第91話 リコン領を救う方法
真一達はエルフの長老の館を出ると、再びエリチンの実家へと向かった。
短い間にさまざまなことがありすぎて、皆、頭の中がパニック状態になっている。
その道中、阿左美がしみじみと、
「私、勇者を名乗るのをやめようかな」
と言った。
すると、真一はそんな彼女の肩に優しく手を乗せ、
「安心しろ。お前は立派な勇者になれる」
と、微笑みながら言った。
「あの話を聞いた後でそんなことを言われても、全然嬉しくないから!!」
「最初は何かの手違いで早瀬が召喚されたのかと思っていたが、うん、勇者神殿は良い仕事をした」
「やめて! ミントちゃんが泣きそうな顔になっているよ!!」
「だ、大丈夫です、アザミ様。この程度で私の信仰心は揺るぎません」
ミントが目じりに浮かんだ涙を、そっと指でぬぐいつつそう言う。
「勇者?」
阿左美の正体を知らなかったエリチンの父親が、驚いて振り返った。
「あ~、気にしないでください。この子は勇者に憧れているんですよ」
一応、阿左美の正体はパーティーメンバー以外には秘密にしている。
エルフの長老にとっては、頭の悪いスケベな脳筋野郎だったようだが、この世界では勇者は紛れもない伝説の英雄なのだ。
迂闊に「新たに召喚された勇者だ」などと名乗ったりしたら、
「嘘をつくな、この罰当たりめ!!」
などと言われて、石を投げられるかもしれない。
そういえば、一か月前には偽勇者パーティーとも会っていたな、と真一は思い出した。
「女性で勇者に憧れるとは、珍しいですね」
「そういえば、あなたも千年前には勇者と共に戦ったと聞いたが?」
「はい。ただし、長老様のように勇者のパーティーメンバーとしてではなく、勇者様の軍勢に所属していただけですが」
その戦功を認められ、今ではこの集落の戦士長を任されているのだ。
今からリコンの街に戻ると夜になってしまうため、今日はこのエルフの集落に泊まることになった。
といっても、エリチンの家では全員は泊まれないため、彼以外は全員、集落にある宿屋へと向かう。
「エルフの集落にも宿屋があるのだな」
ヴァレリアンがそう言った。
森エルフは閉鎖的なため、自分達の森から出ることは滅多にない。
つまり、旅などしないし、森の外から来た人間を迎え入れることもないため、宿屋など必要がないのだ。
しかし、この集落はリコン領の人間と交流があり、商売もしている。
そのため、互いに行き来する際に利用できる宿泊施設が必要になったのだ。
「今夜はエルフ料理か」
エルフの長老からは、宿泊費も飲食代も無料にすると言われている。
「エルフって、何が好物なんだろ? エリチンは私達と同じ料理を普通に食べていたけど」
阿左美がそう言った。
何となく、ベジタリアン(菜食主義者)のようなイメージがある。
「でも、エルフって狩りの名人なんでしょ? だったら、普通に肉を食べるんじゃない?」
そう言ったのはシラクサだ。
そうこうするうちに、宿屋へと到着した。
人間の街や村にある宿屋もそうだが、酒場や食堂を兼業しているところが多い。
そのため、宿泊客以外も多く出入りしていた。
「随分と雰囲気が違うね」
料理の匂いに釣られるように、先頭を切って扉を開けた阿左美がそう言った。
確かに、一見すると食堂のように見えるが、内装は上品で、さらに柱や天井には植物の蔦が絡みついている。
ランプや魔石を使った照明器具がない代わりに、壁がほのかに光っていた。おそらく、これも精霊魔術なのだろう。
人間の客はおらず、エルフの男女が合わせて十人ほどテーブルについていたが、皆、静かに料理や飲み物を口にしている。
店の奥には小さなステージがあり、そこで男のエルフがハープを演奏しながら歌っていた。
「いい雰囲気だ」
どうやら真一は、賑やかな人間の酒場よりも、こういう雰囲気の店の方が好みらしい。
他の客の迷惑にならないよう、空いているテーブルに座った。
「いらっしゃいませ。冒険者の皆様ですね?」
女性エルフの店員が近づいてきて、そう言った。
今さらだが、店員も客も、皆、外見は若くて美形だ。
エルフは成人すると、外見的にはほとんど老化しないため、年齢がさっぱり分からない。
「長老様から、皆様からはお代をいただかないようにと仰せつかっていますので、思う存分楽しんでいってください」
そう言うと、店員はテーブルの中央にメニューを置いた。
「フッフッフッ、では遠慮なく」
阿左美が嬉しそうにメニューを開いたが、すぐに目が点になった。
「何の料理かさっぱり分からない」
文字は読めるのだが、それが何の料理なのか、まったく理解できないのだ。
「シラクサ、分かるか?」
メンバーの中で最も経験豊富な冒険者である彼女に、真一がそう尋ねた。
「無理よ。私だってエルフの集落に来たことなんかないんだから」
それはそうだ。
人間と同じように森の外に街や村をつくって住んでいるエルフとは違い、ここで暮らしている森エルフ達は、太古の昔から伝統文化を受け継いでいる。
