第82話 竜殺しドーセットシャー
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
しかし、実はその復活した魔王とは真一の事だった。
フラーノの街で吹雪によって身動きが取れなくなっていた真一達の元に、サキュバスによって毎夜、兵士たちの生気が吸い取られているとフラーノ城塞の城兵から依頼が来る。
それを受け、城内でサキュバスを見つけるための魔方陣を使うために城主に許可をもらいに行くと、その城主はおぞましいことに男装だと女言葉に、女装をすると普通にしゃべれるという呪いにかかっていた。
12月16日
フラーノ城塞、通称「門」の城主ドーセットシャーは、元はヴァレリアンと同じ王国騎士だった。
隣国との国境で不定期に発生する小競り合いや、国内で発生する反乱、さらには盗賊や野盗の討伐で功績を挙げ、出世していった。そして、ついに一軍を任される将軍になったのだった。
そんな彼が特に活躍したのは、時折、城壁山脈を越えて人界へと紛れ込んでくる魔獣の討伐だった。
凶暴で、体内に魔力を持つ魔獣にとって、穏やかな人界は絶好の餌場である。
縄張り争いに敗れた翼竜などが、餌を求めて時折こちら側へやって来るのだった。
彼は、それらを退治したり撃退したりしているうちに、「魔獣退治ならドーセットシャーに任せておけば大丈夫!!」と言われるようになった。そして、ついには魔界との最前線にあるフラーノ城塞の城主という大役を任されることになる。
実は、国同士の戦いや盗賊・野盗の討伐で手柄を立てれば、領地や褒賞を受け取ることができる。しかし、魔獣退治の場合、討伐に対する報奨金が用意されていなければ、得られる報酬は基本的に魔獣の牙や爪などを売って得た金だけだ。しかも、魔獣に城壁山脈の北側へ逃げられた場合、それすら手に入れることができない。
そのくせ、魔獣討伐は人間を相手にするよりもはるかに危険なのだ。
要するに、ハイリスク・ローリターンである。
面倒くさいから、あいつに任せておけ。とはいえ、普通に命じても嫌がるだろうから、「人界の守り手」や「モンスターハンター」などとおだて、それなりの地位を与えておけば、調子に乗って働いてくれるだろう――ということになったわけだ。
彼自身も、「なんか俺、都合よく使われているなぁ~」と気づいてはいた。
しかし、「人界の平和は貴公の双肩にかかっている」と国王から直々に言われては、断るわけにもいかない。
さらに国王は、王城の宝物庫から「ウィンド・フィール」という魔剣を持ってこさせ、自ら彼に褒賞として手渡した。
これは風の精霊の加護を受けた剣で、敵の攻撃を自動的に回避してくれるという優れ物だった。
このような辺鄙な土地で面倒な仕事を任される代わりに、魔剣をもらい、さらに領地として南方のかなり肥沃な土地も与えられている。そこで妻子が穏やかに暮らせていることを考えれば、まあ仕方がない。
そう諦めて、この城塞で真面目に職務を果たしていたのだが、二年ほど前、魔獣ハンターの異名を持つ彼ですら腰を抜かすほどの大物が城壁山脈を越えてやって来た。
翼竜などという小物――普通の人間にとっては、それでも十分以上に恐ろしい存在だが――ではない。本物のマスタードラゴンだった。
千年前の魔族侵攻時には、一匹で人界の軍勢と互角に戦い、いくつもの城や町を滅ぼした超大物の魔獣である。
マスタードラゴンは、人間よりも知能が高いと言われている。
つまり、腹を空かせて思わず人界に来てしまった翼竜などとは違い、城壁山脈を越える危険性を十分に理解しているということだ。
要するに、人間など恐れるに足らず、危なくなれば逃げればいいと、きちんと計算できる厄介な相手なのである。
