第89話 エルフの長老からの依頼
エルフの長老の部屋の扉がゆっくりと開くと、エリチン父を先頭に、一行はそのまま中へと入っていった。
そこは広いが殺風景な部屋で、中央に大きなソファーが置かれていた。
さらに、その奥の壁には立派な壁画が描かれており、それは千年前の人界の救世主、勇者の活躍を描いたものだった。
勇者の鎧兜を身に着けた彼を中心に、共に戦ったパーティーメンバーが左右に並んでいる。
どうやら、ここは城などにある謁見の間と同じような場所らしい。
そして、その中央のソファーに、エルフの長老がだらしない姿勢で腰かけていた。
その姿は、例えるなら耳の尖ったマ〇コ・デラッ〇スだった。
「おい、エリチン、どこが若くて美人なんだ? それともエルフの美的感覚では、アレをそう表現するのか?」
「ウッ……あ、あれぇ~」
真一に冷めた目で睨まれ、マッチョエルフが腕を組んで唸りながら首を傾げる。
「い、いや、確かに……あれぇ~」
「こ、こら、長老様の前で失礼だぞ」
誰一人として偉大なエルフの長老に敬意を表そうとしないため、エリチン父が諫めようとする。
「あんた達、言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだい?」
エルフの長老は、声まで〇ツコ・〇ラックスにそっくりだった。
「エルフも太るんですね」
お言葉に甘えて、阿左美が力一杯地雷を踏み抜いた。
長老の間の空気が、冬だからではない理由で一瞬にして凍りつく。
「こら、早瀬、いくら何でもそれは失礼だぞ。せめて『良い意味で想定外でした』と言え」
「いや、あんたも大概失礼だよ」
長老が真一にそう突っ込む。
「あれね、エリチンは千年間森に引きこもって筋トレばっかりしていたから、こんな体になったけど、逆バージョンだとこうなるわけね」
シラクサがそう言う。
「お願いしますから、もうそのあたりで許してあげてください」
「別に、許してもらう必要なんかないわよ」
冷や汗をダラダラと垂らしているエリチン父に、長老がそう言った。
「確かに、私はここから千年近く外に出ていないからね。運動不足にもなるわよ」
「人間なら、絶対に成人病で大変なことになっているな」
さすがはエルフだ。人間とはスケールが違うと、真一が感心する。
「ち、長老様は、千年前の魔族侵攻時には、あの伝説の勇者様と一緒に戦った、凄いお方なのだよ」
エリチン父がそう言いつつ、奥の壁に飾られている立派な絵を指さした。
一同が目を向けると、剣を空に突き立てた勇者の右隣に、弓矢を構えた美しいエルフの女性が描かれている。
「あれが千年前のエルフの長老?」
「そうだよ。美しくて凛々しいだろ?」
「あの頃は、今より少し痩せていたからね」
そう言って長老が楽しそうに腹をバンバンと叩きつつ笑う。
「随分と控えめな表現だな」
「そ、そんなことより、長老、こちらが我が息子エリチンと、そのご友人達です」
このまま放置しておくと取り返しのつかない事態になると予測したエリチン父が、強引に話を進め始めた。
「えっ? 息子?」
しかし、長老は真一達の顔を一通り見回して、首を傾げる。
「どこにいるの?」
「ああ、そうか。エリチン、フードを取ってやれ」
彼はいつもどおり、フードを目深に被っていたのだ。
それを後ろにはねて脱ぐと、耳の尖った美形エルフの顔が現れた。
「……ええっ?!!」
それまでソファーにだるそうに座っていた長老が、飛び上がって驚いた。
「私が言うのもなんだけど、あんた、本当にエルフなの?!」
「見て分かりませんか?」
「分かれと言う方が無理でしょ!!」
確かに、彼は故郷に帰ってきたとき、父親を含めた集落の人々にオーガと間違えられ、危うく攻撃されかけた。
「そ、そう言えば、あんたは一人でずっと体を鍛えていたんだったね」
先ほどエリチン父から聞いた話を思い出したようだ。
もっとも、こんな姿になっているところまでは聞いていなかったようだが。
「まあ、千年あれば、人間の国なら二、三回は建国されたり滅んだりするからな」
人間の感覚からすれば、千年というのは歴史が大きく移り変わるほどの時間なのだ。
「ところで、何かお話があるって聞いて来たのですけど?」
真一が改めて話を切り出した。
「ああっ、そうだったわね」
長老がそう言いつつ、「どっこいしょ」とソファーに座り直す。
「あんた達は、リコンの街を通って、この森に入ってきたんだろう?」
それ以外のルートから森に入れば、罠や警報魔術に引っかかっていたはずだ。
「ええ、そうです」
