シーン1:小手調べ
リーアは立ち止まったまま、しばらく二人と対峙していた。
夜の公園に、張り詰めた沈黙が落ちる。
やがて――。
リーア:「最後のおしゃべりは楽しめたかしら」
仮面の奥から、冷たい声が響いた。
その声を耳にした瞬間、クインの全身を痺れるような感覚が駆け抜ける。
クイン:「……っ」
指一本、動かない。
クイン:(なんだ……身体が動かん)
力を込めようとしても、身体がまるで自分のものではないかのように言うことを聞かなかった。
レックス:「もうちょっと、いいですかねぇ」
場違いなほど呑気な声が横から聞こえる。
クイン:(レックス……?)
辛うじて視線だけを動かす。
レックスは鞘に収まった長剣を逆手に持ち、何でもないような足取りでリーアへ近づいていた。
クイン:(動けるのか……。なら、逃げろ。近づくな――)
リーア:「ダーメ」
つっけんどんな一言が返ってくる。
次の瞬間――。
リーアの姿が、レックスの横をすり抜ける。
銀色の閃光が走った。
レックス:「ごふっ……!」
脇腹から鮮血が噴き出す。
レックスは大きく身体をよろめかせ、口元から血をこぼしながら片膝をついた。
リーア:「なめすぎ」
リーアは振り返りもせず、冷たく言い放つ。
その背後で――。
レックス:「……なめてねぇよ」
パキン――。
乾いた音が響いた。
リーアの足が止まる。
仮面に斜めの亀裂が走り、その半分が地面へ滑り落ちた。
カラン、と小さな音を立てる。
露わになった半面。
そのこめかみから、一筋の血が頬を伝っていく。
リーア:「……」
ゆっくりと、リーアが振り返った。
片膝をついたレックスの右手には、逆手に握られた長剣がある。
その剣先には、わずかに血が滲んでいた。
レックスは口元の血を拭いながら、不敵にリーアを見上げる。
レックス:「だから、なめてねぇって」
リーア:「……なめすぎてたのは、あたしか」
リーアは目を細めると、斜めに割れた仮面へ手をかけた。
残った半面をゆっくりと外す。
露わになったこめかみからは、細い血の筋が頬を伝っていた。
クイン:(……なんだ、こいつらは)
クインは息を呑む。
それは二人が交差した、その刹那だった。
リーアは短剣を抜き、レックスの脇腹を裂いた。
そして同時に、レックスもまた鞘から剣を抜き放ち、リーアの仮面ごとこめかみを斬っていたのだ。
目で追うことすらできなかった。
クイン:(……私は、足手まといか)
その事実を、クインは嫌でも悟らされた。
レックス:「やっぱり、あの時の君か」
レックスはリーアの素顔を見つめる。
その脳裏に、森の街道で野盗たちと戦った時の光景が蘇った。
あの時、共に肩を並べて戦った少女。
間違いない。
リーア:「また、あたしを止めるのかい」
リーアは口元に薄い笑みを浮かべる。
レックス:「ああ。何度だって止めてやるよ」
レックスは長剣を構え直し、リーアをまっすぐ睨み据えた。
その鋭い視線を受け、リーアは小さく肩をすくめる。
リーア:「まあ、野盗なんぞをかばうよりは、まだマシか」
そう言いながら、リーアの視線がレックスから外れる。
ちらりと向けられた先には、クインがいた。
クインは、まだ動けない。
リーア:「今度は引かないよ」
レックス:「……!」
ほんのわずか。
レックスの意識がクインへ向いた、その瞬間だった。
リーアが地面を蹴る。
一気にレックスの横を抜け、動けないクインへと迫った。
レックス:「大佐ああああっ!」
レックスが吠えた。
クイン:「うぐっ……!」
その声が耳を打った瞬間、クインの全身を縛りつけていた力が消える。
ガキン――!
間一髪。
振り下ろされたリーアの短剣を、クインの長剣が受け止めた。
リーア:「さすがだね」
リーアは口元をわずかに歪める。
リーア:「ソフィに深手を負わせただけはあるわ」
言い終わるより早く、再び短剣が閃いた。
クイン:「ぐっ!」
一撃。
二撃。
間を置かず繰り出される斬撃に、クインは後ずさりながら長剣を振るう。
受ける。
逸らす。
だが、反撃する余裕まではない。
レックス:「させるかよっ!」
レックスが地面を蹴った。
長剣を振り上げたまま一気に跳び込み、リーアとクインの間へ割って入る。
その勢いのまま、長剣を横薙ぎに振るった。
リーア:「……」
リーアは後方へ大きく跳び、刃をかわす。
だが――。
レックスも同時に地を蹴っていた。
リーア:「!」
リーアの足が地面に触れる。
その瞬間。
目の前に、銀色の剣先が突きつけられていた。
レックスはすでに間合いへ踏み込んでいる。
リーアの目が、わずかに見開かれた。
レックス:「なぜ、大佐を狙うんだ」
長剣の切っ先をリーアへ向けたまま、レックスは問いかける。
リーア:「あたしが答えるとでも……」
レックス:「君なら答えるさ」
間髪入れず返され、リーアは思わず苦笑した。
リーア:「そいつが、バルサムからつまらない計画を聞いたからさ」
レックス:「つまらない計画?」
レックスの眉が寄る。
リーア:「あたしたち――エルーデの残党を殲滅する計画さ」
そこでリーアは鼻を鳴らした。
リーア:「つまらないだろ」
レックス:「……真面目に答えろよ」
レックスはわずかに頬を膨らませる。
リーア:「答えただろ」
今度はリーアが唇を尖らせた。
剣先を目の前に突きつけられているというのに、その顔には怯えも焦りもない。
レックス:「それが本当だとしても、大佐が狙われる理由にならないんだよ」
リーア:「……」
わずかに、リーアの目が細くなる。
リーア:「意外と鋭い奴だな」
そう呟くと、リーアは初めてレックスから視線を外した。
クイン:「私が聞いたのは、ヴィクターの死が近いということだけだ」
レックス:「えっ」
背後から聞こえた声に、レックスは一瞬だけクインへ視線を向けた。
クイン:「それ以上のことは、何も聞いていない」
リーア:「それだけ知れば、十分な理由だろ」
リーアの目が鋭くクインを射抜く。
その視線を受け、クインはわずかに顔を伏せた。
――その瞬間だった。
リーアが動く。
レックス:「!」
レックスは咄嗟に長剣を引き戻す。
ガキン――!
胸元すれすれで、長剣と短剣が激しくぶつかり合った。
リーア:「あたしたちは、静かに暮らせれば、それでいいんだよ」
リーアは間髪入れず、左右の短剣を繰り出す。
一撃、二撃。
レックスは後ずさりながら、長剣で次々と受け流していく。
リーア:「それを邪魔するっていうなら――」
さらに踏み込む。
リーア:「あんたも潰す」
レックス:「……っ」
レックスは両足を大きく開き、地面を踏みしめた。
レックス:「フンガァッ!」
力任せに長剣を横薙ぎに振るう。
リーア:「!」
リーアは咄嗟に二本の短剣を重ねて受け止める。
だが、勢いまでは殺しきれない。
その身体が大きく宙へ弾き飛ばされた。
ドンッ!
リーアの背中が木の幹へ叩きつけられる。
レックス:「ちょっと、待ってろ」
レックスは凄みのある声で言い放ち、リーアを睨みつける。
そして長剣を構えたまま、クインのもとへ歩み寄っていく。




