第81話 サキュバス狩り
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
しかし、実はその復活した魔王とは真一の事だった。
フラーノの街で吹雪によって身動きが取れなくなっていた真一達の元に、サキュバスによって毎夜、兵士たちの生気が吸い取られているとフラーノ城塞の城兵から依頼が来る。
それを受け、城内でサキュバスを見つけるための魔方陣を使うために城主に許可をもらいに行くのだった。
12月15日
「フラーノの街に出るときは、(男物の)普通の服を着るか、鎧を身に着けている。そして、一切しゃべらない」
ツインテールにリボンだらけのフリフリドレス姿のドーセットシャー将軍が、熱い胸板の前で太い腕を組み、そして低くて渋い声でそう言いつつ、隻眼で真一達をギロッと睨みつけた。
「なるほど、身分の高い領主に気軽に声をかける平民もいないだろうから、それで誤魔化せるな」
「その通り。しかし、城塞内では、いつ魔族の襲撃があるか分からないから、指揮を執るためにこの格好をしている」
フラーノ城塞の城主の部屋で、真一達はドーセットシャーの話を聞いていた。
鎧姿の彼にお姉言葉で命令されるか、女装姿の彼の指揮を受けるか。
「どっちもキツイね」
真一の隣の椅子に座っていた阿左美が、胃の辺りを押さえつつそう言った。
「ま、まあ、いい。今回の依頼は、城主にかけられた呪いを解くことではなく、城塞内に潜伏しているサキュバスの退治だ」
そのためには、城兵達を魔族探知の結界の上に立たせなければならない。今回は、その許可をもらいに来たのだ。
「全員を一斉に、というのでなければ許可しよう」
「ありがとうございます」
フラーノ城塞は、十個の守備隊で守られている。
普段は三個部隊ずつ、日替わりの三交代制で、城壁の警備、訓練、休養の順にローテーションを組んでいる。
そして、残りの一個部隊は城主の直属で、彼の警護などを担当していた。
「では、まず今日、非番の三隊から調べよう」
真一は、冒険者ギルドに依頼に来て、そのまま彼らの案内をしている兵士に、各隊への伝言を頼んだ。
「ベッドで寝込んでいる者以外は、例外なしだ。点呼を取って、漏れがないようにしてくれ」
「分かった」
兵士達のチェックが終わったら、次は下働きをしている男達だ。
城塞には、馬の世話係や兵士達の食事を作る厨房係、その他、城塞の施設を維持管理する者達まで、騎士や兵士以外にも百人近くの男達が働いている。
彼ら全員が城塞の中で暮らしているわけではなく、大半は街で暮らし、朝になると城塞に出勤していた。
そのため、夜には皆が帰宅しており、騎士や兵士が就寝している時間帯には、ほとんど城塞内にいない。
それでも、兵士達の中に男装したサキュバスが混ざっていなければ、彼らも調べなければならなくなるだろう。
城塞の中で最も頑丈で広いのは、戦時に作戦室となる広間だった。
普段は式典やパーティーなどに使われているが、今はそこにミントが魔法陣を描いていた。
白い塗料でまず大きな円を描き、その中に複雑な模様と文字を書き込んでいく。
「さすがは神官だ」
「恐れ入ります。対淫魔用ですので、必ず正体を暴けるでしょう」
本人も最近忘れがちだが、彼女は勇者神殿の優秀な神官なのだ。
「ねえ、ミントちゃん。サキュバスがこの魔法陣に入ったら、どうなるの?」
そう言いつつ阿左美が魔法陣に近づいたので、シラクサが慌ててそれを止めた。
「駄目だよ、アザミがそれに触れたら、勇者効果で魔法陣が無効になるかもしれない」
「あっ、そうか」
彼女が身に着けている元の世界のブレザーには、先代勇者の装備の特殊効果がそのまま移植されているのだ。
毒、炎、氷、雷の魔術攻撃はほぼ無効化され、さらに怪我をしてもすぐに治り、燃やされても破かれても、すぐに修復される。
おまけに、血行促進、疲労回復、滋養強壮、超高速移動も可能になっていた。
そのようなスペシャル装備を身に着けた状態で魔法陣に触れたら、その効果を打ち消してしまう可能性が高かった。
「我々が触れても、反応はしないのか?」
ヴァレリアンがそう尋ねると、ミントは、
「はい。魔族以外の者がこれに触れても、何も起こりません」
と答えた。
「じゃあ、魔族がこれに入ったら?」
「笑い転げます」
「……えっ? 何だって?」
「立っていられないほど、笑い転げます」
「何で?」
「それは分かりません。ただ、そういう仕組みになっています」
