第85話 トメさんとミューム
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
しかし、実はその復活した魔王とは真一の事だった。
フラーノ城塞でのインキュバス討伐依頼を達成した勇者パーティーは、エリチンの故郷があるリコン領へと向かう。
しかし、そこは隣国トルタロス王国に狙われていた。
「開けた雪原が続いているな」
馬ソリの窓から外を眺めながら、ヴァレリアンがそう言った。
「この辺りは、全部畑みたいですね」
そう答えたのはミントだ。
どこにでもある穀倉地帯の冬の光景だった。
そして、前方には大きな森がある。
「あれが、俺の故郷の森だ」
相変わらず、自分の足で歩きながら筋トレをしていたエリチンが、その森を指さしながらそう言った。
「えっ、本当?!」
それを聞いた阿左美が馬ソリから降りて、彼と並んで歩き出した。
「うわぁ~、大きな森」
確かに、森の管理者たるエルフが住む森は、木々がよく育っているため、一目で分かる。
「あれ? 森の手前に街があるけど」
「あそこがリコンの街だ」
「へぇ~、人間の街とエルフの森がくっついているんだ」
これはとても珍しいことで、人界中を探しても、めったにない。
それを馬ソリの中で聞いていた真一は、何かを思い出したように「ん?」と声を漏らした。
「アルメシア王国とトルタロス王国の国境にあって、エルフの森と隣接した人間の街……どこかで聞いたことがあるような」
それは、まだ真一と阿左美がこの世界に召喚されて間もない頃に得た情報だった。
隊商護衛の依頼を受けてシンインの街へ向かう途中、飢饉が続いているトルタロス王国が、国境にあるエルフの森を狙っているという話を聞いたのだ。
そして、アルメシア王国は、自国領であるにもかかわらず、エルフが住む森のために真剣に戦うつもりはなく、切り捨てるつもりだとも言っていた。
「えっ? 何の話?」
「そうだろうな。お前は絶対に覚えていないよな」
きょとんとした表情になっている阿左美に、真一が爽やかな笑顔でそう答えた。
「どのみち、この雪では軍勢は動かせない。攻めてくるとしたら、春になってからだろう」
さすがは騎士と言うべきか、ヴァレリアンがそう言った。
「ここが戦場になる前に、離れないといけないな」
「先生、エリチンの故郷を守らないの?」
「トルタロス王国は、エルフの森から流れる川が欲しいんだろ。森の中に攻め込んだりはしないよ」
そもそも、森の中でエルフと戦って勝てるわけがない。
森を焼き払えば話は別だが、それでは森を水源とする川も枯れてしまう。つまり、本末転倒というわけだ。
「実は、あの森は千年前の魔族侵攻時に一度焼けている」
エリチンが、まだかなり距離のある森を眺めながらそう言った。
「その時に、あの隣接するリコンの街が我々を匿ってくれたのだ。そして、人間とエルフで力を合わせて戦い、勇者が率いる人界軍が駆けつけてくるまで、必死で持ちこたえた。当時、私はまだ幼い子供だったが、あの時の恐ろしさは今でも覚えている」
「なるほど。それで今でも人間とエルフが仲良く暮らしているわけね」
「そうだ。それに、リコン領の領主は代々、人柄の良い穏やかな人が多くてな。そのおかげで、気位の高いエルフとも協力関係を維持できた」
「千年もの間、その関係を維持できるとは大したものだな」
真一が素直に感心している。
彼らを乗せた馬ソリは、人間の街リコンの門へと入っていった。
フラーノの街より広いが、住んでいる住民は少ないようだ。
千年前の魔族侵攻を防いだという城壁は異様に高く感じられるが、それ以外は平和な田舎町そのものだった。
「ほれ、お客さん方、着いたぞ」
手綱を引いて馬を止めると、御者がそう言った。
「世話になった」
真一が料金を手渡すと、御者は「どうも」と言って、ソリから馬を外し、厩舎へと引いていった。
今日は、この街で泊まることになるだろう。
「よし、まずはご飯にしよう!!」
阿左美がパンと手を叩いてそう言った。
「まあ、元々そのつもりだったからいいけど」
そう言ってから、真一は今くぐったばかりの門へと近づき、門番に声をかけた。
「ちょっと、すまない」
相手は若い兵士で、鎧の上から防寒着を着込み、右手に槍を持っている。
「なんだ?」
「この街に冒険者ギルドはあるか?」
「冒険者ギルド? あ~、そう言えば、そんなものがあったな」
このリコンの街の人口は約三千人。この規模なら、冒険者ギルドがあってもおかしくはない。
しかし、どうもあまり活躍はしていないようだ。
「この通りを真っすぐ進んだら、三つ目の角の右側にあるよ。トメ婆さんが受付をしているはずだ」
