神妙な面持ちで切り出した。
レックス:「俺にはなんだかさっぱりで」
そう言って、肩をすくめる。
クイン:「……そうだな」
クインは小さく息を吐いた。
クイン:「バルサム卿が、何のためにこの国を訪れたと思う?」
レックス:「さあ?」
間髪入れずに返された答えに、クインは眉尻を下げた。
クイン:「少しは考えろ」
レックス:「考えて分かることなら聞きませんよ」
クイン:「……エルーデを殲滅するための部隊を、ロールブレアに要請しに来たんだ」
レックス:「えっ」
レックスは眉を跳ね上げる。
クイン:「ヴィクターが倒れれば、エルーデの残党は守りの要を失う」
レックス:「なるほど。それに乗じようってわけですね」
クイン:「そうだ。反乱を起こした貴族たちにとっては、エルーデを根絶やしにする絶好の機会だからな。考えれば分かるだろ」
レックスは顎に手を置いて視線を伏せる。
レックス:「それじゃ、先に仕掛けたのはヴィクターじゃないんですか」
クイン:「……それについては、私の口からは何も言えん」
クインはどこか苦々しく答えた。
レックスとクインは、揃ってリーアの方へ目を向けた。
いつの間にか、リーアは木の根元に腰を下ろしていた。
膝を立て、その上に頬杖をつきながら、二人のやり取りを愉快そうに眺めている。
その顔には、すべてを知っているかのような笑みが浮かんでいた。
レックス:「なんで、彼女たちが追い詰められなきゃいけないんですかね」
レックスはリーアを見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
クインは目を閉じ、ひとつ息を吐く。
クイン:「……陛下は、エルーデの残党に対して部隊を派遣することを決めた」
レックス:「えっ、そんな……」
レックスは目を見開き、クインの顔を見た。
レックス:「まさか、本気でエルーデを根絶やしにするつもりなんですか」
悲しげに眉を下げ、その声をわずかに震わせる。
リーア:「……」
「根絶やし」という言葉に、リーアの耳がぴくりと動いた。
それまで浮かんでいた笑みが消え、表情がみるみる険しくなっていく。
クイン:「違う。エルーデを殲滅するためではない。解放するための部隊だ」
レックス:「解放?」
リーアがゆっくりと立ち上がる。
クインはその姿から目を離さなかった。
クイン:「聞いていたんだろう。これは我が王の意思だ」
リーアは両手を腰の後ろで組み、ゆっくりと二人へ近づいていく。
そして二人の数歩手前まで来ると、ぴたりと足を止めた。
リーア:「それは、お前たちの王の意思などではない」
クイン:「なに?」
クインは眉をひそめた。
リーア:「三十年前、己の王国を自ら滅ぼした、愚かな王の意思だ」
クイン:「なっ……」
クインは目を見開き、言葉を失った。
クイン:「エルーデマシス王が……? 信じられん」
レックス:「ど、どういうことです?」
レックスは困惑し、クインの顔を見た。
クイン:「すべては、三十年前から仕組まれていたということか」
リーアは静かに口角を上げた。
リーア:「すべてではない。王が望んだのは、エルーデ暗殺術を正しき道へ戻すことだ」
リーアは自分の手をじっと見つめる。
リーア:「そして、その裁定を民衆に委ねた」
クイン:「それが今や、エルーデの残党と貴族だけの争いでは収まらず、世界規模にまで広がったということですか」
リーアは静かに頷く。
リーア:「おかげで、このざまだよ」
リーアは自嘲気味に微笑んだ。
レックス:「エルーデ王国が滅んだのもその裁定のせいなのか」
レックスは眉を下げてリーアを見つめる。
リーア:「エルーデ暗殺術は、本来、多くの者を守るための力だ。それを王家は政に使ってしまった」
リーアはまっすぐな目をレックスに向ける。
リーア:「それが過ちだと、王は気付いていた。だから暗殺術を本来の正しき道へ戻そうとしたが、もう手遅れだったのさ」
リーアはそっと瞼を閉じた。
クイン:「民衆の目には、暗殺術はすでに恐怖の象徴としか映らなかったんだな」
レックス:「それじゃ、君たちを弾圧している連中は、暗殺術を恐れているってことか」
リーアはニヤリと笑った。
リーア:「連中は今も亡霊に取り憑かれているのさ。愚かだね」
レックス:「君も取り憑かれているけどね」
リーア:「……だから、あたしも愚か者さ」
クインが一歩前へ出る。
クイン:「あなたは、その力を正しき道に戻そうとしているのですか? 」
クインは静かに問いかけた。
リーア:「正しき道?そんなものは、どうでもいい」
リーアは視線を上げ、ふんと鼻を鳴らす。
リーア:「この力は、じいさんがあたしを守るためにくれた力さ。せいぜいありがたく使わせてもらうよ」
レックス:「自分のためだけに使うつもりかよ。仲間はどうするんだ 」
レックスはむすっとした顔でリーアを睨む。
リーア:「もちろん、仲間のためにも使うさ。だけど、それ以外に使うつもりはないね」
リーアはレックスを睨みつける。
リーア:「さて」
リーアは二本の短剣を抜いた。
リーア:「おしゃべりはここまでだ。そろそろ続きを始めようか」




