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召喚女子高生勇者が思いのほかポンコツでした  作者: よしぞう
第4章 エリチンの里帰り

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第87話 弟 ゴルピー ボデー

1月26日


 リコン領領主の屋敷は、冒険者ギルドの宿屋などよりはるかに快適だった。


 さらに、何と言っても食事付きで無料だ。


 真一はフカフカのベッドの中で目を覚ますと、ゆっくりと上半身を起こした。


 窓の外は明るくなっており、さらにカンッ、カンッと乾いた木を打ち付けるような音が聞こえてくる。


 室温はかなり低いが、フラーノの街にいた頃ほどではない。


 ベッドサイドに置かれていた外套に手を伸ばして羽織ると、ベッドから降りて窓へ近づく。


 そこは屋敷の庭に面した二階の部屋だった。


 庭を見下ろすと、そこでは三人の人間が木剣で稽古をしていた。


 ヴァレリアンと阿左美、そして昨日会ったギルドマスターのトメさんだ。


 二人が腰の曲がった老婆に交互に打ち込んでいくが、簡単に受け流されている。


 端から見ると、老人虐待の現場にしか見えない。しかし、実際にはヴァレリアンと阿左美の木剣はトメさんにかすりもせず、簡単にかわされていた。


 そして、手や足、さらにはお尻などを、痣にならない程度に軽く叩かれている。


「剣の師匠というのは本当だったんだ」





「フォフォフォ、何じゃ、そのへっぴり腰は」


 腰の曲がった老婆に笑われる二人。


「このぉ~、ちょこまかと!」


 散々馬鹿にされ、頭にきた阿左美が姿勢を低くして身構える。


 瞬間移動をする時の姿勢だが、今の彼女は上下ジャージ姿のため、それはできない。


 あれは、あくまでもブレザーに付与された勇者装備の効果なのだ。


「とりゃ~!!」


 気合を入れて斬りかかると、やはりトメさんにヒョイとかわされ、さらに彼女の向こう側にいたヴァレリアンと正面衝突した。


「キャー!!」「ウワァ~!!」


「まったく、朝食前の腹減らしにもならんわい」


 絡まり合って倒れる二人のそばで、トメさんが木剣を杖代わりにして欠伸をかみ殺していた。


「凄いな、あの婆さん」


 真一はそう言うと、窓際から離れて服を着替えた。


 食堂に降りていくと、ミントがテーブルの上に皿とコップを並べていた。


「おはようございます、真一様」


「おはよう、ミントさん。早いね」


「はい。お庭のほうで、ヴァレリアン様とアザミ様が剣の稽古をされていますよ」


「ああ、二階の窓から見たよ」


 ヴァレリアンと阿左美は、普段から暇を見つけては剣の稽古をしている。


 阿左美には魔術の練習もしてほしいのだが、ほぼ百パーセントの確率で奇怪な生き物を呼び出すため、少なくとも街中では実戦形式の練習がなかなかできない。


「シラクサは?」


「台所で、ミューム様のお手伝いをされています。あと、エリチン様はいつもどおり筋力鍛錬です」


 どうやら、真一が一番寝坊をしていたようだ。


 と言っても、時間的にはまだ午前七時頃なのだが。





「おはようございます、マカベさん」


 領主であるラムゼン・ピントがそう言いつつ、台所から料理を運んできた。


「領主自ら?!」


「普段はミュームと二人だけなので任せきりなのですが、今日はお客様が大勢いらっしゃるので」


 それでも、普通は貴族様がそのようなことをするものではない。


「皆さん、朝ごはんができましたよ。あと、お師匠様もご一緒にいかがですか?」


 台所のほうからミュームの声が聞こえてきた。


「ヒャッホー!」


 阿左美の声とともに、ヴァレリアンと、彼女に手を引かれたトメさんが屋敷の中に入ってきた。


「今年は雪が少なくて助かるねぇ~」


 トメさんがそう言うと、ラムゼンが答えた。


「確かにそうですね。城壁山脈がはっきりと見える日も多いですし、雪解けが早いかもしれませんね」


 ほのぼのとした会話だが、それは隣国の大軍がここへ攻め込んでくる時期が早まるということでもある。


 真一たちとしては、親しくなった人々のために何かしてあげたいという気持ちはある。


 しかし、相手は一万人を超える軍勢だ。真一たちだけでは、手も足も出せない。


 特に、真一にとって何よりも守らなければならないのは、彼の教え子である早瀬阿左美だった。


 異世界に来てまで何を言っているのだと思われるかもしれないが、彼にとって最優先すべきなのは彼女の安全なのだ。


 もちろん、他のメンバーの命も大切だ。しかし、彼女たちはこの世界の住民である。


 対して、早瀬阿左美は、彼女たちの世界の都合で召喚された異世界人なのだ。





 朝食を終えると、真一たちは当初の目的であるエリチンの故郷へ向かって出発した。


 リコンの街の南側にある門をくぐると、そこはエルフの森の入口になっていた。


「人間と共存関係にあるため、この森には道が作られている」


 雪を踏み固めつつ先頭を歩くエリチンが、そう説明した。


 通常、エルフは森の中に道など作らない。


 いや、そもそも彼らに道など必要ないのだ。


 エルフは人間の街の中では迷うことがあるが、森の中では、どれほど草木が生い茂っていても目的地を見失ったりはしない。


 さらに草木を自在にコントロールできるので、植物たちが左右に避けて道を作ってくれるし、その植物たちから情報を得ることもできるのだ。


 よく通る経路が自然に獣道のようになることはあるが、それも決して意図的なものではない。


 しかし、リコンの街からエルフの集落までは、馬車が通れるほどの幅がある道が切り開かれていた。


「エルフの集落って遠いの?」


 阿左美がそう聞くと、エリチンが答えた。


「雪がなければ三時間ほどで着くが、今の季節ならその倍はかかるな」


 実は、この道をエルフたちはほとんど使わない。


 大量の荷物を運ぶために馬車を使う時などは別だが、普段は、わざわざ森の中を移動しているらしい。


「確かに、全然人が通った形跡がありませんね」


 足跡のついていない真っ白な道が、森の中を走っている。


 ミントがエリチン越しに進行方向を見ながら、そう言った。


 積もった雪の深さは1メートル以上もあり、筋肉除雪エルフがいなければ、丸一日歩いてもエルフの集落には着けなかったかもしれない。


「この森にも、エルフの呪いがかけられているの?」


 エルフは、自分たちが管理する森に結界を張ることがよくある。


 早い話、それは警報装置のようなもので、許可を得ずに人間が立ち入ると、方向を見失って同じところをグルグルと歩き続けたり、いきなり激しい眠気に襲われて寝込んでしまったりする。


