第80話 竜の呪い
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
しかし、実はその復活した魔王とは真一の事だった。
フラーノの街で吹雪によって身動きが取れなくなっていた真一達の元に、サキュバスによって毎夜、兵士たちの生気が吸い取られているとフラーノ城塞の城兵から依頼が来る。
それを受け、城内でサキュバスを見つけるための魔方陣を使うために城主に許可をもらいに行くのだった。
フラーノ城塞の城主の部屋は静まり返っていた。
ただ、外を吹き荒れる猛吹雪の音だけが、ゴォーと不気味に響いている。
「……どう思う?」
少しずつ平静さを取り戻し、金縛りが解けてきた真一が、仲間達に小声でそう尋ねた。
「き、きっと何かの修行なのだ。うん、そうに違いない」
ヴァレリアンが、感動とは別の理由であふれ出しそうになる涙をこらえつつ、そう言った。
「あのドレスは呪われたアイテムなんじゃないか? 一度着ると脱げなくなるとか」
そう言ったのはシラクサだ。
「よく鍛えられた、良い筋肉だ」
「エリチンは本当にブレないな」
「私は……いいえ、何でもありません」
ミントが言葉を濁した。彼女は、新手の魔族かと思ったと言いかけたのだった。
「変態」
最後に、半眼になった阿左美がボソッとそう呟く。
「うん、これに関しては、俺も全面的に早瀬の意見に賛同する」
そう言うと、真一は自分達をここまで案内してきた兵士に詰め寄り、襟首を締め上げた。
「貴様、俺達を罠に嵌めたな?!」
「ち、違う、違う! あの方は、ほ、本物の城主、ドーセットシャー将軍様本人だ」
「嘘をつくな! どこからどう見ても、勘違いのしようがないほど立派な変態だろうが。ま、まさか、城塞の兵士達の精気を吸っているのは……?!」
「なんてことを言うんだ!!」
「俺はこの世界で、いろいろな物を見てきた。マッチョエルフ、ぼったくり神殿、エロ魔導書、偽勇者と、なんちゃって勇者。それはもう、俺が抱いていたファンタジー世界のイメージを木っ端みじんに吹き飛ばすものばかりだった。しかし、落ち着いて詳しく話を聞いてみれば、ギリギリ我慢はできた。しかし、あれは、どう説明しても無理だろう?」
右手で兵士の襟首を締め上げつつ、左手でツインテールにフリフリリボン付きドレス姿の不気味なおっさんを指さす。
「ぐ、ぐるじぃ……」
「あ、あの先生、さりげなく、私のことらしい単語が混ざっていたんだけど」
阿左美が小声でそう抗議するが、無視される。
「ふむ、どうやら驚かせてしまったようだな」
表情だけは渋いドーセットシャー将軍が、フッと鼻で笑いつつそう言った。
どうやら、当の本人も、自分の髪型や服装が常人の理解の範囲外にあることを自覚しているようだ。
「私自身も、好きでこの格好をしているのではない」
そう言いつつ、その場でクルッと回ってみせる。
短いスカートの裾がめくれ上がり、おぞましい物がチラッと見えた。
真一とエリチン以外のメンバーが、半歩後ずさる。
「……どう見ても、好きでやっているようにしか見えないのだけど」
「あ、あの、将軍」
とりあえず説明を聞かなければ話が先に進まないと考えた真一が、兵士から手を放してそう言った。
「何だ、冒険者?」
「それは、ドラゴンの呪いか何かですか?」
真一がそう言うと、ドーセットシャーが驚いて、残されている左目を見開いた。
「よく分かったな。その通りだ」
えっ?! マジで?! 自分で言っておいて何だが、真剣に驚く。
「先生、すごい! よく分かったね?」
「い、いや、適当に言っただけなのだが」
「クイズで笑いを取ろうとしてギャグで回答したら、いきなり正解しちゃったパターンだ」
「まあ、そういうことになるな」
そんなことを言い合う二人の前で、ドーセットシャーがツインテールを揺らしつつ近づいてくると、一同の前で仁王立ちになった。
「私の異名は知っているな?」
「ううっ、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)です。グスッ」
ヴァレリアンがついに我慢しきれず、涙をあふれさせつつそう答える。
王国のみならず、人界の騎士達が皆憧れ、尊敬している人物が、まさかこのような性癖の持ち主だったとは。情けないやら悲しいやら。
「その通りだ。そして、その竜退治をした時に、私は呪いを受けたのだ」
「ドラゴンは魔力の塊だから、鳴き声はもちろん、血や肉に至るまで魔力が宿っているって聞いたことがあるけど」
シラクサがそう言った。
一言でドラゴンと言っても、その種類は豊富だ。
個体数自体は決して多くはないが、巨大なトカゲのような地竜から、空を飛ぶ翼竜、さらに水中を自由に泳ぎ回れる水竜、そして、ボスキャラ的な存在である炎を吐く巨大な火炎竜など、さまざまな種類がいた。
それらは主に魔界に生息していた。
そして、そうした竜族の頂点に立つのが、魔界のナンバー2である黄金の竜、シャドードラゴンだったりする。
