第92話 ミュームVS阿左美
1月27日
真一達がリコンの街に着いてから三日目。
この日、彼らは冒険者ギルドでエルフの長老からの依頼を正式に受けていた。
ちなみに、久しぶり(千年ぶり)に里帰りをしたエリチンはエルフの集落に残っているため、街に戻ってきたのは真一、阿左美、ミント、ヴァレリアン、シラクサの五人だけだ。
そして当然だが、エルフの長老からの依頼書が提出されると、その依頼内容はギルドマスターであるトメさんの知るところとなった。
「あんた達、随分と難しい依頼を受けたもんじゃな」
そう言いつつ、トメさんはギルドのスタンプを探していた。
十年近く使っていなかったので、どこにしまったのか忘れてしまったらしい。
「ラムゼンは絶対に領民を見捨てて逃げたりはせんぞ」
「でしょうね」
「それに、無理に連れ出そうとしたらミュームが黙っておらん」
彼女にそう言われ、真一達はラムゼンのメイド兼護衛兼補佐官を務める美女のことを思い出した。
そして、彼女について、名前以外は何も知らないことに気づいた。
「トメさんはミュームさんの剣の師匠なんだよね?」
昨日の朝、トメさんから稽古をつけてもらった阿左美がそう質問した。
「そうじゃよ」
「それって、子供の頃から教えていたってことですか?」
「いいや、あの子がここに来たのは二年前じゃ」
「えっ? 意外に最近」
「ラムゼンが領内の見回りに行っていた時に、行き倒れていたミュームを偶然見つけて連れ帰ったのじゃ」
「ミュームさんが行き倒れ?」
「うむ。のほほんとした領主が、いきなり若い娘を連れて帰ってきたと言って、皆が大騒ぎしたもんじゃ」
その時、トメさんが棚の引き出しの中からギルドスタンプを見つけた。
「あった、これじゃ」
そう言うと、壁に貼られたままになっていた大昔の依頼書を剥がして裏返し、試しに押印してみる。
「かなり傷んでおるが、まあ良いじゃろ」
そう言うと、エルフの長老からの依頼書に、さっそくバンッ!! とギルドスタンプを押した。
「次は……依頼受領スタンプじゃな」
そう言って、再び棚の中を探し始めた。
「それにしても、いくら美人とはいえ、よく行き倒れていたような女性を領主の側に置いたものだ」
真一が再びミュームの話題を振った。
場合によっては、ラムゼンを逃がす時に彼女が最大の障害になる可能性があるため、少しでも情報を集めておきたかったのだ。
普通に考えれば、命の恩人ともいえる彼の命を救うのだから、協力してくれると思うのだが……。
何となく、主の命令は絶対だとか言い出しそうな気がするのだ。
「まあ、確かに、ここへ来たばかりの頃のミュームは、剣術も料理も文字の読み書きもまともにできない、まさに野生児じゃったからな」
「えっ? うそ?」
「嘘なもんか。魔力が強くて只者ではない身のこなしをしていたが、暴れてばかりじゃったよ」
「……そんな状態から、たった二年で今みたいになったのか?」
「そうじゃ。家事全般に始まり、読み書きや算術、そして剣術も、あっという間に完璧にこなせるようになった」
「ますます謎が深まったな」
ふと見ると、ヴァレリアンが呆然と立ち尽くしていた。
「どうした、ヴァレリアン?」
「私は幼い頃から剣術を習い、王宮騎士になった。それでもトメ様にはまったく歯が立たなかったというのに……」
「驚くじゃろ。今では儂でもミュームにはなかなか勝てんよ。あの娘は身体能力が半端ではないからな」
「つまり、ミュームさんは、その気になれば王宮騎士になれるわけだ」
「まあ、あの娘はラムゼンの側を決して離れんじゃろうがな」
彼女が献身的にラムゼンに仕える理由は、何となく分かった。
ラムゼンは命の恩人であり、さらに野生児だった彼女に優しく、いろいろと教えたのだろう。
「で、結局ミュームさんって何者なの?」
シラクサがそう言った。
「それは儂にも分からん。それを知っておるのはラムゼンだけじゃろう」
その後、依頼受領スタンプもすぐに見つかり、真一達はギルド公認でエルフの長老からの依頼を受けることができたのだった。
「ミューム殿、私と剣の稽古をしてもらえないだろうか?」
領主の屋敷に到着するなり、ヴァレリアンがミューム・ミフィーにそう言った。
「えっ、どうされたのですか?」
真一達のためにお茶の準備をしていたミュームが、当然ながら驚く。
「あっ、私も、私も一緒にやりたい!!」
阿左美も「はいはい」と右手を挙げながらそう言った。
「トリベールメディベデール殿から、あなたの剣の腕について聞いてきたのだ」
「えっ、誰それ?」
「トメさんのフルネームだ。忘れたのか!?」
「あっ、そういえば……」
どうやら思い出したようだ。
「分かりました。午後の仕事が終わった後でもよろしいでしょうか?」
「ありがとう」
ミュームが承諾すると、ヴァレリアンは深々と頭を下げた。
「信じられん」
そんな彼女達を眺めながら、真一がそう呟いた。
「何がですか? シンイチ様」
「あの人が、二年前まで読み書きもできない野生児だったってことだよ」
「確かに、そうですね」
ミントも真一に同意した。
「ねえねえ、ミュームさん」
阿左美が、彼女の用意した焼き菓子をかじりながら話しかける。
