第84話 リコン領へ
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
しかし、実はその復活した魔王とは真一の事だった。
フラーノの街で吹雪によって身動きが取れなくなっていた真一達の元に、サキュバスによって毎夜、兵士たちの生気が吸い取られているとフラーノ城塞の城兵から依頼が来る。
それを受け、城内でサキュバス捜索をするが、実はそれは男が好きな男の淫魔インキュバスだった。
被害者に死んだ人間がいなかったため、さすがに命を奪うのは可哀そうだと考えた真一達は、インキュバスを魔界に送り返すことにする。
12月17日
この日も死の谷から強い風が吹いていた。
それは死の谷を塞ぐように築かれているフラーノ城塞の城壁にぶつかり、その南側にあるフラーノの町を守っている。
そのおかげで、厳しい事に変わりはないが、かろうじて人が暮らしていけるのだ。
そして、ありがたいことに、今日は風は強いが雪は少なく、視界はかなり回復していた。
「よし、そろそろ行くぞ」
真一がそう言って、棺桶の表面を軽くコンコンと叩いた。
すると、遠慮がちに、内側からも同じく二回、軽く叩く音がした。
この中には、城兵に化けていたインキュバスが入っている。
彼が今、どのような姿になっているのかは分からない。
フレディー(本名ボリス)のままなのか、それとも本来の姿なのか。どちらにせよ、確かめようがなかった。
昨日、インキュバスを退治した(命を奪った)と説明し、棺桶に入れた彼の姿を城塞の守備隊長や騎士たちに見せてから、蓋を閉じ、釘を打ちつけて封をしたのだ。
一応、空気穴は開けてある。それに、インキュバスは一度精気を吸うと、二、三日は飲まず食わずでも問題ないと聞いていたので、余計な物は何も入れていない。
そもそも、倒した魔族の棺桶に食べ物など入れていたら、怪しくて仕方がないだろう。
その後、城主のドーセットシャーに報告し、今日、この棺桶を魔界に捨てることになったのだった。
城主ドーセットシャーと、手の空いている城兵たちが、三重に築かれている城壁の、北側から二枚目と三枚目の城壁の間に集まっていた。
そして、兵士たちの輪の中心には、真一たちのパーティーと、インキュバスを閉じ込めた棺桶が置かれている。
「よし、それでは早瀬、あの派手な鳥を呼び出せ」
「了解」
そう返事をすると、阿左美が勇者の紋章が彫られた金色の指輪を高く掲げた。
それは、神獣にして勇者の従者であるゴットバードを召喚するためのキーアイテムだ。
元々は勇者の子孫であるライディーン・ハモンの所有物だったが、どさくさに紛れて、いつの間にか彼女の物になっていた。
「勇者に従いし聖なる獣よ、神の使いたる神鳥よ……」
バッ! と両手を広げたり、祈るようなポーズを取ったりする。
「そういうのはいいから、さっさとやれ」
「え~、せっかく昨日の夜にシラクサちゃんと、いろいろなセリフやポーズを考えて練習したのにぃ~」
「お前は余計なことをすると、それがそのまま結果に結びつくだろうが。おかしな物を召喚したら困るから、シンプルにやれ」
「りょ~か~い」
渋々と勇者の指輪に魔力を集中させ、
「ほら、さっさと出てこい」
と投げやりに言うと、突然、空中にまばゆい光源が現れた。
「おお~っ?!」
集まっていた城兵たちが驚きの声を上げる。
そんな彼らの前に、光り輝く大きな鳥が出現した。
「これは、すごいな」
可愛らしいコスプレ姿の城主ドーセットシャーも感心している。
「今から、この鳥に淫魔の死体を魔界へ運ばせます」
真一がそう言うと、ドーセットシャーは頷いた。
そして、召喚されるなり、いきなり阿左美の頭をくちばしで突こうとして、取っ組み合いをしているゴットバードへ近づく。
「おい、鳥。そいつの頭を突いても、馬鹿が移るだけだからやめておけ」
「ひっどぉ~い!!」
自分に無防備な状態で近づいてきた人間の男をギラリと睨むと、今度はその頭にくちばしを向けた。
しかし、
「やめておけ」
真一に一睨みされると、ゴットバードは固まった。
さらに、ダラダラと汗が噴き出す。
ちなみに、通常、鳥には汗腺がないため、人間のように汗をかくことはできないはずだが、さすがは神鳥と言うべきだろう。
「偉いな。どうやら、お前には俺の正体が分かっているようだ」
そう言って、真一がポンポンと首筋を撫でてやると、ゴットバードはペコペコと頭を下げ始めた。
自分より弱い相手には偉そうな態度を取るが、立場が逆転すると、とたんに卑屈になる。
神獣の世界も、いろいろと大変なようだ。