「これだけ広い森だと、全体に結界は張れないから、外縁部や水場などに限定して結界が張られているだろうな」


「どんなやつ? いきなり血を吐いて意識を失ったりするとか? 身体が石になるとか?」


「ここがエルフの森だと知らずに、迷い込んでくる人もいるだろうから、そんな恐ろしいものではないはずだ」


 エルフは気位が高く、排他的ではあるが、すべてを拒絶しているわけではない。


 森に害をなす者にはそれ相応の報いを与えるが、そうでない者にまで無差別に攻撃するようなこともないのだ。


「冒険者なんかをやっていると、時々エルフの話を聞くけど、森に迷い込んだ子供を村まで誘導したり、遭難した旅人にそっと食べ物をくれたりするって」


 阿左美とエリチンの会話に、シラクサがそう言って加わってきた。


「人間同様、エルフにも色々な人がいるということだ」


「確かに、物凄く説得力があるな」


 真一がエリチンの背中を見つめつつ、しみじみとそう呟いた。


「もしかして、今も私たちをエルフが見張っていたりしない?」


 阿左美が周囲を見回しながらそう言った。


「いいや、気配は感じないな」


 エルフは植物を通して周囲の情報を集めることができる。


 しかし、それ以外にも精霊の声を聞いたり、動物の目や耳を通じて離れた場所の様子を探ったりできる者もいた。


 そういった方法で見張られていた場合は、さすがのエリチンにも分からない。


 だが、少なくともエルフ自身の気配は周囲に感じられなかった。


「この道の周囲には結界も張られていないし、本当に人間とエルフは信頼し合っているのだな」


 冬の森は静かだった。


 真一たちは、歩きにくい雪道を黙々と歩き続けていった。


「そろそろ集落に到着するぞ」


 エリチンがそう言ったが、人間たちにはそれらしい兆候はまったく感じられなかった。


 すると、一行の目の前に、大きな丸太を組み上げて作った門が出現した。


「えっ?!」


「集落は幻惑の魔術で隠されているのだ」


 驚く真一たちに、エリチンがそう説明した。


 ちなみに、門は開いているため、そのまま集落の中へと入っていける。


「ん? 今の時期に人間とは珍しいな?」


 エルフの集落も人間のそれと同じで、門番が二人立っていた。


 背中に弓を背負い、手には槍を持っている。


 ちなみに、エルフも冬は寒いらしく、防寒着を着込んでいた。


 その門番たちがエリチンを見て驚いた。


「オーガだ、オーガが攻めてきた!!」


 そして、そう叫びつつ、そばに設置されていた警鐘を慌てて鳴らしまくる。


 ちなみに、オーガとはファンタジーゲームによく出てくる人型のモンスターで、イメージとしては大男の鬼である。


 彼らの視線は、当然ながらエリチンに向けられていた。


「凄いな。今まであちこちの人間の街や村に行ったけど、ここまで大騒ぎになったのは初めてだ」


「先生、落ち着いている場合じゃないよ」


 エルフの集落の方から、手に手に武器を持ったエルフたちが押し寄せてくる。


 門番の二人も弓を構えると、矢をつがえてエリチンに狙いをつけた。


「間違っても武器を抜くなよ」


 真一がそう言うと、皆が無言で頷いた。


 集まってきたエルフは百人ほどだろうか。男女の比率は半々だが、とりあえず皆若くて美形だ。


「うわぁ~、エルフがいっぱい。本当に皆、美形ばっかりだ」


 阿左美が嬉しそうにそう言った。


「人間、これはどういうことだ。我らの集落にオーガを連れ込むなど、決して許されんぞ!!」


 一目で偉い人だと分かるエルフの男性が、細身の剣を抜きながらそう言った。


 その姿を見て、それまで無言だったエリチンがハッとなる。


「父上」


 そう言って、外套のフードを取った。