いや、正確には、それ以外の文化を知らないのだが。
「せっかくだから、この店のお勧め料理をもらおう。あと、ハチミツ酒はあるか?」
「ええ、ありますよ。それじゃあ、適当に見繕ってお出ししますね」
そう答えると、店員は奥へと戻っていった。
「肉ましましでお願いします」
「足りなかったら追加したらいいだろう。今日は好きな物を好きなだけ食べていいぞ」
「他人の奢りなのに、なんでそんなに偉そうなの?」
その後、まず温められたハチミツ酒が運ばれてきて、皆で乾杯した。
「ところで、シンイチ殿。エルフの長老から受けた依頼だが……」
身体が少し温まった頃、ヴァレリアンがそう切り出した。
正確には、エルフの長老がリコンの冒険者ギルドに依頼を出すまでは、正式に受けたことにはならないのだが。
「何となく、言いたいことは分かる」
そう言うと、真一はコップをテーブルの上に置き、その上で手を組んだ。
「王国騎士様としては、領主だけじゃなくて、リコン領そのものを守りたいのだろう?」
「ああ。無謀なことは分かっている。どれほどシンイチ殿が優れた魔術師であっても、エリチンの力が強くても、アザミが……あれでも、大軍を相手にすることは不可能だ」
「ね、ねえ、ヴァレリアン。あれって何? あれって?」
「そこまで分かっているなら……」
「しかし、それでも何か方法はないだろうか? エルフの長老も、この集落の人達も、きっと不安に思っているに違いない」
それはそうだろう。
歴代のリコン領主達のように、無欲で人柄の良い貴族など滅多にいない。
いや、一人や二人いても不思議ではないが、それが代々受け継がれるようなことはあり得ないのだ。
人間とは欲深い生き物である。きっと、このエルフの森からさらなる恩恵や利益を得るために、悪知恵を巡らせるはずだ。
「リコン領を守りたければ、アルメシア王国軍を動かすしかないが、その気はまったくないようだし、そもそも今からじゃ絶対に間に合わない」
「せめて、この森のエルフ達が一緒に戦ってくれたらね」
そう言ったのはシラクサだ。
「それは、王国軍を動かすより難しいだろうな。なんせ、一歩間違うと国同士の戦争ではなく、種族間戦争になりかねない」
国同士の戦争は資源や領土の奪い合いだが、種族間戦争はより凄惨で、救いのない殲滅戦になる。
つまり、敵が逃げ去るか全滅するまで、戦いは終わらないのだ。
「あの……」
それまで黙っていたミントがおずおずと手を挙げた。
「ミントさん、何か意見が?」
「は、はい。アザミ様が仲裁に入るというのはどうでしょうか?」
「早瀬が?」
「私が?」
「はい。召喚された勇者として名乗りを上げ、両軍の間に立てば、トルタロス王国軍も無碍には攻撃できないと思うのですけど」
確かに、勇者は人間界の救世主である。
その本性を知れば知るほど、不思議なことに畏敬の念が薄れていくが、この世界に生きるすべての人にとって、伝説の英雄なのだ。
その偉業は千年間語り継がれ、ほとんど神格化されていた。
「フゥ……ミントさん、あなたは勇者神殿の神官で、これの召喚儀式を行っているから、不本意ながら早瀬を召喚勇者と認識しているだろうが、一般人はどう思う?」
そう言って、真一は阿左美の頭に手を乗せ、軽くポンポンと叩いた。
「こんなのが『私は召喚された勇者よ』とか偉そうに名乗りを上げたら、頭の残念な子供か、精神的に可哀想な子としか思わないだろう」
「いつもながら酷い言われようだけど、私もそう思うわ」
阿左美が、せめて男で、エリチンのようなマッチョメンであったなら、少しは信じてもらえるかもしれない。
しかし、彼女は制服を着た女子高生である。
ライトノベルの設定ならいざ知らず、現実世界で彼女が勇者だと信じる者はいないだろう。
「トルタロス王国軍に偽の情報を流すとか、リコン領にアルメシア王国軍が集結して待ち構えているとか言えば、時間を稼げるかもよ」
シラクサが、良い考えを思いついたとばかりにそう言った。
「今回のことは、アルメシア王国とトルタロス王国の間で、事前に裏取引がされているはずだ。とても信じさせるのは難しいな。仮に信じたとしても、偵察されたらすぐにバレるし」
うう~ん、と全員が考え込んだ。
この平穏なリコン領を何とか守りたいと、皆が思っているのだが、どう考えても実行するのは難しい。
その時、「お待ちどうさま~」と言って、料理が運ばれてきた。
温かい湯気を上げた皿が、次々と並べられていく。
それを見て、一同がウッと唸った。
「そ、そういえば、エリチンも時々、こういうのを捕まえて食べていたわね」
「ああ、迂闊だった。森の中で最も手軽に手に入る食材だ」
そこには大小さまざまな虫や、蛇やトカゲを使った料理が並んでいたのだった。
エルフ料理は、食材の姿形を極力残すのが特徴らしいが、人間にはかなりきつい。
それでも、無理やり口に入れてみると、それなりに美味しかったのだが。