「勇者神殿って、一体……」
その時、ミントが最後の文字を書き終えた。
「完成です。この砦の魔法陣よりも数段強力ですから、上級魔族クラスでも無効化はできないでしょう」
魔術の基本は、魔力が強い者は、弱い者の魔術を弱体化、もしくは無効化できるということだった。
それは障壁と呼ばれるもので、要するに、魔力が強い者ほど頑丈なバリアーを自分の周囲に張っているのだ。
そして、それは魔法陣も同じだった。魔力が弱い者の描いた魔法陣に、その術者よりもはるかに強い魔力を持った者が入っても、その効果を打ち消したり、誤魔化したりできるのだった。
今、ミントが描いた魔法陣には、その力を増幅するブースト効果が何重にもかけられている。彼女よりもはるかに魔力が強い上級魔族でも、無効化できないようになっていた。
「上級魔族がこれに入れば、笑い転げるとまではいきませんが、膝を叩いて笑うぐらいはします」
「そ、そうか」
真一は素直に感心できず、困ったような表情を浮かべていた。
何故なら、ミントは一切ふざけておらず、真剣そのものだからだ。
これは彼女の責任ではなく、彼女にこの魔法陣の描き方を教えた者の責任であり、それは勇者神殿だった。
「それじゃあ、この魔法陣に入った者が正体を現したら、すぐに捕まえられるように、皆、配置についてくれ」
彼がそう言うと、仲間達が魔法陣を囲むように並んだ。
今回に関して言えば、相手は男から精気を奪う淫魔だ。どちらかと言えば、女性陣の方が戦力になるだろう。
「そういえば、女性の兵士はいないのか?」
真一が、案内についている兵士にそう尋ねた。
「王国には人数は少ないが、女性兵士はいる。しかし、ここには配置されていない」
「理由があるのか? ここは環境が厳しいからとか、最前線だからとか」
「いいや、妊娠されると面倒だからだ」
「あ~、なるほど」
この城塞には、騎士達と同じように、王国中から兵士が集められてきている。
そして、二、三年間ここでの勤務を終えると、それぞれの故郷へと帰っていくのだ。
つまり、寄せ集めの男女が、このような陸の孤島のような場所にいて、暇を持て余した末についついやってしまい、子供ができると、後々大きな問題になるということだ。
そもそも、妊娠した女性兵士は、当然ながら任務につけなくなる。
「女性兵士がいるなら、一緒に淫魔の捕獲を手伝ってもらおうと思ったのだが、いないのでは仕方がないな」
そうこうするうちに、本日非番の兵士達がぞろぞろとやって来た。
全員、武器はもちろん、鎧や盾も携行していない。
「ミントさん、魔法陣に入るのは一人ずつの方がいいんだな?」
「いいえ、列を作って魔法陣の上を通り抜けるように進んでもらえれば大丈夫です。その中に魔族がいれば、その人だけ笑い転げますから」
「わ、分かった」
何にせよ、それなら短時間で多くの兵士をチェックできる。
一列に並ばせて、魔法陣の上を歩かせるだけでいいのだから、説明も簡単だ。
「はい、並んで並んで。そこ、列を乱さない。横入りも駄目だよ。子供じゃないんだから」
何故か妙に手慣れた様子で、阿左美が兵士達を統制している。
どうやら、元の世界でイベント慣れしていたようだ。
男である真一とエリチンは、魔法陣から少し離れて様子を見ていた。
精気を吸われた兵士達から聞いた話では、この城塞に潜入している淫魔は、男をいきなり昏睡させることができるらしい。
近づかれていきなり眠らされ、そのまま人質にされたりしたら面倒なことになるので、それを防ぐための措置だ。
彼らのそばには、ずっと行動を共にしている髭面の兵士がいるため、何かあれば彼に指示を伝えている。
「何の魔法陣だ、これ?」
「せっかくの非番だっていうのに」
「お~、あんた可愛いね。それに、変わった格好をしているな」
兵士達にはあまり詳しい説明をしていないため、皆、訳が分からずブツブツと文句を言っている。
今から淫魔の正体を探るために魔法陣でチェックをすると説明したら、本物の淫魔が変身能力を使って逃げ出す可能性があったからだ。
もっとも、城塞内で騎士や兵士達が精気を吸い取られていることは皆知っているので、何となく察してはいるようだが。
「彼で、非番の兵士は最後だ。ここからは、今日は訓練日の兵士達がやってくる」
一時間ほどで、三分の一の兵士のチェックが終わった。
今のところ、魔法陣の中で笑い転げた者は一人もいない。
