第78話 平穏な魔界でお茶を飲む
【これまでのあらすじ】
魔王が近々復活すると言う予言にしたがい、異世界召喚された女子高生勇者、早瀬 麻美と、その巻き添えとなった担任教師の眞壁 真一。
しかし、実はその復活した魔王とは真一の事だった。
フラーノの街で吹雪によって身動きが取れなくなっていた真一達の元に、フラーノ城塞から依頼が届く。
その頃、一度は真一を魔界に召喚したのに無効化され連れ戻された魔王城では・・・・。
12月15日
城壁山脈の北側、そこは魔族達が支配する地域である。
冷たい北風は、標高6千m級の山々が連なる山脈にぶつかると、そこに大量の雪を降らせる。そのため、この時期の魔界は雪と氷に閉ざされていた。
しかし、魔王城とその周辺だけは、かなり状況が違った。
魔界の中央にそびえるヴォルノー火山は、有史以来、延々と噴火を続け、溶岩の川の源流となっている。
そのため、その麓に建つ魔王城の周辺は、真冬でも岩肌が剥き出しの状態なのだった。
『いやぁ~、夏は地獄ですけど、冬は過ごしやすくていいですね、この城は』
「ラモン君は、そもそも肉体がないから、暑さ寒さは関係ないでしょう」
半透明の巨人ゲインズ・ラモンと、上級魔族にして召喚魔術師でもあるダークエルフのデォマヌスが、広いバルコニーでのんびりとくつろいでいた。
『気分の問題ですよ、気分の』
「なるほど」
遥か彼方には城壁山脈が見えるが、そのほとんどは霞んでいた。
おそらく、今日も雪が降っているのだろう。
「失礼します」
そこへ、トレイを持った褐色の肌の金髪美女が近づいてきた。
彼女の名前はイオン・モール。一見するとダークエルフのように見えるが、その耳はエルフほど長く尖ってはいない。
彼女はフェイと呼ばれる魔術が使える精霊族で、先代魔王の召使いとして仕えていた。
現在でもその役職は変わらないのだが、肝心の魔王が不在のため、普段はこの城で雑用係のような仕事を任されている。
「お茶をお持ちしました」
彼女はそう言うと、二人の間にあるテーブルの上にティーカップを置き、そこへ人界ではとても飲む気になれないような色の液体を注いだ。
紫色のそれはドロッとしており、同じ色の湯気がゆらゆらと立ち上る。
「これは、マンドラゴラ茶ですね」
「はい、初摘みです」
『あ~、いい香りだ』
普通の人間が口にすると、飲んだ直後に暴れ回り、数分後には倒れて全身を痙攣させながら意識を失うほど強烈なのだが、上級魔族達にとっては、その刺激こそが喉越し最高らしい。
ゲインズ・ラモンは実体がないのだが、それでも半透明の手でカップに触れると、中身が減っていく。
「そういえば、イオンさん。あなたから見て、転生された魔王様はどういう印象でした?」
デォマヌスがカップをテーブルの上に戻しながら、そう尋ねた。
彼女は先代魔王の時代から、身の回りの世話をしていた。
さらに言うと、彼女は魔界、人界を問わず、あらゆる動物を自分の意志どおりに操ることができ、そして、その動物の姿に変身することもできた。
実際、魔王が陣頭指揮を執って人界へ攻め込んだ時には、彼の愛馬となり、数多くの戦いに参加している。
ただ、魔王と勇者が死の谷で戦った時には、その前の戦いで大きな傷を負い、置いていかれてしまったため、お供することができなかった。
彼女はそのことを今でもとても悔やんでいた。
「記憶を失われていましたが、紛れもなく魔王様でした」
「そうですか」
『もしかして、心配しているのですか? 自分の召喚儀式が失敗したのではないかと』
「そうではありません。ただ、魔族だろうが人間だろうが、記憶は人格の形成に大きな影響を与えます。つまり、魂は同じであっても、別の存在になっているのではないかと思ったわけです」