まるで煙草屋を案内するような気軽さだった。
どうやら、この街では冒険者を雇わなければならないようなトラブルなど、めったに起きないらしい。
「仕事を受けられないとなると、あまり長居はできないな」
元々、エリチンの里帰りのために寄っただけだったが、できれば少しでもお金は稼ぎたい。
もっとも、あまりゆっくりしていると、春の到来とともに隣国の軍隊が攻めてくるかもしれなかったが。
「いつ攻め込まれるか分からないのに、随分とのほほんとしているわね」
シラクサの言うとおり、見張りの兵士の数は少ないし、城壁などの補強も行われていない。
普通なら、街の男たちを集めて戦いの訓練をしたり、武器や鎧を集めたりしているはずだ。
「無血開城するつもりかもな」
「戦わずに降伏するっていうの?」
「なあ、エリチン」
「何だ?」
「この街が攻撃を受けたら、エルフも一緒に戦ってくれるのか?」
「いいや。魔族が攻めてきたなら共闘するが、人間同士の戦いには関与しない」
「そうだろうな」
この街を守るために森のエルフが戦えば、それがきっかけで人間対エルフへと戦火が拡大する可能性がある。
とてもではないが、そのようなリスクを背負ってまで、この街を助けることはできないだろう。
もちろん、全人界の敵である魔族が相手の場合は、まったく問題ないが。
とりあえず、空腹の阿左美の腹を満たすため、その冒険者ギルドへ向かうことにした。
フラーノの街に比べて積雪は少ないが、それでも大通りはきれいに除雪されており、歩きやすくなっていた。
そして、街の大通りに面して屋台が出ており、食材や日用品などが売られている。
「あっ?!」
毛皮を売っている店を見て、阿左美が驚いた。
「本物のエルフだ!!」
そう、その店の店主は、耳の尖った男性のエルフだったのだ。
「いや、エリチンも一応、本物なんだけどな」
「あっちの店は、女性のエルフだ」
本当に、この街はエルフと友好的な関係を築いているようだ。
これまで訪れた人間の街では、エルフなど見たことがなかった。
「やっぱり本物は違うなぁ~」
「だ、だから……」
普段の阿左美であれば、露店を見るなり駆け出し、あれが食べたい、これが美味しそうと言って大騒ぎをしていたはずだ。
しかし、今はエリチン以外のエルフに会えたことに感動し、空腹を忘れている。
そうこうするうちに、目的の冒険者ギルドへ到着した。
木造二階建ての普通の建物で、ここが冒険者ギルドだと聞いていなければ、間違いなく素通りしていたと思われる。
そもそも、人がいるようには見えない。
「もしかして、トメさん、亡くなっているんじゃ?」
「俺も、そんな気がしてきた」
シラクサの率直な感想に、真一が頷く。
「とりあえず、入ってみよう。行け、早瀬」
「ええっ?! 私が先頭?」
「当たり前だ。勇者とは、常にパーティーの先頭を進むものだからな」
「ったく、こんな時だけ」
そうぼやきつつも、阿左美が先頭になって冒険者ギルドへ入っていった。
扉を開いて足を踏み入れると、そこは一応、食堂のような場所だった。
埃がテーブルクロスのように白く表面を覆ったテーブルが並んでおり、奥には受付カウンターもある。
壁には、いつ貼られたものか分からない、変色した依頼書が二枚ほど貼り付いていた。
床は一応、掃除されているらしく、歩いても埃が舞ったりはしないが、足を踏み出すたびにギシギシと大きな音がした。
真一は壁に近づき、依頼書らしきものを読んだ。
「屋根裏に住み着いたネズミ退治、報酬は銅貨三枚。こっちは屋根に積もった雪下ろし、報酬は銅貨一枚……両方とも依頼日が十年前だな」
「先生、やっぱりトメお婆ちゃんは死んでいるんじゃないかな?」
「たとえ生きていたとしても、ここは店じまいしているのかもな」
その時、
「だぁ~れぇ~だぁ~?」
しわがれた老婆の声が、カウンターの向こうから聞こえてきた。
ここがダンジョンの中だったら、間違いなく全員が武器を構えていただろう。
「申し訳ありません、冒険者パーティーです」
カウンターの近くにいたミントが、怯えながらそう答えた。
「冒険者じゃと? 一体、何しに来た?」
そう言うと、腰の曲がった老婆が杖をつきながら姿を現した。
「ここって、冒険者ギルドだろ?」
「……そう言えば、そうじゃったな」
「あなたがトメさんですか?」
「いかにも。私がトリベールメディべデールじゃ」
略してトメさんか。皆が心の中だけで納得した。
「あなたがギルドマスターですか?」
「確か、そうだったと思うが、最後に仕事をしたのは何年も前じゃったからのう」
「これを見れば、何となくそれは分かるけど」
