第8話 勇者装備ブレザー
【これまでのあらすじ】
勇者として魔王が復活する直前の世界に召喚された女子高生勇者 早瀬阿左美と、その巻き添えとなった教師 眞壁真一、そして二人の付き添いとして勇者神殿から派遣さることになった神官ミント・アンジー。
3人は森の奥で千年間、ひたすら筋トレをしていた超マッチョボディーのエルフ、エリチン・ボデーを新たな仲間に加えた。
エリチンが荷造りを終えると、四人になった勇者のパーティーは、彼が千年間暮らしていた洞窟を後にした。
彼はムキムキボディーにブーメランパンツ姿を外套で隠し、フードを目深にかぶっている。
そして、大きなリュックサックに必要な物をすべて詰め込んでいた。
「結界はもう消したから、いつでもどこからでも入り放題だ」
そう言うと、彼は先頭を切って森の中を歩き始める。
すると驚いたことに、彼の進行方向にある木や草が自然に左右へ倒れ、道を作った。
「これは便利だな」
それについて行きながら、真一たちは驚く。
さすがに大木は動かないが、それでも鉈で草や枝を払いながら進むよりは、はるかに速い。
村から洞窟まで来るときは六時間かかったが、帰りは一時間で森を抜けることができた。
「わぁ~!! 魔族だぁ~!!」
そして、村に到着した彼ら――主にエリチン――を見た村人の第一声がそれだった。
「違う、我々だ! 今朝、森に入ったギルドの者だ!!」
慌てて真一が前に出て、村人を落ち着かせる。
「こ、これは冒険者の皆さん!」
魔族という単語を聞いて慌てて家から飛び出してきた村長が、彼らを見てそう言った。
「こ、この……人は?」
途中でどう表現するのが適切か少し考えてから、村長がそう聞いてくる。
「森を管理していたエルフだ」
「……エルフ?」
実を言うと、村長を含め村人のほとんどは、本物のエルフと会ったことがない。
この村からエルフの国はかなり遠いし、森のエルフ――エリチン――が最後に目撃されたのは三百年以上も昔だ。
たまに隊商や旅行者にエルフが混ざっていることがあるらしいが、この村は大きな街道から離れているため、立ち寄ることはなかった。
「あ、あの……随分と聞いていたのと違うようですが」
「まったく同感だが、間違いない。エリチン、フードを取ってくれ」
真一がそう言うと、マッチョエルフは目深にかぶっていたフードを取り、顔を出した。
「これまた、顔と体のギャップが凄まじいですな」
「そんなことより、ここに注目」
そう言って真一が、唯一エルフらしいエリチンの耳を指さした。
「あの耳が証拠だ」
「み、耳ですか……」
「あと、彼は森の結界を解いてくれた。試しに誰か見に行かせてほしい。ただし、もう元の位置に戻らないから注意してな」
「それは本当ですか。分かりました」
村長はそう言うと、村の若い男数名を指名して、森を見に行かせた。
その間、四人は村長の家に案内され、そこで遅めの昼食をごちそうになった。
そして、それを食べ終えた頃、先ほど森に入っていった若者たちが戻ってくる。
「そ、村長、本当です! どこまでも入っていけます!!」
「見てください、ちょっと入っただけで、こんなに木の実が集まりました」
「薪になりそうな木の枝もたくさん!」
彼らは興奮しており、それぞれ手に森で採ってきたキノコや木の実を抱えていた。
「そうか、本当だったのか」
これまで目の前に森があるのに、結界のため、何をするにもわざわざ離れた場所にある林へ行かなければならなかった。
しかし、これからは随分と生活が楽になる。
「ありがとうございました、エルフ様。そして冒険者の皆さん」
村長はそう言うと深々と頭を下げ、真一に銀貨三十枚が入った革袋を差し出した。
それを受け取り、中身を確認してから、今度は真一がギルドの壁から剥がして持ってきた依頼書を取り出し、暖炉の火にくべる。
これで依頼は完了し、今頃、冒険者ギルド勇者神殿支部にある控えの色が変化しているはずだ。
「そうだ、皆さん。今から勇者神殿に戻ると夜になります。今夜はこの村で泊まっていってください」
「それはどうも」
元々、真一はそうするつもりだった。
昨日の夜は徹夜で歩き続け、今日は森の中を行ったり来たりして、とても疲れていたからだ。
「宿というほど立派なものではありませんが、店の主人に連絡をしておきます。もちろん、お代はいただきませんから」