「では、あの話は知っているかい?」
そう言われて、真一達はお互いに顔を見合わせた。
「それって、雪が解けたら隣の国が攻めてくるというやつですか?」
そう答えると、長老が「うむ」と頷く。
「人間の争いにエルフは関わらないと聞いていますけど」
「そのとおり。人間がこの森に攻撃を仕掛けてこない限り、私達は傍観する」
千年以上も友好関係を維持しているというのに、何とも薄情な気がする。
だが、一歩間違えれば、国同士どころか種族同士の争いになりかねないのだから、仕方がない。
「でもね」
長老が考え込むように腕を組み、そう続ける。
「リコン領主は代々、穏やかな人柄でね。短気な人間にしては珍しく、私達エルフと波長が合ったんだよ」
現領主であるラムゼン・ピントを見れば、何となくそれは分かる。
「もし大軍が攻めてきたら、今の領主は戦わずに降伏して、民の命を守るだろう」
確かに、本人もそう言っていた。
「そして、自分は進んで捕まり、処刑されるつもりだ」
「その代わり、リコン領の兵や領民達に酷いことをしないでほしいと申し出るのでしょうね」
「ああ、あの子はそういう子だよ」
「で、それが何か?」
「あんた達は冒険者だろう? だったら、私達から依頼をさせてもらう」
「依頼?」
「降伏した後、あの子を連れて逃げておくれ」
「……」
それを聞いて、真一達は驚いた。
◇ ◇ ◇
三人の傭兵が、トルタロス王国内の国境にある城へと近づいていった。
ここは一応、名目上は魔界からの侵攻を防ぐために築かれた城だが、今はかなり違う目的で使用されている。
開いたままになっている城門からは荷馬車や兵士達がひっきりなしに出入りしており、城内はもちろん、その周辺にも天幕が所狭しと建てられている。
春、雪解けを待ってアルメシア王国のリコン領へ侵攻する軍勢が、続々と集結しているのだ。
三人の傭兵達は、一月前にそのリコン領の街に傭兵として雇えと言って押しかけたのだが、ミュームに剣で脅され、追い返されてしまった。
それならばとばかりに、今度はリコン領の敵であるトルタロス王国側に、自分たちを売り込みに来たのだ。
「すげぇ……」
リーダー格である、額に十字傷のある男がそう呟いた。
その手下である左頬に刀傷のある男と、右頬に火傷のある男も驚いている。
確かに、人界において一万人規模の軍勢など、滅多に動員されない。
普段行われている小競り合いでは、多くても千人、少なければ数十人単位で戦闘が行われるのだ。
「あ、あの、リーダー、大丈夫なのか? 俺達みたいな怪しい傭兵なんか、下手に近づいたら盗賊と間違えられて、いきなり捕まって牢に閉じ込められるんじゃないか?」
右頬に火傷のある男が、恐る恐るそう言った。
「自分で怪しい傭兵とか言うな!! 俺達は歴戦の凄腕傭兵だ」
「で、でも、今まで雇われても、だいたい戦が始まるとすぐに逃げ出してきたじゃないか」
そう言ったのは、左頬に刀傷のある男だ。
「そ、それは仕方がないだろう。俺達を雇った側って、だいたい負けるんだから!!」
そう言ってから、リーダーが城の方を指さした。
「しかし、今回は違う。この大軍なら、あんなチンケな街なんかひと捻りだ」
「でも、それならなおさら、俺達みたいな傭兵は雇わないと思うけど」
「そうだよ、リーダー。ずっとそう言ってきたのに、こんな遠くまでやって来て、もう金がなくなっちまったぞ」
もしここで雇ってもらえなかったら、雪の中で野垂れ死にすることになる。
遠目にもトルタロス王国軍の兵士達の装備は立派で、それに比べたら三人の格好は貧乏な盗賊のようだ。
ざっと見回しても、彼らのような傭兵の姿はどこにもない。
「リーダー、俺達、完全に場違いだよ」
「うるさい!! ここで雇ってもらえなかったら、俺達は今日の宿代も残っていないんだぞ!!」
「で、でも~」
「うるさい、行くぞ。いいか、胸を張って堂々としていろ。いかにも凄腕の傭兵に見えるようにするんだ!!」
本当に凄腕の傭兵なら、わざわざそのような真似をしなくてもいいと思うのだが。
とりあえず三人は横並びになると、そのまま雪を踏みしめつつ城門へと近づいていった。
「だ、だから言ったのにぃ~!!」
「もう、俺はリーダーの指示には絶対に従わないからな!!」
「うるさい、黙れ!!」
そして、速攻で不審者として城兵達に捕まった。
三人は武器を取り上げられ、縄で縛り上げられると、雪の上に膝まずかされている。
その周囲を槍や剣を構えたトルタロス王国兵が取り囲み、正面には、それなりに身分の高そうな騎士が近づいてきた。