「はい、何でしょうか?」
「ミュームさんって、二年前にこの街に来たんだよね?」
「はい」
「その前はどこにいたの?」
「もっと北の、城壁山脈の麓の方です」
あれ? 思ったよりも普通に話してくれる。
「そこで悪い人達に襲われて、逃げてきたのですけど、力尽きて倒れてしまいまして」
「うわぁ~、可哀想。怖かったね」
「ええ、本当に。そして、偶然通りかかったラムゼン様に助けていただいたのです」
「そんな大変な体験をしたのなら、命の恩人に惚れるのも無理はないな」
真一が、二人に聞こえないように小声でそう呟いた。
「そ、そんな、恐れ多いです」
しかし、しっかりと聞こえていたようだ。
先ほどトメさんから聞いた話では、二年前の彼女は気の荒い野生児だったらしい。城壁山脈の麓にある山奥で生まれ育ったのだろう。
大自然の中で育ったのなら、身体能力が高いのも頷ける。
ミュームがラムゼンに午後のお茶を出した後、剣の稽古の時間になった。
ブレザー姿の阿左美と、普段どおり鎧姿のヴァレリアンが木刀を持って庭で待っている。
そして、真一とシラクサ、ミントの三人は少し離れた場所で見学していた。
「お待たせしました」
そこへ、メイド服姿のミュームが出てきた。
「ミューム殿、その格好で大丈夫なのか?」
木刀とはいえ、身体に当たればかなり痛いし、痣もできる。
「それを言うなら、アザミ様も」
「あ~、こいつは叩かれても、脳に痛みが伝わるまでかなり時間がかかるから大丈夫」
「先生、私、恐竜じゃないから!!」
「冗談だよ。早瀬の服には特殊効果がかかっているんだ。はっきり言って、ヴァレリアンの鎧よりもはるかに防御力は高い」
「そうだったのですか。随分と変わったデザインの服だとは思っていましたが」
「ハハハ、中身はもっと変わっているぞ」
「だから、何でもかんでも私をディスる材料にしないで!!」
この後、昨日のトメとの朝稽古のように、二人が交互にミュームへ打ち込んでいった。
しかし、彼女は軽々とそれらを避けた。
「ハァハァ、かすりもしない」
「剣を交えることすら敵わないとは……」
ミュームは木刀を持っていたが、一度もそれで受けたり払ったりしていない。身体を反らしたり、しゃがんだりして、すべて回避しているのだ。
「ヴァレリアン様の剣術は王国騎士のものですが、アザミ様は変わった型ですね。昨日、トメ師匠と稽古をなさっているのを見ていなければ、初撃は剣で受けていたかもしれません」
それはそうだろう。阿左美の剣術は、異世界の剣道が元になっているのだから。
「それに、何か余力を感じます」
「フッ、さすがはミュームさん」
阿左美がそう言うと、十メートルほど離れて立つ彼女に剣先を向けた。
木刀を正面中段に構える。
「お、おい、早瀬」
真一には、彼女が何をするつもりなのか分かったようだ。
「この私に本気を出させるとは、あなた、なかなかやるわね」
不敵に笑いつつ、腕利きの用心棒のような台詞を口にする阿左美。
ちなみに、これは負ける時のお約束だ。
「……」
それまで無防備に棒立ち状態だったミュームが、右手で木刀を構えた。
「あ、あの、シンイチ様。アザミ様は、あの、物凄く速いけど真っすぐにしか進めない技をお使いになる気なのでは?」
ミントにも、彼女が何をするつもりなのか分かったようだ。
阿左美の着ている公立或祖紅高等学校のブレザーにかけられた、勇者装備の効果の一つ。
超高速移動なのだが、あまりに速すぎて瞬間移動にしか見えない、あの技である。
「お嬢ちゃん、謝るなら今のうちだぜ?」
ニヤリと笑いつつ芝居がかった台詞を口にする阿左美。
「いや、ミュームさんはお前より年上だから」
「そ、そんなことより、止めなくていいんですか? さすがにあれは……」
ミントが、両手をワタワタとふりつつ真一にそう言う。
今まで、阿左美の瞬間移動攻撃で死人は出ていないが、まともに受ければ大怪我をするかもしれない。
いくら剣術の稽古とはいえ、お世話になっている人にそんなことをするのはまずいと思う。
しかし、真一達が制止する前に、阿左美が動いた。
バッ!! と雪が舞ったかと思うと、その姿が消え、次の瞬間、阿左美は屋敷の庭に植えられている木に顔面から激突していた。
さらに、木の枝に積もっていた雪がドサドサと落ちてきて、彼女の姿が見えなくなった。
その正面に立っていたミュームは、横に半歩移動しただけで平然と立っている。
「凄いですね。今のも、あの服にかけられた特殊効果なのですか?」
「いや、凄いのはあなたですよ。よくあんなチート技をかわせましたね?」
「来ると分かっていれば、あとはタイミングですから」
「なるほど。瞬間移動をされてからでは無理だけど、発動のタイミングさえ分かれば、その直前にかわせるというわけだ」
「ウウッ、さすがに顔面からぶつかると痛い……」
雪の中からズボッと頭を出し、阿左美がそう言った。
「要は、早瀬が余裕をかまして小芝居なんかしていたから、展開を読まれたわけだな」
「アザミ様は、とても真っすぐな瞳をされていましたから、真っすぐ突っ込んでくると分かりました」
こうして、ミューム・ミフィーがとてつもなく強いということが分かったのだった。