「ますますもってありがたい」
あまり客人が訪れないこの村には、宿屋と呼べる施設はなかった。
しかし、まったく来ないというわけではないので、酒場が民宿のようなことをやっていたのだった。
村長は、森から戻ってきた若者たちをその酒場に向かわせた。
そして少しして、
「大丈夫です。部屋は空いています。いつでもどうぞ」
と言いながら戻ってくる。
酒場兼宿屋は、村長の家から五十メートルほど離れた場所にあった。
普段は夕方以降に営業して、仕事で疲れた村人たちに酒や料理を出しているらしい。
「おおっ、あんたたちか。森を使えるようにしてくれた冒険者さんたちは……確かに変わった格好をしているな。あと……凄いな」
真一と阿左美を見た後、外套にフード姿のエリチンを見て、かなり言葉を選んでそう言ったのは店の主人だ。
「部屋は二階だ。汚いところだが、まあ、ゆっくりしていってくれ」
そう言われて階段を上がっていくと、そこは屋根裏部屋で、ベッドが六個と、中央にテーブルと椅子が並んでいた。
どうやら個室ではなく、大部屋のようだ。
「私、このベッドがいい!!」
相部屋だというのに、まったく嫌がる様子もない阿左美がそう言って、ベッドの一つに自分の鞄を放り投げる。
「この世界では、男女が同じ部屋でも抵抗はないのか?」
真一がミントにそう聞くと、
「さすがに二人きりだと、色々問題ですけど、こういう宿泊施設は少なくないです」
「そうなのか」
とりあえず、エリチンは普通のサイズのベッドでは小さすぎるので、それを三つ連結し、残りのベッドに真一、阿左美、ミントがそれぞれ腰を下ろした。
「疲れた」
真一がそう言って横になる。
「先生、体力なさ過ぎだよ。私なんか、まだまだ元気!!」
「一晩中、俺の背中で鼾をかいて寝ていたのはどこのどいつだ?」
あと、彼女には先代勇者の鎧兜から受け継いだ、疲労軽減の付加特性がある。
「その点、さすがにミントちゃんは元気よね」
「まあ、私たち神官は、よくあちらこちらの村や町まで出かけますから」
「逆に、エリちゃんはずっと森の中で暮らしていたのに、大丈夫なの?」
「え、エリちゃん……」
驚く真一とミントをよそに、そう呼ばれた本人は、
「そうだな。確かに随分と森の外の世界は変わってしまったようだ。当たり前だが、村人にもう顔見知りは生きていないようだし」
「そうか、寂しいね」
「確かに。だが、見覚えのある顔は何人かいた。おそらく、私の知る者たちの子孫なのだろう」
この後、店の主人から、晩御飯は日が暮れてからだから、適当な時間になったら一階の方に来てくれと言われた。
「まだ時間があるから、色々試しておこう」
それを聞いて真一がそう切り出した。
「試す?」
「そうだ。早瀬、昨日ギルドでもらった『早瀬でも分かる初心者魔術』の本を見せてくれ」
「猿!! 猿でも分かる初心者魔術だから!!」
「あ~、猿でも早瀬でも大差ないだろ。いいから早くしろ」
「このぉ~、ちょっと先生だからって偉そうにぃ~」
「うるさいぞ、猿」
「ムキィ~ッ!!」
そう言うと、阿左美が自分の鞄からその冊子を取り出し、真一目がけて投げた。
それをパシッと受け止めると、さっそくページをめくって中身を読み始める。
「魔術とは、世界に満ちている魔力を操り、現象を起こすこと……なるほど」
要するに、魔術師とは、その魔力を効率的に集めて、的確に形にすることができる人間のことなのだ。
冊子には、指先に小さな火を出せるものと、うちわで仰ぐ程度の風を起こせるもの、あと、何もないところに真水を作れる魔術が載っていた。
魔術を発動するには、頭の中に魔法陣というか文様をイメージし、そこに集めた魔力を流し込み、最後に発動させると書いてあった。
何よりもイメージが重要なため、呪文を詠唱したり、ポーズを決めたりと、個人ごとにいろいろなやり方があるようだ。
「なんだかできそうだぞ」
「えっ、そんな。普通の魔術師は、小さな火を出せるようになるまで、早くても三か月ぐらいかかるって言いますけど」
真一の言葉に、ミントがそう返した。
「ミントさんは、治癒魔術の使い手と聞いたけど」
「はい。神殿で神官になるには、治癒魔術が使えることが絶対条件ですから」
「使えるようになるのに、どれぐらいかかった?」