「いいか、鳥。よく聞け。そこに転がっている棺桶を掴んで魔界へ行け。そして、一番近くにある街か村に置いたら現地解散だ。お前の世界に帰ってよし」
ゴットバードにだけ聞こえる声で、真一がそう命じる。
「分かったか?」
「クェッ」
「よし、それでは行け」
そう言って真一が離れると、ゴットバードは翼を広げて羽ばたき始めた。
そして、少し体を浮かせると、インキュバスの入った棺桶を足で掴み、高度を上げていく。
「途中で落とさないようにしろよ!!」
最後に真一がそう言うと、甲高い鳴き声を上げ、ゴットバードは死の谷へ向けて飛び去っていった。
「私が呼んだのに、なんで先生の言うことは素直にきくんだよぉ~!!」
と、阿左美が両手を振り上げて文句を言うが、もう見向きもしない。
「すごい力だ。死の谷を吹き抜ける風を物ともしないとは」
ドーセットシャーがそう言うと、真一が彼の前へ移動してきた。
「城主、これで淫魔退治の依頼は達成しました」
「うむ、よかろう。認める」
「ありがとうございます」
こうして、真一たちは淫魔退治の依頼を見事に達成したのだった。
ちなみに、ゴットバードはあっという間に死の谷を飛び抜けると、魔族側の門のそばにある街に棺桶を置き、そのまま光の粒子となって自分の世界に帰っていった。
1月20日
あの淫魔退治の日から、約一か月がたった。
相変わらず寒く、雪は積もりまくっているが、死の谷からの吹雪は少しずつ収まり、フラーノの街にも、馬車の代わりに馬ソリが来るようになった。
もちろん、三日のうち一日は、人も馬ソリも身動きが取れないほど激しく吹雪いていたが、それでも、家から一歩でも出たら、そのまま遭難するというほどではなくなっていた。
「よし、それじゃあ出発するか」
一か月以上、冒険者ギルドで缶詰状態になっていた真一たちが、さっそく行動を開始する。
エリチンの里帰りのために南へ下り、さらにアルメシア王国とトルタロス王国の国境を目指すのだ。
「馬車なら、ここから五日ほどで着くな。ソリでも同じだ」
「距離にして二百キロメートルってところだ」
東京から大阪までの直線距離が約四百キロメートルだから、そのちょうど半分ぐらいだ。
しかし、それだけ南へ下れば、フラーノの街よりはかなり暖かく、雪も少ないはずだった。
「できるなら、そこで春まで過ごしたいところだな」
そう言ったのはヴァレリアンだ。
冒険者ギルドの建物の中では、思う存分剣を振れないため、身体がなまって仕方がないと、ずっとぼやいていた。
フラーノの街より雪が少ないのであれば、外で稽古ができると考えているのだろう。
「両親に頼んでみよう」
エリチンがそう言うと、阿左美たちも喜んだ。
ただ、彼がそのエルフの森を出てから、千年以上がたっているのだが。
人間の感覚からすれば、それはもう歴史の単位である。人間の集落であれば、とうの昔に滅び、今では痕跡すら残っていないだろう。
発掘調査をしたら遺跡が出てくるレベルだ。
「それじゃあ、出発だ」
考えてみれば、真一と阿左美がこのアープルの世界に召喚されてから、これほど長い期間滞在した町はなかった。
少し名残惜しい気もするが、それをはるかに上回るほど、寒くて退屈な日々だった。
冬の北国では、盗賊や野盗もほとんど出没しない。
ターゲットとなる旅人や隊商がほとんどいないし、待ち伏せをするにしても、寒くて命がけになるからだ。
村などを襲えば、確実性は上がる。しかし、そこまで移動するのもかなり大変だし、もし襲撃に失敗すれば、それこそ雪の中で凍死するしかなくなる。
どちらにせよ、リスクが大きすぎるため、悪党たちは雪が降る前にアジトに引きこもるか、渡り鳥のように南へと移動していくのだった。
おかげで真一たちはのんびりと旅をすることができたが、その反面、盗賊や野盗退治、隊商護衛の依頼が激減するため、実入りの良い仕事も減ってしまう。
フラーノの街を出発し、馬に曳かれたソリに乗って移動している途中の村で、冒険者ギルドを見つけると、移動しながら受けられる依頼はないかと思い、立ち寄ってみた。
しかし、どこのギルドにも、雪かきや屋根の雪下ろしぐらいしか依頼はなかった。
「まだ金に余裕はあるけど、次からは冬の間は南の方へ行くべきだな」
真一がしみじみとそう言った。
フラーノの街を出発して今日で五日目。昼過ぎには、エリチンの故郷の森があるリコン領に到着する。
「ねえ先生。」
「なんだ早瀬?」
「もし、エリチンの故郷の人たちが皆マッチョだったらどうする?」
「やめろ、変なフラグを立てるな。」
真一が真顔でそう言った。