一見すると、翼竜が一回り大きくなっただけのように感じるが、体内の魔力も強大で、種族によっては炎や冷気、雷などを口から吐き出すこともある。
そのはぐれマスタードラゴンが、フラーノ城塞近くの村で家畜を襲ったという報告が届いた。
「ドーセットシャー将軍、いかがいたしましょう?」
まだ呪いを受ける前、まともだった頃の彼に、守備隊長たちが真っ青な顔で詰め寄ってきた。
それも当然だろう。この城塞に立て籠もって迎え撃つのであれば、戦いようもある。しかし、討伐対象はすでに人界の内部へ侵入しているのだ。
つまり、城塞の外へ出て戦わなければならない。
門である城塞を無人にするわけにはいかないため、出陣できる兵力は限られている。
十個ある守備隊のうち、どの隊が出撃するのか。それによっては、覚悟を決めなければならなかった。
「出陣する兵力は百名。各隊から精鋭を集める。そして、当然ながら私が陣頭指揮を執る」
ドーセットシャー将軍は、怯える部下たちにそう命じた。
「ええっ!? そ、そんな少人数で?!」
当然、皆が驚いた。しかし、彼にしてみれば、千人の烏合の衆よりも百人の精鋭の方が、ドラゴン退治では有効だと分かっていた。
さらに言えば、マスタードラゴンと正面から戦うことが自殺行為であるのも、十分に理解していた。
彼は部下たちとフラーノ城塞を出ると、まずは目撃情報を集めた。
家畜を襲われたという村人。畑仕事をしていた際、頭上を飛び去るドラゴンを目撃したという農民。川遊びをしていたところ、偶然近くにドラゴンが降りてきたという子供。
それらの情報をまとめると、おおよそのドラゴンの行動範囲が分かってきた。さらに幸いなことに、今のところ人的被害は出ていなかった。
「ドラゴンの巣は、この洞窟だな」
ドラゴンは空を飛べるが、身体が大きいため、あまり長距離を移動することはできない。
さらに、その巨体を休めることのできる巣の場所も、かなり限られている。
モンスターハンターとして培った知識と勘を頼りに、彼はドラゴンの巣の位置を割り出し、深夜にそこへ近づいていった。
洞窟へ近づくにつれて、次々と痕跡が見つかった。
熊や猪のような獣の死骸や、巨大な糞が森の至る所に転がっているのだ。
「森の獣が食べ尽くされたら、次は家畜や人間が襲われる」
ドラゴンは間違いなく肉食だ。
洞窟に到着すると、周囲を警戒しながら、入口付近に爆薬を仕掛けた。
これを爆破して入口を塞げば、うまくいけばドラゴンを生き埋めにできる。
たとえ失敗しても、洞窟の中に閉じ込めることができれば、外へ出てくるまでに時間がかかるはずだ。その間に洞窟の周囲へ大型魔獣退治用の大型弩を設置したり、大規模な攻撃用魔法陣を作ったりすることができる。
疲れ果てたドラゴンが洞窟から顔を出した瞬間に攻撃を浴びせれば、かなりのダメージを与えられるはずだった。
「将軍、爆薬の設置が完了しました」
夜明け前、作業を終えた部下がそう報告した。
あとは、魔術師に発火の魔術で起爆させてもらうだけだ。
「よし、全員退避しろ」
さすがの彼も、マスタードラゴンを退治したことはなかった。
そもそも、千年前の戦い以降、マスタードラゴンの姿を見た者すらいないのだ。
この討伐に成功すれば、彼は伝説の称号である「ドラゴンスレイヤー(竜殺し)」と呼ばれ、吟遊詩人たちがこぞってその功績を称えることだろう。
「退避完了しました」
「よし……」
彼がそう言って点火の合図を送ろうとした時、背後でバキバキと大きな木の枝や幹が折れる音が響いた。
驚いて振り返ると、全身が黒い巨大なドラゴンが、真紅の瞳で彼らを見下ろしていた。
「えっ……あれ?」
彼らは知らなかったが、討伐対象のドラゴンは夜行性だったのだ。