『なるほど』
同じ人間でも、育つ環境が違えば、まったく別人になる。デォマヌスはそれを危惧しているのだ。
「もし魔王様が、我々魔族ではなく、人族の味方になれば一大事です」
『確かにそうですね。転生後の魔王様は記憶を失っておられるので、魔力は強大でも、その使い方はまだ未熟のようですが、もし経験を積んで能力が戻ったら、シャドードラゴン様ですら敵いませんからね』
この世界で最強の存在は、間違いなく竜族である。
その長である金色の巨竜、シャドードラゴンに勝てる者は魔王しかいないと言われていた。
「やはり、魔王様には魔界へ戻っていただかなければならないと思うのですが」
『魔王様は、ご自身の意志で人界に残られました』
「そのことなのですが、魔王様は召喚勇者と行動を共にしているのですよね?」
『ええ、勇者は魔王様のことを先生と呼んで慕っていました』
「勇者に慕われる魔王とは、一体……」
その時、突然、日が陰った。
三人が頭上を見上げると、巨大な影がゆっくりと旋回しながら降りてくる。
さらに、突風が吹きつけた。
慌てて三人がカップを押さえて俯く。
バサッ、バサッと翼が空気を叩く音がして、バルコニーに体長50mもある黄金の巨大なドラゴンが舞い降りた。
「シャドードラゴン、今日は休みではなかったのですか?」
デォマヌスが少し迷惑そうな表情を浮かべ、魔界のナンバー2に向かってそう言った。
【お茶の時間の邪魔をしたか。すまんな】
「何か急用でも?」
【特に用はないのだが、家にいると嫁に『休みの日ぐらい、子供達の面倒を見ろ』とうるさく言われるのでな】
「それくらい、やってあげればよいではありませんか」
【言っておくが、100歳のドラゴンのスタミナは無限だぞ。ひたすら遊び、寝て、また遊ぶ。こっちの身がもたん】
まるでくたびれた中年のおっさんのようだが、100歳のドラゴンは人間の幼児と同じである。
『奥さんに怒られても知りませんよ』
ゲインズ・ラモンがそう言うと、巨大な黄金竜がポリポリと頭をかいた。
【若い頃は優しかったんだがなぁ~】
『何万年前の話をしているのですか。子供ができたら、優先順位が入れ替わるのは当然ですよ』
【はぁ~】
ドラゴンが深いため息をつく姿など、人界では誰も想像できないだろう。
ましてや、嫁の尻に敷かれているドラゴンなど……。
「あ、あの、シャドードラゴン様も一緒にお茶をいかがですか?」
イオン・モールが彼の顔を見上げながらそう言うと、
【せっかくだから、いただこうか】
と答えた。
直後、黄金の巨大な身体が光り輝き始めた。
直視すると目がくらむため、三人は目を背ける。
時間にして1分ほどで光は収まった。
そして、そこには一人の長身の男が立っていた。
金色の髪に真っ赤な瞳。身長は190cmあるが、体つきはモデルのようにスマートだ。異世界だろうが地球だろうが、十分に美形で通用するだろう。
しかし、その外見以上に服装が派手だった。
松〇健が、マ〇ケンサ〇バⅡを歌って踊る時の衣装のような格好をしている。
「あの巨体が、どうすればこんなサイズになれるのか、本当に不思議ですよね」
『そうですね。私のように実体がなければ話は別ですけど』
ドラゴンといえば怪獣の親戚で、ゴリゴリの肉体派のように感じるが、実は魔力の塊のような生物である。
身体を構成するにも、維持するにも、動かすにも膨大な魔力を消費する。
そうでなければ、地上ではこれほどの巨体は自重で潰れてしまう。
当然、間違っても空を飛ぶことなどできるわけがない。