ドラゴンはかなり知能が高い。ダンジョンのボスキャラ級のドラゴンは、通常、マスタードラゴンなどと呼ばれているが、そのクラスになると人間の言葉を理解し、言語による意思疎通が可能だった。
もちろん、人間のような声帯はないため、魔力を使った思念通話によるものだ。
そのため、鳴き声だけで人間の精神にダメージを与え、戦意を失わせたり、最悪の場合、精神そのものを破壊したりすることもできる。
それほどの存在なのだから、貧弱な人間相手に呪いをかけることも十分にあり得た。
しかし、それがどのようなものなのかは分からない。なにせ、人間とドラゴンが接触することは滅多になく、さらに、接触した者達の多くは、ほとんどの場合、命を奪われるか、大慌てで逃げ出すため、まともに姿すら確認できないのだ。
千年前の魔族による人界侵攻の際は、無数のドラゴンが城壁山脈や死の谷から人界へと攻め込んできた。
その戦闘力、つまり破壊力は圧倒的だった。特にマスタードラゴン級の相手は、千人単位の軍勢が準備万端整えていなければ、簡単に蹴散らされ、皆殺しにされることも珍しくなかった。
要するに、千人の兵がいても勝てない可能性が高いということだ。
ちなみに、伝承も含めて、過去にドラゴンの呪いを受けたという人間は、少数ながら存在した。
ドラゴンの血を飲んだ人間がドラゴンになったとか、ドラゴンと契約をして、それを破った途端に石になったとか、全身が炎に包まれたとか。ドラゴンからもらった宝箱を開けたら煙が噴き出し、一瞬で老人になったという話もある。
また、ドラゴンに噛まれた者が発熱、頭痛、筋肉痛などに襲われ、さらに意識障害、錯乱、幻覚などが発生。最後には全身けいれんや不整脈が起き、全身の内臓が機能障害を起こして死に至ったという話もあった。
「狂犬病ならぬ、狂竜病だな」
最後の話を聞いた真一が、そう呟く。
なんにせよ、ドラゴンはレアモンスターのため、生態や能力には謎の部分が多い。今、目の前にいる怪しい男が本当に呪われているのか、それとも真正の変態なのか、判断できないのだった。
「私がドラゴンの心臓に剣を突き立てた時、傷口から噴き出した血をまともに浴びてしまった」
「その時、そのドラゴンが何か言っていませんでしたか?」
「なんじゃこりゃ~!! と、叫んでいた」
「随分と余裕があるな。で、その呪いとは?」
「女装をしないと、言動が女になる」
「……」
「いや、信じてくれ。本当なんだ」
「信じてくれって言われても、なあ」
真一が仲間の方を振り返りつつそう言うと、皆が頷いた。
「この右目も、その時に浴びたドラゴンの血のせいで、治癒魔術が効かなかった」
どうやら、彼も好きで傷を放置しているわけではないようだ。
彼ほどの地位と財産があれば、王国でも最高位の神官による神の奇跡、つまり神聖魔術による治療を受けることもできただろう。しかし、それが通用しないほど強力な呪いを受けたということになる。
12月15日
昼頃になり、気温が上がってくる頃。
リコン領領主の館で書類仕事をしていたミューム・ミフィーは、ペンを置いた。
「そろそろラムゼン様の昼食をお造りしないと」
そう言いつつ、屋敷の一階にある台所へと向かう。
彼女は住み込みのメイドにして、領主ラムゼン・ピントの護衛も兼ねていた。さらに、領地を治めるために必要な書類仕事や、領民達からの陳情処理、苦情対応、細々としたトラブルの仲裁などまでこなしていた。
はっきり言って、彼女さえいれば、領主はいてもいなくても問題がない。
これでラムゼン・ピントが威張りまくり、贅沢な暮らしをしていたら、領民達は不満や不信感を抱いていたかもしれない。
だが、幸いなことに、彼は人柄だけは良く、人畜無害そのものだった。
さらに言うと、ミュームは二言目には、
「ラムゼン様にお仕えできて、私はとても幸せです」
「ラムゼン様のようにお優しい領主様は、大陸中を探しても他にはいらっしゃいません」
「ラムゼン様、最高!!」
と、少し心配になるほど褒め称える。
そのため、彼女がそこまで言うなら、きっとそうなのだろうと、皆が納得していた。
確かに、彼が誰かに対して威張ったり、暴言を吐いたりする姿を見た者は誰もいない。
そもそも、領主だというのに、彼の私生活は質素そのものだった。
ここリコン領は、豊かな穀倉地帯だというのに、税が安いことで有名だった。
というのも、普通は王へ納める税の上に、領主が自分の取り分として税を上乗せするのだが、その領主分が驚くほど少ないのだ。
さらに言うと、その少ない領主税も、城壁の修理などのインフラ整備や、兵士達への給料で消えていく。
それを知っているからこそ、領民達は、この人柄以外に何の取り柄もない領主を、敬ってはいないかもしれないが、慕ってはいるのだった。
ミュームが台所で昼食の準備をしていると、その領主様は屋敷の庭で雪かきをしていた。
自ら木製のシャベルを持ち、雪を集めては庭の隅へと積み上げていく。
