第88話 兄弟対決
エルフと言えば、使う武器は弓というイメージがある。
彼らは狩りの名人であり、最初に使い方を教わる武器が弓なのだが、何となく剣や槍などよりも優雅で、似合っている気がする。
集落の中央にある広場に、大勢のエルフたちが集まっていた。
この集落には三百人前後のエルフが暮らしている。
さらに言うと、集落はここだけではなく、森林全体で暮らしているエルフたちを合わせると、千人ぐらいになるらしい。
「へぇ~、意外と人間の集落に似た感じだな」
真一が周囲を見回しながら、そう言った。
エルフたちの家は、当たり前だが全て木造で、ツリーハウスなどではなく、地面の上に普通に建てられている。
各家屋には家畜小屋や納屋が併設されており、店もあった。
ただ、広い畑はない。
野菜ぐらいは育てているようだが、麦や米のように広い面積が必要な穀物は栽培していないようだ。
そういった穀物類は、リコンの街で買い付けているのだろう。
集落の広場の中央には、ひときわ立派な巨木が立っていた。
エルフたちも始祖神ジョブスをはじめとする神々を信仰していたが、それとは別に自然信仰も行っている。
さしずめ、この巨木は神社の御神木のような存在なのだろう。
その巨木のそばに、エリチンとゴルピーが弓を持って立っていた。
二人はエルフらしく、これから弓で勝負をするのだ。
「この集落では、揉め事が起こると、この木の下で話し合いをするのです」
エリチンの母親が、そう説明してくれた。
「二人とも、よく聞け」
そして、エリチンの父親が、二人の息子に対決のルールを説明している。
「あの木を見ろ」
そう言って、遥か彼方にある木を指さした。
「あの木の枝に的をぶら下げている。それを見事、弓で射抜いてみよ」
「えっ、どこ? 見えない」
阿左美がエリチンの父親の指さした方向を見るが、鬱蒼とした森があるだけで、的どころか、どの木を狙えばいいのかさっぱり分からない。
「おそらく、どの木に的がぶら下げられているのか、それを見つけるところから勝負なんだろう」
エルフたちは、植物を通じて周囲の情報を集めることができる。
的は生物ではないため、当然、見つけるのは難しい。しかし、風の動きや枝のしなりなどから、その位置を特定することは可能だった。
エリチンとゴルピーは目を閉じ、意識を集中しながら、弓に矢をつがえて弦を引き絞った。
「距離が遠いから、普通に放っても矢は届きません」
エリチンの母親が、そう説明してくれる。
「では、どうするのですか?」
「風の精霊の加護を受けるのです」
「なるほど」
放った矢に風の精霊を宿らせることによって射程を伸ばし、さらに、放った後の軌道を誘導するつもりなのだ。
分かりやすく言えば、これは長距離狙撃であり、エルフならではの能力だった。
「風の精霊よ、我がもとに集い、我に力を与えよ」
そう唱えた直後、ゴルピーが引き絞っていた弦を離した。
彼の指から放たれた矢には風の精霊が取り憑き、加速しながら進路を微修正していく。
しかし、それでも一本目からいきなり的に命中させることはできなかった。
風の精霊の力を借りても修正しきれないほど、狙いがずれていたためだ。
「クッ、しかし、次は外さない」
ゴルピーがそう言って、二本目の矢を弓につがえる。
その時、今度はエリチンが矢を放った。
「風の精霊よ、我が矢に宿り、導きたまえ」
矢から指を離すと、ビュンッ!! と風が唸った。
それは、まさに光のようだった。
ゴルピーの時は、真一たちでも肉眼で矢を追うことができた。
しかし、エリチンの矢は、放たれた次の瞬間には的に命中し、それを木端微塵にしていた。
「ふぅ、風の精霊の加護に感謝だな」