「私が初めて治癒魔術を使った時は無意識でしたので、そのままでは同じことができませんでした。ですから神殿で修業をして、ちょっとした擦り傷を治せるようになるまで、やはり三か月ぐらいかかりました」
「ちなみに、神官になるには、どれぐらいの怪我を治せないといけないんだ?」
「一般には骨折や大きな切り傷です。ただし、試験のためだけに怪我をさせるわけにはいきませんから、魔力の強さで判定をされます」
確かにそうだろう。神官になる試験のために骨を折ったり、剣で切りつけたりして、もし治療に失敗したら大変なことになる。
「要するに、原理を理解してイメージをし、そこに魔力を充填できればいいだけだ」
そんなの簡単だとばかりに真一がそう言うと、ベッドから立ち上がった。
「万が一のことがあるから、外で試そう」
そして、そのまま店の外へと出る。
村はずれの野原まで移動すると、真一はさっそく魔術を試すことにした。
「先生、この魔法陣、結構ややこしいけど」
『猿でも分かる初心者魔術』の冊子を読みつつ、阿左美がそう言った。
彼女も元の世界では、ファンタジー世界のお約束について人一倍勉強してきた。
それこそ、学校の勉強など比べ物にならないほど、時間と労力をかけて。
「お前と一緒にするな。余裕だ」
真一はそう言うと、右手の人差し指を誰もいない方に向け、目を閉じた。
そして精神を集中し、冊子に描かれていた発火の魔術の模様をイメージする。
「要するに、想像力と集中力があれば、誰でも魔術は使えるというわけだ」
すると、その指先にポッと火がついた。
「うっ、うそ?!」
一番驚いたのはミントだった。
逆に阿左美などは、
「うわぁ~、ショボ」
と呆れている。
「ほほう、マカベ殿は魔術師か」
その様子をスクワットをしながら眺めていたエリチンがそう言う。
「ちょっと、応用」
真一がそう言うと、指先の火がどんどん大きくなっていき、さらに、
「フンッ!!」
と気合を入れて腕を振ると、炎がボールのように飛んでいった。
それは地面に落ちると、ドンッ!! と爆発し、周囲に火の粉と黒煙が飛び散る。
「…………」
「先生、ファイヤーボールって叫ばないと!!」
「嫌だよ。格好悪い」
「ええ~、きっと叫んだら、もっと威力が増すよ!!」
目を点にして絶句しているミントを尻目に、真一と阿左美がそのようなことを言い合う。
「威力を増すのも、射程を伸ばすのも、あと速さもコントロールできそうだ」
「連射は?!」
「練習したらできるな。あと、指もいらない」
そう言うと、今度はさらに簡単に、真一の頭の上に火球が出現した。
もう目を閉じて精神集中する必要もないようだ。
「さあ、早瀬、どこにぶつけてほしいかリクエストを言ってみろ」
「嫌だよ。髪の毛が焦げたらどうするの?」
「安心しろ。すぐにミントさんに治癒魔術をかけてもらうから」
キャッキャッと楽しそうだ。
「そ、そんな。炎を作るのも、それを飛ばすのも、さらに狙った場所に命中させるのも、とても難しいのに」
ミントがそう言うと、
「えっ? そうなのか?」
と、あっけらかんと真一が答えた。
この後、風と水の魔術も試したが、その気になれば攻撃や防御に使えるほどの威力が出せることが分かった。
「とりあえず、これで戦えることが分かった」
火と水の球を、風で右に左に飛ばしつつ、真一がそう言った。
「さすがは、水晶を真っ黒にした腹黒魔術師」
「黙れ」
余計なことを言った阿左美の顔面目がけて、水の球が飛んでいく。
「ふん、その程度の攻撃で、この私に挑もうとは愚かな」
彼女がそう言って、右手でそれを受け止める動作をする。
すると、フワァ~と飛んできた水の球が、その掌に触れる直前にバシャッと地面に落ちた。
「魔術をキャンセルした!?」
それにも律義にミントが驚く。
「ほほぅ、これが魔力防御の効果か?」
別に試すつもりではなかったが、予期せず彼女に付与された勇者の力が証明された。
「ど、どうよ! 先生ごときの力では、私にかすり傷一つ負わせることなどできぬわ!!」
勇者というよりは魔王っぽいポーズをとり、そのような台詞を口にする阿左美。
しかし、彼女自身もかなり驚いているようだ。
「……」
真一はその彼女にスタスタと歩いて近づいていくと、右手を挙げて、頭をペチッと叩いた。
「あ痛っ、何するの先生?!」
「物理防御もあるそうだが、こちらは攻撃される力に応じて反応が変わるのか?」