 筋肉質の巨体の上に、耳の尖った美形の顔が乗っている。


 それを見て、エルフたちが驚いた。


「誰だ、貴様は?! オーガの息子など持った覚えはないぞ!!」


 顔と体を見比べた結果、身体の方を重視したらしい。エリチンに父上と呼ばれたエルフが、そう怒鳴った。


 その声を合図に、周囲のエルフたちも一斉に武器を構える。


「ムゥ……」


「さ、さすがに可哀想になってきたな」


 真一がエリチンとエルフたちを交互に見て、そう言った。


「あ、あの、彼は本物のエルフです。名前はエリチン・ボデー。千年間、森の中でひたすら体を鍛えていたので、このような状態になりました」


「ボデー?」


 それを聞いて、一同が指揮を執っているエルフに注目した。


「隊長と同じ苗字だけど……」


「エリチンって、確か、千年前に毎日筋トレをしていた奴だよな」


 かなり動揺が広がっている。


「エリチン、自分がエルフだって証明できること、何かやってみたら?」


 阿左美が小声で彼に囁いた。


「分かった」


 そう頷いて答えると、エリチンはエルフたちを刺激しないように、ゆっくりと前に進み出る。


 そして、バッと外套を脱ぐと、横を向き、上半身だけ正面に向けて左腕を右腕で握った。


 それは見事なポージング、サイドチェストだった。


「ムンッ!!」


 さらに白い歯を見せて、身体の暑苦しさとは正反対の爽やかな笑顔になる。


「やっぱりオーガだぁああああ!!」


 エルフたちがそう叫んで、再び武器を構えた。


「エ、エリチン……俺はお前のそのブレないところは好きだけど、今はやめてほしかった」


 真一が蹲ってそう言う。


「何でもかんでも筋肉で解決できると思ったら大間違いだよ!!」


 阿左美にもそう突っ込まれる。


「ば、馬鹿な。筋肉は言葉の壁すら越えるというのに……」


「今は、どんどん距離が離れてるよ!!」


「エリチン、早瀬に突っ込まれるなんてよっぽどだぞ」


 もう、この場は逃げるしかないなと、諦めかけた時だった。


「エリチン!!」


 集落の方から、一人のエルフの女性が駆け寄ってきた。


 そして、武器を構える仲間たちをかき分けて進み出ると、そのままエリチンの前に飛び出した。


「や、やめろ、危ない! 皆、武器を下ろせ!!」


 隊長――まだ確定ではないが、エリチンの父親らしき男が、慌ててそう命じた。


「母上」


「あ~、やっぱり、私の可愛い坊やだわ」


 どう見ても二十代前半にしか見えないその女性エルフが、エリチンに駆け寄り、そのまま抱きついた。


「こんなに立派になって。あなたはやり抜いたのね」


「ええ、母上。ご無沙汰いたしておりました」


 感動の母子の再会のはずなのだが、ゴリラに若い女性が抱きついているようにしか見えない。


「お、お前……本当にエリチンなのか?」


「当たり前でしょう。ちょっと会わなかっただけで、自分の息子の顔を忘れたの?!」


「千年って、ちょっとなのか?」


「普通なら、子供の存在すら忘れそうだけど」


「とりあえず、攻撃はされずに済みそうですね」


 ヴァレリアン、シラクサ、ミントの順でそう言った。


「わ、忘れるものか。ああ、最初から分かっていたぞ。ちょっとからかっただけだ。ジョークだよ、ジョーク」


 エリチンの父親が武器を収めると、ハハハとわざとらしく笑いつつ、妻と息子へ近づいていく。


「久しぶりだな、エリチン。な、なんと言うか、身体が一回り大きくなったな」


 なんて控えめな表現だと思いつつ、真一たちも緊張を解く。


「父上のような立派な戦士になりたかったのです」


「へぇ~、そうなんだ」


 例えるなら、剣道の有段者である父親のような戦う男になりたいと言っていた息子が、プロレスラーになったようなものだ。