トラブルとしては、魔法陣を通り抜けた後、阿左美達をしつこく口説こうとした兵士が、エリチンにつまみ出されたぐらいだ。
「先生、先生、私、ナンパされちゃった」
何故か嬉しそうに、彼女が真一にそう言った。
「まあ、ここの兵士達は女に飢えているからな。あと、お前の本性を知らないし」
「ひっどぉ~い!! それって、私が見た目だけってこと?」
「その通りだ」
魔法陣によるチェックを受けるのは、兵士達だけではない。騎士、それも守備隊長クラスも例外ではなかった。
当然、何故我々まで、とぶつくさ文句を言っているが、こちらは城主の許可を得ているので、逆らうことはできない。
結局、この日は城塞の兵士達のうち、三分の二のチェックを終えることができた。
残りは警備任務についているため、明日の朝まで続きはできない。
「食事と部屋を準備する。今夜はここに泊まっていってくれ」
最後の兵士のチェックが終わった時、案内の兵士がそう言った。
普段であれば冒険者ギルドへ戻るところなのだが、今も猛吹雪は収まっていない。
時間も夜になって暗くなっているため、四百メートルほどしか離れていない冒険者ギルドに戻るだけでも、かなり時間がかかるのだ。
そもそも、除雪マッチョエルフがいなければ、かなりの確率で遭難する。
「助かるよ」
真一がそう答えると、そのまま兵舎へと案内された。
このフラーノ城塞には常時三千人の兵士達が詰めているが、戦時に駆けつけてくる援軍用に、五千人分の宿舎が作られている。
冬以外であれば、城塞の敷地内やフラーノの街中に天幕を張って宿営させることができる。しかし、今のような冬には、それは死を意味するため、かなり余裕を持って設計されているのだ。
フラーノ城塞とは、三枚の巨大な城壁の総称である。
一番北側、つまり死の谷側にあるのは、高さ五十メートルもある、まさに巨大な壁だった。二枚目は、その城壁を越えてきた敵を防ぐための予備。そして三枚目は、城壁というより石造りの細長い建物で、そこには兵舎や武器庫などが入っていた。
真一達が案内されたのは、その三枚目の城壁内にある空き兵舎だった。
案内の兵士は男女別に二部屋を準備してくれていたが、真一がそれを断り、全員で大部屋を使わせてもらうことにした。
旅をしていると、男女で同じ部屋を使うことはそれほど珍しくないため、女性達からも抗議の声は上がらなかった。
それよりも、この城塞内にいると思われるサキュバスが、真一達を狙ってくるかもしれない。
万が一に備えて、全員がそろっている方が警戒しやすいのは間違いなかった。
二段ベッドが十個並んだ兵士用の居室。その中央付近に全員が集まり、運ばれてきた食事を食べ終えると、作戦会議を始めた。
「どう思う?」
まず真一がそう切り出すと、
「とりあえず、城主が気持ち悪かった」
阿左美がそう言い、皆が頷いた。
「しかし、あそこまで怪しすぎると、逆にあれが魔族とは考えられないな」
仮にも英雄と呼ばれる将軍を「あれ」呼ばわりするのはどうかと思うが、それほど衝撃が強かったということだ。
「私もそう思う。もしドーセットシャー将軍が魔族だったなら、あのような目立つ格好はしないだろう」
そう言ったのはヴァレリアンだ。
尊敬していた偉大なドラゴンスレイヤーの変わり果てた姿に、一番衝撃を受けていた彼女だったが、なんとか心の中で妥協点を見つけたようだ。
「でもシンイチ、もし本当にこの城塞の中にサキュバスがいた場合、今頃逃げ出しているんじゃないの?」
「確かにシラクサの言う通りだ。これだけ派手に捜索をしていて、大人しくあの魔法陣の中に入るとは考えられない」
「では、意味がないのではありませんか?」
そう言ったのはミントだった。彼女達が受けた依頼は、兵士達の精気を吸い取った魔族の正体を突き止め、退治することだ。
つまり、逃げられたら依頼を達成できない。
「さすがの魔族も、実体がある以上、この吹雪の中に出ていくことはできないだろう」
ゲインズ・ラモンのような幽体の魔族や、多少寒かろうが暑かろうがびくともしないシャドードラゴンならいざ知らず、人間サイズで実体のある魔族なら、この極寒には耐えられないはずだ。
もちろん、雪男や雪女のような魔族なら、逆にパワーアップするかもしれないが、淫魔は変身能力こそあるものの、肉体的には人間に近い……はずだ。
「となれば、先手を打ってくるかもしれない」
つまり、今夜のうちに真一達、正確には真一とエリチンの精気を吸いに来るということだ。