唖然としているゴルピーの横で、エリチンはそう言いながら弓を下ろした。
「お、おい、今の……」
「嘘でしょ……」
広場に集まっていたエルフたちがざわついている。
「えっと、どうしたのですか?」
阿左美がエリチンの母親に尋ねると、彼女はこう答えた。
「エリチンの矢が速すぎて、風の精霊が追いつけなかったの」
「それって?」
「精霊、意味なし」
「まあ、いつも通りだな」
真一が呆れながら、そう言った。
エリチンの戦闘スタイルは肉弾戦であり、両の拳に炎や氷の精霊を宿し、それを敵に叩きつけることでダメージを増加させるというものだった。
しかし、実際には拳の破壊力だけで十分にオーバーキル状態であり、毎回精霊はいてもいなくても関係なかった。
「つ、次の標的は、この方向の木だ」
唖然としていたエリチンの父親が正気に戻ると、違う方向の森を指さした。
「く、クソ、今度こそ!」
ゴルピーが再び弓を構え、的を探す。
今度は先ほどの的よりも距離は近いが、そこに至るまでに木などの障害物が多かった。
「こ、これは……」
風の精霊による繊細な進路修正をしなければ、命中させることはできない。
エリチンが弓を構え、矢をつがえて弦を引き絞る。
そして、フンッと小さく気合を入れると、指を離した。
エルフたちですら視認できないほどの超高速で矢が飛び去ると、途中にある木の幹を次々と貫通し、的に命中した。
「そ、そんな馬鹿な!」
「俺は、風の精霊に愛されているのだ」
「い、いや、今、風の精霊を呼び忘れていただろ」
「あっ?!」
「あっ?! じゃないだろう。一体どうすれば、矢で木の幹を貫通できるんだ?!」
ゴルピーはそう言ってから、兄の丸太のような上腕二頭筋を見た。
そして、ハッとあることに気づき、つばを飲み込むと、
「鍛えられた肉体……」
と、呟いた。
「その通り、筋肉は無敵だ」
それを聞いたエリチンは満足げに頷くと、大胸筋をピクピクと動かした。
すると、それまで忌々しそうにエリチンを睨みつけていたゴルピーの瞳に、違う感情が浮かんだ。
「うわっ、何だか嫌な予感がする」
そう呟く真一の視線の先で、ゴルピーがうっとりとした表情になり、エリチンの上腕二頭筋にそっと触れたのだった。
「す、すごいよ兄さん、こんな重たい石を持ち上げるなんて!」
「慣れれば誰でもできる」
ここはエリチンの実家。
そのリビングでは、全く似ていない兄弟が石のダンベルを持ち上げていた。
「今日、エルフの歴史が動いた」
エリチンの母親が淹れてくれたハーブティーに口をつけながら、阿左美がしみじみとそう言った。
「これって、神秘性が薄れて、寿命が縮んだりしないの?」
シラクサが心配そうに尋ねるが、
「大丈夫だろ。現にエリチンは千年以上生きているわけだし」
真一がそう答えた。
「神秘性が弱くなる代わりに、何かそれ以上のものが強くなっているみたいですね」
「筋肉は無敵だ」
ミントの言葉に、エリチンが満足げにそう答える。
つい先ほどまで、彼らはこれまでの冒険譚をエリチンの両親と弟に話しながら、食事をご馳走になっていた。
久しぶりに肉をお腹いっぱい食べた阿左美が、幸せそうにソファーに横になっている。
エルフの住居は、基本的に人間のものと同じだった。
全て木造で平屋が多いが、リビングやキッチン、ベッドルームなど、その間取りには全く違和感がない。
ただ、違うところもあった。
人間は用途に応じた魔石を使い、照明や暖房を行っているが、エルフたちは精霊の力を借りて同じ効果を得ている。
「花が光っている」
ヴァレリアンが壁やテーブルの上に飾られた花を見て驚いている。
「それは、光の精霊が好きな花なのよ」
エリチンの母親がそう説明してくれた。