「この忙しいときに、何事だ?」
騎士が苛立たしげにそう言うと、兵士達の隊長が軽く頭を下げてから報告した。
「怪しい者達を捕らえました。おそらくアルメシア王国の密偵かと」
「密偵だと?」
それを聞いて、騎士が表情を引き締め、三人の傭兵達を睨みつける。
「ち、違う、いや、違います。俺達は傭兵です!!」
「そうです、雇ってもらいたくてやって来たんです!!」
「決して怪しい者ではありません!!」
三人が涙を流しつつ、そう訴える。
「傭兵だと……お前達はどこから来た?」
「アルメシアからです!!」
「やはり密偵か」
「違います! アルメシアのリコン領に雇ってもらえなかったから、こっちに来たんです!!」
まあ、それ自体はそれほど珍しいことではない。
傭兵とは、国籍があってないようなものだからだ。
今回の戦いはアルメシアで雇われ、次の戦いではトルタロス、などということはざらにあった。
「ん? リコン領から来ただと?」
「は、はい。で、ですから、あそこの情報を全てお伝えすることができます!!」
「……」
それを聞いて騎士は少し考え込み、そして、
「分かった。その三人を連れてこい」
と言うと、背中を向けて歩き出した。
このあと、三人は城内の地下へと連行されていった。
「お、俺達、拷問されるんじゃ?」
「だ、大丈夫だ。何も隠さず、全部正直に話せば……」
「地下牢は嫌いなんだよ。以前捕まって半年入れられたことがあったけど、ジメジメしてるしネズミはいるし、何度発狂しそうになったことか」
前後を兵士達に囲まれ、逃げ出すことはできない。
そして、一目で人間を痛めつける目的で作られたと分かる道具が、ずらりと並んだ部屋に到着した。
「ここで少し待っていろ」
騎士がそう言って出ていくと、四名の兵士だけが室内に残った。
「リーダー、きっとあれだよ。拷問官を呼びに行ったんだよ!!」
「あ~、きっと正直に全部話しても、嘘をつくなって言って、殴られたり歯を抜かれたりするんだろうなぁ~」
「や、止めろ、馬鹿野郎! 俺はそういう痛い話が苦手なんだよ!!」
三人はそう言って、さめざめと泣いた。
そして、十分ほどしたとき、先ほどの騎士が戻ってきた。
彼に続いて、一軍を指揮する武将と思われる、身分の高そうな鎧を身に着けた男も入ってくる。
「この者達か?」
その偉そうな格好の男がそう言った。
その声は、長年、大きな声で軍勢を指揮してきた人間特有の潰れたハスキーボイスで、周囲の兵士達はビビりまくっている。
「はい。自分達は傭兵で、リコン領からやって来たと申しております」
先ほどの騎士が敬語を使ってそう報告する。
どうやら、彼の直属の上司のようだ。
「貴様達、拷問は好きか?」
そんなものが好きな人間などいないと思うが、美人のお姉さんにならされてもいいと、リーダーは少し考えてしまった。
「俺は、武器を持たない者の命を奪うような真似はしない。しかし、それを部下達にさせることに躊躇もしない」
要するに、自分の手を汚したくないだけだ。
「お前達が全て正直に話せば、命を奪ったり、痛い目に遭わせたりせずに済む。それどころか、場合によっては褒美すら与えるつもりでいる」
「ほ、本当ですか?!」
三人の声が完全にハモった。
「嘘は言わん。で、どうだ?」
「は、話します! 全て何もかも!!」
このあと、傭兵達は先を競って、リコン領で見てきたことを全てその男に話した。
アルメシア王国は、彼らがいた時点ではリコン領に援軍を派遣していなかった。その噂も聞かなかったし、その兆候もなかった。
リコン領では、籠城戦の準備などは一切されておらず、兵隊の募集も傭兵を雇うこともしていなかった。
「何だと?」
身分の高そうな男がそう呟くと、隣に立つ騎士に顔を向けた。
彼も信じられないとばかりに首を左右に振る。
「まさかとは思うが、リコン領は我が軍が攻め込むことを知らないのか?」
「いいえ、知っています。それでいて、戦の準備を何もしていないのです!!」
「……」
「将軍、これは罠ではありませんか? この者達に嘘の情報を流させて、我が軍を油断させようとしているのでは?」
「絶対にそんなことはしません! 始祖神ジョブズに誓います!!」
「黙れ!! 我が王国は昨年から何度もアルメシアに対してリコン領の割譲を求め、それに応じなければ武力でもって奪い取ると宣言してきたのだぞ! それで何の対策もしていないなど、あり得ないだろうが!!」
「まあ、落ち着け」
今にも剣を抜いて三人に斬りかかりそうになっている騎士を、将軍と呼ばれた男が諫めた。