【人間どもよ、ここで何をしている?】
ドラゴンはグルルと唸っているだけなのに、人間の言葉が頭の中に響いてくる。
「た、退避~!!」
ドーセットシャーは咄嗟にそう命じた。
この戦いで、彼は右目と国王から授かった魔剣を失ったのだった。
「うわぁ!!」
ドーセットシャーがベッドの中で飛び起きた。
室温は、かろうじて水が凍らない程度の寒さだったが、額には汗が浮かんでいる。
ドラゴンとの戦いで失った右目を押さえ、そのまま傷跡に沿って指を滑らせる。
よく鍛えられた肉体。さらに、かなり毛深いその身体を、ピンク色のスケスケネグリジェで覆っていた。
「ドーセットシャー様、どうされました?!」
扉の前で見張りをしていた二人の騎士が、驚いて剣を抜きながら駆け込んできた。そして、彼の姿を目にした途端、固まった。
「恐ろしい夢だった」
「そ、そうですか。我々も今、それを見せられているような心境です」
騎士たちは、そう言うのが精いっぱいだった。
この時、城主はピンクのスケスケネグリジェ姿だったのだ。
朝食を終えた真一たちは、昨日ミントが魔法陣を描いた広間へやって来た。
まずは、ミントが夜の間に誰かが魔法陣に手を加えていないか確認する。
もし消されていたり、細工をされていたりした場合、それは妨害者、つまりサキュバスが城塞内にいる証拠になると考えたのだが……。
「大丈夫です」
彼女がそう言った時、昨日、冒険者ギルドに依頼に来て、そのまま城塞を案内してくれた兵士がやって来た。
「昨夜は、さすがの淫魔も大人しくしていたようだ。新たな被害者は出ていない」
「そうか。しかし、そうなると、この城塞から逃げ出した可能性も出てくるな」
死人が出るのは困るが、誰かが死なない程度に精気を吸われていれば、淫魔サキュバスがこの城塞に残っている証拠になる。
「こちらの準備はできた。兵士を案内してきてくれ」
「分かった」
彼はそう言うと、今朝まで城壁の警備をしていた兵士たちを呼びに行った。
「シンイチ殿」
ヴァレリアンが真一に近づき、そう呼んだ。
「どうした?」
「もし、今日、残りの者たちを調べても魔族の反応が出なかったら、どうするのだ?」
「確かに、そうなる可能性もあるな」
実は、城兵たちの精気を奪ったのは淫魔ではない。あるいは、淫魔に間違いないが、すでにフラーノ城塞から逃げている。もしくは、ミントが描いた魔法陣のチェックを何らかの方法ですり抜けた――など、いろいろな可能性が考えられた。
そもそも、これだけ大騒ぎして調べているのだから、相手が身の危険を感じているのは間違いないはずだ。
相手は魔獣ではなく、知性を持つ魔族である。
何らかの反応があるはずだった。
それが攻撃的なものであれば、真一たちが退治しなければならない。
「とりあえず、騎士や兵士が全員人間だと分かっただけでも成果ありだ」
「確かに、そうだが……」
城塞で勤務する騎士や兵士たちが、自分たちの中に淫魔がいるかもしれないと疑心暗鬼になることだけは避けられる。
「先生、サキュバスかどうか、全員裸に剥いたら分かるんじゃない?」
「相変わらず、勇者としての自覚がない発想だな」
男の精気を吸い取る女淫魔、サキュバスは、同性である女性なら赤ん坊から老婆まで好きな姿に変身できるが、性別そのものは変えられない。
つまり、騎士や兵士に紛れ込んでいるとすれば、男っぽい外見の女に化けているはずなのだ。
「もちろん、私たち乙女組は見ないよ。調べるのは先生とエリチンでよろしく」
「三千人の男たちの全裸を見せられるなんて、どんな拷問だよ」
「全員が筋肉ボディーだったら、私は構わないぞ」
そんな話をしているうちに、最初の守備隊員たちが広間に入ってきた。