そんな彼を、エルフの子供達が手伝っていた。
この子供達は、街の南側に広がっている森に住む森エルフで、彼らの親は市場で露店を出しているのだ。
その間、子供達は暇なので、毎日領主の屋敷に遊びに来ていた。
リコン領の最大の特徴は、このエルフとの友好関係にある。
元来、保守的でプライドが高く、他種族との交わりを嫌うエルフは、森の奥深くから出てくることは滅多にない。
逆に、エルフが住む森に人間が足を踏み入れると、罠が発動したりする。
一部の変わり者の若いエルフが刺激を求めて冒険者になっていたりするが、その数は少ない。
千年前の魔族侵攻以降、森を捨てて人間と同じように村や町、さらには国を造るエルフもいた。
しかし、その結果、神秘性が失われ、寿命が縮み、精霊魔術を使えない者が増えていた。
だがここリコン領内に住むエルフは、昔ながらの森に住む気難しい者達だった。
それでも、共に魔族の侵略を防ぎ、長い年月をかけて共存してきたことによって、お互いを信頼し、尊重し合っている。
エルフ達は森で狩った動物の肉や毛皮、さらに木の実や工芸品を市場で売っている。
特にエルフの工芸品は珍しいため、他の街の商人達が買い付けに来ることもあった。
もっとも、職人集団であるドワーフ族の工芸品よりは価値が低いため、珍しくはあっても、あまり高値で取引されることはないのだが。
また、森の管理者でもあるエルフは、森の木々がよく育つように剪定も行っていた。
そして、切り倒した木も人間に売っていた。
エルフの森の木は、丁寧に枝を払われて育てられているため、まっすぐで頑丈であり、建築用の木材として最適だった。
「ラムゼン様、こっち終わったよ」
「こっちも雪かき終わった」
「ありがとう。皆、本当に働き者だね」
そんな声が聞こえてきたので、ミュームは台所のドアを開けて庭に顔を出した。
「ラムゼン様、間もなく昼食ができます」
「ありがとう、ミューム。この子達の分もお願いできるかな?」
「はい、お任せください」
毎日のことなので、その辺りに抜かりはない。
もっとも、メニュー自体は、とても貴族(領主)のものとは思えないほどシンプルだったが。
食堂に入ると、ラムゼンはエルフの子供達と一緒にテーブルを囲み、楽しそうに会話をしながら食事を始めた。
ミュームはスープの鍋を暖炉にかけつつ、そんな彼らを微笑みながら見つめていた。
彼女は、こういう穏やかな時間が大好きだった。
そして、この平穏を守るためならば、どのような苦労もいとわない。それこそ、命がけで戦うことすら。
しかし、それは比喩ではなかった。
春になり、雪が解けると、それは現実になる。
隣国トルタロス王国は、露骨にこのリコン領、正確には、その領内にあるエルフの豊かな森を狙っていた。
そして、彼女達が属するアルメシア王国の国王は、隣国と戦争をするくらいなら、他種族が暮らす森を明け渡そうと考えていた。
おそらく、裏ではそれに代わる代償として、政治的譲歩や経済的な見返りを求めているのだろう。しかし、体面が悪いため、絶対にそのようなことを表立って口にはしない。
そして、リコン領の領主には、王国のプライドを守るために戦って滅びてほしいと考えていた。
無血開城、つまり降伏などすれば、アルメシア王国が弱腰だと周辺国に受け取られかねないからだ。
それは、新たな国境紛争の火種となるだろう。
トルタロス王国がリコン領に軍を進めれば、アルメシア王国も援軍を派遣してくるだろう。しかし、それは絶対に間に合わない。
リコン領の守備兵は少なく、大軍に攻め込まれれば、まともな防戦はできない。
それでも知恵と意地を総動員して粘れば、援軍はさまざまな口実を作って到着を遅らせる。
どれだけ頑張っても、この領地は切り捨てられるのだ。
それが分かっているので、領主ラムゼン・ピントは無駄な抵抗はしないと決めていた。
無血開城などすれば、王国の体面やプライドは激しく傷つくだろう。しかし、領民や兵士の血が流れることを防ぐには、そうするしかないからだ。
さらに言うと、たとえ微力とはいえ抵抗すれば、攻めてきたトルタロス王国軍の兵士にも死傷者が出るだろう。
彼は、それすら許容できないと考えているのだ。
家臣である彼女は、主の方針には逆らえない。ラムゼンが戦うなと言えば、それに従わざるを得ないのだ。
しかし、彼女にも絶対に退けない一線があった。
降伏後にラムゼンが追放されれば、たとえ彼が一文無しになっても、彼女はついていくつもりだった。
しかし、もし彼の命が奪われそうになった時は、たとえそれがどれほど無謀であっても、彼のために武器を取る覚悟をしている。
勝者となったトルタロス王国が、敗者であるラムゼンの命を奪うかもしれない。あるいは、アルメシア王国が無血開城をした責任を取らせるために、彼を処刑するかもしれない。
たとえどちらであろうと関係ない。彼女はラムゼンに対して、すべてを捧げているのだ。