 父親としては、さぞかし複雑な心境だろう。


 その点、母親の愛というものは相当許容範囲が広いらしい。とりあえず息子が帰ってきてくれたというだけで、ほとんどのことは大目に見られるようだ。


「なんだ、オーガじゃなかったのか」


「ビックリしたなぁ~」


「こんなに驚いたのは、二百年ぶりだよ」


 エルフたちも皆、口元を引きつらせつつ笑っている。


 しかし、その時だった。


「今更、何をしに戻ってきた!!」


 一人の男性エルフが、そう怒鳴りながら進み出てきた。


 はっきり言って、外見は全員若くて美形なため、正直なところ、ほとんど見分けがつかない。


「ゴルピー」


 驚いて息子から体を離したエリチンの母が、そう言った。


「ゴルピー? では、彼が?」


「ええ、そうよ。あなたの弟よ」


「うわぁ~、こっちは本物のエルフだ」


「早瀬、分かっているだろうが、エリチンも……まあ、いいや」


 彼の名前はゴルピー・ボデー。年齢は約九百歳で、エリチンがこの集落を出た後に生まれているため、実の兄弟ではあるが、これが初対面である。


 しかし、定期的にやり取りしていた手紙で、その存在は知っていた。


「ゴルピー、さあ、あなたのお兄さんよ。挨拶をして」


「僕は、そんな奴を兄とは認めない!!」


「何ということを言うんだ、ゴルピー?!」


 どうやら、弟は会ったこともない兄に対して対抗意識を持っているようだ。


 それは嫌悪と言ってもいいかもしれない。


「勝手にこの森を出て、一人で好きなことをしていたくせに、今更、何をしに戻ってきたんだ?」


 彼は再び、同じ質問をエリチンにぶつけた。


「私は今、冒険者をしている。そして、たまたま近くまで来たので、久しぶりに皆の顔が見たくなったのだ」


「冒険者だとぉ~」


 そう言うと、ゴルピーが真一たちの方を切れ長の瞳で睨みつけた。


「どうも、私はゴルピー・ボデーです。ようこそおいでくださいました」


 そう言って、丁寧に頭を下げる。


 どうやら、誰彼構わず噛みつくわけではなく、基本的には礼儀正しいエルフのようだ。


「これはご丁寧に」


「人間にとっては退屈な場所かもしれませんが、どうぞゆっくりしていってください」


「ありがとう。では、お言葉に甘えさせていただこう」


 そう答える真一に、ペコリと頭を下げると、ゴルピーは再びエリチンに向き直った。


「しかし、お前は別だ。さっさと帰れ!!」


「初めて会ったというのに、随分と嫌われたものだな」


「ごめんねぇ~、エリチン。きっと照れているのよ」


「まったく、いつまでたっても子供で困る」


 エリチンの父と母が、呆れてそう言った。


「そんな、反抗期の息子を哀れむような目で俺を見るな!!」


 ちなみに、エルフには反抗期はない。いや、あるにはあるが、長い年月をかけて穏やかに過ぎていくため、人間ほど分かりやすくはないのだ。


「すまないが、ゴルピー君。彼は我々の大切な仲間なんだ。彼も集落に入ることを許してもらえないだろうか?」


 真一がそう言うと、ゴルピーは少し考え込んだ。


 そして、キリッと表情を引き締めると、初対面の兄を指さした。


「では、勝負をしろ。それで僕に勝てたら、集落に入ることを認める」


「こら、ゴルピー! お前にそんなことを決める権利はないぞ!!」


 エリチンの父が慌ててそう言うが、どうやらゴルピーは折れるつもりがないようだ。


「どうした、逃げるのか、エリチン?!」


「くだらない挑発だが、いいだろう。弟から初めての我儘だ。兄として受けて立とう」


 こうして、里帰りするなり、兄弟げんかから対決をすることになったのだった。

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