そうでなければ、何に触れても感触がなくなってしまう。
「よし、さっき森に入る前に借りた鉈で試してみよう」
「や、止めて! もしバグってたら、私、血まみれになる!!」
「冗談だよ。今度、箪笥の角に足の小指をぶつけてみろ」
もし、刃物で切りつけても大丈夫だと分かっていても、教え子にそれを振り下ろすことなどできるわけがない。
「まあ、ついでだ。早瀬も能力を試してみろ」
「勇者の力?」
「そうだ。防御だけではなく、瞬発力を上げることができたはずだ」
「そうだっけ?」
「あ~、ゲームだったらパラメーターとか見られるのに、現実は不便だな」
「パラメーター?」
異世界人であるミントや村長、あとエリチンも、会話の中に当たり前のように英語を取り混ぜている。
おそらく、これも召喚された者に自動的に付与される特殊能力なのだろう。
ただし、この世界に同じ意味を示す言葉がない単語は、やはり通じないようだ。
「どうやって試せばいいんだろ?」
阿左美がトントンとつま先で地面を蹴りつつ、そう言った。
「短距離走のスタートダッシュをやってみろ」
「こう?」
真一に言われ、彼女がクラウチングスタートの姿勢をとった。
彼女は制服姿のため、スカートの裾が気になったが、今は後ろには誰もいない。
「あの木に向かってダッシュしてみろ」
真一がそう言って、五十メートルほど先にある大木を指さした。
「先生、五十メートル走の世界記録って何秒だっけ?」
「確か、女子が五秒九六で、男子が五秒五六だったはずだ。とりあえず、六秒を切れたらトップアスリート級と思っていい」
ちなみに、日本記録は男子が五秒七五で女子が六秒四七なので、六秒を切れた場合、女子の日本記録は更新されたことになる。
「凄い、よくそんな細かい数字まで覚えているね」
「ふん、お前とは頭の構造が違うんだよ」
真一が自分の頭をトントンと右手の人差し指で叩きつつ、そう言った。
「ムッカァ~!! 馬鹿を馬鹿にした方が馬鹿なんだぞ」
「いや、馬鹿な方が馬鹿だし」
「馬鹿、馬鹿言うな!!」
キィーッ!! と歯をむき出しにして威嚇すると、阿左美がゴールの木の方に顔を向けた。
そして、
「阿左美、行きまぁ~す!!」
と気合を入れて地面を蹴る。
直後に彼女の姿が消えた。
「ん?」
「あれ?」
「ほほう」
真一、ミント、エリチンの順にそう言った直後、ドシィ~ン!! という派手な音がした。
三人が音のした方に顔を向けると、大木に大の字になった阿左美が激突している。
「凄いな。世界記録どころか、宇宙記録を更新したかもしれんぞ」
「シ、シンイチ様、それどころではありません!! アザミ様ぁ~!!」
ミントが慌てて走り出し、真一とエリチンがそれに続いた。
「ウウッ、あんまり痛くないけど、ビックリしたぁ~……」
木からずり落ちた阿左美が、頭を振りつつ座り込む。
そして、自分に向かって駆け寄ってくる三人に気づいて驚いた。
「えっ、嘘、私がぶつかったのって、ゴールの木?!」
五十メートルを一秒かからずに駆け抜けたことになる。
「大丈夫ですか、アザミ様?!」
一番早く彼女の元に到着したミントが、阿左美の顔を覗き込んだり、体中を触ったりしながらそう言う。
「ええ~っと、うん、大丈夫みたい」
おそらく擦り傷ぐらいは負ったはずなのだが、すでに勇者の能力で治っている。
「これは、予想より凄いな」
「でしょ、でしょ、どうよ、この私の能力!!」
ドヤ顔でそう言う阿左美。
「いや、お前の力じゃないし。それに、コントロールできなかったら、これ、自爆するぞ」
「自爆?」
「崖から飛び降りたり、火の中に突っ込んだり」
「確かに、それは嫌だな」
「最悪の場合、相手が構えている剣や槍に、自分から刺さりに行くことになるかも」
「さすがにそれは間抜けすぎて、もっと嫌だなぁ~」
「この間抜け技の欠点は、途中で曲がれないことと、止まるのが難しいというところだな」
「ま、間抜けって……」
「もし、この木がなかったら、どこまで飛んでいったか分からないんだぞ」
そう言いつつ、木の幹をコンコンと叩く真一。
確かに、何もない場所でこれをやったら、地平線の彼方まで飛んでいった可能性もあるのだ。
まあ、途中で力尽きて勝手に止まっただろうが。
「ハヤセ殿も、私のように体を鍛えるべきだな。筋肉に勝る鎧はない」