基本的に、精霊魔術は術者が精霊にお願いをして、その力を借りることで効果を引き出す。
そのため、精霊が嫌がる行為をすると、肝心な時に助けてもらえなくなることもあった。
ほぼ全員が精霊魔術の使い手であるエルフたちは、精霊たちの機嫌を取る方法をよく知っており、その力は日常生活にすっかり溶け込んでいた。
同じように、窓際には大きな石が置かれていた。触れるとかなり温かい。これも火の精霊が好きな石なのだろう。
「魔力を注ぐ必要がないから、便利ですね」
「その代わり、精霊たちの機嫌が悪くなると、使えなくなるのよ」
「つまり、精霊をおだてて使役しているわけね」
シラクサが身も蓋もないことを言うが、どうやら間違ってはいないようだ。
家の中には、かすかにお香の匂いが漂っているが、これも精霊たちが好きなのだろう。
「皆さんには、精霊はどのように見えているのですか?」
ミントが興味深げに質問した。
「そうですね、薄い色の煙のように見えますね」
「火の精霊は赤色、水の精霊は青色のような感じですか?」
「それが、人によって違うらしいのよ。私には火の精霊はピンク色に見えるけど、ゴルピーには黄色に見えるらしいし」
「それは不思議ですね」
「魔術は化学に似ているが、精霊魔術は本当にオカルトだな」
二人の会話を聞いて、真一はそう感じた。
魔術には決まった法則があり、その通りにすれば、個人差はあるものの、魔力さえあれば誰でも同じ効果を得ることができる。
しかし、精霊魔術は個人の感性によるところが大きいため、人それぞれやり方も効果も違うのだ。
とても興味深いが、精霊が見えないため、研究のしようがない。
その時、どこかへ出かけていたエリチンの父親が玄関から入ってきた。
「皆さん、少しお時間をいただけますか?」
「別に構いませんけど」
「長老が、皆さんとお会いしたいそうです」
このエルフの森には、それぞれの集落ごとに長がいる。
そして、それら全てを導く存在として、長老がいるのだった。
「長老は、厳密にはリーダーではありません。儀式や祭礼を取り仕切ったり、普段は議長のような役割を担ったりしています。皆の尊敬を集めてはいますが、我々に命令や指示を出すことはありません」
集落の中を歩きながら、エリチンの父親が説明してくれた。
「長老というからには、お年寄りなのですか?」
真一がそう聞くと、エリチンの父親は笑いながら答えた。
「ええ、そうですね。長老様ご本人も、ご自分の年齢はご存じないそうです」
「ボケているだけなんじゃ……」
阿左美が小声で真一に囁く。
「早瀬、お前は一歳の時のことを覚えているか?」
「そんなの、覚えているわけないじゃないですか」
「じゃあ、お前はボケ女子高生だな」
「それとこれとは……」
「一緒だよ。ただ、エルフはスケールが大きいだけだ」
この森はエルフたちにとって庭のようなもので、誰でもいつでも、どこへでも気軽に行くことができる。
しかし、そんな森の中にも、神聖視されている場所があった。
それが長老の館と呼ばれる場所で、エルフの集落はそこを中心に作られている。
「何だか……空気が変わりました」
そう言ったのはミントだった。
確かに、古い神社などの鎮守の森に入った時のように、空気が澄んでいるような気がする。
「さすがは神官ですね。ここは精霊たちが集まる場所なのですよ」
先導していたエリチンの父親が振り返りながら、そう答えた。
「全然見えない」
「確かに、精霊は見えないが、そこにいる。空気のようなものなのか?」
「精霊が見える人間もいますよ。その人たちは、我々と同じく『精霊眼』と呼ばれるものを持っているそうです」
「つまり、人間にも精霊魔術を使える者がいると?」
「ええ。人数は魔術師よりもはるかに少ないようですけど」
