シーン2:ここからお前の晴れ舞台
クリス:「君だけでもいい。君がこの国に亡命すれば、ロールブレアはエルーデの保護に動けるはずだ」
クリスは真剣な眼差しで訴えた。
リーア:「はあ? あんた、自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
リーアは呆れたように首を傾げ、肩をすくめる。
仮面の向こうの表情までは窺えない。
だが、きっと眉をしかめているに違いない。
リーア:「ロールブレアに、何の得があるんだ」
クリス:「僕たちの損得の話じゃない。君たちが生き残れるかどうかの話だ」
リーア:「……」
クリス:「この国なら、君たちを守れる。エルーデの民が生きていける場所を作れるんです」
クリスの声に、次第に熱がこもっていく。
リーアからは何も返ってこなかった。
先ほどまで呆れたように上がっていた肩が下がり、しばらく黙ったままクリスを見つめる。
リーア:「……あんた、何様のつもりだ」
やがて口を開いた。
その声には、先ほどまでの冷ややかさがなかった。
クリス:「僕はクリス・ロールブレア。この国の王子です」
リーア:「……なに。王子だと?」
仮面の奥で、その目が再び大きく見開かれる。
クリス:「君の母上、エルーデエルメイアと僕の母上は親友でした。エルーデが滅んだあとも、二人は密かに手紙を交わしていたんです」
リーア:「……母様と?」
リーアは確かめるように、わずかに顔を前へ傾けた。
クリス:「その手紙で、僕は君のことを知りました。父上も、君が生きていることを知っています」
リーア:「だから、ロールブレアが保護に動くというのか」
クリス:「そうです」
クリスは力強く答えた。
仮面の奥の目が、探るようにクリスの真っ直ぐな眼差しを見返している。
クリス:「母上たちがそうだったように――僕たちも、友人になれるはずだ」
クリスはリーアへ手を差し出した。
リーアは差し出された手をじっと見つめる。
クリス:「エルーデリーア・オルディル」
リーア:「……」
リーアの指先が、ピクリと揺れた。
差し出された手へ伸びかけ――止まる。
リーア:「……あんた、いい王になれるよ」
仮面の奥で、リーアの目がわずかに細められた。
だが、伸びかけていた手は、静かに下ろされる。
リーア:「でも、あたしには関係ない」
リーアは大きく後ろへ跳んだ。
黒い外套が夜風をはらみ、その身を闇の中へと運んでいく。
クリス:「待ってくれ!」
クリスも咄嗟に手を伸ばした。
だが、その手が届くより早く、リーアは屋根の向こうへ姿を消した。
ワードック:「残念じゃったな」
肩を落とすクリスに、ワードックが後ろから手を置く。
クリス:「ええ。うまくいかないものですね」
クリスは、リーアが消えた先を見つめた。
クリス:「彼女とは、友人になれると思ったんですが……」
ワードック:「残るは、あの男に賭けるしかあるまい」
クリス:「あの男って……まさか、レックスさんですか?」
ワードック:「そうじゃ」
ワードックはクリスの肩から手を離すと、自信ありげに胸を張った。
クリス:「でも、レックスさん、彼女のことになるとかなり奥手でしたよ。大丈夫ですかね」
クリスは困ったように頭を掻いた。
ワードック:「あやつの両親はな、過酷な運命に苦しむ者たちと幾度も出会い、そのたびに運命を変えて救ってきた」
クリス:「……」
ワードック:「あやつにも、その血が流れておる。必ずや、あの娘の運命も変えてくれるはずじゃ」
クリス:「……そこに賭けるしかないんですかね」
クリスは小さく息を吐くと、眼下に見える酒場へ目を向けた。
クリス:「頼みますよ、レックスさん」
♢
喧騒に満ちた街の大通りを、クインは一人で歩いていた。