「本当なんです~! お願いですから信じてください~」
「俺達も傭兵として雇ってもらおうと思って、リコン領に行ったのに、断られたんですよ。それも領主自ら」
それを聞いて、将軍が驚いた。
「お前達は領主に会ったのか?」
「はい、偶然ですけど、城門のところで」
再び彼は黙り込む。
そして、三分ほど考え込んでから、再び口を開いた。
「リコン領は何の警戒もしておらず、領主が街中をフラフラと歩き回っているというのだな?」
「はい、本当に平和ボケそのものでした!!」
「では、お前達、そのリコン領主をさらってこい」
「へっ?」
「おい、こいつらに馬と金を渡してやれ」
「お、お待ちください、将軍。まさか、こんな連中の言葉を信じるというのですか?」
「もちろん、全てを鵜呑みにするわけではない。しかし、もしその腑抜けた領主を人質にすることができれば、その時点で我々の勝利だ」
「それは確かにそうですが……」
「おい、魔術師を呼んでこい」
彼がそう命令すると、兵士の一人が大慌てで駆け出していった。
「お前達、この任務に成功すれば、一人につき金貨三十枚の褒美をやろう」
「き、金貨三十枚!!」
三人だから、合計九十枚ということになる。
通常の傭兵の報酬は、戦の規模にもよるが金貨三枚から五枚程度だ。
あとは手柄を立てれば、その内容に応じて枚数が加算されていく。
味方の勝利に貢献したとか、敵将を討ち取ったりなどすれば金貨十枚、場合によっては二十枚になることもある。
それを考えれば、今提示された褒美は、最上級の手柄を立てた場合と同等か、それ以上ということになるのだ。
「どうだ、やってみないか?」
思わず二つ返事で「やります!!」と答えそうになったが、三人はハッとあることを思い出した。
リコン領の領主の側にいたメイドのことだ。
ちょっと領主を馬鹿にしただけで、危うく殺されるところだった。
「どうします、リーダー? 俺、あの女に勝てる自信がありませんよ」
「俺なんか、瞬殺される自信があります」
「お、お前らな……」
何とも情けない話だが、額に十字傷のあるリーダーも、二人と全く同じ考えだった。
しかし、ここで話を断ったりしたら、おそらくその瞬間に人生が終わる。
それならば、一度は依頼を受けてここから離れ、安全な場所でじっくりと考えてみるのはどうだろうか?
金貨三十枚という報酬は喉から手が出るほど欲しいが、命には代えられない。
それに、馬と旅費はもらえるようだし。
「お前ら、ここは腹を括れ」
彼はそう言うと、将軍の顔を睨みつけた。
「分かりました。やらせていただきます」
「ほう」
その瞬間、将軍がそれまでの武人らしい表情を崩し、悪徳商人のようにニヤッと笑った。
「お連れしました」
その時、先ほど拷問部屋から出ていった兵士が、ローブを身に纏い、魔術用の杖を持った女を連れてきた。
フードを被っていないため顔はよく見えたが、若くも美人でもない中年のおばさんだった。
「お呼びですか、将軍」
そのおばさん魔術師がそう言うと、将軍が三人の傭兵を指さした。
「よく来てくれた。この三人に呪いをかけてくれ」
「ええっ!! 呪い!!」
「当たり前だろう。お前達がアルメシア王国の密偵で、我々を罠にはめようとしている可能性もあるし、ここから出た瞬間に馬と金を持ってどこかへ逃亡するかもしれない」
「そのようなことは決してしません!!」
「なら、呪いをかけられても安心だ。魔術師、こいつらに一カ月以内に俺の前に戻ってこなければ死ぬ魔術をかけてくれ」
「し、死ぬ?!」
「分かりました。では、一カ月以内に戻ってこなければ、全身に毒が回って激痛にのたうち回って死ぬ呪いをかけましょう」
「いやぁああああ、そんな死に方、絶対にいやぁああああ!!」
「安心しろ。一カ月以内に役目を果たして戻ってくれば、呪いは解いてやるから」
将軍がそう言うと、後ろに下がり、今度はその位置に中年のおばさん魔術師が立った。
「先に言っておくけど、この呪いは強烈よ。そこいらの神官には絶対に解呪できないし、下手に呪いを解こうとしたら、その瞬間に毒が全身に回るからね」
「ひぃいいいい!!」
「さらに言うと、毒が回ってから死に至るまで三日ほどかかるから、その間、全身の穴という穴から血が吹き出し、肉が腐り、髪の毛が全部抜け落ちる」
「いやぁあああ、禿げるのは勘弁してくれぇえええ!!」
「リ、リーダーは最近、抜け毛が多くて悩んでいたんだ!!」
「そうだ、それはあんまりだ!!」
「意外と余裕があるわね、あんた達」