魔術が使える人間はそれなりにいるが、そのほとんどは焚き火に火をつけたり、そよ風を起こしたりする程度の力しかない。
一般的なイメージにあるような、炎を敵にぶつけたり、雷撃を放ったりできる魔術師は少なく、それゆえにエリートとして貴族や王国に高い報酬で雇われていた。
その貴重な魔術師よりもさらに人数が少ないとなれば、数万人に一人というレベルだろう。
「精霊かぁ~、見てみたいなぁ~」
阿左美がキョロキョロと周囲を見回しながら、そう言った。
きっと彼女は、某食品会社のマスコットである、裸の可愛らしい子供のような姿をイメージしているのだろう。
そして、火の精霊は髪や瞳が赤く、水の精霊はそれらが青かったりするのだ。
しかし、現実にはそこまでハッキリとした姿形はしておらず、色のついた霞や煙のような感じらしい。
「あそこです」
エリチンの父親が前方を指さしながら、そう言った。
それは、例えるなら日本の立派な神社の本殿だった。
「ほぉ~、意外だな。てっきり西洋風の神殿か、洞窟の中かと思っていたけど」
「ハハハ、洞窟で暮らすエルフなんかいませんよ。あんなジメジメとした暗い場所で暮らすのは、盗賊かドワーフぐらいなものです」
それを聞いて、真一と阿左美、ミントがエリチンの方に顔を向けた。
その視線を受けて、マッチョエルフが気まずそうに横を向く。
「ま、まあ、洞窟の中なら重たいダンベルやバーベルを振り回しても、床や壁を傷めることはないからな」
「確かに、エリチンがツリーハウスなんかに住んでいたら、笑っちゃうもんね」
「ア、アザミ様、確かにそうですけど、言い方……」
神社であれば賽銭箱が置かれている場所には、見張りのエルフが立っていた。
「長老様に、エリチンとその友人たちをお連れしたとお伝えください」
「分かりました」
そう言うと、見張りは右の掌を口元に当て、小声で囁いた。
そして、左の掌を耳元に当てて少し待つと、
「分かりました」
と答えた。
「どうぞ。長老が奥でお待ちです」
一礼すると、一行はぞろぞろと館へ入っていった。
「ねえねえ、先生。さっきのあれも精霊魔術?」
「みたいだな。使えたら便利そうだ」
「あれは、風の精霊に言葉を運んでもらっているのですよ。ただ、風の精霊は悪戯好きなので、時々、内容が変わっていたりするのですが」
「悪戯?」
「ええ。妻に『今から家に帰るから、食事を準備しておいて』と伝言を頼んだのに、家に帰ったら弓を構えた妻が待ち構えていました」
「何故そんなことに?」
「妻が矢を全て放ってから内容を確認したら、『今から愛人を連れて帰るから、お前はお払い箱だ』と風の精霊が伝えたそうです」
「それは悪戯と言うレベルではないと思うけど」
「本当に。矢が刺さったのが腕や足だったから良かったものの、頭や胴体だったら危なかったですよ」
「……」
長老の部屋は、館の一番奥にあった。
一行が近づいていくと、風が吹いて扉が自動で開いた。
「魔道石でも同じことができるけど、ここはやっぱり精霊の力だな」
「ところで、エルフの長老様ってどんな人だろ?」
阿左美がそう言うと、皆が少し考え込んだ。
「お約束でいけば、ものすごい美人かもな」真一
「いやいや、エルフは見た目が若くて美形ばかりだから、逆に老婆かもよ」シラクサ
「ここは、見た目は幼女というのもありかもよ」阿左美
「精霊に近い存在になり、実体がないとか、神木に魂が宿っているとか」ヴァレリアン
「それなら、石像や木像というのもあり得ますね」ミント
「俺は千年前にお会いしたことがあるが、若くて美人だったぞ」
最後にエリチンがそう言うと、全員が、
「え~、それじゃあ全然普通~」
と、不満そうな表情になった。