ドラゴンといっても種類は多種多様で、馬の代わりに移動手段として使役される大きなトカゲのようなものから、海や湖などに生息する水龍、空を飛ぶワイバーンなど、身体の大きさもかなり違う。
ちなみに、身体が大きい方が魔力が強く、知能も高いと言われていた。
そして、それらすべてのドラゴンの頂点に立つのが、この中身がちょっと残念なシャドードラゴンなのだ。
見た目は全身黄金色なのに、先代魔王にシャドードラゴンと名付けられた理由は、その辺りにあるのかもしれない。
ふぅ~と息を吐くと、微かに光を放つ長いブロンドの髪をかき上げながら、人型になったシャドードラゴンが三人に向き直った。
実は、この姿は魔王城では結構見かける。
魔族は大柄な者が多いので、城内の通路や扉は大きめに作られているが、それでも体長50mもある巨竜が歩き回るには狭すぎる。
皆がよく集まる広間には、彼が直接出入りできる大きな門があったが、それ以外の場所に移動する時には、この人間サイズに変身するのだった。
「どうぞ」
イオン・モールが予備のカップに紫色のお茶を注ぐと、差し出した。
【すまんな】
礼を言うと、カップを受け取り、まずは香りを、次に口当たりと味を楽しむ。
【あ~、いい味だ。これはデビルズ峡谷で獲れるマンドラゴラの初物だな?】
「はい、よくご存じで」
【やはりそうか】
満足げに微笑むと、さらに口をつける。
【魔王様にもぜひ飲んでいただきたいものだ】
間違いなく、飲む以前に顔を近づけただけで全力疾走で逃げ出すだろうが。
「その魔王様なのですが」
デォマヌスが、先ほどゲインズ・ラモンと話していた内容を彼にも伝えた。
【確かに、先日お会いした魔王様は、少し雰囲気が変わっていたな】
「それは仕方ないでしょう。記憶がない状態で我々の姿を見れば、戸惑いもします」
『怯えて泣き出さなかっただけでも、たいしたものです。それこそが、復活された魔王様である証拠だと思いましたが』
確かに、普通の人間がRPGのラスボスが全員集合する部屋に、いきなり瞬間移動などさせられたら、パニックを起こして気を失うだろう。
見た目はもちろんだが、上級魔族達は無意識のうちに強力な魔力を放っている。
シャドードラゴンに至っては、一睨みで人間の精神を破壊できるほどだ。
【記憶を取り戻すため、世界を知っていただくことは良いが、そのせいで人界の味方をされたら一大事だな】
『私は、そのような杞憂はないと思いますが』
ゲインズ・ラモンは、何となく真一の人格というか性格を理解しているので、そう言った。
先代の魔王もそうだったが、魔界は別に人界を滅ぼしたいわけでも、人間を皆殺しにしたいわけでもない。
千年前には配下の魔族達が調子に乗りすぎて、危うくそうしてしまいそうになったが。
それを自分の命を犠牲にして戦いを止めたのは、その魔王なのだ。
復活した魔王である眞壁・真一からは、その先代と同じ雰囲気を感じていた。
【一度、私自ら魔王様を呼び戻しに行かなければならんかもしれないな】
「止めてください」
『冗談ではありません』
二人の上級魔族にそう言われて、シャドードラゴン(人型)が表情をしかめた。
【むぅ……】
「あなたは、自分がどれだけ目立つか自覚がないのですか?」
『デォマヌスの言うとおりです。人界が大騒ぎになりますよ。魔界が再び攻めてきた、と言われてしまいます』
【この格好なら、大丈夫であろう? 人間共とそっくりだぞ】
「それはそれで目立ちます」
『そもそも、サイズが小さくなっただけで、魔力は変わらないのですよ』
上級魔族二人に猛反対され、シャドードラゴン(人型)がむくれた。
「奥さんに怒られますよ」
そして、そう言われて、ガクッと肩を落とした。