エリチンが外套から右腕を出すと、力こぶを作りつつそう言う。
「それだけは死んでも嫌」
「どのみち、今から体を鍛えても、すぐには効果は出ない」
まあ、真一としても、どうせ背負うなら柔らかい女の子の方がいいに決まっている。
「そうだ、いっそのこと全身ハリネズミのような鎧を作ってもらったらどうだ?」
彼が、良いことを思いついたとばかりにそう言った。
「へっ?」
「そして敵に向かって突っ込んでいったら、こちらはノーダメージで敵は即死だ」
「それって勇者的にどうなの?」
心底嫌そうな表情になった阿左美がそう答える。
「まあ確かにそうだな。それに、お前の場合はドジって味方に突っ込みそうだし」
トゲトゲの鉄人間が自分に向かって飛んでくるなど、悪夢以外の何物でもない。
「よし、あと何回か試してみろ」
「了解」
何にせよ、この能力はコントロールできなければ、危なすぎて使えない。
「おそらく魔術と一緒で、イメージが大切なはずだ」
「イメージ?」
「今のは五十メートルで世界新記録をイメージしたから、こんなことになったんだろう?」
「なるほど。じゃあ、どんなイメージだったらいいのかな?」
「犬に追いかけられている?」(ミント)
「漏れそう」(エリチン)
「宿題を忘れて俺に追いかけられている」(真一)
三人にそう言われ、
「う~ん、一番速そうなのは漏れそうだけど、イメージしやすいのは先生に追いかけられている、かな」
「まあ、三日に一回は追い回していたからな」
それだけ聞くと、何か勘違いをされそうだ。
「一応、保険として、この木に向かって頭から突っ込んでみろ」
「なんで頭から?!」
「少しはまともになるかもしれんだろうが」
「クッ、この毒舌教師め、教育委員会にチクってやる」
「ハハハ、大丈夫だ。元の世界に帰るまで、絶対覚えていないから」
この後、阿左美は再び五十メートル離れてダッシュを試してみた。
しかし――
ドシィ~ン!! という音が響き、木の葉がバサバサと落ちる。
「早瀬はこの木に恨みでもあるのか?」
森をこよなく愛しているエリチンが、少し怒りつつそう言う。
「ううっ、速度調整ができない」
たいして痛くはないが、それでも心臓に悪い。
「しかし、大したものだな。あれだけ派手に木にぶつかって転んでも、制服が全然汚れない」
「そういえば、そんな能力も付与されているんだった」
たとえ燃えようが破れようが、すぐに修復されるのだ。
「それより、早瀬、着替えたらどうだ?」
「えっ?」
「スカートでダッシュをするのはいいが、丸見えだぞ」
「ええっ?! 先生のスケベ!!」
「ハハハ、安心しろ。お前のパンツごときで興奮するほど落ちぶれてはいない」
「何だとぉ~、現役女子高生のパンチラを何だと思っているんだ?!」
「いや、チラどころかモロだったし」
とりあえず、この後、阿左美は一度自分の荷物を取りに酒場の二階へ戻ると、鞄に入っていたジャージに着替えた。
そして、再び野原に戻ってくる。
「なんだか、その格好だと加速が増しそうだな」
「イメージ……先生が追いかけてくる……スケベな先生が」
目を閉じてブツブツとイメージを膨らませる阿左美。
「止めろ、そのイメージ」
「それじゃあ、行きます」
彼女はそう言うと、今度はスタンディングスタートの姿勢をとった。
確かに、こちらの方が加速は抑えられそうな気がする。
「よ~い、ドン!!」
そう言うと、彼女が走り出した。
タッタッタッと軽快な足音が聞こえ、なかなか様になっている。
ただし、それは普通の短距離走だった。
「あれ?」
木の位置まで走り切り、その幹に手をついた彼女が首を傾げて振り返る。
「これって……どういうこと?」
「やはりそうか」
「えっ?」
「この力は、先代勇者の鎧兜に付与されていたものだ。つまり、早瀬のブレザーに移ったんだな」
「ええ~っ?!」
「だから、ブレザーを脱いだら、ただの人だ」
「嘘。それじゃあ今後、お金が貯まっても、鎧とか装備できないの?」
「別にブレザーの上に着る分にはいいんじゃないか?」
「格好悪すぎ!!」
なんにせよ、こうして召喚勇者のパーティーは初クエストを無事に終え、報酬と新たな仲間を得たのだった。
今後は、冒険者としてギルドで依頼を受けつつ、いつになるか分からない魔王復活に備え、大陸中を旅することになる。
それも、元の世界への帰り方を探しながら。