真一が、壁に貼られた依頼書を指さしながらそう言った。
「ねえ、お婆ちゃん。ここって食堂はやってないの?」
阿左美がそう尋ねると、
「悪いことは言わん、やめておけ。ここの料理はぼったくりじゃぞ」
元から皺まみれの顔をさらに歪ませて、そう言った。
「ここに貼られている以外の依頼は?」
「冒険者が寄り付かんのに、依頼なんか受けられるわけないじゃろ」
「駄目だ。ここは完全に開店休業状態だ。それでよく、トメさんは生活できているな?」
息子夫婦などが一緒に暮らしているようには見えないが。
「そんなもの、身体のあちこちを押さえながらプルプル震えていたら、近所の人たちが何とでもしてくれる」
「こ、このお婆さん、立派なクズだね」
「フンッ、世の中、要領よくやった者勝ちじゃ。フェ~ヘッヘッヘッ」
その時、扉が開いて誰かが入ってきた。
「こんにちは、お師匠様」
それは若い女性だった。
メイド風の服装で、濃い金髪をボブカットにした女性だ。左腰には、小柄な女性が持つには大きすぎる、立派な装飾の施された剣をぶら下げている。
彼女は、リコン領主ラムゼンに仕える、メイド兼護衛兼補佐官のミューム・ミフィーだった。
「おおっ、ミュームか。よく来たねぇ~」
まるで遊びに来た孫娘を迎えるように、トメさんが笑顔でそう言った。
「あら、珍しい。お客様ですか?」
「あ~、何でも冒険者みたいじゃぞ。こんな腐ったギルドに来るなんぞ、正気を疑うわい」
「いいのか、そんなことを言って。あんたはこの冒険者ギルドのマスターなんだろ?」
「そうだったのですか。ようこそ、リコンの街へ。私はミューム・ミフィーと申します」
そう言うと、ミュームが礼儀正しくお辞儀をした。
「これはご丁寧に」
真一たちも、彼女に順番に自己紹介をしていく。
「この街は平和でのどかですので、冒険者の皆さんにお願いしなければならないような依頼が、なかなか集まらないのですよ」
「みたいだな」
「それで、冒険者ギルドもご覧のような状態になってしまいまして」
「まあ、平和なことは良いことだけど。ところで、あなたとトメさんの関係は?」
「トリベールメディべデール様は、私の剣技の師匠なのです」
そう言えば、随分とごつい剣を持ち歩いているな、と皆が彼女の左腰に注目した。
それにしても、この腰の曲がった老婆が剣の師匠とは、にわかには信じられない。
「え~っ、嘘でしょう? こんなお婆さんが剣なんか振り回せるわけないじゃない」
空気を読んだり、言葉を選んだりすることなど一切できない阿左美が、ケラケラと笑いつつトメさんを指さした。
「まったくじゃ、フェフェフェ」
しかし、当のトメさんも一緒になって笑っていた。
「気をつけてください。お師匠様を見た目で判断すると、大変な目に遭いますよ」
「もしかして、今の、転んだらそのまま立ち上がれずに死んでしまいそうな姿は芝居?!」
「そうです。お師匠様は今でも百メートルを十一秒フラットで走れます」
ちなみに、女子の百メートル走の世界記録は、アメリカのフローレンス・ジョイナーが記録した十秒四十九である。
「あれは、森に勝手に入ったのがエルフに見つかって追いかけられたから、必死に逃げただけじゃ」
「森の中でそんなタイムを叩き出したのか? おまけに、エルフから逃げ切った?!」
「まあ、結局、正体がばれて怒られたがのう」
「確かに、そんな規格外のお婆さんは、トメ師匠以外にはいませんからね」
驚きながらも呆れていると、ミュームが手に持っていた手提げ袋をトメ婆さんに差し出した。
「どうぞ。お食事をお持ちしました」
「おお~、いつもすまんのぉ」
どうやら、この老婆が孤独死せずに済んでいるのは、弟子である彼女が世話をしてくれているからのようだ。
「そう言えば先生、私、お腹が減ったんですけど」
阿左美はそれを見て、自分が空腹だったことを思い出した。
「そうだったな。冒険者ギルドなら食事ができると思って来たのだが」
まあ、この街なら、ほかにも食事ができる店はあるだろう。
すると、ミュームがポンと手を叩いた。
「それでしたら、ぜひうちにおいでください」
「えっ?」
「私が住み込みで働かせていただいているお屋敷です。もちろん、ラムゼン様にお許しをいただかなければなりませんけど、私の主は来客が大好きですので、大丈夫だと思います」
「それはありがたいけど、本当にいいのですか?」
「ご迷惑でなければ、ぜひ」
冒険者ギルドがこのありさまでは、まともな情報収集などできない。どこかで腰を据えて話を聞けるのであれば、真一たちにとってはありがたかった。
阿左美の空腹も限界に近づいているため、ここは素直にお言葉に甘えることにした。