特に真一は、このパーティーのリーダーである。
彼が昏睡し、最悪の場合は命を奪われれば、淫魔探しどころではなくなるだろう。
「そこで、逆に罠を張ろうと思う」
彼がそう言うと、皆が「おおっ」と声を上げた。
冒険者ギルドに戻らず、敵がいる城塞に泊まることにした理由は、吹雪を避けるためだけではなかったということだ。
「ミントさん、広間の魔法陣をここにも描けるか?」
実体のある敵が相手であれば、エリチンの精霊魔術が役に立つ。
木製の扉や窓枠から芽を吹き出させ、それに誰かが触れたら、彼にすぐ伝わるようにできるのだ。
しかし、ここは人界の城塞である。
淫魔が兵士に化けて部屋に入ってきた場合、エリチンの精霊魔術では敵か味方か判別できない。
そこで真一は、対魔族用の警報装置代わりに魔法陣を描いてほしいと頼んだのだ。
「あそこまで本格的なものでなくて構わない。魔族の接近を察知できれば十分だ」
「それでしたら、すぐに描けます」
彼女はそう言うと、いつも持ち歩いている肩掛け鞄からチョークを取り出した。
塗料と違い、すぐに消されてしまうが、硬い地面の上であればどこにでも手軽に描くことができる。
彼女は二段ベッドを避けつつ、手早く魔法陣を描いていく。
「ねえ、ミントちゃん。その魔法陣って、魔力に反応するんだよね?」
「そうですよ、アザミ様」
「私や先生にも魔力があるんだけど、それは大丈夫なの?」
「はい。魔力を持った人間を探知する魔法陣と、魔族を探知する魔法陣では、呪文が違いますから」
この後、全員で城塞側から差し入れされたハチミツ酒を飲むことにした。
酒の肴には、乾燥肉とソーセージがある。
「そういえば、エリチンの故郷の森って、ここから近いとか言っていなかったか?」
「ああ、ここから馬車で五日ほどで、トルタロス王国との国境にある」
彼は千年前にそこを離れ、勇者神殿のそばの森で独り暮らしをしていた。
何故そのようなことをしたのかというと、筋トレに専念したかったためだ。
エルフの集落では、筋トレをする者など一人もおらず、毎日欠かさずストイックにトレーニングをする彼は、エルフらしくないと変人扱いされていた。
彼自身はまったく気にしていなかったのだが、ある意味、人間の保守的な農村よりもはるかに伝統や格式を重んじるエルフ社会では、一歩間違うと、一族そろって森から追い出されかねない。
実際、若いエルフが時々森を飛び出して冒険者になるのは、平穏だが何の変化もないエルフの営みに嫌気が差すためだ。
エリチンは、まだそこまで酷い目には遭っていなかった。しかし、肩身の狭い思いをする家族を見て、自ら森を出る決意をした。
そして、故郷から遠く離れた森で、ひたすら筋トレ三昧の日々を千年間、心ゆくまで思う存分過ごしてきたのだった。
「吹雪が収まったら、一度里帰りをしたらどうだ?」
「里帰り?」
「どうせ春まで、ギルドにまともな仕事の依頼など来ないだろうし、この吹雪が収まれば、エリチンの故郷の近くの街まで馬車も出るだろう」
幸いなことに、真一達は今、金銭的には余裕がある。
このまま春までフラーノの街で過ごすこともできるが、もともと召喚勇者である阿左美にさまざまな経験を積ませるために始めた冒険の旅だ。
「そうだな……」
そう言うと、マッチョエルフが少し考え込んだ。そして、
「うむ、家族に皆を紹介したいから、それもいいな」
「俺達もエルフの森に入れるのか?」
「うむ、私の故郷は人間と仲が良くてな。近くの街と交流もあるぐらいだ」
「本当に? やった、私、エルフの集落に行ってみたい!!」
そう言ったのは阿左美だ。
彼女は元の世界でファンタジーゲームをやりまくっていたため、エルフという種族にかなり幻想を抱いている。
巨木の枝の上に住居を作り、自然と共に生きる耳の尖った美しい人々。皆が弓の名手で、弦楽器を演奏できる。
誇り高く気難しい高貴な種族。それが彼女のイメージするエルフなのだ。
そんな彼女がこの世界に召喚されて初めて会ったエルフが、エリチンだった。
その時の裏切られた感は半端ではない。
「本物のエルフが見たい!!」
「いや、私も一応本物だが」
「じゃあ、まともなエルフが見たい!!」
「元を正せば私が悪いのだが、かなり失礼だな」
ちなみに、エリチンは千年間里帰りをしていないが、定期的に両親と手紙のやり取りをしていたため、音信不通だったわけではない。
この話題が終わると、一同は就寝したのだった。