行き交う人々に紛れ、さりげなく周囲へ視線を巡らせる。
やがて、クインは足を止めた。
クイン:(こいつら……こんな場所でやるつもりか)
前方に、フードを目深にかぶった男たちがいる。
男たちは人混みに紛れながら左右へ広がり、クインを囲むように少しずつ距離を詰めていた。
そのうちの一人が、人波を縫って真っ直ぐ近づいてくる。
クインの手が、腰の剣の柄へ伸びた。
そのときだった。
レックス:「大佐じゃないですか」
背後から、場違いなほど呑気な声が聞こえてきた。
クイン:「レックス?」
クインが振り向きかける。
その一瞬を狙い、近づいていた男が外套の下から短剣を抜いた。
地面を蹴り、一気にクインへ襲いかかる。
レックス:「なぁにやってるんですか!」
レックスが拳を振り上げ、クインの脇を勢いよく駆け抜けた。
そのまま男との間合いへ飛び込み、振り抜いた拳で思いきり顔面を殴りつける。
鈍い音が響いた。
男:「ぐはっ!」
男の身体が派手に吹き飛ぶ。
手から離れた短剣が石畳を跳ね、甲高い音を立てた。
男はそのまま地面へ叩きつけられ、ぴくりとも動かなくなった。
仲間が一撃で殴り飛ばされる姿を目の当たりにし、残った四人の男たちは思わず足を止めた。
レックス:「なんすか、こいつら」
レックスはたじろぐ男たちから目を離さないまま、クインに問いかけた。
クイン:「話は後だ。場所を変えるぞ」
クインは踵を返すと、大通りから脇道へ駆け込んだ。
レックス:「あー、はい」
レックスも慌ててその後を追う。
フード姿の男たちは顔を見合わせると、すぐさま二人を追って走り出した。
そのときだった。
クリストファー:《根よ。絡みつけ》
最後尾を走っていた男の足元で、石畳の隙間から細い根が伸びた。
根は生き物のように足首へ巻きつき、男の足を引く。
男:「うおっ!」
男は大きくよろめいた。
それでも倒れることなく、片足を踏ん張って持ちこたえる。
だが、体勢を立て直したときには、仲間たちの背中はすでに路地の角へ消えていた。
男が舌打ちし、後を追おうと顔を上げる。
いつの間に現れたのか、目の前には二人の大男が立っていた。
狭い路地を塞ぐように、並んでこちらを見下ろしている。
男:「……っ!」
男は大きく目を見開いた。
二人のうちの一人が、先ほど仲間を殴り飛ばした若者と、どことなく似ていたからだ。
クリストファー:「さっき見た顔に、似てるだろ?」
クリストファーがニヤリと笑う。
男の意識が、そちらへ向いた。
その瞬間――。
バコッ!
横合いから振り抜かれたもう一人の大男の拳が、男の顔面をまともに捉えた。
男の身体は勢いよく吹き飛び、路地の壁へ叩きつけられた。
クリストファー:「ここは俺が殴るところだろ」
クリストファーは不満げに口を尖らせ、ウィリアムを見上げた。
ウィリアム:「お前のへなちょこパンチじゃ、こいつは倒せんよ」
ウィリアムは殴った拳をさすりながら、何でもないことのように肩をすくめる。
クリストファー:「そうですか」
クリストファーは不服そうにそっぽを向いた。
ウィリアム:「まったく、お前ら兄弟には手を焼かされるよ」
ウィリアムは呆れたように片手を振る。
クリストファー:「それで――我が弟は、いいライバルになりそうか?」
クリストファーは口元に笑みを浮かべ、改めてウィリアムへ目を向けた。
ウィリアムはすぐに答えを出さなかった。
クリストファーから視線を外し、レックスたちが消えた路地の先を見つめる。
しばし考えたのち、わずかに口元を緩めた。
ウィリアム:「……かもな」
その答えに、クリストファーは満足そうに微笑み、路地の先へ向き直る。
クリストファー:「頑張れよ、レックス。ここからがお前の晴れ舞台だ」




